三賢者 三人姉妹
「ライラ?」
「ライラさん?」
「はわわっ。これは、その……っ!」
ライラは、
いつもと言えばいつもの風景なんだけど、ミストラルとルイセイネに詰め寄られて縮みあがるライラと陽気な幼女を見て、僕たちは笑顔になった。
でも、寒いのは変わらないです!
いったい、僕たちはなにをしているのか。
僕たちの苦行は、この騒動の最初にさかのぼる。
ライラは、レヴァリアに協力してもらう代わりに、あとで身体を洗ってあげる、という約束をしていたんだ。
もちろん、日頃のお礼なんかもあるし、僕たちに異存はないんだけどね……
だけど、考えてもみてください。
今は、真冬です!
色々あって忘れているかもしれないけれど、新年になってまだ日も浅い
景色の一面がお花畑になっていますが、あれは例外の風景なのです!
雪も降っていないし、山間部から吹き
「へっくしゅんっ」
冷たい風が吹いて、僕はくしゃみをした。
『くくくっ。我の炎で温めてやろうか。しかし、加減はできん。骨も残らず燃えてしまうかもしれんがな』
「遠慮しておきますっ」
『ならば、あくせくと働くことだ。さあ、次は翼を洗え』
「くううっ!」
というわけで、大森林の騒動が収まった今、僕らは竜族たちの身体を綺麗に洗うという奉仕作業に従事していた。
もちろん、フィレルや飛竜騎士団たちも自分の
僕たちだけなんて悲しいので、巻き込んだなんて言えない……
僕とミストラルとルイセイネとライラは、レヴァリアの身体を洗ってあげていた。
ユフィーリアとニーナとユンさんとリンさんとランさんは、リリィの身体を綺麗にしている。
そしてプリシアちゃんとアレスちゃんは、レヴァリアとリリィの間を行ったり来たりしながら、いつものように遊んでいた。
一生懸命になって、鉄より硬い鱗を
必死に頑張っていると、身体は自然と温まってくるんだけど、手は寒いし、顔に当たる風は相変わらず冷たい。それでも、僕たちは頑張って竜族の身体を綺麗にしてあげている……はずだ。
でもさ。正直に言うと、綺麗になっているかなんてよくわかりません。だって、レヴァリアの鱗はいつだって紅蓮色に輝いていて、汚れなんてひとつもない。他の竜族にしたってそうだ。ユグラ様は相変わらず鱗を黄金色に光らせて眩しいし、茶色や緑色の飛竜たちも目立った汚れなんて見えない。
竜族は、こう見えて綺麗好きだ。
そんな竜族たちが、身体を汚したまま生活しているわけがない。
僕たちよりも寒さに耐性のある強靭な肉体をしているおかげか、真冬でも竜峰ほど寒くないせいか、水浴びくらいは平気でしちゃう。
先の、大妖魔バリドゥラとの戦いで身体が汚れた者もいたけど、それはもう自分で綺麗にしちゃっていた。
それなのに、これです!
寒さに震える僕たちに容赦なくご褒美を要求してくるなんて、レヴァリアはやっぱり暴君だ!
「ラン、炎の精霊に言って、空気を温めてほしいわ」
「ラン、風の精霊に言って、冷たい風を止めてほしいわ」
「はわぁ。それは無理ですよぉ」
「ランの言う通り、無理だな。冬は寒いのが当たり前だ。炎の精霊は冷気の精霊に遠慮して働いてはくれまい」
「そうそう。風の精霊も、自由気ままに流れるのが心情だもの。言っても聞かないと思うわ」
「役に立たない賢者だわ」
「役に立たない姉妹だわ」
「そ、そんなぁ……」
レヴァリアを洗う僕たちの苦情はライラに向いている。そしてどうやら、リリィを洗う
さすがは、わがままな双子王女様です。相手が偉大な賢者であろうと、
『手を抜くな。まだ翼の付け根が綺麗になっていないぞ』
「はいはい、お任せくださいませ。あっ、
『おい、やめろっ。そんなことをしたら、許さんぞっ』
「わがままだなぁ」
「ミストさん、こちらの鱗が
「そうね。割って剥ぎ取りましょうか」
『くっ。やめろ。貴様らはなにを勝手に決めているんだ』
「それにしても、ルイセイネ。最近ではそんなことも視えるようになったの?」
「特別なことではありませんよ? 竜気の流れがこの鱗だけ
「さすがね」
『おいっ、我の話を聞いているのか!?』
「よしよし、いい子ですね。痛くないですからねー」
『エルネア、あの女どもを止めろっ。や、やめろおぉっ』
がつんっ、と乾いた音と共に、
スレイグスタ老の鼻水があれば、もっと手軽に癒せるんだけどね。残念ながら、今は手持ちの鼻水万能薬を切らせていた。
「おわおっ。欠片が綺麗だね」
「きれいきれい」
「プリシアちゃん、アレスちゃん。割れた鱗は回収してくださいね。あとで加工しますので」
「んんっと、わかったよ!」
「もっとはごう、もっとはごう」
『くっ……』
アレスちゃんが危険なことを呟いていますけど、気のせいですよ。
僕はなにも聞かなかったことにして、せっせとレヴァリアの身体を綺麗にしていく。そうしながら、遠くで作業をする耳長族と巨人族を見た。
焼け野原から一転、お花畑に様変わりした大地。耳長族と巨人族を合同で埋葬した暁の丘も例外なく満開のお花で埋め尽くされている。
そして、色鮮やかな暁の丘の麓では、幾つかの建物が建設されつつあった。
ゴリガリさんたちがこれから住むことになる住居だね。
「儂らはここで、森の民と巨人族とを結ぶ手助けをしていきます」
一度は
慰霊祭の翌朝、目が覚めてみると一面が色とりどりのお花で満たされていた。この不思議な現象に精霊の加護を感じたみたいで、より一層奮起しちゃったみたいだね。
焼け残った大森林から必要なぶんだけ、巨人族が木を伐採してくる。それを加工すると、耳長族の指示に従いながら組み上げていく。
すでに何棟か、立派な木造の建物が建ち始めていた。
「もうそろそろ、僕たちも帰って大丈夫みたいだね」
「そうね。和平を誓い合ったけど、本当は心配だったのよ」
「ですが、関係は良好のようです」
「うん。このままずっと、平和であってほしいね」
そして、帰るときはきた。
耳長族からもらったお礼の品などの荷物をまとめて、別れの挨拶を交わす。
「エルネア、私はエリオン爺様ともうしばらくここに残ることにするわ」
「うひょひょ。こちらのことは任せておれ」
どうやら、ケイトさんとエリオン爺さんは居残りするみたい。竜の森の耳長族への報告は、戻るカーリーさんが受け持つことになっていた。
そのカーリーさんは、耳長族の戦士たちに囲まれて、別れの挨拶をしていた。
「若い連中の修行も兼ねて、竜の森からも人を派遣できないか検討してみる」
「それは、有難い。是非楽しみにしている」
一流の戦士同士で意気投合したのか、カーリーさんとエヴァンスさんが固く握手を交わしていた。
そして僕はというと、フィレルと向かい合っていた。
「エルネア君、飛竜騎士団のことはよろしくお願いしますね」
「フィレル、本当に残っちゃうんだね?」
「はい。僕ももうしばらくはここに残って、耳長族と巨人族に協力しようと思います」
「無理だけはしてはいけませんわ」
「はい! ライラさんも、お元気で!」
「グレイヴ様への報告は任せてね。それと、立春には戻ってくるのかな?」
「そういえば、もうすぐ立春ですね。はい、一年の成果を陛下に報告するためにも、必ず王都に戻ってきます」
「それじゃあ、再会はそのときだね」
どうやら、フィレルの活動範囲はヨルテニトス王国から東にうんと広がったみたい。
ユグラ様とお付きの三人を巻き込んだフィレルの冒険は、これからが本番なのかもしれないね。
残る者、帰る者。それぞれが、短い期間の交流を名残り惜しみつつ、挨拶を交わしていく。
そうして最後に、僕たちの注目は、肩を寄せ合いながら涙を流す三人に向けられた。
「ラン、本当に良いのだな?」
ユンさんとリンさんを、
「うん……。わたしね、一生懸命に考えて決めたんだよぉ」
溢れる涙で瞳を
「お姉ちゃんたちは、エルネア君たちと行っちゃうの?」
「仕方のないことだ。我とリンは多くの罪を背負ってしまった。その
「うん……。ユンお姉ちゃんとリンお姉ちゃんは、これから大変なんだよね。……だから、わたしもちゃんと自分の役目を果たそうと思うの」
「ラン。エルネアは一緒に来ても良いって言ってくれているんだよ? ねえ、一緒に行こうよ?」
「リン、よせ。ランの決意を軽んじるな」
「ラン……」
子供のように泣くランさんだけでなく、ユンさんとリンさんも瞳に涙を浮かべていた。
「わたしは、ここに残ろうと思うの。そして、賢者として務めをを果たします」
「……そうか」
「もうっ。ランのばかっ」
ユンさん三姉妹は肩を抱き合って、涙を流しあう。
ユンさんとリンさんは、これから僕たちと行動を共にすることになる。つまり、大森林から離れて生活をしていくわけだ。
だけど、ランさんは違った。
今回の、大森林を取り巻く騒動の
二人の姉とは違い、ランさんは大きな罪を犯してはいない。それで、ランさんの今後の動向を誰もが気にかけていた。
僕たちとしては、ランさんが望むのであれば、ユンさんとリンさんと一緒に来てもらっても問題はないと思っていたんだけどね。だけどどうやら、ランさんは残ることを決意したらしい。
「お姉ちゃんたちがこれから大変なら、わたしも頑張るんだよぉ。そうしたら、きっといつか、また三人で仲良く生活できるよね?」
「そうだな。我もまた三人が揃うことができるように、努力し続けていこう」
「仲良くっていうか、いつも喧嘩ばっかりしていたもん。でも、そうね。また三人で幸せに生活したい」
うん。僕たちも、三姉妹が仲良く暮らせる日が来ることを願っているよ。と心のなかで呟いて、遠くから頷く。
ユフィーリアとニーナのような瓜二つの容姿ではないけれど、姉妹らしくどことなく似た三人が、似たような泣き顔で暫しの別れを惜しんでいた。
「エルネア様。この
「はい。お任せください。みなさんも、これからが大変だとは思いますが、頑張ってくださいね」
「竜王エルネア、覚えていろよ。いつか貴様を倒すほどの力を手に入れてみせる」
「いやいや、それは良いんだけど、悪いことに手を染めることだけは止めてねっ」
三姉妹が満足いくまで泣いている間に、僕らは耳長族の長老様たちや巨人族の剛王とも別れの挨拶を交わす。
「そうそう。フィレルやユグラ伯のお付きの三人も凄腕だから、
「エ、エルネア君、なにを言ってるんだい。僕なんかじゃ、剛王の相手なんてできないよっ」
「フィレル、頑張れっ」
「エルネア君は鬼だっ」
「んんっと、お兄ちゃんは鬼なの?」
「プリシアちゃん、鬼ごっこのことじゃないからね?」
「むう。プリシアはメイと遊びに来たいの。フィオとリームも一緒に遊ぶんだよ」
「そうだね。ここへはまた遊びに来ようね。でもその前に、プリシアちゃんもお勉強しなきゃね」
「いやいやんっ」
「エルネアも、色々とやらなきゃいけないことがあるんだから、しっかりと働いてね」
「いやいやんっ!」
こうして、僕たちは
満開のお花畑は一足早く、明るく華やいだ春を大森林に届け、耳長族と巨人族の新たな
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