エルネア十七歳 冬

 案の定、ヨルテニトス王国へと向かう途中のリリィ側は、驚天動地きょうてんどうちの大騒ぎになった。

 遠くからでもわかるほどに騒がしく、レヴァリアは決してリリィに近づこうとしない。

 リリィも悪のりしちゃって、あっちに行ったりこっちに行ったり。急降下や急上昇は当たり前。雲よりも高い上空で空中ひねりをした際には、騎乗していたみんなが振り落とされて悲鳴が響いていた。

 もちろん、リリィはちゃんとみんなを救出したんだけど、絶対に怖かっただろうね。


 僕とミストラルとライラは、そんな阿鼻叫喚あびきょうかんのリリィ側を傍観しつつ、王都を目指す。

 あっちじゃなくて、本当に良かった!


 僕たちはというと、抜け駆けの得意なライラが一緒に騎乗しているものの、ミストラルがしっかり監視していたので、何事もなく無難な空の旅になった。


 レヴァリアは、あんな馬鹿者たちと一緒にするな、と言わんばかりに、今回は優等生な飛行をしていた。

 いつもなら荒々しく飛んで僕たちを怯えさせたり、地上の者たちを恐怖のどん底に叩き落として悪さをするんだけどね。


 そんなこんなで、お昼過ぎに東の砦を出発した僕たちは、その日の夕方には王都へとたどり着いた。

 王都守護職の飛竜騎士団に導かれて、王都近郊の宮殿の中庭へと着地する。そして、出迎えてくれた人たちに挨拶をしながら、遅れてやってきたリリィたちを待つ。


「……リリィちゃん、もう、ご勘弁を」


 ルイセイネが涙を流しながら、ふらふらとリリィの背中から降りてきた。続いて、マドリーヌ様が顔を真っ青にして、なんとか降りてくる。

 まさか、リリィの背中に巫女頭のマドリーヌ様が騎乗しているなんて王宮の人たちは知らないので、巫女様も神官様も出迎えには来ていない。それで仕方なく、本人も疲弊しているはずなのに、ルイセイネがマドリーヌ様に肩を貸していた。


「ああ、楽しかったわ」

「ああ、面白かったわ」

「んんっと、もっと遊びたい!」


 やはり、この三人はあの状況でも楽しんでいたんだね。ということで、元気よく降りてきたのは、言うまでもない。ユフィーリアとニーナとプリシアちゃんだ。


「あれ、カーリーさんは?」


 降りてくる人が、ひとり足りませんよ?

 探してみると、カーリーさんはリリィの背中の上で伸びていた。

 あらら。女性陣に介抱してもらえなかったんですね。

 僕は仕方なくリリィの上からカーリーさんを降ろすと、マドリーヌ様の存在に気づいて慌てて駆けつけてきた宮殿付きの巫女様に引き渡す。


「相変わらず、楽しい家族だな」

「王様、こんにちは。もう、こんばんは、かな?」

「よく来た。雰囲気から察するに、東の問題は解決したのだな?」

「はい。ライラやフィレル王子の活躍で、無事に解決することができました!」

「ほうほう、詳しく聞かせなさい」


 出迎えの人たちのなかには、当たり前のように王様の姿があった。

 遠目からでも、巨躯きょくのリリィと紅蓮の鱗のレヴァリアは目立つ。そして、レヴァリアに騎乗しているのは大体がライラだ。

 王様は、ライラの気配に中庭まで出て来てくれたんだろうね。


 甲斐甲斐しく、ライラが王様の付き添いをする。

 王様の補佐をしていた人も、ライラが王様に寄り添うと素直に役目を引き継いでいた。

 僕はそんな王様とライラに並んで宮殿に入りながら、ヨルテニトス王国のさらに東の世界で起きた騒動を語る。


 どうやら、今夜は宮殿でお泊まりになりそうだね。


 僕たちには、夕刻に突然来訪したのにも関わらず、家族全員でゆっくりと寛げるお部屋と、身も心も温まるお風呂が準備された。


 ルイセイネとマドリーヌ様、それとカーリーさんは最初こそ疲弊しきっていたけど、お湯にじっくり浸かって体を温めると、元気さを取り戻していた。

 この辺は歴戦の猛者もさというか、さすがと言うべきなんだろうね。

 余談だけど、僕がお風呂に入っている間に、マドリーヌ様が突撃して来ようとして、妻たちと騒動になっていたらしい。そして残念なことに、この騒ぎのせいで駆けつけた大神殿の巫女様たちに、マドリーヌ様は回収されていった。

 うむむ、突撃されなくて良かったです。それと、残念でしたね、マドリーヌ様。


 そして、落ち着いたらお待ちかねの夕食の時間です。


「うわ、このお肉の煮込みはすごく美味しいね」

「エルネア、わたしの手料理とどっちが美味しいかしら?」

「ええっ。ミストラルの料理と比較なんてできないよっ。どっちも美味しいし、そもそも味付けが違うしさ」

「はっはっはっ。自慢の宮廷料理人が腕を振るった料理だ。遠慮なく食べなさい」

「んんっと、これ苦い」

「これは、プリシアちゃんにはまだ早かったね。これは、大人の食べ物です」

「そう言うエルネア君も、実は苦手だと思うわ」

「そう言うエルネア君も、実は食べられないと思うわ」

「どきっ」

「エルネア君も、まだまだお子様ですね」

「そ、そんなことないよっ。ほら、僕は大人だからこうして美味しく……うぅぅ。苦い」


 料理人さん、ごめんなさい。だけど、苦味が口のなかに広がる大人の食べ物は、やっぱり無理でした。

 でも、一度口に入れたものは出せないし。僕は仕方なく、飲み物と一緒に喉に流し込む。

 すると、みんなが笑う。

 どうやら、僕は相当に変な顔をしていたらしい。


 楽しい夕食の席になった。

 僕たちの家族に巻き込まれれば、王侯貴族を交えた夕食も賑やかになっちゃう。

 王様と一緒の卓を賑やかに囲み、豪華なご飯をいただく。

 第三王子のキャスター様も加わって、耳長族や巨人族の話をしたり、冒険譚に花を咲かせた。


 キャスター様は、弟のフィレルが大冒険をしていることに悔しさをにじませていたね。でも、それは仕方がない。だって、フィレルは旅立ちの一年の期間中だもの。王族だって、この時期は公務よりも自分のやりたいことが優先になっちゃうよね。


「ちっ。帰って来たら、面倒な役職を押し付けてやる」


 なんて言って、王様からたしなめられたりしていた。


「エルネア君、わたくしはそろそろ寝ますね。夜更かしは駄目ですよ」

「ルイセイネ、おやすみなさい」

「それじゃあ、わたしも寝ようかしらね。双子には付き合いきれないわ」

「ミストラルも、おやすみなさい」


 こういう場でユフィーリアとニーナにお酒が入ると、朝まで飲み続けちゃう。それを見越してか、ミストラルとルイセイネは早々に退席するみたい。

 プリシアちゃんは、日中にリリィと遊び疲れたのか、満腹になるとすぐに寝ちゃっていたので、退席の際にミストラルが回収していった。

 カーリーさんも、恐ろしい空の旅から復活したとはいえ万全ではなかったのか、人族の食事を満喫すると早めに切り上げていった。


「キャスター王子、飲みが甘いわ」

「キャスター王子、まだまだこれからよ」

「待ってくれ、双子様。俺は明日も仕事なんだ」

「そんなこと、知らないわ」

「そんなこと、関係ないわ」

「くうっ。俺はエルネアに冒険のことや戦いの話を聞きたいというのに……」


 夜もけてくると、頬を上気させたユフィーリアとニーナは、同じくお酒を飲むキャスター様にからみ出した。

 すると必然的に、王様と談笑するのは僕とライラになる。


「……ほうほう。巨人族か。若い頃に一度だけ、合間見あいまみえたことがあるな」

「えええっ。それってどこでですか!? というか、どんな冒険をしていたんですかっ」


 王様、あなどりがたし。

 この辺には巨人族なんて住んでいないと思うので、もしかして王様も東の地へと足を踏み入れたことがあるのかな?

 そうすると、大森林の耳長族とはどう接したんだろう?


「はははっ。エルネアよ、世の中にはまだまだ其方の知らない秘密が溢れているのだ」

「本当ですね。僕ももっと冒険をして、王様に自慢できるように頑張ります」

「エルネア様、そのときは私がお供いたしますわ」

「うん、お願いね」

「うむ、仲睦まじくてなによりだ。そうなると、次は其方らの子が楽しみになるな」

「はわわっ、王様っ」


 王様の言葉に、ライラは耳まで真っ赤にして照れちゃった。

 でも、まんざらではないのか、ライラは僕の腕に抱きついて甘えてくる。

 やれやれ、恥ずかしがり屋なのか大胆なのか、わかんないね。

 僕も少し頬を染めながら、それでもライラを抱き寄せた。


「いつまでも幸せであってくれよ。儂の望みはそれだけだ」

「いやいや、王様。グレイヴ様の結婚とか、お世継ぎなんかも楽しみじゃないですか」

「あれはなぁ……。見合いもしておるし、最近は相手を絞りつつあるようだが、どうなることか。それよりも、フィレルの方が先に結婚しそうだ」

「はい!?」


 初耳ですよ!

 フィレルのお相手は誰なんでしょう!?


 僕とライラは、フィレルのお相手を聞き出そうと、身を乗り出して王様に詰め寄る。

 どうやら、ライラも知らなかったらしい。

 フィレルめ。僕とライラに隠れて恋を進めているなんて、けしからん!

 僕たちの詰め寄りに、王様は愉快そうに笑う。


 そして談笑は夜中まで続き、僕たちは大いに盛り上がった。

 王様はいつまでも僕たちの話を聞きたがり、ライラは時間の許す限り王様の傍に居たいと願う。

 ユフィーリアとニーナはお酒を片手に、キャスター様をさかなにして飲む。

 だけど、さすがに眠くなってきちゃった。

 ライラには申し訳ないけど、王様にお暇乞いとまごいをする。するとライラも僕にならって、王様にお休みの挨拶をした。


「おやすみなさい、王様」

「うむ。また今度、ゆっくりと話を聞かせなさい」

「はい」


 僕とライラは、双子王女様を残して退席する。


「お部屋へご案内いたします」


 そうしたら、廊下では召使いさんが僕とライラを待っていた。

 案内なんてなくても、ミストラルたちが先に帰って寝ているお部屋は、さすがにわかりますよ?

 僕とライラの疑問をよそに、なぜか召使いさんが案内役として先導しだす。

 僕たちは妙な違和感を覚えつつも、召使さんについていった。


 でも、それは罠だった!


「エ、エルネア様」

「こ、これは……!」


 案内された豪奢ごうしゃな部屋には、誰も居なかった。

 先に戻ったはずのミストラルたちの姿どころか、気配さえ近くには感じない。

 そりゃあ、そうだ。ここは僕たちに最初に充てがわれたお部屋とは別の場所。具体的にいうと、宮殿のなかで真逆の場所に連れてこられていた。

 どうやら、王様の計略らしい。


「エルネア様、ライラ様、お休みなさいませ。おほほほ」


 なんて召使さんは意味深な笑みを浮かべながら僕たちを部屋へと押し込めると、扉を素早く締める。そして、がちゃり、と外から鍵をかけてしまった。

 慌てて扉を開こうとしたけど、どうも特殊な部屋らしくって、内側から鍵は解除できないみたい。


 そういえば、子供を見たいって言ってたよね。と王様の台詞せりふを思い出す。でもまさか、こんな手を使ってくるとは!

 僕とライラは顔を見合わせると、二人で笑ってしまう。


「仕方ないよね。今夜はここで寝ようか」

「は、はいですわ」


 僕はライラの手を引いて、お布団へと誘う。

 念のために周囲の気配を探ってみたけど、監視者の気配はない。


「ライラ」

「エルネア様……」


 寝具の上で見つめ合う、僕とライラ。

 照明は、枕もとで淡く発光する光の魔晶石ましょうせきだけ。

 それでも、ライラの頬が桜色に染まっているのが見てとれた。


 僕は今夜、ライラと……


 ライラの腰に腕を回し、ぐいっと力強く引き寄せる。

 抵抗しないライラ。

 そっと顔を近づけると、ライラは瞳を閉じた。顎を上げ、柔らかそうな唇を僕に向ける。

 僕はライラの瞳を見つめる。ライラは恥ずかしそうに、瞳を閉じた。

 甘い吐息。


 ライラが強く抱きついてきた。胸もとに伝わる、たわわなお胸様の感触。


 僕は枕もとの光の魔晶石にふたを被せて部屋を暗くする。

 ライラの上着を脱がそうと、張りのあるふくよかなお胸様に伸ばす。


「ああ、エルネア様……」


 普段は聞けないような、つやっぽいライラの声。


「ライラ」


 僕のささやきに、びくり、とライラが身体を震わせた。

 ライラの反応を楽しみつつ、僕はライラの唇に近づいていく。

 ライラは暗闇のなかで少し恥ずかしそうに、閉じた瞳の睫毛まつげを振るわせる。


いよいよ、僕たちは……!


「ぐふっ!」


そう思った直後。

僕は、急な激しい眠気に襲われて、ライラのお胸様の谷間に沈む。

こ、この眠気は……アレスちゃん……

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