翌日は素敵な晴れでした
「……ア。……ネア、起きなさい。エルネア!」
「むにゃ。もう少しだけ……」
誰かに身体を揺すられる心地よさ。
心地いいといえば、昨夜は……
昨夜は……
昨夜は?
がばりっ、と僕は勢いよく起き上がった。
「昨夜はっ!?」
ライラと、あんなことやこんなことを! ……あんなことや、こんなこと!?
まだ寝ぼけている思考を全力で回転させて、昨夜の出来事を思い出す。
そう。僕とライラは二人っきりのお部屋で泊まったんだ。
そして、とうとう……
そして。
そして……
そして?
なぜだろう。
どうしてだろう。
それ以降の記憶がない!?
いや、記憶がない、というか……
それ以上の経験はしていない!?
そんな、馬鹿な。
思い出せ。
昨夜は邪魔者もなく、僕とライラは……
邪魔者がいない!?
しまった!
ようやく思い出す。意識が沈む直前の出来事を。
今の僕たちに、邪魔者がいないはずなんてない。
新たな監視者たるユンさんとリンさんが、二人っきりになった僕たちを見ていないなんてありえない。そして、僕の傍には、必ずアレスちゃんが
「エルネア、昨夜は楽しかったかしら?」
「さあ、エルネア君。ライラさんとどこまで経験したのか、お話しくださいね」
「ふぁっ!?」
混乱する思考から現実に意識を戻す。
すると、寝台の上で上半身を起こした僕の正面に、ミストラルとルイセイネが座っていた。
そして隣では、こちらも寝起きで瞳が半分しか開いていないライラが上半身を起こして、昨夜の顛末の不可解さに首を傾げていた。
「ライラ、包み隠さず話してもらうわ」
「ライラ、全てまるっと話してもらうわ」
「はわわっ」
ライラは、双子王女様に詰め寄られる。
どうやら、僕とライラは最後の最後で妨害に遭い、寝落ちしてしまったらしい。
間違いなく、僕とライラを妨害したのはアレスちゃんだろうね。まったく、もう。
アレスちゃんの気配を探る。だけど、この場にはいないみたい。
逃げたな!
悪さをした自覚があるから、プリシアちゃんのところに退避しているに違いない。
代わりに、ユンさんとリンさんの気配がお部屋の中にあった。
まるで、精霊のような存在の二人。そして、思い知る。
昨夜探ったときには、気配は感じられなかった。だけど精霊と一緒で、ユンさんとリンさんは気配がなくても存在している。普段は僕たちに居場所を知らせるために、あえて気配を放っているだけなんだ。
そうか。僕とライラは、昨夜ユンさんとリンさんに一部始終を監視されていて、それでアレスちゃんが介入してくれたんだね。
どうやら、アレスちゃんの悪戯だと思ったのは早合点だったらしい。
アレスちゃんは、僕とライラを救ってくれたんだね。
あのまま、二人の監視者が見つめる先で、あんなことやこんなことをしていたとしたら、と思ってしまい、恥ずかしさで顔を真っ赤にしてしまう僕。
とまあ、恥ずかしい思いをしなくて済んだんだけど……
とてもとても、残念です!
ユンさんとリンさんは、僕たちが起きて状況を飲み込み始めたと感じたのか、すうっと部屋から出ていった。
きっと、プリシアちゃんのところに行ったんだろうね。あの娘さんは、きっとまだ寝ているに違いない。
とはいえ、ミストラルたちに責めるような気配はない。
だって、僕たちは夫婦だからね。
夫婦である以上は、二人だけの夜があることは普通のことだ。まあ、未遂に終わっちゃったけど。だから、ミストラルたちは怒っているわけじゃない。
ただ、夫婦間で情報を共有するために、隠し事はしない、という約束のもと……というか、完全に興味津々といった感じで、僕とライラに聞いているだけだ!
そう考えると、家族になって日の浅い監視者のユンさんとリンさんが、昨夜は暴走しただけなのかもしれない。そして、アレスちゃんがそれを察して事前に予防してくれた。僕たちを強制的に眠らせて……
僕とライラが別室で、ということに「抜け駆け」と反応して、妨害しちゃったのかな?
それでも、寝る前までの出来事を、ユンさんとリンさんには見られていたわけだよね。
そう思うよ、またまた顔を赤くしてしまう僕。
見ると、隣でライラも顔を真っ赤に染めていた。
恥ずかしがり屋のライラだからね。家族に見られていても恥ずかしいだろう事を、ユンさんとリンさんに見られていたと気づいて、隠れたいほど恥ずかしがっているに違いない。
「あらあらまあまあ、お二人とも。そんなに顔を赤くして」
「わたしたちは夫婦よ。恥ずかしがることはないわ」
「さあ、白状しなさい」
「さあ、告白しなさい」
やれやれ。ミストラルたちも、若干だけど頬が上気してますよ。
僕は、ユンさんとリンさんに見られたことは少し恥ずかしいけど、妻たちに対して羞恥心は湧かない。
それどころか、僕としてはひとり相手ではなくて、同時に複数人を相手でも……!
「あっ、エルネア君の鼻の下が伸びました」
「まったくもう。貴方は朝からなにを想像しているのかしら?」
「えへへ。それじゃあさ。話すよりも各自で体験してもらった方が……?」
「エルネア君が朝からすけべだわっ」
「エルネア君が朝から変態だわっ」
と言いつつ、僕に襲いかかるユフィーリアとニーナ。
「だ、駄目ですわ。ずるいですわっ」
「ずるいのはライラさんですよ。次はわたくしが」
「あら、巫女がはしたないわよ、ルイセイネ。ほら、そこの双子。順番を決めましょうか」
「えええっ。なんでみんなやる気なのかな!?」
冗談のつもりで言ったんだけど、ミストラルとルイセイネまでもが僕を奪い合い始めた。
やれやれ。朝から騒々しいことですね。と笑っていると、順番が決まらなかった妻たち全員から、一斉に襲い掛かられちゃった。
「……騒がしい」
「朝っぱらから、不純よっ」
「あっ、ユンユンとリンリン、戻ってきたんだね!」
朝から大騒動を繰り広げる僕たちを鎮めたのは、顕現した状態のユンさんとリンさんだった。
僕たち全員から力を吸い上げて実体となったユンさんとリンさんは、お部屋の扉の前で肩をすくめて呆れる。
「おわおっ。プリシアも混ぜてね」
そして、とどめはプリシアちゃんです!
廊下から元気よく駆けてきたプリシアちゃんは、躊躇うことなく僕たちに向かって飛びついてきた。
しまった!
さっき部屋から出ていったのは、プリシア姫を起こして連れてくるためだったのか!
お子様が混じっちゃうと、もう大人のお遊びはできません。
僕たちは、はしゃぐプリシアちゃんをあやしながら、改めて朝の挨拶を交し合う。
「どうやら、昨夜は邪魔をしてしまったようだ」
「もうっ。見ていたこっちが恥ずかしくなっちゃったわよっ」
「いやいや、盗み見は駄目だよ」
「かんしかんし」
「とはいえ、ユンとリンにはもう少しわたしたち家族のことを知ってもらった方が良さそうね?」
「そうですね。ユンさんとリンさんも家族になりましたし、改めて家訓や決まり事をお伝えしていた方が良いと思います」
決まり事というのは、隠し事をしないとか、みんな仲良くとか、そういうことだね。でも、家訓とはなんでしょう?
「エルネア君が首を
「エルネア君が首を傾げているわ。きっと決まり事を忘れたのよ」
「エルネア、駄目でしょう?」
「エルネア君も、再教育ですね」
「えええっ、そんなっ」
「んんっと、お勉強ですね?」
「プリシアちゃん、君もね?」
「いやいやん」
慌てて逃げ出そうとしたプリシアちゃんを、ユンさんが素早く捕まえる。
リンさんは、鬼ごっこが始まると勘違いして顕現してきたアレスちゃんを抱き寄せて、満足そうに微笑んだ。
耳長族のひとりとして、特別な存在である霊樹の精霊と触れ合えることが嬉しいみたいだね。
僕は幼女のお世話を賢者の二人に任せると、身支度を整える。
ルイセイネが家族の決まり事と家訓を話す間に、ミストラルに寝癖を
ライラも、寝起きで乱れていた服を整えると、双子様に手伝ってもらいながら、長い髪を解いていた。
さあて、今日も忙しいですよ。
もっと王様とライラとの時間を作ったり、ゆっくりと休暇を過ごしたいところだけど、そうも言っていられない。
この場には居ないけど、カーリーさんを早めに竜の森へと送り届けないといけないからね。
身支度を整えると、王様にお呼ばれしている朝食会へ。
朝も豪華な食事をいただき、鋭気を補充した。
ヨルテニトス王国の王都から竜の森までは、日を
朝食を済ませた僕たちは、そのまま出発の準備に取り掛かり、朝のうちに宮殿を発った。
王様とライラは名残惜しそうにしていたね。でも、フィレルとの約束もあるし、立春のあとに、また必ず遊びに来るよ。
キャスター様は二日酔いなのか、頭を押さえながら見送ってくれた。聞けば、僕とライラを起こす少し前まで双子王女様に飲まされていたらしい。
一緒に飲んでいたはずのユフィーリアとニーナはお酒臭くなかったので、不思議だね。
結局、マドリーヌ様はお見送りには出てこなかった。代わりに見送ってくれた上級巫女様の話では、すっぽかしたお仕事が山積みだから、当分は大神殿から出られないらしい。
自業自得というか、可哀想というか……
帰りの人割りは、昨日とほぼ一緒になった。
リリィの背中に、ルイセイネとユフィーリアとニーナ。それと、カーリーさん。
違いといえば、今日はプリシアちゃんがレヴァリアの背中に来たことくらい。ということで、レヴァリアの背中には僕とミストラルと、幼女たち。それと、顕現したユンさんとリンさんだ。
ユンさんは、プリシアちゃんを抱っこしている。リンさんは朝と同じく、アレスちゃんを抱きかかえて騎乗していた。
「良いのか。我とリンを召喚し続ければ、其方らの力は消耗し続けることになるのだろう?」
「力を行使しているわけじゃないけど、朝から召喚し続けるのって大変じゃない?」
二人は、大森林で賢者をしていたくらいの精霊使いだ。精霊と同じように、自分たちを召喚し続けることがどれくらいの負担になるかなんて、僕たち以上に知っている。それで普段は気配だけの存在なんだけど、今日はあえて顕現し続けてもらっていた。
「プリシアちゃんもよく練習するんだけど、召喚し続けることによって効率よく力を消費する
「安全だとわかっている日には、なるべく貴女たちに出て来てもらいたいと思っているのよ」
「そうそう。じゃないと、これから色々とあるしね」
ユンさんとリンさんは、ただ僕たちに使役されてついて来たわけじゃない。二人は真面目に、自分たちの犯した罪を
というわけで、僕たちも二人を召喚し続けられるように成長しなきゃいけないわけです。
「とはいえ、闇雲に召喚し続けても効率が悪いし。それで、二人から学ぼうと思ってさ」
「エルネアとプリシアはまだしも、わたしたちは召喚術なんて初めてだから。色々と教えてもらえると助かるわ」
「そうか。召喚術についての知識を得たいというわけか」
「うわっ、お姉ちゃんの勉強は苦手だなっ」
「リン、丁度いい。其方も学び直せ」
「嫌よっ。ってか、もう知ってるし! 助けて、アレス様っ」
「べんきょうべんきょう」
「んんっと、プリシアは向こうに行っていますね?」
「ならぬ。其方もしっかりと学べ」
「いやいやんっ」
勉強という単語に、敏感に反応して逃げようとするプリシアちゃん。
でも、最初からユンさんの腕のなかにいるわけだし、逃げられるはずもない。
「基礎からの勉強や修行は、みんながそろっているときでもいいと思うんだ。なので、今はそうだなぁ……。顕現したユンユンとリンリンがどれくらいの事をできるのかとか、行動範囲はどれくらいまでなのか、とかそういう基本的なことが知りたいな」
「エルネア、貴方も勉強から逃げたわね?」
「ち、違うよ、ミストラル。ほら、勉強はいま言ったようにみんなが集まっているときの方が効率がいいでしょ? でも、基本知識なら僕たちが先に聞いていて、みんなに伝えるという手段でもいいと思うしさ」
「まあ、そういうことにしておきましょうか」
慌てて言い
笑う三人とは違い、僕とプリシアちゃんは、ほっと胸を撫で下ろす。
「それで、なにができるのかしら?」
「なにが、と問われれば、大概のことが、と言うしかない。半精霊となったこの身では、もう精霊を使役することはできん。だが、自分自身が精霊のようなものだ。力を与えてもらえれば、先に見せたような炎の巨人や闇の巨人への変幻はもちろん、賢者としての
どうやら顕現さえしていれば、耳長族から賢者と
「それじゃあ、行動範囲はどうかしら? アレスは、基本的にはエルネアか霊樹から離れようとはしないけれど」
「例外はプリシアちゃんと遊ぶときくらいだよね」
ユンさんとリンさんには、僕の右腰に納まっている霊樹の木刀のことやアレスちゃんのことを話していた。
家族だしね。決まりごとにもあるように、身内に隠し事はしません。
「基本的には、似たような認識で問題ない。我とリンは、気配がなくとも其方らの傍に存在していると思ってもらっていい」
「うん。それで昨夜はやられちゃいました」
「邪魔をして悪かった。今後は目を
「ランがいなくて良かったわ。あの子、絶対に取り乱していたと思うの」
「そう言うリンリンも、顔が赤いね!」
「この、おばかっ」
さらに顔を赤くしたリンさんは、手近なものを八つ当たり的に僕へと投げようとした。
だけど、手近なものって、抱いているアレスちゃんだからね。
偉大な精霊を投げるなんてできないリンさんは、顔を赤らめたまま俯いてしまう。
「見られている、と思うと確かに恥ずかしいわね」
「でも、興奮しちゃう!?」
「変態は貴方だけよ?」
「そう言うミストラルだって、裸を見られても平気じゃないか」
「それとこれとは別です」
「それとこれって、どれとどれかなぁ」
昨夜の欲求が溜まっているなんてことはありませんよ?
ただ、ちょっとミストラルに悪戯をしたくなっちゃった。
「二人とも、話が逸れているぞ」
「はっ!」
おおっと。そうでした。たぶん、ミストラルと二人っきりだったら、僕は狼になっていただろうね。
「話を戻そう。行動範囲だが、それも其方ら次第だ。力を与えてもらえれば、余程の距離でなければ活動できる。顕現している、していないに関わらず」
「おお、それはすごいね!」
さらっと軽く言われたけど、これって物凄いことだよ。
僕たちは、これまでの修行や体験から多くの技や術を会得してきた。でも、広範囲の術はあっても、遠隔の術なんて持っていない。
それが、ユンさんとリンさんの協力を得られれば、擬似的にでも使えるようになるわけだ。
ユンさんかリンさんを、遠くに派遣する。そこでこちらの意図を汲んだ精霊術を使ってもらう。それって、立派な遠隔、遠距離術だよね。
「エルネア。確かにすごいとは思うけれど、こちらの負担もそれ相応になることを忘れちゃ駄目よ。それに、自分の術ではないのだから、わたしたちの誰かが遠くで術を使うのと意味は変わらないんじゃないかしら?」
「はうっ、そうだった……」
問題は、力の消費だね。
大妖魔バリドゥラとの戦闘でもそうだったけど、ユンさんとリンさんに力を送っている間は、こちらが全力を出せなくなっちゃう。
それって、とても問題だ。
「どうにかして、消費力を抑制しないといけないね」
「もしくは、わたしたちがより力を付けるしか……」
なにか、もっと良い方法はないのかな、とユンさんとリンさんに質問してみる。だけど、さすがの二人でも、そうそう都合の良い答えは持ち合わせていなかった。
「おじいちゃんに聞いてみる?」
「そうね、
「竜の森の守護竜様か。話には聞いている」
「気をつけてね……」
「ん? なにをだ?」
「きけんきけん」
なにが、とは言うまい。
だって、スレイグスタ老の楽しみがなくなっちゃうからね!
にやり、と笑みを浮かべた僕とアレスちゃん。苦笑するミストラル。
僕たちを見て、ユンさんは不思議そうに首を傾げていた。
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