運命の交差点

「……と、いうわけなんです!」

「そう。それで、セフィーナは戻ってきてからすぐに、部屋へ引きこもったのね」


 ここは、禁領。自宅の居間。

 色々あって、僕たちはぎ石を持って帰るのに三日もかかっちゃった。

 それで、帰ってきてからお互いの報告会を開いたわけなんだけど。

 お屋敷に戻るなり部屋に引きこもったセフィーナさんに代わり、僕が竜王の都で起きた騒動を説明する。

 アーダさんは、膝上にプリシアちゃんとアレスちゃんを乗せて、こちらの話を真剣に聞いてくれていた。


「これは、僕が悪いんだ。まさか、竜王の都に悪意を持った魔族が侵入してくるだなんて。完全に油断していたよ」

「だけど、追い払えたのでしょう?」

「うん。誰かわからないんだけど、助けてくれた人がいたんだって」


 僕たちも、セフィーナさんやメドゥリアさんたちから聞いた部分しか経緯は知らない。


「両腕が真っ黒な義手の、人族の青年ね。とても珍しい特徴だが、魔族の国では有名なのかしら?」

「ううーん。少なくともメドゥリアさんは知らないって言ってたよ?」


 魔族の国にも、特殊な人族はいるもんだね。

 両腕が義手だというだけでも凄いのに、神剣と魔剣を同時に扱うだなんて。

 しかも、剣闘士けんとうしという身分らしい。

 青年のことは知らなかったメドゥリアさんだけど、剣闘士という職業のことは知っていた。


 魔族たちの娯楽のひとつに、奴隷や魔獣たちを戦わせて、それを観戦するものがあるらしい。

 大貴族や豪商などの間では、優秀な剣闘士を育成して闘技場で披露することが威信に繋がるのだとか。

 僕たちから見ると野蛮な娯楽だけど。剣闘士として活躍すると奴隷の身分から解放されるだけでなく、それなりに裕福な暮らしを送ることもできるようになるのだとか。それで、血気溢れる者は進んで剣闘士になったりするらしい。


 セフィーナさんが解放奴隷かいほうどれいと間違われたらしいけど、彼女の身なりや立ち振る舞いから、そうした剣闘士上がりの者と思われたみたいだね。


「でも、不思議なんだ。メドゥリアさんいわく、その青年はちゃんとした入都許可書を持っていたんだけど、発行した覚えはないんだって」

「それは、偽造されたということかしら?」

「ううん、でも本物だったらしいよ!」

「とても不思議ね。それで、その青年はその後、どうしたのかしら?」

「ええっとね」


 セフィーナさんから一部始終を聞いている。


 窮地きゅうちに立たされていたセフィーナさんを救い、ライゼンという魔族と相対した青年は、見事に撃退した。

 まぁ、正確には途中で邪魔が入って、逃げられたらしいんだけど。


「待て。その女は……!」

「ああっ、その女は知ってるわよ! 私たちを襲った奴じゃないっ」


 すると、僕の話をさえぎって、ユンユンとリンリンが反応を示した。


「まさか、関連のある者たちがこの辺で暗躍してる!?」


 禁領でも騒ぎがあったらしい。

 だけど、それはセフィーナさんの話のあとで、ということになって、僕は続きを話す。


「ライゼンとイステリシアっていう耳長族が消えたあとの話なんだけど。セフィーナさんは、お礼をしたいと申し出たらしいんだよね」


 だけど、叶わなかった。

 青年を迎えに来た女主人が、さっさと青年を連れ去ったらしい。


「まったく。わざわざ様子を見に来てやったというのに、今回は禁領にさえ入れさせてもらえないなんて! あの魔獣、今度会ったら、ただじゃおかんぞっ」


 と捨て台詞ぜりふを吐きながら、帰って行ったのだとか。


「禁領と魔獣? ということは、その女主人はここへ来ようとしていたのかしら?」

「かもしれないね。魔獣って、たぶんテルルちゃんのことだと思うし。テルルちゃんのところに行けば、なにか教えてもらえるかな?」

「……それはどうだろう。話からすると、その女主人も本来であれば禁領へ入る許可を持っている人物だ。だが、それをテルルが阻止した。それはつまり、先に滞在していたわたしたちとその女主人を、何かしらの理由で合わせないようにした、ということでは?」

「ということは、聞いても教えてもらえない?」


 むむ。テルルちゃん、僕たちに隠し事ですか!?


 なにはともあれ、そうして黒腕こくわんの青年と女主人は帰って行ったらしい。

 そしてセフィーナさんは、その後はおとなしく宿屋にこもって、謹慎きんしんしていたんだ。


「それで、禁領ではなにがあったの?」


 今度は、ルイセイネやユンユンたちから近況を報告してもらう。


「……アーダさん、すごい!」


 アーダさんの活躍に、僕は感動して彼女の手を取ってしまった。すると、妻たちからは白い目で見られて、アーダさんには苦笑されちゃった。


「私たちの地方では、法術書に記載はあっても祝詞のりとや儀式までは伝わっていないのです。それが、あの流れ星の法術です」

「あらあらまあまあ。マドリーヌ様、伝わっていたとしても、あれをおひとりでなんてとても無理だと思いますよ?」


 ルイセイネとマドリーヌ様は、アーダさんに感服しまくっています。


 ユンユンとリンリンが、イステリシアという耳長族に襲われていたところを救ったのは、アーダさんの法術なんだね。

 でもまさか、禁領にまで悪の手が伸びてくるとは。


 ここは、許された者だけが入れると安心しきっちゃってた。それこそ、竜王の都よりも安全性に疑いを持っていなかったくらいだ。


「だけど、疑問が残るわね」


 黙って報告会に耳を傾けていたミストラルが口を開く。


「その女も、許可を得ているというような話をしたのでしょう? なのに、魔族の国で現在において暗躍する者たちの仲間という可能性が濃厚だなんて」


 そうそう。

 ユンユンとリンリンが肝心なところに気づいてくれていた。

 二人を襲ったイステリシアは、腰帯に赤い布をしていたのだとか。

 それってつまり、あれだよね。


「ライゼンとイステリシア。それと、ウォルを襲った竜人族のルガ・ドワン。そしてバルトノワール。これって、裏で全部が繋がってるってことだよね!?」


 まさかの展開。

 赤い布で結ばれた悪者たちの暗躍は、こちらの予想以上に魔族の国をむしばんでいるのかもしれない。


 いったい、なにが起きようとしているのか。


「ともかく、禁領や竜王の都といえども、油断は禁物ということね」

「ミストラルの言う通り! ということで、オズは気をつけてね!」

「むぎゃーっ」


 僕の無慈悲な声援に、オズは悲鳴をあげてすがろうとする。だけど、二股のもふもふの尻尾をある老人に掴まれていて、身動きが取れない。


「ええい、じじいめっ。その干からびた手を離さぬかっ」

「はははっ。良い手触りで、つい」


 と言いつつ、オズに睨まれた老人は楽しそうに笑う。


「ジルドさんも、気をつけてくださいね。それと、オズの指導をよろしくお願いします」

「ふむ、任された。なぁに、大船に乗ったつもりで安心しなさい。儂がしっかりと手ほどきをしてやろう」


 ということで。

 連れて来ましたおじいちゃん!

 いいや、違う。ジルドさんです。


 最後に、僕たちの話になった。

 それはもう、涙あり、感動ありの大騒動。……というのは嘘で。


 砥ぎ石を借りに、アームアード王国の王都へと向かった僕たち。

 そこで、ジルドさんに事の成り行きを話しているうちに、思いついちゃったんだ。


 道具だけじゃなくて、石に関しては玄人くろうとのジルドさん自身を招いちゃえ、とね。

 いや、なにも考えなしの発案だったわけじゃないよ?


 オズは、石を磨いて鏡を作るという。でもさ。磨くだけじゃ鏡にはならないんじゃない?

 そりゃあ、綺麗に反射する石は出来上がるだろうけどさ。

 せっかく磨いた石をそのまま奉納するよりも、彫りを入れたり飾り付けをした方が神饌しんせんとしては立派になるよね。

 ということでジルドさんにお願いをしたら、いま手につけている仕事が終われば受けてくれる、という話になった。

 それで、帰りが遅くなったわけです。


「いやぁ、しかし。儂は正直、腰が引けておったぞ?」

「テルルちゃんですね?」

「儂は魔王などに許された者ではないからね。禁領に入った瞬間、あれが空を割って出るかもと思うと、冷や冷やじゃった」

「ふふふ、それは安心してください。ジルドさんは、僕たちが信用している人だから」


 ジルドさんを招び寄せたし、こうなったらアイリーさんも、と最初は画策したんだけど。

 よく考えると、りゅう墓所ぼしょは、特別な理由でも無い限り老竜たちを刺激しないように、徒歩で移動しなきゃいけない。なので、アイリーさんに会いに行くだけでも時間がかかっちゃう。ということで、今回は諦めました。


「僕たちは禁領を離れちゃいますけど、そのあともよろしくお願いします」

「任せておきなさい。エルネア君たちは自分たちの役目を全うしなさい。こちらは、儂が受け持とう」


 ジルドさんは、禁領の大自然や規格外のお屋敷に驚いていた。

 だけど、久々に旅行気分が味わえる、と楽しそう。

 アーダさんに「ジルドさんは僕のお師匠のひとりなんです」と紹介すると、すぐに打ち解けてくれていた。


 だけど、出会いがあれば別れもある。

 僕たちが禁領へと戻って来た翌日。

 アーダさんに迎えが訪れた。


「ゆるりと休めたであろう?」

「……わたしは休んでいる暇などないのだが?」

「そう言うな。おぬしはなんでも背負いすぎじゃ」


 予告もなく玄関先に現れたのは、アーダさんを導く白い魔女まじょさんだった。


 色素の抜けた、だけど美しい外套がいとうを身にまとった魔女さん。

 全てを超越した美しさと圧倒的な気配に、ミストラルたちだけでなく、ジルドさんも息を呑んでいた。


 そんな魔女さんへ、アーダさんは無遠慮に愚痴を溢す。

 僕たちには絶対に向けない、俗っぽい感情を見せるアーダさんに、やっぱりこの人も普通の女性なんだな、と思っちゃう。


「妹たちにどれだけ迷惑をかけたか……」

「心配はいらぬ。あれはさとい。お主の事情など、言わずとも理解していよう」

「だけど……」


 魔女さんをめつけるアーダさん。

 魔女さんは、そんなアーダさんの視線なんて気にしていない様子で、こちらへお礼を言う。


「世話になった。その者たちがそなたの身内か。結婚をしたそうじゃな?」

「はい! 結婚の儀に招べなくてごめんなさい。どちらに居るかわからなくて……」

「いや、気にする必要はない。どのみちアーダは来られなかったであろうしな」

「そうなんですね」


 魔女さんと話すのは、もっぱら僕とアーダさんくらいだ。

 巨人の魔王と初めて会ったときのように、みんなは硬直しちゃってるからね。

 ミストラルまで緊張するなんて、珍しいけど。


 ああ、でもみんながみんな、緊張しているわけじゃなかったようだ。


「んんっとね」


 プリシアちゃんが、てとてととアーダさんに歩み寄る。


「はい、これ!」


 そして、アーダさんへ両手を差し出す。

 プリシアちゃんの両手には、小さな巾着袋きんちゃくぶくろが乗っていた。


「これは?」


 アーダさんは、屈んでプリシアちゃんから巾着を受け取る。そして、不思議そうに中身を見た。


 僕たちは、巾着の中身がなんなのかを知っている。

 だから、驚いた表情のアーダさんに「成功した」と喜ぶ。


「それは、プリシアちゃんが霊山の上で見つけた水泉すいせんぎょくです。それにみんなで力を込めたんですよ」


 昨日。僕たちは、ちょっとだけアーダさんに嘘をついていた。実を言うと、セフィーナさんは、反省をして引きこもっていたわけじゃない。

 こっそりと。それこそ、結婚前に妻たちが僕に隠れて宝玉に力を込めていたように。アーダさんになにをしているのか暴露ばれないように、作業をしていたんだよね。


「それがいつか、アーダさんの役に立てば良いなと思って」

「あのね。プリシアはまたお姉ちゃんのお話が聞きたいよ?」

「わたくしも、またいつかご指導をお願いしたいです」

「できれば、今度は西の話を聞いてみたいわね」


 プリシアちゃんやルイセイネやミストラルだけじゃない。みんなが、アーダさんとまた会いたいと心から願っているんだ。


 でも同時に、根拠のない不安もあった。

 このまま別れちゃうと、もう一生アーダさんとは会えない予感。

 それでというか。プリシアちゃんの提案だったんだけど。

 出会えた記念に、僕たちはアーダさんへ贈り物をすることを計画して、密かに進めていたわけです。


 首に掛けられるようにと、長い紐のついた巾着袋。その中に入った宝玉を受け取り、アーダさんはとても嬉しそうに微笑む。


「来て良かったではないか」

「はい……」


 魔女さんも、珍しく口角を上げている。

 アーダさんは、大切そうに巾着を首から下げると、渡してくれたプリシアちゃんを優しく抱きしめた。


「では、帰るとしよう」


 そして、いよいよ別れのとき。

 きらきらと、魔女さんの周りにほたるの光のような、星屑ほしくずの乱舞のような輝きが顕れ始めた。


「じゃあ、アーダさん。またいつか!」


 みんなで見送るなか、魔女さんとアーダさんは光に包まれ始めた。

 そのとき、ふとアーダさんが口を開いた。


「もしも……。もしも、いつか。わたしではなく、わたしが心から信頼する者たちがこの地を訪れることがあったなら。そのときは受け入れてもらえるだろうか?」

「ええ、もちろんよ。貴女の大切な人たちなら、喜んで受け入れるわ」


 ミストラルの断言に、アーダさんはなにか救われたような、安らぎの気配を見せた。

 そして、決意を持って魔女さんに言う。


「帰る前に、行きたいところができた」

「それは?」

朱山宮しゅざんぐうへ」


 朱山宮ってどこだろう?

 僕たちの疑問をよそに、アーダさんから行き先を告げられた魔女さんは、少し眉根を寄せていぶかしむ。だけど、アーダさんの望みに異議を唱えることはしない。


 そしてそのまま、光に包まれて消える。

 きらきらと、星屑の残滓ざんしだけが僅かに残っていた。


「帰ってしまいましたね。もう少し、教えを受けたかったです」


 マドリーヌ様が、名残惜しそうに二人が消えた空間を見つめている。


「よし。アーダさんも帰っちゃったし、僕たちもお役目に戻らなきゃね。母さんたちをこれ以上放置してはおけません!」


 オズのことは、ジルドさんにお任せです。

 もちろん、鏡が完成する頃には戻ってくるけど、母親連合のことも気になるからね。


 帰る準備をして、テルルちゃんにも会いにいって。次はまたミストラルの村に戻ってお仕事です。とみんなで確認しあっていると、セフィーナさんが手を上げて申し出てきた。


「エルネア君。できれば、私も禁領に残りたいのだけれど?」

「うん。そうお願いしてくると思っていたんだ。ジルドさんもここには居るしね」

「あら、見透かされていたのね?」

「ふっふっふっ。さすがはお姉ちゃんだよね。実はユフィとニーナから、セフィーナさんがそう言ってくるだろうから認めてほしいってお願いされていたんだ」

「ああっ、エルネア君。それは言わない約束だわ」

「ああっ、エルネア君。それは秘密の約束だわ」


 僕に暴露されて、ちょっぴり赤面するユフィーリアとニーナ。

 口ではいつも妹に厳しい双子の姉だけど、本当は優しいんだ。

 竜王の都で起きた事件をとがめないでほしいと僕に懇願こんがんしたのも二人だし、もう一度修行の機会を与えてほしいと直談判をしたのも二人だ。


 そうそう。

 セフィーナさんは、竜王の都での騒動を反省して、本当は帰るつもりだったんだよね。それをなぐさめて、禁領へと連れてきたのもユフィーリアとニーナです。


「お姉さまたち。ありがとう」


 双子の姉の愛に、セフィーナさんは瞳に涙を溜めていた。

 でも、そこはやっぱり格好良い人です。

 すぱっ、と手で涙を払うと、またいつもの凛々りりしい笑顔に戻り、今度はジルドさんへと頭を下げる。


「ジルド様。よろしければ、ご指導をお願いいたします」

「ふむ。オズの面倒ばかりでも暇じゃし。ようし、みっちりとしごいてみるか」


 ジルドさんは好々爺こうこうや的な笑みを浮かべて、優しくセフィーナさんの肩を叩く。

 その瞬間、セフィーナさんは目眩めまいでも起こしたかのように、がくりとひざを突く。


「ふふふ、まだまだじゃの?」


 セフィーナさんが得意とする、竜気を使って身体の根幹をひねる技かな?

 自分の技を不意打ち気味に受けたセフィーナさんは、頭を抱えてジルドさんを見つめていた。

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