母を訪ねて

 僕たちは、セフィーナさんとジルドさんとオズを禁領に残して、ミストラルの村へと帰ってきた。

 だけど、そこで待っていたのは予想外の展開だった。


「ああ、お前さんたちの母御は、ザンや若輩しゃくはいの戦士たちを引き連れて隣村へ行ったぞ?」


 夏の試練へ向けての訓練を兼ねて、ザンが母親連合と若い人たちを引率して行ったらしい。

 それで、僕たちは慌てて隣村へ向かった。


「ほうほう、あのにぎやかな女性たちはエルネアの身内だったか。それなら、竜背りゅうはいたきへと観光に行ったぞ?」


 そして到着した隣村。だけど、すでにそこには、母親連合の気配はなかった。

 村人に教えてもらった、竜の背中を流れるような滝、すなわち竜背の滝へと向かう僕たち。


「あー。あの綺麗な人族の団体は、君たちの母親なのか。それなら、向こうの山へ山菜採りに行ったぞ? あっ、教えたのは俺だ」


 滝壺たきつぼの近くで釣りをしていた竜人族のおじさんが、緑に溢れる山を指差していた。

 僕たちは、やれやれと肩を落としつつも、言われた山へと踏み入る。


『ちゅんちゅん。来た来た。こっちこっち』

『見た見た。向こうで楽しそうだった』

『でもね、でもね。疲れたから温泉に入りに行くって言ってたよ?』

『温泉は、あっちあっち』


 山に入ると、鳥や動物たちが楽しそうに遊んでいて、母親連合たちの姿も目撃していたみたい。

 でも、やはりここにも居ませんでした。

 はあぁ、とため息を吐きつつ、隠れ温泉があるという場所へ行く。


『ここは今、我が占有しておる。むむ、人族の女たちと竜人族の戦士どもだと? それならば、我と入れ違いで出て行ったぞ。確か、谷の先へ景色を見に行くと言っていたような』


 初老の地竜はのんびりとお湯に浸かりながら、母親連合が向かったという渓谷けいこくを教えてくれた。


 ええい、動きすぎだよっ!

 僕たちは地竜にお礼を言って、渓谷を目指す。

 だけど、内心ではもうぐったりです。


「ふぁー! あの、愉快ゆかいな人たちの身内なのかい!? それなら、楽しそうにこの辺を散策したあとに帰って行ったよ?」


 渓谷では、なにかをさとるためなのか、静かに修行をするひとりの竜人族に出会った。

 彼の話では、もう帰路へと就いちゃったのだとか。

 ここからだと、一旦隣村に寄るはずだよね?

 ということで、ぐるりと竜峰を回った僕たちは、振り出しに戻る。


「ああ、帰って来たよ? でもなぁ……」


 隣村へと戻った僕たちに、村人は苦笑していた。

 そして、明後日の方角を見つめるのであった。






「母さんたち、いったい何をしていたのさ!」


 母を訪ねて三日間。

 探しに探し回り、ようやく追いついた僕たち。

 場所は、ミストラルの村。


 しくしく。

 散々に駆け回った挙句あげく、合流したのがミストラルの村だなんて。

 僕は悲しみに泣いてしまいそうだよ。


「なぁにを言ってるんだい。そもそも、あんたがいつまでもほっつき回っているからじゃないかい」

「ぼ、僕たちも色々と忙しかったんだよ?」

「忙しいにしても、連絡のひとつも入れずに何日もだなんて、それでも護衛役なのかい? もうちょっと、家長としてしっかりとしなさい!」

「はい……」


 というわけで、僕は母さんに正座をさせられていた。


 えええっ!

 なんか、違うんじゃない?

 ザンたちを連れ回し、僕たちを翻弄ほんろうした母さんたちじゃなくて、なんで僕が正座をさせられているのかな!?


 しかも、僕だけですよ?


 ミストラルたちは、芝生の上で正座をさせられながら説教を受ける僕を遠巻きに見つめながら、苦笑していた。


「だいたいね。あんたは自覚というものが足りないのさ。いいかい?……」


 母さんの説教は続く。

 僕は渋々しぶしぶと、母親の長いお叱りを受けることになった。


「あのね。プリシアは鬼ごっこがしたいよ?」

「おい、よせっ。俺たちはお前らの母親に散々と連れまわされて疲れているんだぞっ!?」


 僕の説教の様子を見飽きたのか、プリシアちゃんが村の戦士を捕まえる。

 若い戦士たちが小悪魔の宣告に悲鳴をあげて逃げ出すと、それが合図と勘違いしたプリシアちゃんが追いかけ出す。

 そして始まる阿鼻叫喚あびきょうかんの日常。


「こらっ。ちゃんと聞いているのかい?」

「うん。聞いているよ。それよりもさ、母さん」


 竜峰という危険な土地で何日も会えなかったけど、元気なようで嬉しいよ。と言ったら、ぱこーんっと頭に拳骨げんこつが飛んできた。


 痛い!


 僕としては、比較的安全だと思っていた竜王の都や禁領で騒ぎがあったから、心からそう思っただけなのに。

 痛む頭をさすりながら、僕は母さんの説教をにこにこと受け続ける。


「まったくもう。エルネアのあれは、反省していない顔ね」

「はい。ミストさんからお叱りを受けるときの、いつもの顔ですね」

「……そうね」

「エルネア様らしいですわ」


 ライラさん、僕らしいってどういうことかな!?

 それと、僕っていつも反省していないように見えているの?

 一応、怒られたらちゃんと反省してるのにね。


「一応は駄目にゃん」

「むむむ、そうなのかな?」


 鬼ごっこで逃げ回っていたニーミアが、僕の頭の上に避難してきた。

 ニーミアを追って、アレスちゃんが突進してくる。それを僕はやんわりと抱きとめると、アレスちゃんも僕にぎゅっと抱きつく。


「んんっと、お兄ちゃんが次の鬼ね」

「やれやれ、あんたたちは……」


 がみがみと説教をしていた母さんも、幼女の奔放ほんぽうさには敵いません。

 それでお叱りが終わると、僕は早速鬼になって村人を追いかけ回す。


「まぁーてぇーっ!」

「きゃーっ」

「エルネア君が村の女性のお尻を追いかけ出したわ!」

「エルネア君が村の女性の未婚者を追いかけ出したわ!」

「えええっ、誤解だよっ!?」


 そんなつもりは毛頭なかったんだけど、ユフィーリアとニーナの指摘に、仕方なく狙いを変更する。


「あら、こんなおばさんでも良いの?」

「うひっ」


 スフィア様が近くにいたので狙ったら、怖いことを言われました!


「お前は、女なら誰でも良いのか」

「ザン!」


 僕を見て深くため息を吐くザンが、残念そうな視線を向けている。

 ようし、こうなったらザンを捕まえて、ぎゃふんと言わせてやるんだからねっ。


 というわけで、竜気全開でザンに狙いを定めた。


 手加減なしで跳躍をすると、殴るつもりで腕を伸ばす。

 ザンは限界ぎりぎりまで僕の動きを見極めると、さっと最小限の動きだけで回避した。

 僕は、初手が回避されるのは織り込み済みで、そこから身をひるがえして蹴りを繰り出す。と見せかけて、空間跳躍で背後に飛ぶと、蹴りの続きを放つ。

 だけど、ザンはそれもお見通し。

 僕に触れると鬼になっちゃうから、当たらないように身を翻しつつ、拳をこちらに向ける。


「うわっ!」


 触れてもいないのに、吹き飛ばされる僕。

 竜気の波がザンの拳から放たれて、それをまともに受けちゃった。


 ううむ、さすがはザンです。

 お尻のほこりを払いながら起き上がると、もう一度ザンに対峙する。

 そうしながら、禁領に残してきたセフィーナさんのことを思う。


 格闘といえば、ザンか竜王のヤクシオンだ。だけど、セフィーナさんはそうした竜人族を代表する格闘家に師事せず、あえてジルドさんに鍛錬を願い出た。

 きっと、セフィーナさんにも色々と考えがあってのことなんだろうね。

 次に会うときは、オズの鏡が完成したときかもしれない。

 ジルドさんからいっぱいいろんなことを教わって、成長していると良いな。


 セフィーナさんは強い人だ。

 禁領での生活は過酷で大変かもしれないけど、彼女なら大丈夫。

 だから、僕たちもセフィーナさんのことばかり心配しないで、自分たちのことにも目を向けなきゃね。

 バルトノワールを筆頭として、魔族の国で暗躍する者たち。彼らと対峙したときに遅れを取るわけにはいかない。


 ということで、僕は改めて竜気を膨れあがらせると、思いっきり跳躍した。


「っ!」

「ふはははっ。ミストラル、油断していたね? ……うぎゃっ」


 僕は、視線の先で油断なく身構えているザンにではなく、鬼ごっこを静観していたミストラルに襲いかかった。

 だけど、手首を掴まれた僕は、思いっきり投げ飛ばされちゃった!


 ひどい。

 これが、愛する夫に対する仕打ちですか……


 あっ、でもさ。僕に触れたということは?


「んんっと、次はミストが鬼ね?」

「はいはい。それじゃあ、わがままな子を捕まえて、お勉強をさせましょうかね?」

「いやいやんっ!」


 ミストラルに狙われたプリシアちゃんは、きゃっきゃと逃げ回る。

 おそるべし、耳長族の幼女。

 竜姫りゅうきから本気で狙われているというのに、実に楽しそうです。しかも、なかなか捕まらない。


「あんたたちは、帰ってきて早々に相変わらず賑やかだねえ」

「うん。だって、それが僕の家族の取り柄だもん」


 僕の隣にやってきた母さんは、ミストラルの村で繰り広げられる壮絶な鬼ごっこを楽しそうに見ていた。


 母親連合に混じって、母さんも竜峰へと旅行に行く、と聞いたときはすごく心配したけど。どうやら、母さんは旅行を思う存分に満喫できたみたいだね。

 今夜は、僕たちの不在の間に母さんたちがどんな観光をしてきたか、いっぱい聞こう。

 きっと、楽しい思い出ばかりに違いないからね。


「カレンさん。帰ったらまたお屋敷のお仕事になるだろうけど、大丈夫? 冒険に目覚めちゃって、旅に出たいとかならない?」


 母さんの側にいつも控えている、筆頭使用人のカレンさんも、満足そうな顔をしている。


 カレンさんは、いつもしっかりとお仕事をこなす立派な人だ。だけど、どうなんだろう?

 いつもが大変な毎日なので、こうして一度羽を伸ばしちゃうと、そのままどこかに飛んで行っちゃいそうな予感がするよ?

 すると、僕の心配を感じ取ったのか、カレンさんはぴしり、と身を正して返答した。


「今回は同行させていただき、一生の思い出になりました。エルネア様と奥方様には、心より感謝しております。ですが、このカレン。イース家にご奉仕することが生き甲斐ですので、これからも目一杯務めさせていただきます」

「ありがとう。それじゃあ、これからもユフィとニーナの面倒はよろしくね?」

「はい。お任せください!」

「エルネア君とカレンがひどいことを言ってるわ」

「エルネア君とカレンが結託しているわ」


 僕とカレンさんの会話が聞こえたのか、ユフィーリアとニーナが頬を膨らませて抗議してくる。

 それで、僕たちは慌ててセーラ様の背後に隠れた。






 こうして、いつも通りの賑やかな日常は過ぎる。

 そして、母親連合の旅の終わりも迫ってきていた。


 母さんたちはミストラルの村を起点として、あっちに行ったりこっちに行ったり。

 近場だと、ザンや新米戦士の人たちが護衛を受け持ってくれる。

 遠くへ行くときは、もちろん僕たちが同伴します。


 そうそう、遠出といえば。

 母さんたちも、竜騎士りゅうきしになりました!


 と言うと、ヨルテニトス王国の騎士様たちが悲しむので、絶対に言えません。

 とはいえ、遠出するときに飛竜に乗せてもらった母さんたち。

 母さんとカレンさんは二人で一緒に騎乗していたけど、他の王妃様たちは違った。

 最初に僕たちから乗り方を教わると、あとはもう、ひとりで飛竜にまたがり、空を自由に飛び回っていた。


 まあ、飛竜たちが優しかったってのもあるけどさ。まさか、ああも易々と飛竜を意のままに操るとは。

 おそるべし、母親連合!

 竜人族の人たちも、これには仰天していたっけ。


 そんなこんなで、とうとう帰る日がやってきた。


 お土産てんこ盛りになった地竜たち。

 帰りは少し歩いてみたい、と言う母さんたち。

 飛竜たちも一緒に竜峰を下って、僕の実家へ遊びに行くらしい。


『うわんっ、戻って来たよっ』

『遊びに来たよぉー』


 そして、どこかへと行っていたフィオリーナとリームも合流すると、いよいよ帰路に就く。


 村のみんなにお礼とお別れを告げて、いざ、竜峰の大自然へ足を踏み入れる僕たち。

 すると、見送りに来てくれたのか、一緒に帰ってくれるのか、レヴァリアも飛んで来た。


 そして、咆哮一発。

 悲鳴をあげて逃げ惑う地竜や飛竜たちに、帰りも騒がしくなりそうだ、と確信する僕たちだった。

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