竜の森は今日も元気です

「おい、エルネア。大変なんだ!」

「うん、どうやら大変なことが起きているみたいだね。急いで対処するね!」


 帰りの旅も色々と騒動があって、本当に大変でした……。となげいている場合ではない。

 アームアード王国の実家に帰って来た僕を待ち受けていたのは、次なる混乱だった。


 ただいま、と腰を下ろす暇もなく実家に飛び込んで来たのは、満身創痍まんしんそういになったスラットン。

 僕は、肩で荒く息をするスラットンをねぎらいながら、王都を襲う混乱を引き継ぐ。


「それじゃあ、みんな。竜族のことは任せました。行ってきます!」


 実は、僕以外の妻たちや母親連合の面々は、まだ竜の森のなかを移動している最中なんだ。

 僕は竜峰の東のはしで母親連合と別れて、竜族を引き連れて直接王都に入った。

 母親連合が竜峰を旅行していたなんて露見すると大変なことになるし、樹々が密生する竜の森に巨躯きょくの地竜たちを入れるわけにはいかない。という理由から二手に分かれて実家を目指したわけなんだけど。

 まさか、王都が危機に陥っていただなんて!


 実家の使用人さんたちに、お客さんである竜族への対応をお願いすると、僕は一目散にお屋敷を出る。

 すると、竜族の群を引き連れて王都を練り歩いたせいか、僕の帰りに気づいた政府の高官たちが血相を変えて来訪してきたところだった。


「エ、エルネア殿!」

「王都がああぁぁぁっっ!」

「エルネアよ。儂らはいったい、どのような過ちを犯してしまったのだ!?」


 なんということでしょう。

 お偉い様がただけだと思ったら、王様も来ちゃってました!


「え、ええっと……。と、とにかく! あとのことは僕に任せてください。ほら、王妃様たちも、そろそろ帰ってくると思いますし!」


 本当なら、国で一番偉い人がわざわざ出向いて来ているんだから、それなりの対応をしなきゃいけない。だけど、僕は王様に軽く挨拶をしただけで、実家を後にした。

 なにせ、一刻を争うような大事件なんだ!


 王都の街並みを、全力疾走で駆け抜ける。

 建ち並び始めた家々をじっくりと見て回る暇もなく、大通りを南下する。

 竜気を宿した脚力は、馬だって追い抜いちゃう。


 えっ、空間跳躍?

 慌てすぎて忘れていました。


 街から抜け出し、田園が広がる王都南部に足を踏み入れたあたりで、僕はようやく足を止めた。

 はぁはぁ、と心地いい疲労感に包まれる、火照ほてった身体。

 だけど、心は急速に冷え始めていた。


 ざわざわと、森が元気に揺れている。

 伸ばした枝葉いっぱいに春風を受けて、幸せそうな木々たち。

 太陽の光を浴びて、すくすくと森が育っている。


 そう。……育っているのです!


「ええっと。畑はもうちょっと南にまで広がっていたはずだよね?」


 竜の森へと毎日通っていた、十四歳の頃の記憶を探る。

 うむ。たしかに、もっと先にまで田園風景は広がっていたはずだ。

 というかさ。王都の復興のために、竜の森の木を少しだけ伐採できるようになって、南部の森林はちょっとだけ森の密度が薄くなっていたはずなんだよね。


 それなのに……


 僕の見つめる先。

 それこそ、畑何枚分かをはさんだ目と鼻の先に広がる風景は、しげった森のそれだった。


 王都を襲う危機。それは、竜の森の、原因不明の浸食だった。


「ええっと、なんでかなー?」


 胸に手を当てて考えて見ましょう。……うむ、心当たりなんてありません!


 いやいや、本当だよ!?

 と、誰に対してなのか弁明しておく。


 だってさ。

 僕は母親連合の付き添いとして、竜峰に入っていたんだ。

 まあ、途中で魔族の国に行ったり禁領に入ったり、王都にだって戻ってきたけどさ。

 そうそう。

 砥ぎ石を取りに王都へ戻ってきたときは、まだ竜の森に異変なんてなかったよね。

 ニーミアに乗って、みんなで戻ってきたんだから見間違えなんてしていない。


 ということは、竜の森が急速に広がり始めて王都へ迫ろうとしているこの危機は、ここ最近になって起こった事件ということなんだよね。

 というか、スラットンはなんで満身創痍だったんだろうね?


 あの切羽詰まった形相から察するに、僕の実家に駆け込んでくるまでは、森の浸食に対応していたと思うんだけど。

 ああ、そういえば。

 スラットンだけが家に来ていたけど、他の勇者様ご一行はどうしたのかな?

 お嫁さんのクリーシオだけじゃなく、勇者のリステアたちの姿がなかったことに、今更ながら嫌な予感を覚える。


「でもまあ、行くしかないよね」


 覚悟を決めて、僕は竜の森へと足を踏み入れた。






「うひょーっ」


 僕の足を絡め取ろうと、つたが伸びる。


「うひゃーっ」


 空間跳躍で逃げると、着地地点に突然と縦穴が出現して、落ちそうになる。


「どひゃーっ」


 枝に飛び移ろうとしたら、木に避けられちゃった!


「ぜぇぜぇ……」


 そして、気づくと竜の森の入り口に立っている僕。


「ええい、この程度の迷いの術で僕をどうこうできると思ったら大間違いなんだからね!」


 ようし、僕も本気を出すぞ。と空間跳躍を発動させて、今日何度めになるのか、僕は竜の森へと入って行った。






「やあ、リステア!」

「よう、エルネア……」


 そして、迷うこと半日。

 僕は、蔓に縛られたリステアを発見した。

 ううん、リステアだけじゃない。


「ええっと、セリースちゃん。た、楽しい?」

「エルネア君には、楽しそうに見えるんですね?」

「うう、ごめんなさい」


 セリースちゃんは、巨大なお花に食べられてました!


 いや、巨大なお花はたわむれているだけなんだけど、胸から下を飲み込まれたセリースちゃんは、まるで食べられているように見えたんだ。


 リステアの助言をもとに、周囲を探す。すると、リステアとセリースちゃん以外に、クリーシオたちも散々な目にあっていた。


「なるほど、スラットンが満身創痍になっていた理由はこれか!」

「あいつめ、俺たちを残して逃げやがったんだ」

「でもまあ、そのおかげで僕に救援要請できたんだから良かったんじゃない?」

「エルネアよ。そう思うのなら、早く助けてくれ……」

「そうでした!」


 蔦に縛られているリステアが、なんだか大自然の一部のような気がして、救出するのを忘れていたよ。

 ちなみに、セリースちゃんたちは見つけ次第助け出していた。


「これがエルネアの、男と女の扱いの違いなのか……」

「ご、誤解だよっ」


 全身に絡まった蔦から解放されたリステアは、水筒の水をがぶ飲みしながらぐったりと地面に座り込む。

 どうやら、僕が来るまで、そうとう大変な目にあっていたようだ。


「それで、エルネア。この竜の森の異変になにか心当たりはあるのか? いいや、あるんだろう?」

「うっ……。僕はなにも知らないよっ」

「嘘をつけっ。お前の嘘は簡単に見分けられるんだよっ」

「ぐええっ、リステア。首を締めないでっ」


 まったくもう。助けてあげたというのにこの仕打ちとは、本当に残念だよね。


「で、エルネア君。原因はなんでしょうか?」

「ううっ、セリースちゃんまで!」


 気づくと、僕は勇者様ご一行に囲まれていた。

 これって、明らかに僕を疑っているよね。

 でも、ちょっと待って!

 ほ、本当に原因はわからないんですよっ。


 ただ、全くわからないわけではない。

 少しだけわかっている状況もある。

 それで、僕はリステアから解放されると、今現在判明していることを伝えた。


「これだけ迷いの術が深いのと、森の植物たちがざわめいている原因は、精霊たちにあると思うんだよね」


 スレイグスタ老が竜の森に施した迷いの術は、森へ踏み入った者たちを無闇やたらと惑わせるような、迷惑なものじゃない。

 それに、植物たちを操ってまで妨害工作なんてしません。


 逆に、精霊たちが悪戯いたずらで術を使っちゃうと、こうした大迷惑に発展しちゃう。

 前にも、耳長族の人たちを困らせていたよね。


「だけど、森が急に成長するなんて……?」

「ここ数日なんだ。最初は、畑仕事に出ていた者たちからの報告だったんだよ。朝起きて、自分の畑に行ったら、竜の森に飲み込まれていたってな」


 リステアの報告に、むむむと唸る僕。


「ほら、エルネア君はヨルテニトス王国でもお花を咲かせたじゃない? これも、エルネア君の仕業かと思っていたんだけれど?」

「うわっ、セリースちゃんひどいっ。僕が母親連合を連れて竜峰に入っていたのを知ってるでしょ?」

「だけど、エルネア君だし、ねぇ?」


 セリースちゃんを筆頭として、勇者様ご一行の面々はお互いに顔を見合わせると、全員が苦笑いを浮かべた。


「しくしく、僕の評価って……」

「よしよし、お前が原因じゃないことはわかった。それで、他に知っていることは?」


 リステアに慰められながら、僕はもう少し考えを巡らせてみる。

 でも、思いつかない。

 精霊たちの悪戯が関わっていることはわかるんだよ?

 だけど、やはり気になるのは、森の急成長だ。


 この場に僕の身内が誰かひとりでもいたら「原因は明白です。霊樹の精霊でしょ?」と言っているだろうね。

 でも、強く否定をさせてもらいます。


 そりゃあ、過去に僕がなまけたせいで、実家が樹々に覆われたなんて事件はあったけどさ。

 今回は、竜峰に入る前と、途中で王都に寄ったときに、ちゃんと霊樹の精霊さんに話を通しているんだ。

 霊樹の精霊さんも、前もって話していれば怒ったりしない。

 だからこそ、原因が不明なんです。


 ただ、竜の森の最深部にいる霊樹の精霊さんのことや、精霊たちのお引越し騒動を口にするわけにはいかない。

 たとえ勇者のリステアでもね。

 ということで黙ってしまった僕を見て、リステアたちも難しい顔をしていた。


「とにかく、僕は森の奥まで行ってみるよ。耳長族の人たちがなにかを掴んでいるかもしれないし、竜の森のことなら、おじいちゃんに聞けば良いしね!」


 僕はリステアたちに気をつけて帰るように言うと、竜の森の深部へ足を向けた。






「おじいちゃん!」

「ぶぇっっっ」

「いや、それは良いからさ」

「……汝は冷たいのう」


 耳長族の村へ行こうかとも思ったんだけど、先に苔の広場へとたどり着いちゃった。

 ということで、早速スレイグスタ老に、竜の森の異変について聞いてみる。


「汝はよくやっておる。人どもも、森との約束を守り暮らしておる」

「じゃあ、なんで竜の森の浸食が始まったのかな?」

「ううむ、それは精霊めに聞いてみるしかあるまいよ」

「ということは、やっぱり霊樹の精霊さんが原因なのかな? 僕のせい?」

「いいや、それはないであろう。言ったであろう。汝はよくやっておる、とな」


 竜の森に危害が及ぶ場合、スレイグスタ老は容赦をしない。だけど、逆に森が広がったり豊かになることに関しては容認するんだよね。

 だから、竜の森の境界が広がったことに関して、スレイグスタ老は気に留めていても関与しない方針みたいだ。


 そして、半分だけ安堵あんどする。

 苔の広場へは、スレイグスタ老のお世話をするために毎日ミストラルが通ってくる。それなのに、彼女に森の異変を伝えなかった理由は、森に危害が加わっていないという証拠だ。


 では、今回の騒動はいったいなんなのか。

 スレイグスタ老も、精霊たちの関与を疑っている。

 でも、僕のせいではないとも言う。

 それじゃあ、なにが原因で、なにが最終目的なのかな?

 まさか、耳長族が原因だとは思えないし。


「それを確かめるためにも、汝は精霊のもとを訪れなければならぬ」

「はい、行ってきます!」


 こうして僕は、息つく暇もなく苔の広場を出て、巨大な霊樹の根もとへ向けて走った。


 古木の森をさらに深く進むと、ミストラルでさえ許可なしでは入れない禁制の森になる。

 スレイグスタ老の許可を受けずに入れるのは、僕くらいかな。

 みんなは、よく僕をうらやましがっている。とくに、プリシアちゃんは。


 でも、なんとなく理由はわかるんだ。

 竜の森は、苔の広場まではスレイグスタ老の管轄。その奥は、霊樹の精霊さんの意志が強く反映する森なんだと思う。

 もちろん、竜の森全体を護ることこそがスレイグスタ老のお役目なんだけど、こと霊樹に関しては、その属性である霊樹の精霊さんの影響を考慮しているんだろうね。


 ちなみに、精霊大好きっ子のプリシアちゃんが入れない理由は……。

 幼女を入れちゃうと、それこそ精霊たちと一緒になって手がつけられなくなるからです!


 霊樹の周りの森には、多くの精霊さんたちが暮らしている。

 現に、森を疾駆しっくする僕を見つけて、わらわらと精霊さんたちが集まり出していた。


 僕はいろんな属性の精霊さんたちを引き連れて、霊樹の根もとにいるだろう霊樹の精霊さんへ会いに行く。


「こんにちは!」


 そして、目的地にたどり着く。


 天を貫くようにそびえ生える巨大な霊樹が、枝や葉をさわさわと揺らして僕を迎えてくれた。

 霊樹の太い根の側に立って頭上を見上げていた霊樹の精霊さんが、僕へと視線を移す。


 いつもの精霊さんだと思った。

 でも、違った。


「よく来たな。それでは早速だが、霊樹の木刀に姿を変えた子を没収させてもらおうか」

「えええっ!?」


 突然の宣告に、僕だけじゃなく、腰に帯びた霊樹の木刀と、気配だけで付いてきていたアレスちゃんも驚愕きょうがくしていた。

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