遠い未来の為に

「貴様ら、どうやって地下牢から抜け出してきた! そこのお前。貴様もなぜここに居る」


 グレイヴ様は僕とミストラルとライラを指差し、怒りも露わに詰め寄ろうとする。そこへ間に割って入ったのは、マドリーヌ様と双子王女様だった。


「ここは神殿内です。王子殿下とはいえ、私が迎えた客人へのご無礼は容認できませんよ?」

「王子は知らないのね。エルネア君への疑惑は解消されたのよ」

「王子は知らないのね。この大使が間違った判断で出した手配は取り消されたのよ」


 女性三人に言葉と身体で行く手を遮られて、ぎぎぎとグレイヴ様は顔を引きつらせて僕を睨んだ。


 僕も、女性に守られているばかりではいけない。壁を作ってくれた双子王女様とマドリーヌ様の間から一歩前に出て、できる限り丁寧にお辞儀をする。


「今更ですが。前触れもなく、飛竜に乗っての突然の訪問をどうかお許しください」


 冷静に、冷静に。

 計り知れない存在のスレイグスタ老と常日頃から接していたせいか、威勢のいい人や高圧的な態度の人を前にしても物怖じはしない。だけど、グレイヴ様は別。ちょっと苦手。最初にアームアード王国で会ったときの印象が強すぎるのかな。


 苦手意識を気取られないように注意しながら、言葉を続ける。


「僕たちはゆえあって、アームアード王国のさらに西に広がる竜峰からやって来ました」

「竜峰からだと? 馬鹿を言うな。貴様はアームアードの国民だろう。の国の王城や離宮で貴様と会っている俺の記憶力を馬鹿にしているのか」

「いいえ。そうではありません」


 苦笑しそうになり、慌てて愛想笑いで誤魔化す僕。


 平民の僕なんかを覚えているなんて、素直に光栄だと思っても良いのかな? でもなぜか全然嬉しくないです。


「覚えていただいて、光栄でございます。ですが、竜峰から来たのは真実です。僕はいま、竜峰で暮らしているのです」


 そう言って、僕はミストラルを紹介する。


「彼女は竜人族であり、僕の将来のお嫁さんです。彼女の村で、竜人族の習慣を学んでいるんです」


 グレイヴ様の視線が一瞬だけミストラルに移るけど、すぐに僕へと戻される。


「そのような戯言を信じろというのか」


 人族は、相手を見ただけで種族を判別する能力がない。だからミストラルを竜人族ですと紹介しても、普通の人族ならまともに信じようとはしない。

 人族にとって、竜峰とはそれくらい別世界であり、竜人族とは話のなかでしか出てこないような種族なんだ。


 だけど、事実なんです。

 そして、王子様相手にお嫁さん自慢をしたいわけではありません。話のきっかけを作っただけです。

 僕の突飛な話の振りに、グレイヴ様は訝しがりつつも、一方的に自分の我を通そうとしていた気配を若干引き込ませた。


「エルネアと言ったか。貴様の名前を覚えているぞ。貴様はその女を妻にするのか。ならばユフィーリアとニーナの言葉は何だ?」

「私もエルネア君と結婚するわ」

「私もエルネア君のお嫁さんになるわ」

「な、なにっ!?」


 双子王女様の言葉に、今まで以上に顔を引きつらせるグレイヴ様。


「エルネアッ。貴様、これはどういうことだ!」


 額に青筋を立てて僕に詰め寄ろうとしたとき。隣でしゃらんと澄んだ錫杖しゃくじょうの音が響いた。


「殿下、私の前で客人への手荒な行為は容認しませんよ?」


 微笑んではいるけど、王族にも有無を言わせないだけの迫力を見せたのは、巫女頭のマドリーヌ様だった。手にした錫杖を鳴らし、グレイヴ様の動きをけん制する。


 僕も、今ここで揉めたくはありません。

 マドリーヌ様の存在のおかげで、グレイヴ様はなんとか僕の話に耳を傾けてくれている状態に戻ってくれる。

 とても有り難いことです。


 そして、今のこの状況を利用しない手はない。


「ええっと、双子王女様の言葉は真実です。さらに言うなら、後ろに控えていますライラという女性と、巫女のルイセイネも僕の将来のお嫁さんなんです」

「な……なにっ……」


 絶句するグレイヴ様。


「そして、僕たち全員が紅蓮の飛竜に乗って竜峰からやって来たことも事実です」


 紅蓮の飛竜という言葉に、グレイヴ様が反応した。わなわなと唇を震わせるけど、なかなか言葉が出てこない様子。


 きっと、双子王女様や他の女性陣のことを問いただしたいという思いと、暴君に関する事柄で、言いたいことが一辺にあり過ぎて、言葉にならないんじゃないかな。


 グレイヴ様の様子を伺うように待つと、何度か唾を飲み込んだ後に、ようやく言葉を発した。


「そうだ。貴様にはあの恐ろしい飛竜を操り、飛竜狩りを妨害した容疑が別にあるではないか。罪人の分際で脱獄しただけではなく、王女や巫女をたぶらかすのか。許さぬぞっ」


 たぶらかしているなんて言いがかりです。その辺りはきっちりと弁明したいところだけど、今はせっかく暴君の方へと話が向いたので、そちらを優先させることにした。


「殿下。飛竜狩りの件については多くの誤解と間違いが有るのです。あの紅蓮の飛竜は、名前をレヴァリアと言います。その件でお話をさせてください」

「断るっ!」


 即答。早いっ。


「なぜ俺が貴様の言葉に耳を傾けなければならぬ。貴様は罪人なのだ。罪人は大人しく地下牢で処罰のときを待つのが道理」


 ぎろり、とグレイヴ様はマドリーヌ様に視線を移す。


「巫女頭よ。貴女はこの者を客人と言ったか。よもや貴女が脱獄を手助けし、かくまっていたのではありますまいな?」


 な、なんて言いがかり!

 よりにもよって、巫女頭様に疑いの眼差しを向けるなんて!


 まさか自分が妙な言いがかりをつけられるとは思ってもみなかったのか、マドリーヌ様の表情が険しくなる。


「ヨルテニトス王国の巫女頭である私を疑いになるのでしょうか」


 今度はマドリーヌ様とグレイヴ様の間に一触即発の雰囲気が出て、僕は慌てて間に入った。


「殿下、誤解です。巫女頭様は……」


 僕が弁解しようとしたとき。


「兄上、やはりここにおいででしたか」


 グレイヴ様が勢いよく入って来たときから開けっ放になっていた扉の先に、ひとりの少年が立っていた。


「フィレル殿下」


 僕の漏らした言葉に、グレイヴ様が背後を振り返る。


「フィレル。なぜ貴様がここに居る。お前には勝手な行動の反省を込めて自室での謹慎きんしんを申し渡していたはずだが?」

「はい。ですが親友であり恩人でもあるエルネア君への疑惑を晴らすためにやって来ました」


 怒気を露わにするグレイヴ様に物怖じせず、フィレルは部屋の中へと入ってきた。そして先ずはマドリーヌ様に一礼する。


「巫女頭様、エルネア君の保護をありがとうございます」


 そして、フィレルはグレイヴ様の正面に立ち、言う。


「もう一度、昨夜と同じことを言います。エルネア君のおかげで僕は竜峰で生き延びることができたんです。はくの説得と協力も、彼のおかげです」


 ずいっ、と一歩前に出るフィレル。


「それと、エルネア君は脱獄なんてしていませんよ。僕の許可で牢から出てもらい、巫女頭様に疑いが晴れるまでの間、庇護ひごをお願いしたのです」


 ええっと、そうなんですか?


 ちらりと僕とマドリーヌ様を見たフィレル。ここは彼の助け舟に有難く乗ろう。


「お前の許可だと? 何の権限があって独断をするのだ」


 グレイヴ様も負けじと一歩前に出て、目と鼻の先の距離で視線を交差させる兄弟。


「兄上こそ、何の権限があって、北の地竜暴走を単独で止めた彼を地下牢へと入れたのです」

「なに?」

「竜騎士メディアとトルキネアの報告を受けていないのでしょうか。エルネア君が地竜の暴走を止めて、卵泥棒を捕縛したのですよ」

「ははん、報告は受けた。しかしそれなら尚のこと、エルネアという少年を自由にさせるわけにはいかぬ。この者は恐ろしい飛竜を使役し、もしや地竜とも通じているかもしれぬではないか。地竜の暴走が自作自演だという可能性も否定できぬ」

「……兄上。僕たちは昨日ヨルテニトス王国に入ったばかりですよ? どうやって北の山岳地帯の地竜と通じ合えるのです。それに、エルネア君に卵泥棒を捕縛するように命じたのは僕です。彼の功績を自作自演だと疑うということは、共に行動し、命じた僕も疑うということでしょうか」

「ぐっ……それは……」


 同じ王族であり弟のフィレルを疑いにかけるということは、そのまま王族の信用問題へと発展してしまう可能性がある。さすがのグレイヴ様もそこに気づき、一瞬だけ言葉を詰まらせた。


「しかし、飛竜狩りの際に多大な犠牲を及ぼした恐ろしい飛竜を連れてきた事実は誰の目にも明らかだ」


 グレイヴ様はフィレルと距離をとると、また僕へと視線を向けた。


「はい。レヴァリアを連れてきた事実に間違いはありません。そして、それについて話をさせてください」


 ようやく話が暴君へと戻ってきた。

 部屋に詰めるみんなの視線が、僕へと集まる。


「レヴァリアが飛竜狩りを邪魔していたことは事実です。現地で相対した王子殿下はそのことを一番ご存知だと思います。そして、僕はそれを確かに知っていて、黙認していました」


 暴君へは、なるべく死者を出さないようにお願いをした。だけど、妨害自体は止めてとは言わなかった。


「ですが、僕はレヴァリアを使役しているわけじゃありません」

「ふふん。使役していないから無罪だと言い逃れをしたいのか」

「いいえ、違います。もう一度話が戻りますが、僕はそのことで誤解と間違いをお伝えしたいのです」


 双子王女様に会いに来たらマドリーヌ様と僕たちが居て。お嫁さんが一杯だったり、途中からフィレルが登場したり。さほど大きくない部屋で多くのことが短期間に起きて。だけど、王子として混乱を見せるわけにもいかず、そのために頭を全力回転させて乗り切ろうとしているおかげで、グレイヴ様は僕の話に僅かながらでも耳を傾けてくれた。


「僕が飛竜狩りを黙認してきた理由。レヴァリアを連れてきた理由をお話しします」


 竜騎士団の在り方について、竜族とヨルテニトス王国の関係はフィレルにお任せをすることにしている。それは国の当事者である彼らの仕事で、国に関わりのない僕が口を挟んでいいような問題ではないから。

 だけど、竜峰のことに関しては別だ。

 だから、はっきりと言わせてもらう。


「レヴァリアは僕との約束で、これから先もずっと、竜峰のために活動をしていきます。そのなかにはもちろん、同胞の竜族を守るために飛竜狩りなどを妨害する活動も含まれます」

「なにっ!?」


 グレイヴ様が目尻を釣り上げる。


「捕まえた竜を何度も死にかけるくらい虐待して使役するのは間違ってます!」


 竜族だって意思を持っている。そんな種族に虐待を繰り返し、逆らえないように痛めつけて使役するなんて、奴隷と一緒だ。人族同士は奴隷を禁止しているのに、他種族なら問題ないなんて、それはまるで魔族や神族と同じ思考で野蛮でしかない。

 飛竜狩りなどという手荒で犠牲の多く出る手法でなくても、僕やフィレルのように心を通わせることで、協力してくれる関係にならないだろうか、とグレイヴ様に訴えかける。

 そして、そうなるように努力してもらいたい。申し訳ないけど、強制的にそのような変革が起きてもらうように、今後は飛竜狩りを邪魔することを伝えた。


「き、貴様は誰の味方なのだ!」


 竜騎士団にとって、竜族という存在は必要不可欠だ。それを確保するための飛竜狩りを邪魔すると宣言した僕に、グレイヴ様は怒りを向ける。


「ええっと、厳密には誰の味方でもないです」


 そこが誤解です。

 今までの話では、僕は竜峰側、竜族に味方しているととられても仕方ない。だけど、そうじゃない。人族側に一方的な要求をしているわけじゃない。


 飛竜狩りは確かに妨害します。だけど、それ以前に、竜族に対しては人族の挑発に乗らないように促す。

 飛竜は好戦的なんだ。人族が飛竜狩りを始めれば、やれるものならやってみろ、と自分から首を突っ込んでくる。そういったことを自重するように今後は働きかけをするし、それでも好戦的な竜なんて後は自己責任でしかない。だけど飛竜の狩場は、そうじゃない普通の飛竜も餌を取りに来る。僕はそういった飛竜が標的にされた場合には妨害しますと補足を入れた。


 そして、竜族には好奇心旺盛な竜もいる。そのなかでヨルテニトス王国で活動したいという竜族を探し出し、そういった竜を竜騎士団へと斡旋あっせんすることができないかと、飛竜狩りの代替案だいたいあんを提示した。


「貴様の言っていることは戯言。夢物語だ!」

「はい。竜と心を通じ合わせられる僕やフィレル殿下。そして竜族の協力やヨルテニトス王国側の理解がなければ、夢物語だと思います。ですが、みんなの将来のために、一歩ずつでも今から前に進みたいと思っています」


 僕はしっかりとした眼差しでグレイヴ様を見据える。

 ここで彼ひとりを説得できないようでは、ヨルテニトス王国は動いてくれない。


「兄上。僕もエルネア君を支持します。彼の理想は間違っていない。現にいまでも、アーニャのように竜と親密な関係になり竜騎士団の門を叩く者もいるでしょう? 今後はそういった人と竜の友好関係で騎士団を作っていくべきなのです。僕はそのために、引退していた伯に教えを請い、道を広めるために帰ってきたのです」


 フィレルが真剣な眼差しでグレイヴ様を見る。


「エルネア君は人族ではありますが、竜峰で竜人族と竜族から大変にしたわれています。その彼が竜峰の竜族に働きかけてくれると言っているのです。それなら、僕たちがやるべきことは、ヨルテニトス王国側の人と竜の意識の改革です!」


 竜峰のことは任せてほしい。そしてフィレルには、自身で言うように王国側で頑張ってほしい。

 いまここで、僕とフィレルは共通する未来の展望をグレイヴ様に語りかけた。


「し、しかしだな……」


 僕とフィレルの気迫に押され気味になるグレイヴ様。


「殿下。殿下はレヴァリアを恐ろしい飛竜と言いました。確かに飛竜狩りの際にレヴァリアによって被害が出たのは事実です」


 何を今更、とグレイヴ様が僕を見る。


「もうひとつ確かなことを言うと、僕はそのレヴァリアを使役しているわけじゃありません。何度も言っていますが」


 竜峰では、姿を見れば逃げるしかないと全ての者に言わしめた暴君。人族も、今では暴君の恐ろしさを知った。


「レヴァリアの恐ろしさは、相対した殿下にはよくおわかりだと思います」

「あの飛竜を使い、貴様らの要件を飲むように俺を脅すのか?」

「いいえ、違います」


 僕は笑顔を作った。


「どんなに恐ろしく思える存在でも、意思疎通ができればきっと分かり合えるんです。友達になれます。僕とレヴァリアが親友であるように」


 続ける僕。


「レヴァリアは誰からも使役をされていない。ですが王国へと来て、暴れましたか? 中庭で僕たちが捕まる際に逃げ出しましたが、そのときに何かの被害は出ましたか? 出ていないはずです。僕が暴れないようにお願いしていたから」


 僕が暴君を連れてきた理由。

 それは、どんな相手であろうと意思を通じ合わせることができれば、お願いを聞いてくれるくらいに仲良くなれるという見本を見せたかったから。

 竜騎士団にも、恐怖の支配ではなくて友好関係で組織されてほしいという手本のために連れてきたんだ。


「しかし、貴様の言葉を鵜呑うのみにはできぬ。貴様とあの飛竜が使役関係にないなど、他の誰がわかる? 口では上手いことを言っても、真実とは限らないだろう」


 おっしゃる通り。僕と暴君の間の関係を目に見える形で証明することはできない。友情って形には表せられないからね。


「わかりました。それでは僕と竜族との友情を、証明して見せましょう」


 だけど僕は、自信を持ってグレイヴ様に約束した。

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