次の戦場は死霊都市

「良いな。一切の慈悲じひは捨てよ。死霊都市しりょうとしの住民は偽りの者たち。死してなお呪いにより、この世に繋ぎとめられたあわれな亡者もうじゃどもだ」


 竜峰の麓。霊山と千の湖がある禁領で、僕たちは数日を過ごした。

 僕の衰弱が完全に回復する間に、みんなでオルタについて色々と話し合った。だけど、有効な手段が思いつかない。

 どうすればオルタを倒せるのか。


 ラーザ様ほどの封印竜術を使える竜人族は居ない。複数人で術を上重ねする方法もあるらしいけど、それを長期間維持なんてできないみたい。

 実は、ラーザ様はオルタを封印している間、ずっとほこらに篭って術を持続させ続けていたらしいい。

 つまり、竜人族の人に封印を頼む場合、その人たちの人生をオルタの封印に捧げてください、ということになるらしい。

 そんなのは駄目だね。


 でも、それじゃあ封印せずに倒す方法はあるのか、という問題になる。

 腕や脚を切断されたくらいでは、オルタの動きを止めることさえできない。ミストラルの話だと、死霊使いゴルドバのように、肉片が僅かでも残っていれば復活する可能性があるという。現に、三年前。一度オルタの首をはねた事があるらしい。だけど死ななかった。


 では、僕たちに一撃必殺の大技があるのか。

 ミストラルの超大技。僕が魔王城で使った竜術。双子王女様の超破壊竜術。

 試す価値はある。同時に発動させるという手もある。だけど、本当にそれだけで倒せるのかな?

 一斉攻撃なんて、三年前に絶対試されているよね。それも、僕たちのように少人数ではなくて、きっと竜族や竜人族の多勢で。

 でも倒せなかったんでよね?


 ミストラルも「試す価値はある」とは言っても「倒せる」とは言わなかった。


 確実な方法がない。

 思いつかない。

 悩み相談し続けたけど、解決の糸口が見いだせない。

 そして、禁領で呑気に相談ばかりもしていられない。

 幾つかの無謀な作戦や悪手、現実的ではない手段を思いつく程度だった。


 魔王は失望したかな?

 結局僕たちは、オルタを確実に倒す手段を見出みいだす事はできなかった。


 そして、時間の迫った僕たちは、北の魔王クシャリラの魔王城へと戻る事になった。


「もがき苦しむ事だな。何事も思い通りに進む事は少ない。今思い悩んだ事が、今後の糧になるだろう」


 魔王はそう言って笑ってくれた。


 そして、魔王城へと戻ってきた僕たちに、新たな情報がもたらされた。


 ひとつは残念なお知らせ。

 未だに魔王クシャリラの行方は掴めていない。最悪の場合、竜峰へと侵入した魔族軍のなかにいる可能性もある。そうすると、竜峰はいま予想している以上の被害にあう事になる。

 もうひとつは吉報。

 竜峰の北部で行方不明になった竜人族の人々。その行方が判明した。

 場所は、竜峰に近い場所。


 死霊都市。


 魔将軍ゴルドバが支配する、死霊が住まう呪われた都市。

 そこに、囚われの竜人族が居るらしい。


「ただし気をつけてくださいませ。死霊以外にも、呪われた竜人族が防衛に当たっています」


 シャルロットの言葉に、僕たちは覚悟を決める。

 呪われているとはいえ、竜人族を手にかける可能性がある。

 他人任せにはできない。後戻りもできない。


 囚人も竜人族。魔族よりもきっと強い。だけど脱出できないのは、呪われているとはいえ、同胞であり仲間であり、家族であった者が監視をしていて、彼らと戦う覚悟ができないからだろうね。

 だから、僕たちが救出に向かわなければ、囚われている人たちを助け出すことができない。

 囚人を助けたとしても、彼らの身内に手をかけた僕たちは恨まれるかもしれない。だけど、それも覚悟している。

 竜峰の問題を解決するためには、囚われている人たちを助け出すことはどうしても必要なんだ。

 未だに竜峰北部で敵対している人たちを止める方法は、これしかない。


 早速、強襲することになった。


 オルタの前に、先ずは目の前の問題を解決する。

 リリィとレヴァリアに分かれて乗り込み、死霊都市へと進撃する。


 呪われた者を助ける術はない。呪われた竜人族とは戦うことになる。

 では、死霊都市の住民である死霊たちはどうなのだろう?


 死んでいるけど、生前のように生活をしているという。

 竜峰と魔族を巻き込むこの騒動に無関係な死霊たち。でも、死霊はそれ自体が呪われた存在なんだ。

 なるべく死霊には手を出さないほうが良いのかな?

 だけど、巫女のルイセイネとしては死霊は、放っておけない存在である。浄化し、女神様のもとへと送ってあげるのも仕事のうちのひとつ。


 そこへ声をかけたのが、巨人の魔王だった。


「死霊都市の亡霊は全て、ゴルドバの呪いによってこの世に無理やり繋ぎとめられている。遠慮せずに戦うが良い。遠慮はいらぬ、都市ごと滅ぼせ」


 魔王の言葉が後押しなんて、ちょっと複雑な気分だよね。だけど、ゴルドバの呪いなら加減なんてしていられない。


 高速で死霊都市へと向かう僕たちの前に、灰色の霧に覆われた不気味な都市が現れた。

 遠くからだと、陽炎かげろうのように全体の輪郭が揺らめいて見える。


 リリィは低空で死霊都市へと侵入する。

 そして都市の中央、生物の骨でできた吐き気をもよおす城の前の広場に、勢い良く着地する。

 リリィの背中から降りたのは、僕とルイセイネとライラ。そして巨人の魔王。


 巨人の魔王はついて来たけど、手出しをする気は無いらしい。


 上空では、レヴァリアが雄々しい咆哮をあげた。

 人竜化したミストラルがレヴァリアの背中から飛び立つ。


 救出作戦開始だ!


 僕は最初からアレスちゃんと融合し、竜宝玉の力を解放する。

 そして、単独で竜剣舞を舞う。

 竜剣舞に合わせ、ゆらりと地表から竜脈が湧きあがり、乱舞し始める。

 竜脈を自らの力と変え、死霊都市全体へと広げていく。


 白剣の鍔に未だに埋め込まれている霊樹の宝玉から、魔力が身体に流れこもうとする。それを、必死でふさぎ止める。

 巨人の魔王の魔力は絶大だけど、呪われてしまっては意味がない。

 魔力は宝玉内に抑え込んでおく。


 突然侵入してきた僕たちに、住民である死霊たちが逃げ惑い始める。


 本当に、普通に生活をしている死霊なんだね。

 少し胸が痛むけど、覚悟は揺るがない。

 竜気の波紋は死霊都市を覆うように広がっていく。

 同時に、不気味な気配を幾つも感じ取り始めた。


「来るよ!」


 僕の注意にライラが身構え、上空でもレヴァリアが戦闘態勢に入る。

 巨人の魔王は、傍に瘴気の闇を生む。そこからルイララと黒翼の魔族たちが姿を表す。

 黒翼の魔族は空へと散る。


 そして、死霊都市の至る所から死霊軍が湧き始めた。


 戦闘が始まった!


 死霊城の中や都市中から、骸骨や幽霊の兵が僕たちに迫る。


「手応えのある雑魚はいるかな?」


 ルイララは腰の魔剣を抜くと、市街から迫る死霊兵へと突っ込む。


「こちらはお任せくださいですわ!」


 死霊城の方へは、ライラが向かう。


 上空でも戦いは始まっていた。

 骨だけの有翼魔族が、リリィやレヴァリアに迫る。それを、炎を吐き、闇の光線を放って蹴散らす。

 リリィが高速で死霊都市の上空を飛び回ると、地上では大爆発が起きる。

 リリィの背中には、双子王女様が残っていた。


 レヴァリアの背中には幼女たちが乗っているけど、今回は大人しくしてもらっている。

 ニーミアが居る時点で、強力な加護がレヴァリアたちを包んでいた。

 幼女たちには、なるべく安全な場所にいてほしいし、物理攻撃の効かない亡霊などからレヴァリアを守ることもできる。

 一石二鶏いっせきににわとりなのです!


 ミストラルは、迫る亡霊を青白く発光する片手棍で倒していく。

 聖属性のミストラルの攻撃は、物理攻撃の効かない亡霊でも容易く葬れる。

 そして、ミストラルは涼やかでりんとした竜気を周囲に解放する。

 聖属性の竜気に触れただけで、死霊軍は消滅したり動きを鈍らせた。


「それでは、祝詞のりと奏上そうじょうし始めますね」


 竜剣舞を舞い続ける僕の側で、ルイセイネが動き出した。


 姿勢良く直立し、両手を胸の前で合わせる。

 一度大きく深呼吸をすると、ゆっくりと心を込める。そして、古めかしい言葉で祝詞を口にし始めた。


 ミストラルが竜気を解放すると、ルイセイネとの間に法力の繋がりが生まれる。

 僕が左手に持つ霊樹の木刀からも、ルイセイネの薙刀なぎなたを通して力が流れ込む。

 僕とミストラルから力を受け取ったルイセイネの周りには、神聖な空気が生まれる。

 死霊たちは、ルイセイネの神聖性が苦手なのか、近づこうとしてこない。


 僕は、死霊都市中に広がった竜気をかき回し始めた。

 最初はゆっくりと流れ始めた竜気が、次第に激しさを増し、渦を巻き始める。

 地上だけではなく、空にも渦の影響は出始めた。

 死霊都市全体を覆っていた灰色の霧が、高速で荒々しく渦を巻く。


 今回は、ちゃんとリリィやレヴァリア、ミストラルや黒翼の魔族といった空のみんなを意識して、巻き込まないようにする。

 戦闘中ではなく、ひとり竜剣舞なので余裕があった。


 僕が巻き起こした竜気の嵐は、次第に勢いを増していく。

 すると、空を飛び回りながら拡散していたミストラルの聖なる竜気も巻き込み始める。

 更に、傍で祝詞を奏上し続けるルイセイネの、聖なる空気を巻き上げた。

 そうして、上空で僕の嵐の竜気とミストラルの竜気、ルイセイネの法力が混じり合う。


 なぜなのかな?

 全てを取り込み、思いえがいたように力を使えるような気がした。


 空で三人の力が等しく混じり合うと、荒々しかった嵐にみきった気配が広がり始める。

 でも、空の死霊軍や迫る地上の死霊たちは僕の竜術に翻弄ほんろうされ続けているけど。


 荒々しさと澄みきった神聖さが同居したような、不思議な嵐。それはまるで、竜脈の流れに似ていた。


 気づけば、僕たちの力は空に集まり、きらきらと無限に輝く結晶になっていた。

 僕は雨を降らせるように、光の粒を地上へと落とす。


 不思議なことに、暴風が吹きすさぶ嵐のなかを、光の粒は小雨のような優しさで、死霊都市に降り注いだ。


「あああぁぁぁ……」


 光の粒を受けた死霊が、動きを止めていく。

 そして、空を見上げて吐息といきを漏らした。


 空の魔族軍。地上の死霊都市の住民や兵士が動きを止めて、光の粒の雨を受ける。

 全身に光の粒の雨を浴びた死霊は、次第に輪郭を薄めていく。


「ああ、あああ……」


 喜びなのかため息なのか。言葉ではなく魂を吐き出すような吐息を零しながら、死霊たちは消えていった。


 手の空いたライラやルイララが、僕を見ている。

 ライラは感動したように僕を見てくれているんだけど……

 ううむ、ルイララが嬉々ききとした瞳で僕を見つめているのが不気味です。


 僕たちの連携術で、死霊は浄化されていく。

 だけどここで、死霊城から新手が出てきた。


 呪われた竜人族の戦士だ!


 手に手に不気味な武器を持ち、呪われているとひと目でわかる防具を身につけ、瞳を赤く光らせて現れた多勢の竜人族の戦士たち。


 竜気を死霊都市中に広げた時点で、彼らの存在と囚われている竜人族の人たちは把握していた。

 外で暴れたら、何事かと、きっと出てくるという作戦だったけど。どうやら上手く行ったみたい。


「みんな、次の作戦へ移行だよ!」


 僕の叫び自体は届かなくとも、竜心を伝ってリリィに届く。リリィは素早くこちらに来ると、双子王女様を降ろす。

 ミストラルもリリィの動きを見て降下してきた。


「囚われている人たちは、死霊城の地下三階!」


 僕がそう伝えると、みんなは一斉に動き出した。魔王城から出てきた呪われた戦士と武器をぶつけ合い、死霊城へと侵入を試みる。


 僕は、このまま竜剣舞を舞い続ける必要がある。

 死霊都市の全てを浄化しなきゃいけない。

 救出作戦は、みんなに任せることになる。


 だけど、呪われた戦士は強く、数も多い。

 奮戦するみんなの隙を突いて、僕へと迫る戦士が複数人現れた。


 彼らを相手にしながら、舞うしかない。

 竜剣舞に巻き込んじゃえ!

 そう思って、迫り来る呪われた戦士へと意識を向けた直後。


 ぞくりと背中に悪寒が走り、背後に鋭い死の気配を感じる。

 慌てて霊樹の木刀を振るう僕。


「はははっ。良いね、エルネア君! 僕はもう、自分の欲求を止められないよ!」

「なっ!?」


 背後から僕に剣を向けたのは、魔族のルイララだった!

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