荒ぶる嵐 弔いの涙
「ちょ、ちょっと、ルイララ!」
ルイララの鋭い突きを受け流し、抗議の声をあげる。
だけど、ルイララは怪しく瞳を輝かせ、殺気を
なんて魔族だ!
こんなときに自分の欲求に走るだなんて!
ルイララが放った上段の二連撃を横に滑るように移動し、回避する。
そこへ、迫ってきた呪われた竜人族の戦士が攻撃を仕掛けてきた。
ルイララだけでも手に余るというのに、呪われた戦士が三人も来た。
緊急事態に、霊樹の力が自動的に発動する。
アレスちゃんと融合をしている今、霊樹の術はアレスちゃんが担ってくれる。
僕の周囲に無数の葉っぱが現れて、呪われた戦士の攻撃を多重の障壁になって防ぐ。だけど、激烈な攻撃を完全には受け止めきれない。威力の落ちた攻撃を
斬られた戦士はしかし、傷の痛みなど気にした様子もなく僕に襲いかかってくる。
「エルネア君、意識を僕から逸らしていると死ぬかもしれないよ?」
「ええい、君は狂っているのか!」
「はははっ、狂っているとも。魔族を人族と同じ常識で捉えないでほしいね」
ルイララの横薙ぎの一撃を霊樹の木刀で受け流す。背後から襲ってきた呪われた戦士に対し、体を回転させて白剣を振るい、牽制する。ついでにルイララには蹴りを入れて吹き飛ばす。
ルイララが離れた瞬間に、他の呪われた戦士へと連続的な攻撃を入れていく。
ルイララと呪われた戦士三人を相手にしながら、巨人の魔王を見る。
視線が重なり合う。
配下のお馬鹿なルイララをどうにかしてください!
視線で訴えたけど、ぷいっと顔を逸らされてしまった。
そうですか。関知せず、ですか。
この程度の苦難は、自分でどうにかしろということらしい。
死霊城に侵入しようとしていたミストラルたちが、不安そうにこちらを振り返った。
「僕は大丈夫だから、みんなは囚われている人を助けて!」
僕の叫びに頷いたみんなは、入り口の戦士たちを蹴散らして、城内へと入っていく。
みんなには
ルイララの剣術は研ぎ澄まされ、竜剣舞の隙を突いて僕に迫る。そして、呪われた戦士が強い。
いつかリステアが言っていた。魔剣使いの実力は、呪われる前の実力そのままだと。
僕が相対しているのは、元は竜人族の戦士。魔族よりも強いと言われる竜人族の、しかも戦士が三人も相手だなんて、厳しすぎる。
更に、傷を負っても痛みを感じないらしく、捨て身とも思える恐ろしい攻撃を繰り出してくる。
ルイララの三連突きが首をかすめる。
空間跳躍を発動し、危機一髪逃れる。
だけど、姿勢を崩した状態だったので、跳躍先で倒れこんだ。
呪われた戦士は跳躍先を瞬時に察知し迫る。
ひとりの呪われた戦士が、猛突進してきた。
でもこれは、僕にとって好機となる。
素早く跳ね起き、ひとり抜け出してきた呪われた戦士を白剣で薙斬った。
今の白剣の斬れ味は恐ろしい。呪われた戦士の左肩口から右の胸の下を斬り裂き、両断した。
どくり、と白剣の鍔に埋め込まれた宝玉から、魔力が流れ込んでくるのがわかる。
目の前の戦いに集中しすぎて、魔力を塞き止めておくことができなくなっていた。
でも、そんなことに構っている場合ではない。一瞬でも油断すれば、ルイララか呪われた戦士に殺されてしまう。
体中に流れ始めた魔力に合わせ、上空には雷雲が広がり始める。遠くで微かに雷鳴が響いた。
残り二人になった呪われた戦士とルイララを相手に、僕は竜剣舞を舞い続ける。
優しく降り注いでいた輝く雨粒は、次第に嵐の様相を見せ始め、一層荒々しい暴風が吹き荒れる。
幸いなことに、死霊都市の死霊たちは、今までの浄化でほとんど姿を消していた。それでも僅かに残っていた死霊たちは、
だめだ!
やっぱり、巨人の魔王から受け取った宝玉は危険すぎる。
ミストラルの竜気とも、ルイセイネの法力とも混じり合わない。それなのに、僕の嵐の竜術とは相性が良すぎるせいで、ミストラルとルイセイネの力を弾いて強引に混ざってしまう。
そしてなにより、呪いのせいで竜剣舞が止まらなくなる。
「良いね、良いね。エルネア君、調子が上向いてきたね!」
違います!
呪いのせいで強制的に身体が動いているだけです。
ルイララの嬉々とした攻撃を受けきり、反撃する。そこへ、二人の呪われた戦士が死角をついて迫る。
だけど、空間を把握している僕には丸見えだ。
呪いで竜剣舞は止まらないけど、意思に従って自由に身体を動かすことはできる。
白剣と魔剣がぶつかった瞬間。
雷が弾け、魔剣を砕き、呪われた戦士に電撃が走る。
もうひとりの呪われた戦士を、僕は鋭く睨みつける。
かっ、と空が光り、最後に残った呪われた戦士に落雷が落ちた。
「君も……いい加減にして!!」
僕の強い意志に呼応するように、ルイララに向かって無数の雷撃が飛ぶ。
「ははは。剣術勝負に魔法はずるいよ」
だけどルイララは、僕の雷撃を受けても身体を一瞬痙攣させるだけで、意に介さない。
「さあ、続きをしようじゃないかっ」
ルイララの興奮した声に、僕は顔をしかめた。
本当に、剣術お馬鹿だ!
こんな魔族の相手なんてしてられないよ。
ルイララの剣戟を受けながら、僕は機会を待つ。
巨人の魔王は、ルイララが僕を襲っても知らない振りをした。なら、家臣が僕と戦ったことでどうなっても知らないんだからね!
じっくりと力を溜め、来たるべき
「エルネア!」
ミストラルが叫んだ。
みんなが死霊城に囚われていた人たちを救出し、戻ってきた。
「みんな、お城から離れて!」
ミストラルたちは囚われていた人たちと一緒に、慌てて逃げ出す。
ルイララは僕が何をしようとしているのか理解できない様子で、眉間を寄せていた。
「君には、お仕置きが必要だと思うんだ」
にっこりと僕は笑う。
ルイララは
待っていた、この瞬間を!
霊樹の木刀でルイララの剣を受け止めた。
そして、竜気を霊樹へと送る。
発動。空間跳躍。
僕はルイララと一緒に、空間跳躍をする。
跳んだ先は、死霊城のなか。
「ぐうっ」
ルイララが胸元を押さえ、苦しむ。
「初めて空間跳躍を経験すると、ものすごい吐き気を催すんだよね」
ルイララに絡まっていた蔦を戻す。
魔族のルイララであっても、突然の吐き気は苦しいみたい。顔面蒼白になり、動きが鈍っていた。
僕はそれを見届けると、もう一度空間跳躍をする。
ルイララを死霊城のなかにのこしたまま。
元の位置に戻った僕は、最後の竜剣舞を舞う。
骨で造られた不気味な死霊城を強く視線に捉え、高く掲げた白剣を勢いよく振り下ろす!
上空で激しく渦を巻き、溜まりに溜まっていた雷の塊が死霊城を襲った。
地に響く雷鳴と共に、目を開けていられないほどの閃光が死霊城を包んだ。
ありったけの力を注ぎ込んだ一撃だったので、僕は一瞬にして竜力が枯渇し、崩れ落ちる。
救出された竜人族の人たちが、目の前で起きた光景に絶句していた。
「エルネア様、大丈夫ですか?」
雷轟が収まるよりも早く。
誰よりも素早く駆けつけてくれたライラが、僕を抱き寄せてくれる。
「うん。僕は大丈夫。それよりも……」
僕は、囚われていた人たちを見た。
最初は救出された喜び。次に激しい落雷にを目の当たりにして、目を白黒させていた竜人族の人たち。だけど、周囲に横たわる呪われた戦士たちの死体を見て、徐々に顔を曇らせ始めていた。
僕は衰弱でふらつく身体をライラに支えてもらいながら、竜人族の人たちのもとへと向かう。
「ごめんなさい。みなさんを助けるためには、どうしても倒さなきゃいけなかったんです」
ここへ来た者の代表者は自分だと思っている。巨人の魔王が一番偉いかもしれない。竜人族にとっては、ミストラルが一番の人物に思うかもしれない。でも、ここへ来ることを決断したのは僕だし、家族の中心は僕だという自負くらいはある。
だから、戦士たちへの責任は僕が代表して謝らなきゃいけないよね。
深々と頭を下げた僕の耳に、
みんなも悲痛な表情で頭を下げていた。
「あなた……」
「ああ、息子よ……」
呪われていて、助けることはできないとわかっていても。やっぱり家族や恋人の亡骸を目の前にすると、悲しみでいっぱいになるよね。
この状況は、戦いが始まる前からわかっていたこと。でも、僕たちにはこれしか選択肢はなかった。
そして僕たちに今できることは、精一杯の謝罪だけだと思う。
深く頭を下げていると、ひとりの老人が歩み寄ってきた。
「君は人族だろう? どうしてここに?」
僕は顔を上げて、老人を見る。
「僕は、竜王エルネア・イースです。竜姫ミストラルと共に、魔族に囚われたみなさんを救出にきました」
「……しかし、背後の女は魔族だろう?」
「あの人は、巨人の魔王です。
こんな説明で通用するのかな。
魔族のせいで身内が呪われ、自分たちは囚われた。魔族は誰も一緒。敵対する種族。そう思われても仕方がない状況だよね。
お爺さんは僕の説明を聞き、複雑な表情を見せる。そして、おぼつかない足取りで、巨人の魔王のもとへと歩き始めた。
何をするのか心配になり、僕はライラと一緒に、お爺さんと巨人の魔王のそばへと向かう。
お爺さんは巨人の魔王間の前まで歩み寄ると、じっと魔王を見つめた。
巨人の魔王もお爺さんを見返す。
すると、お爺さんは僕がしたように、深々と頭を下げた。
「ご助力感謝致す」
お爺さんはそれだけ言うと、また竜人族の人たちのもとへと戻った。
「部族長……」
誰かがお爺さんに不満そうな声をあげた。
だけど、お爺さんは悲しそうな表情で首を横に振る。
「もう良い。もう良いのだ。悲しいが、みなもわかっているだろう。戦士を止められなかった儂らが悪いのだ。救えぬと知っておきながら、身内を手にかける覚悟もできずに捕まった儂らが愚かなのだ」
お爺さんはそう言って、僕たちの方へと向き直る。
「若き人族の竜王よ、感謝致す。儂らを救ってくれたこと。戦士たちを戦士として葬ってくれたことを心より感謝する」
戦士は戦いの中で死ぬことが
僕たちは涙する竜人族の人たちにかける言葉が浮かばず、ただ黙って
「いやあ、痺れたね」
住民を失い廃墟となった死霊都市に竜人族の人たちの悲しみが満ちるなか、能天気な声で僕たちの前に現れたのは、ルイララだった。
あの雷でも特に大きな負傷はしないんだね……
ルイララの服は汚れ、顔にも幾つかの傷が見えるけど、いたって平気そうな足取りでやって来る。
「今回の勝負も、引き分けだね」
ルイララの背後。骨で造られた死霊城は、跡形もなく吹き飛んでいた。
それなのに、倒すどころか重傷も与えられないなんて。もしかして、ルイララって魔将軍よりも強いんじゃないかな?
「ルイララ、遊びは終わりだ。黒翼の者たちと共に、討ち漏らしがないか
「かしこまりまして」
巨人の魔王に命令されたルイララは
この場の安全は、きっと魔族が確保してくれるはずだよね。
魔族に安全確認を任せるなんてやっぱり違和感を覚えるけど、巨人の魔王が買って出たのなら、お任せしちゃうしかない。
竜人族の人たちも、悲しみから抜け出して元気を取り戻すまで、もう暫く時間は必要だろね。
僕はいち段落したと判断して、ライラのお胸様に顔を埋めて休息に入った。
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