儀式はお祭り

 苔の広場の結界を抜ける。

 天空に大きく広がる霊樹の傘を抜け、竜の森の上空へ。

 近くの空間が一瞬だけ揺らいだ。

 揺らぎの先から現れたのは、ニーミアとアシェルさん。


 アシェルさんの頭部には、僕がスレイグスタ老の頭に乗っているような感じで、女性陣が乗っていた。

 遠目でも、竜気を宿した瞳がしっかりとみんなを捉えている。


 四角や三角、他にもいろんな模様の入った生地を何重にも体に巻きつけたような、ミストラルの衣装。

 竜人族の伝統衣装らしく、地味ではあるけど独特の美しさがある。


「あの生地の模様は、これまでに家族の絆を結んできた先祖が各家庭で受け継いできたがらであるな。父と母、それぞれが受け継いだ家系の模様を子が合わせて引き継ぐ。世代を重ねるごとに柄は増えていき、生地は長く連なっていく。多くの柄、長い生地はその家系の繁栄を表すものである」


 スレイグスタ老が教えてくれた。


 ミストラルは独特な民族衣装の他に、質素ではあるけど素敵な腕輪や首輪をはめていた。どれもが翡翠ひすいや水晶などの鉱石を削ったもので、宝石のようなきらびやかな輝きはないけれど、質素好きなミストラルにはよく似合っている。

 そして、僕の冠と同じような額飾ひたいかざりをつけていた。


「汝の冠とミストラルの冠は、ふたつでひとつ。昔に竜王りゅうおう竜姫りゅうきがおそろいであつらえたものだ。竜人族の宝である、大事にせよ」

「ありがとうございます」


 銀細工の精緻せいちな額飾りには、僕の冠と同じ宝石が埋め込まれていて、きらきらと輝いていた。


 そして、竜人族の伝統衣装に身を包んだミストラルの右隣には、ルイセイネが。

 彼女も、質素ではあるけど美しい衣装に身を包んでいた。


 巫女様は、どんなときでも巫女様だ。

 いつもの巫女装束のような、前で折り重なる上着と、僕が履いている袴のような履き物。ただし、いつもは二、三枚の重ね着なのに対し、今日は何重にも衣装が折り重なっている。


「同じ巫女様で、先に結婚の儀を行なったキーリやイネアとは随分と意匠が違いますね」

「そうであろうな。ルイセイネの衣装は汝の衣装と同じで、獣人族の族長の手直しが入っておるようだ。高貴な巫女王が式典で着る衣装に似ておる」


 幾重にも重ね着をした衣装には、派手な柄や刺繍は入っていない。袖口やちょっとした所に綺麗な模様が入っている程度。

 そして、衣装の上から半透明の羽衣はごろもを羽織っていた。

 羽衣はすそが長く、風になびいて揺れていた。


 質素ではあるけど、独特な雰囲気を醸し出すミストラルとルイセイネ。

 この二人とは真逆を行くのが、残りの三人だ。


 ミストラルの左隣には、真っ赤な衣装のライラが。

 恥ずかしがり屋のライラらしく、首から下は衣装で完全武装している。僅かな肌も露出していない、完璧さだ。

 大きなお胸様を強調するように、腰はきゅっと絞られている。そこから足もとにかけてふわりと裾が広がる、豪華な衣装。

 赤を基調きちょうとしたで立ちで、襟首えりくびや裾などにはふんだんに金糸きんし銀糸ぎんしが使われている。

 しかも、それだけじゃない。

 大玉の首飾りをしていたり、宝石を衣装に縫い付けていたり。


 王様……。やはり、やりすぎましたね!


 誰か、止める人はいなかったんでしょうか。

 というか、ライラも恥ずかしいなら控えめにしてもらうように言えばいいのに。

 まあ、言えないか。

 だって、衣装を準備してくれたのは、ヨルテニトス王国の王様だもんね。そして、ライラだもんね。


 そして、恥ずかしがるライラの右手を優しく握ってあげているのは、ユフィーリア。

 ニーナは、ルイセイネの左隣にいる。


 この二人は……。


 美しい。……のは当たり前で。

 やはり、というか予想通りというか。


 まったく同じ衣装に身を包んだ双子王女様。晴れ着は差別化するのかな、と思ったけど、まったく一緒です。

 まあ、それは良いんですけど……


 この二人、とんでもなく露出の高い衣装を着てますよ!


 首から下の肌を完璧に隠したライラとは違い、これでもか、というくらいに肌を見せている。


 白を基調とした衣装は胸元が大きく開き、活発な印象の褐色かっしょくのお胸様がこぼれ落ちそう。

 さらに、ライラと同じく絞った腰。ただし、そこからは正反対。脚の輪郭がわかるくらい細く絞られた衣装の横には、大きな切れ込みが入っていた。切れ込みは太ももの半ばまで達していて、衣装を細くしすぎたせいじゃないかな、と思える感じでなまめかしい脚が飛び出ている。


 結婚の儀は神聖なものだと思うんだけど、こんなに色っぽい衣装で大丈夫なんですか!?

 というか、肌の露出は僕の前だけにしてほしいよね。


「ふむ、すけべであるな」

「うわっ。おじいちゃん、変なところを読まないでねっ」


 色っぽさが前面に出たユフィーリアとニーナの衣装ではあるけど、そこはやはりアームアード王国のお姫様。

 ライラに負けず劣らずの宝石や刺繍でいろどられた衣装は、とても美しい。


 スレイグスタ老とアシェルさんは、竜の森の上を極低空で飛行していた。

 僕はスレイグスタ老の頭の上からみんなを見ていたけど、女性陣も僕のことを見ていた。


 上空で視線が重なり合い、ついつい笑みがあふれてきちゃう。

 みんな、とてもとても美しいです。

 美女たちを独り占めにして、いよいよ結婚するんだ、と考えると嬉しすぎて小躍りしたくなっちゃう。


「さあ、都の上空だ。存分に笑顔を振りまくのだな」

「幸せのお裾分けだね!」


 低空飛行をするスレイグスタ老とアシェルさんを先導するように、ニーミアが先を飛んでいる。


 ニーミアの背中には、可愛い衣装のプリシアちゃんが跨っていた。

 プリシアちゃんも、この日のためにあつらえた衣装を着ている。

 でも、あれは半日もすれば、食べ物や土で汚れるんだろうね。

 お母さんが悲しむだろうなぁ。

 なんて思っているうちに、王都の上空に入る。


 飛竜の狩場で執り行われる結婚の儀に、残念ながら招待されなかった人々。

 王都に住む人。仕事や観光で訪れている人。たまたま滞在していた人や、これから旅立とうとする人。

 誰もが屋外に出てきて、古代種の竜族が織りなす編隊飛行を見上げていた。


 小山のような巨躯のスレイグスタ老。ひとまわり小さいけど、それでも並みの竜族が子竜に見えるほどのアシェルさん。そして、二体よりも小さいけど、普通の竜族よりは大きいニーミア。

 三体の巨竜が低空飛行をするけど、突風は巻き起こらない。

 さすがは古代種の竜族だね。

 竜術で完璧に大気を制御している。

 そのおかげで、僕たちは王都の人たちの顔をしっかりと確認できる。

 地上の人々も、僕たちをしっかりと視認できているようだ。


 漆黒の巨竜と、その頭に立つ僕を見て「竜王様!」とか「エルネア!」という掛け声。「伝説の竜だ!!」と感動の叫びが響く。

 美しく長い体毛の先が桃色に染まるアシェルさんと女性陣を見た人々が「お姫様!」とか「竜の姫!」「巫女様!」「ヨルテニトスの守護竜!!」と歓声をあげている。

 あと、先頭を行くニーミアとプリシアちゃんにも「可愛い!」「こっちにおいで」という声が上がっていた。


 僕たちは人々の歓声に応えるように、頭上から手を振る。

 そして、紙に包まれたあめちゃんをいっぱいばらいた。


 なんでも、耳長族はこうしたお祝いのときに飴を作って配るのだとか。

 甘い夫婦の味をみんなにも、ということらしい。

 耳長族の人たちが事前に準備してくれていた飴ちゃんを、雨のように降らせた。

 地上の人たちはやんややんやと騒ぎながら、嬉しそうに飴ちゃんを拾う。


 飴の雨を降らせながら王都の上空を飛んだあと。

 先導のニーミアはいよいよ、飛竜の狩場の会場を目指して羽ばたいた。


 僕たちが飛び去る間際。

 がらん、がらん、と王都中の鐘が鳴り出す。

 復興途中の王都。再建が進む大神殿や小神殿や分殿。または王宮から。

 王都中の鐘が鳴っているんじゃないかと思える福音ふくいんのなかを北に進むと、結婚の儀が執り行われる会場が近づいてきた。

 遠く背後からは、いつまでも福音が鳴り響いている。

 そして、会場からも祝福の音色が届いてきた。


 りぃんりぃん、らぁんらぁん、と王都の鐘とは違う、軽く涼やかな響き。

 会場へ応援に来てくれたアームアード王国やヨルテニトス王国の巫女様たちが、手に手に鈴を鳴らす。神官様たちが、しゃりん、しゃりんと錫杖しゃくじょうを響かせる。

 神聖な音色に合わせ、太鼓たいこふえの音が鳴り出した。

 王宮の楽団や劇団が楽器をかなでる。

 さらに、獣人族と魔獣たちが遠吠えをあげだし、竜族が咆哮をあげる。


 なんとも騒がしい出迎えだけど、不思議と調和が取れた耳に心地いい響きになっていた。


 今度は、会場の空を低空で旋回する。

 ニーミアが先頭で、スレイグスタ老とアシェルさんが並んで続く。

 すると我慢しきれなかったのか、フィオリーナとリームが空に舞い上がって追いかけて来た。

 ニーミアは、ちびっ子に合わせて速度を落とす。


「後に続くのが楽しいですよねー」


 なんて言って、リリィまでもが追尾しだす。

 こうなると、手がつけられなくなるのが竜族です。

 レヴァリアは、ふんっ、と鼻を鳴らしつつも飛び上がる。

 ようし、行ってしまえ、と飛竜たちが一斉に羽ばたいた。


『くそうっ、お前らだけずるいぞっ』

『ふはははっ、貴様らは地上で這いずり回っているんだな』

『水辺に近づいたら、思い知らせてやるからなっ』


 空と地上で、竜族たちが騒ぐ。


 こらこら、喧嘩は駄目だからね。

 仲良くしていないと、テルルちゃんにお仕置きしてもらうよ、と竜心を飛ばしたら、竜族が一斉に顔を青ざめさせた。

 ただし、飛竜たちは一緒に飛びたいらしく、僕たちの背後に連なる。


 何百体もの飛竜で埋め尽くされる会場の空。

 色鮮やかな竜族たちを引き連れてゆっくりと旋回しながら、僕たちの晴れ姿を会場のみんなに見てもらう。

 感嘆かんたんのため息、祝福の歓声、褒める声、労いの笑顔。

 たまに聞こえる変な野次やじ嫉妬しっとの叫びに笑顔で応える。


「さあ、着地をしよう。みんなも元の場所に戻ってね」


 何周か会場の上空を旋回したあと、飛竜たちを促す。

 飛竜たちは満足したのか、地上に降りた。


 いよいよ、これからだ。


 地上のみんなも、これからが儀式の本番だと察したのか、整然としだした。

 咆哮や遠吠えが止み、演奏が終わる。

 しゃらん、しゃらん、と巫女様が手にする鈴のだけが会場に静かに広がっていた。


 まずは、先導してくれたニーミアが降下し始めた。

 霊樹の手前に設置された舞台に、静かに降り立つ。

 ニーミアは背中のプリシアちゃんを下ろすと、すぐに小さくなった。そして、プリシアちゃんの頭の上に移動する。すぐ隣に、アレスちゃんが顕現した。

 プリシアちゃんはそのままアレスちゃんに手を引かれて、舞台の奥、霊樹の幹のそばに移動する。

 二人の幼女は、黒いうるしの綺麗な木箱を、お手伝いさんから手渡されて持つ。


 次に、舞台へと上がってくる人影が三人。

 ひとりは、獣人族の長老であるジャバラヤン様。

 巫女頭みこがしら様の装束に似た、でもどことなく違う衣装を着て、大きな三日月型の錫杖を手にしている。

 二人目は、耳長族の大長老であるユーリィおばあちゃん。

 深緑色の耳長族の衣装に、霊樹の枝で作られた長杖を手にしている。

 三人目はなんと、巨人の魔王だった。

 豪奢ごうしゃではあるけど、落ち着きのある衣装。ただし、腰にはいびつに曲がりくねった漆黒の魔剣を携えている。


 プリシアちゃんとアレスちゃんの横に三人が並ぶと、いよいよスレイグスタ老とアシェルさんが地上に舞い降りた。

 舞台の両脇に着地した二体の神々しい竜は、腕をあげる。

 僕はスレイグスタ老の手に乗って。女性陣はアシェルさんの手に乗って、舞台へと降り立つ。

 そして、ゆっくりと僕たちは前に進み、舞台の中央で合流した。


 会場には、鈴の音だけがそよ風のように流れていた。

 この日、僕たちのためにつどってくれた全員が、静かに舞台に立つ僕たちに注目している。


 僕は、ミストラルを見た。次にルイセイネとライラを。最後にユフィーリアとニーナにゆっくりと視線を移す。

 女性陣は、僕だけを見ていた。


「それでは、始めよう」

「身を正し、心をしずめなさい」


 僕の背後から、スレイグスタ老の低く厳かな声が降ってきた。女性陣の背後から、りんとしたアシェルさんの声が降り注ぐ。

 そして、僕たちの婚姻こんいんの儀式が始まった。


 僕は心を落ち着かせ、高鳴る胸を必死に鎮める。

 戦いの前とは違う緊張感。神聖な気配に包まれた舞台では、指の先まで細心の注意を払って動かさなきゃいけないような雰囲気だ。

 姿勢を正し、スレイグスタ老の次の言葉を待つ。


なんじらは、これより家族となりて共に一生を歩む。しかし、今さら愛を誓い合う必要はないであろう。我らが証人となり、汝らの行く末を見届ける」


 人よりも遥かに長い寿命を持つ、古代種の竜族。耳長族の大長老。獣人族の寿命を超越ちょうえつした長老。そして、最古の魔王。

 僕たちの婚姻の証人になり、見守ってくれる存在。


 この人や竜の前で、今さら愛を口にする必要はない。

 言葉に出さずとも、心で誓い合っている。

 口は嘘を吐くことがあるけど、心はいつも真実だ。

 この豪華な証人を前に、言葉は不要だった。


 ただ、見守ってくれている人たちにはちょっと物足りないかもね。


「では、汝らに生涯の試練を授けよう。エルネアよ、汝は永遠に妻を愛し続けよ。ミストラル、ルイセイネ、ライラ、ユフィーリア、ニーナ。汝らは永遠にエルネアを愛し続けよ。我らの前で、この試練を受けることを承諾するか」

「承諾します。僕は永遠に、妻を愛します」

「「「「「誓います。わたしたちは永遠にエルネアを愛します」」」」」


 みんなの声は、綺麗に重なっていた。


 僕の誓いとみんなの誓いは、参列者が静かに見守る会場中に響き渡る。


「よろしい。我らは汝らの覚悟をしかと見届けた。これより汝らは苦楽を共に歩み、長く多難であろう試練をしかと乗り越えよ。我らは見守り、祝福しよう」

「このアシェルに、種族を超えた人の愛というものを見せてみなさい。そうすれば、襲いかかる困難にも手を差し伸べましょう」

「ジャバラヤンは言います。あなた達が末長く幸せであるための証人になると」

「ユーリィが見届けますねえ。最期の時が訪れるまで、あなた達の愛を」

「魔王が誓おう。其方らの絆を見守り続けると」


 汝らの愛を、永遠に。最後にスレイグスタ老は低く響く声でそう呟くと、天高く咆哮をあげた。アシェルさんも合わせて咆哮をあげると、空に何重もの空気の波紋が生まれ、どこまでも広がっていった。


 会場から一斉に祝福の声が上がる。

 拍手と歓声が鳴り響き、僕たちを祝福してくれる。


 こんなに大勢のみんなに祝福されるなんて。僕たちの努力、苦難、歩んできた道のたどり着いた場所がここなんだね。

 じぃん、と胸に込み上げてくるものがある。だけど、涙は浮かんでこなかった。

 不思議と、晴れやかな笑顔になる。

 みんなも僕と同じで、涙ではなく幸せそうな笑顔に包まれていた。


「それでは、愛の証を交換せよ。準備してきているのであろう?」


 鳴り止まない拍手と歓声のなか、スレイグスタ老も笑みを浮かべながら、僕たちを促した。


 ユーリィおばあちゃんにうながされて、霊樹の前に控えていたプリシアちゃんとアレスちゃんが僕たちの方へとやってくる。


 僕はアレスちゃんが差し出した木箱から、この日のために準備をしていた「ある物」を取り出した。

 みんなは、プリシアちゃんが持ってきた木箱から、なにやら取り出す。


 僕とみんなは、お互いに準備をしてきた「愛の証」見て、つい吹き出してしまった。

 舞台の上で笑い合う僕たちを、なんだなんだ、と不思議そうに見る会場のみんな。


 僕の手には、五人分の守護具しゅごぐが握られていた。

 霊樹の宝玉を中心に、宝石と玉で作られた首飾り。千手せんじゅ蜘蛛くもの糸で結ばれた、素朴な守護具。


 種族、立場、身分。全てが違う僕のお嫁さんたち。そんな彼女たちに等しく相応しい物、と考えた末に考えついたんだ。

 僕の想いが込められた装飾品。みんなを護りたい、という想いと竜気、さらにはアレスちゃんに協力してもらい、霊樹の力と精霊力が込められた霊樹の宝玉は、緑色に美しく輝いている。

 実は、昨年末に霊樹の根もとで竜剣舞の修行を始めたころから、この装飾品の準備を進めていたんだよね。

 みんなには内緒で。


 だけど、みんなも僕と同じことを考えていたみたい。

 プリシアちゃんが持っていた木箱からみんなが取り出した装飾品は、僕のと同じような首飾りだった。

 竜気と法力が緻密ちみつに練りこまれた霊樹の宝玉が、七色に輝いている。

 法力はもちろん、ルイセイネが込めたもの。竜気は、ミストラルとライラとユフィーリアの気配がはっきりと感じ取れる。そして、この個性の強い四つの力を繊細せんさいに編み込んだのは、ニーナだね。


「もしかして、前からみんなが順番で部屋にこもっていた理由は、それだったのかな?」

「そういうことね」


 昨年あたりから、なにやら僕に内緒で作業をしていると思っていたけど。

 どうやら、これを作っていたらしい。


 僕たちはお互いの贈り物をみて、同じ考えになるなんて、と笑い合う。


「心は繋がっておるな」


 スレイグスタ老の言う通りだね。

 やっぱり、僕たちは言葉を交わさなくても、きちんと心で繋がっているんだ。


 僕たちは笑みを零しつつも、お互いの守護具を交換するために手を伸ばす。

 まずは、みんなから。

 僕が頭を下げると、みんなで守護具を首に掛けてくれた。

 次は僕の番だね。と思ったら、みんなは僕の前に両膝をついた。


 みんなが僕を見上げている。

 僕はまず、ミストラルの首に守護具を掛ける。次に、ルイセイネ。ライラ、ユフィーリア、ニーナと掛けた。

 掛け終わると、またみんなは立ち上がる。

 そしてもう一度見つめ合うと、僕たちは全員で抱き合った。


 また、盛大な祝福の歓声と拍手が鳴り響く。

 僕たちは抱き合ったまま、みんなに幸せを分け与えるように舞台の上で手を振る。


 厳かでも、神聖でもない。

 お祭りのような、とても騒がしい僕たちの結婚の儀式。


 こんな結婚の儀は、前代未聞かもね。

 でも、これで良いんだ。

 竜人族のミストラル。

 巫女のルイセイネ。

 王女のユフィーリアとニーナと、一応一般人扱いのライラ。

 そして、庶民の僕!

 これは手作りの、僕たちだけの特別な祭典だ。

 まあ、手に負えなくなってみんなに協力してもらったわけだけど。


 広い会場の隅々まで、祝福の歓声で埋め尽くされていた。

 結婚式ってなんだ、と言っていた竜族や魔獣たちも、僕たちを祝福してくれている。

 テルルちゃんが、数えきれない手を振ってお祝いしてくれている。

 さらさらと、霊樹が枝葉を揺らして一緒に喜んでくれている。

 プリシアちゃんとアレスちゃんは僕たちの周りできゃっきゃと楽しそうに飛び跳ねて、フィオリーナとリームも舞台に上がってきて浮かれている。


 大勢のみんなに参加してもらった賑やかな儀式は、一気にお祭り騒ぎになってきた。


「ぶえっっっっくしょぉっんっっっ!!」


 だけど、全てをぶち壊すようなくしゃみが僕たちに襲いかかった!

 爆風とともに、大量の鼻水が僕たちの背後から押し寄せる。


「みんなっ!」


 迫る爆風と鼻水の洪水がこちらに到達するまでの刹那せつなの時間。

 でも、歴戦をくぐり抜けてきた僕たちには十分な猶予ゆうよだ。

 僕たちだけじゃなく、ちびっ子組も素早く集まって。


 緊急離脱、空間跳躍発動!


「ふははははっ。さっき思考したばかりだよ、おじいちゃん。僕たちはいつだって心で繋がっているんだ。そして、おじいちゃんのやらかすことはお見通しさっ」


 鼻水の洪水に飲み込まれる直前に脱出した僕たちは、一瞬でリリィの背中に移動していた。


 こういう場面だからこそ、スレイグスタ老は絶対に悪戯いたずらをしてくると最初から読んでいました!

 最近おとなしかったのも、この機会を虎視眈々こしたんたんと狙っていたからだよね。

 みんなも予想していたみたい。

 素早く退避した僕たちは、晴れの舞台で全身鼻水まみれ、という恐ろしい事態を回避することができた。


 ただし。


「爺さん……」

「小僧……」


 スレイグスタ老の鼻水の洪水は、舞台に立っていた僕たちを狙って放たれた。だけど、その先には僕たちだけじゃなく、アシェルさんも居たし、近くには巨人の魔王たちも佇んでいました。


「いや……。これは何かの手違いであってだな……あんぎゃぁぁっ!」


 鼻水を真正面から受けたアシェルさんは、容赦無くスレイグスタ老の首に噛み付く。

 そして、全身どろどろの鼻水まみれになった巨人の魔王が、漆黒の魔剣に手を掛けた。


「待て待て、それは洒落しゃれにならぬ。ぎゃああぁぁぁっっ」


 自業自得です。

 お祭りのような儀式とはいえ、やりすぎるからさ。


 舞台の騒ぎに、僕たちは大盛り上がり。

 だけど、会場のみんなは一様にあんぐりと口を開けて放心していた。

 どうやら、慣れない者には刺激が強かったようです。


 まだまだ祭りは続くからね!

 こんなことで圧倒されていたら、先が大変だよ。と僕たちはリリィの背中で笑いあう。


 そしてこのあと、スレイグスタ老は巨人の魔王にこっ酷くお仕置きされるのであった。

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