披露宴は粛々と

 愛を誓い合った儀式のあとは、それこそお祭り騒ぎになった。


 僕たちが舞台から去ると、アームアード王国の王宮楽団が音楽を奏でだす。

 結婚の儀に参列してくれたみんなは、これからは披露宴だとばかりに飲み食いを本格的に始めた。


 王様や貴族の人たち、ちょっと上品な方々には、指定された区画に机と椅子を準備してもらい、優雅に多国籍料理を食べてもらったりお酒を飲んでもらったり。

 わずらわしい礼儀作法なんて気にしない種族や冒険者たちは、自ら天幕に赴いて好みの料理を取って食べる。

 種族間の交流も活発化し、二人の王様が仲良くお酒をみ交わす席に獣人族の戦士が気兼ねなくやって来たり、竜族と魔獣が並んで牛にかぶりついたり。


 せっかく楽団が音楽を奏でてくれているというのに、誰か耳を傾けている人はいるのでしょうか。


 舞台と霊樹に近い位置では、僕たちの家族と高貴な人たち、そして友人の区画になっている。この辺は世間体を気にするような立場の人が多いせいか、わりかし優雅な雰囲気だね。

 ただし、そこからうしろは大騒動。

 早くも酔っ払いが出たり、なぜか腕試しを始めたお馬鹿さんたちも……

 さすがに血が飛び交うようなことにはなっていないけど、会場には竜人族と魔族という対立する種族も来ているからね。

 どうか、平穏な殴り合い程度にしてください。


 そうそう。

 霊樹の背後では、古代種の竜族が寛いでいる。

 竜族用に準備された料理を満足そうに食べるアシェルさん。ニーミアとプリシアちゃん、そして、もこもこのメイも側でお肉にかぶりついている。

 ニーミアは、リリィと羊の食べ比べをしています。

 フィオリーナとリームも、ちゃっかり輪に入ってお食事中。


 ただし、一体だけ残念な竜が。


 スレイグスタ老は悪ふざけが過ぎたせいで、巨人の魔王に「待て」をされている状態だった。

 犬だ。

 小山のような犬だ。

 目の前のご馳走によだれこそ垂らしてはいないけど、ひもじそうな瞳で大人しく座っている。


 可哀想だけど、自業自得だよね。

 よりにもよって、巨人の魔王に鼻水をかけちゃうなんてさ。


「汝は冷たいな」

「いやいや、あの状況で魂霊こんれいを振り回されないように巨人の魔王をなだめたのは僕ですからね?」

「爺さんは、百年ほどそこで反省することね」

「霊樹が心配である」

「はいはーい。その間は私にお任せですよー」


 どうやら、後継者にも見捨てられたらしいです。

 リリィの陽気な返事に、スレイグスタ老はがっくりと項垂うなだれた。


 舞台では楽団の演奏が終わり、今度はヨルテニトス王国から来てくれた劇団の京劇が始まっていた。

 お祭り騒ぎの会場。賑やかな騒動とは別に、式典は進んでいく。

 京劇のひと幕が終われば、神殿宗教の神楽かぐら、獣人族の出し物、吟遊詩人ぎんゆうしじんうた、他にも次々と番組は進んでいく。


 結婚の儀は、種族間交流にも利用されていた。

 これまで接点のなかった種族。敵対していた種族。これまで以上に親交を深めようとする種族。

 たくさんの種族が集合してくれた。

 面と向かって話し合ったり肉体で語り合うのもいいけど、こうしてお互いの文化を披露するのが、理解するのには手っ取り早いよね。


 会場のみんなは、ときには舞台の出し物に見入ったり、美食に舌鼓したつづみをうったり。休憩したり騒いだりしながら、今日という日を楽しんでる。


 そして、儀式の主役の僕たちはというと。


 舞台の様子を見ながら、会場の区画に足を運んで挨拶回りをしていた。


「エルネア、結婚おめでとう!」

「エルネア君たちらしい、素敵な儀式でしたよ」

「すっごいねっ。こんな儀式見たことないよっ」

「やい、エルネア! あれはどういうことだっ!」

「ぐえっ。スラットン、苦しいよ」

「ちょっと、スラットン。なにをしているの!」


 勇者様ご一行の区画に行くと、いきなりスラットンに詰め寄られた。

 どうやら僕は、スラットンの逆鱗げきりんに触れてしまったらしい。


「違うんだ。説明をさせてほしいな」


 どうどう、とスラットンを宥める僕。

 というかその前に、スラットンはクリーシオに取り押さえられて大人しくなっていたんだけど。

 僕はスラットンに向き直ると、真面目な顔で語る。


「スラットンは、さっきの京劇の第一幕のことに困惑しているんだね?」

「困惑じゃねぇっ、怒ってんだっ」

「はははっ、あれは仕方がないんだよ」


 先ほどまで演じられていた京劇の内容は、僕とリステアたちの出会いをえがいたものだった。

 監修したのは、もちろん僕。

 劇団の人たちと綿密に話し合い、素敵な演出に仕上がっていると自負している。


 でもね……


 なぜかヨルテニトス王国では、僕は天女扱いなんだよ。

 おそるべし、版画絵の影響力!

 聞いた話では、有名な版画家が天女な僕を描いたせいで、爆発的に広がったらしい。

 もうヨルテニトス王国では、竜王ではなくて竜女王りゅうじょおうとか竜女帝りゅうじょていなんて飛躍した物語まで存在しているのだとか。

 僕たちのヨルテニトス王国での出来事は、尾ひれどころか翼が生えて飛んで行っちゃった。


 そういうわけで、ヨルテニトス王国の京劇では、僕は女として描写されることが多いらしい。

 とはいえ、本人の僕は素直に納得なんてできません。だけど、演出としては面白いのかな?


「ということで、僕は考えたんだ。こうなったら、スラットンも女にしちゃえってね! 大丈夫だよ、事前にクリーシオからは許可をもらっているからね」

「もらっているからね、じゃねえっ! クリーシオも、俺があんなんで良いのかよ!?」

「良いんじゃないの?」

「ぐう……」


 お嫁さんに裏切られたスラットンは、捨てられた犬のような表情で落ち込んだ。


「いやあ、スラットンがまさかあんな巨漢女きょかんおんなだったとはなぁ」

「大丈夫だよっ、ぼくたちだけはスラットンの真実を知っているからねっ」

「お前たちだけかよ……」


 リステアとネイミーの追い打ちに、スラットンはとうとう撃沈してしまう。


 よし。

 これでスラットンの逸話いつわ捏造ねつぞうすることに成功したぞ!

 僕だけが乙女おとめなんて嫌だからね。


 スラットンは犠牲になったのだ!


 僕たちは巨漢女スラットンを残し、王族の区画へ。

 勇者様ご一行も、これからはお偉い様たちと一緒に過ごすということで、仲良く移動する。


 アームアード王国の王様一家とヨルテニトス王国の王様一家は、同じ区画で仲良く談笑していた。


 そして、この双子の王家といえば、ライラとユフィーリアとニーナです。


「お父様、いかがでしょうか」

「お母様、いかがでしょうか」


 美しい衣装に身を包んだユフィーリアとニーナが両親に晴れ着を見せる。

 親に見せるにはちょっと刺激的な衣装だけど、両親の二人だけでなく他の母親たちからも祝福されていた。


「陛下……」

「おお、ライラよ。其方が一番美しいな」

「そ、そんな……」


 こっちの二人は、いつも通りだね。

 恥ずかしそうに、それでもくるりと回って素敵な姿を見せるライラを、ヨルテニトス王国の王様が優しく抱きしめる。


「ライラさん、すごく綺麗です!」

「少し肉もついて、立派になったな」


 フィレルとキャスターさんは、ライラをまぶしそうに見つめていた。

 ただし長男だけは、ライラではなく双子の花嫁に釘付けです。


 まさか、まだ諦めていなかったの?


 僕との勝負でユフィーリアとニーナへの求婚権を失ったグレイヴ様。でも、心をいきなり切り替えるなんて、人には難しいからね。

 しかも、男なら誰もが振り返りそうな色っぽい衣装を着ているユフィーリアとニーナに視線を向けないなんて無理な話です。


「グレイヴ様。僕たち、結婚しました!」

「くっ、貴様っ!?」


 とどめを刺しておきましょう。

 にっこりと微笑んでグレイブ様と握手を交わす。

 すると、ユフィーリアとニーナが僕にくっ付いてきて、周りの目を気にすることもなくほっぺに唇を当ててきた。

 僕の両頬にはくっきりと、二人の唇の跡が。


「ちょっと貴女たち、なにをしているの!?」

「は、破廉恥はれんちですよ」

「ずるいですわっ」


 ミストラルとルイセイネが慌ててユフィーリアとニーナを僕から引き剥がす。その隙に、今度はライラが僕に抱きついてきた。


 女性陣の動きに、笑いが起きる。

 ただし、グレイブ様だけは白目を向いていた。

 よし、とどめを刺すことができたぞ。


 一応弁明しておくけど、これは悪魔心じゃないよ。むしろ、僕の優しさだと思ってほしいね。

 特定の人物に未練を残したままだと、次に移れないときがあるらしいからね。

 僕はこうして心を鬼にし、グレイヴ様の未来を切り開いてあげたんだ!


 うん、僕は悪くない。


 放心するグレイヴ様から離れて、王様たちに向き合う。


「ええっと。遅くなりましたが、僕たちはこうして無事に結婚することができました。みんなを幸せにできるように、これからも努力します」

「うむ、儂らはエルネア君を信頼しているよ。娘たちをよろしく頼むぞ」

「ライラだけは不幸にしてはいかんぞ。ライラを泣かせたら地の果てまで追いかけて問い詰めるからな」

「エルネア様、そのときはわたくしと二人だけで逃げましょう!」

「ライラさん?」

「ひいっ」


 どちらかというと、僕の方がいつも女性陣に泣かされているような気がするんですが。なんて談笑を交わしたあとに向かったのは、僕の両親たちがいる区画。

 といっても、すぐ隣の区画なんだけど。


 身内に振り分けられた区画は、王様一行の区画ともうひとつだけ。

 僕の両親がいる区画では、他にもミストラルの両親とルイセイネの両親も一緒に過ごしていた。

 王様一行の区画には貴族の人が挨拶に来たりするし、礼儀作法にうとい人にはちょっと肩がこるからね。

 でも、僕を通して親たちも親密になってほしいので、王様一行側の方が落ち着いたら合流してもらう予定だ。


 区画を区切る水路に掛けられた橋を渡る。

 水路では、水竜と水の魔獣が競争をしていた。

 水飛沫みずしぶきがきらきらと跳ねていて綺麗だね。

 水の下のお友達に挨拶をして、両親のもとへ。


「……魔王はあっちかそっちで過ごすと思ったんですけど?」

「なんだ、居たら悪いのか」

「いいえ、今日は無礼講だし、ご自由に。ただし、あまり父さんをいじめないでくださいよ?」


 なぜか、巨人の魔王が家族の輪に加わってお酒を飲んでいた。

 スレイグスタ老の鼻水まみれになった巨人の魔王だけど。あれはすぐに自然乾燥するからね。魔王はそれでも一旦魔王城に戻り、衣装を改めてこの場に居た。


 僕が指差した区画は二箇所で、それぞれに魔族の一団と謎の一団が。

 魔族側からは、死霊都市からメドゥリアさんや住民の代表団たち、さらにルイララや巨人の魔王の配下が参列してくれて、楽しく寛いでいる。

 魔族との橋渡し役として竜王のウォルが忙しそうに動き回り、竜人族の人たちも一緒になって賑やかだ。


 だけど、もう片方の一団は、本当に謎だった。


 誰の招待客でしょう?


 見たことのない人たちが、周りとあまり交流せずに寛いでいます。


 いや、一部の人は僕の知っている人たちなんだけど……

 謎の一団の輪のなかに、禁領で出会った桃色の髪のミシェイラちゃんが居た。褐色肌の耳長族の家族も居ます。

 ただし、その他の人たちは全く知らない。

 紫色の長髪の女性が二人と、魔女さんのようなあまり色素のない人。あと、いろんな種族の強そうな人たち。


 というか、ミシェイラちゃんたちには招待状を渡さなかったんだけどなぁ。

 あの頃はまだ、招待状を配っていなかったからね。配り始めて探したけど、ミシェイラちゃんたちの行方は追えなかった。


 もしかして、あれがアシェルさんが呼び寄せたお客さんだろうか。

 なんとなく、あそこへの挨拶は最後の方が良い、と本能が伝えてきていた。


「あちらで酒を飲むよりも、こちらの方が寛げる。向こうも、私がいない方が楽しめるだろうさ」

「向こうって、魔族の人たちなのか謎の人たちなのかどっちです?」

「想像に任せる」

「両方なんですね!」

「……エルネア、せっかく両親のところに来たのに魔王とばかり話していたら駄目よ」

「竜姫の言う通りだ。私のことは無視してこの場でしかできない挨拶をしたらどうだ?」

「はい、そうします」


 それじゃあ、両親と挨拶をするから、巨人の魔王は父さんを解放してあげてくださいね。

 珍しく酔いのまわりが早い父さんは、随分と上機嫌だ。

 普段は寡黙かもくで真面目な父さんだけど、巨人の魔王を相手にしても笑顔で盃を傾けていた。

 どうやら、酒飲み友達が魔王という事実を受け入れることができたようだね。さすがは僕の父さんだ。

 母さんもあのお屋敷に住み始めて、随分といろんな種族への理解が進んでいる。


 家にいるときのように率先して場を切り盛りしている母さんの手を休ませて、僕たちは揃って言葉を交わす。

 まずは、ルイセイネの両親に謝罪を。

 代々、聖職者の家系のルイセイネの実家。

 本当は、神殿で形式にのっとった結婚の儀を望んでいたはずだよね。だけど、諸々もろもろの事情でお祭り騒ぎの儀式になっちゃった。

 みんなで謝罪すると、笑顔で返された。


「女神様は寛容かんようです。世界には多くの種族が暮らしていて、多くの文化があります。種族の垣根かきねを越えたあなた達らしい、素敵な儀式だと思いましたよ」


 礼儀作法には厳しいルイセイネの両親だけど、心は女神様のように寛容だね。

 宗教と信仰心、そして心の広いルイセイネの両親に、ミストラルの両親はいたく感心していた。


「いやあ、素晴らしい夫婦だね。うらやましいよ」

「貴方、それは暗にわたしを批判しているのかしら?」

「ち、ちがうよ、コーネリア。僕はいつだって君を認めているよ」


 なんだか既視感きしかんのあるやりとりをするコーネリアさんとアスクレスさんの夫婦漫才に、ここでも笑いが起きる。


「そうそう、母さん。今回集まってもらったお客さんで、このあとも観光したいっていう人がいっぱいいるんだ。なので、王宮と家とで分担して宿泊してもらうって王様が言ってたよ」

「あんたはいつも簡単に言うけどねぇ……」

「お任せください、奥様。準備は万端です」

「頼りにしているわ、カレンさん」


 すっかり実家の使用人さんになっちゃったカレンさんが張り切っています。

 他にも、実家から来てもらったお手伝いさんたちが右へ左へと忙しそうに働いてくれている。

 巨人の魔王が「酒がなくなった」と使用人さんに次を所望する。

 巨人の魔王が手にしているお酒の壺は小さめで、すぐに空になっちゃう。


「この酒は極上だな。まさか、この世にこれほどの酒があるとは」

「父さん、大切に飲んでね。それは霊樹のしずく醸造じょうぞうした貴重なお酒だからね」

「霊樹の雫?」


 価値を知らない父さんは、ほろ酔い顔を傾げて聞いてくる。

 ルイセイネの両親も、聖職者だけど祝いの席ということでお酒を飲んでいて、やはり同じように疑問の視線を僕に向けていた。

 価値を知っているミストラルの両親は、大切そうに霊樹の雫のお酒を飲んでいる。

 巨人の魔王だけが、価値を知っているのにがばがばと手加減なく飲んでいた。

 そして、お手伝いさんは催促されて、急いで在庫を取りに行こうとしていた。


「霊樹とは、ほら、あそこに仮で生えているだろう。他では、竜の森の最奥に生えているな。あの図体だけは巨大な馬鹿な小僧が護り続けている大樹だ。その朝露を集めて醸造した酒だ。魔族の国で手に入れようと思えば、このつぼいっぱいで都市が二、三個は買える」

「……は?」


 巨人の魔王の話に、僕たちだけでなく父さんの目が点になる。


 いま、なんと仰いましたでしょうか。

 さほど大きくもない壺いっぱい分で、都市が二、三個も買える?


 ええっと……


 空の壺を数えてみる。

 七つ、八つ……。気のせいかな。この場にあるだけで十壺ほどありますよ。


 父さんは急に酔いが回り始めたらしい。ぐるぐると目を回して倒れ込んだ。

 お代わりを取りに向かおうとしていたお手伝いさんは、固まったまま動かなくなってしまった。


「そういうことは、あまり言っちゃ駄目だと思うんです」

「なあに、気にするな。あくまでも魔族の国では、の話だ。こちら側でなら、其方と耳長族と仲良くしていれば定期的に手に入れられるだろう」

「それはそうですけどね……」


 どうするんでしょうか、この区画。

 僕たちとミストラルの両親以外は固まってしまって、会場内でここだけが切り取られたような静寂せいじゃくになってしまっていた。

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