帰り着くまでが旅行です

「ただいまにゃーん」


 ニーミアが僕の実家のお庭に降り立つ。そして、両手で掴んでいた僕を、ぽいっと芝生の上に放り投げた。

 ごろごろ、と力なく転がる僕。


「あんたは、まったくもう。なにをだらしない格好かっこうで帰ってきてるんだい」

「や、やあ、母さん。ただいま」


 母さんが言うように、なんとも情けない格好のままで、僕はお庭に集った面々に帰宅の挨拶をする。

 実家のお庭では、午前のお茶会が開かれていた。

 竜峰旅行に行った母親連合のみなさん。それに王様とルドリアードさんが加わった、王家ご一行様。それと、勇者様ご一行のみんな。

 そこへ、僕とニーミアとプリシアちゃんが空から帰ってきたわけです。


「それで、エルネアよ。竜の森の件はどうなったのだ?」

「はい。それはもう、とどこおりなく解決済みです!」


 たぶん、僕が帰ってくる前に大方の予想はできていたはずだよね。森の急成長が止まったんだから。

 こうしてお庭でお茶会を開いている様子からも、関係者の人たちの安堵あんどした気配が伺える。

 あとは、僕がきちんと報告をするだけです。


 まあ、霊樹の巨木や霊樹の精霊さんたちのことは秘匿ひとくしないといけないので、部分的にはぐらかせたり嘘を言うことにはなっちゃうけどね。


「それでは、報告させていただきます!」

「いや、待て、エルネア。その前に、その全力で脱力した姿勢をどうにかしたらどうだ?」

「ふっ。リステアよ。僕にはもう、そんな余力はないんですよ……」


 べろーん、と伸びきった僕に乗って楽しそうにはしゃぐプリシアちゃんとアレスちゃん。

 僕を連れ帰るという大役を終えたニーミアも、小さな姿になっていつもの位置で寛いでいる。

 だけど、こんな小さな反抗勢力を排除することさえもできないほど、僕は憔悴しょうすいしきっていた。


 だってさぁ。


 苔の広場に戻って、ミストラルと手合わせをしようとした僕が悪いんじゃありません!

 僕に襲いかかったみんなが原因なんだ。

 それと、スレイグスタ老だね。

 僕の決意に厳しく指導していくと宣言したスレイグスタ老は、それはもう容赦がありませんでした。

 容赦がなさすぎて、最後にはミストラルから怒られていたっけ。

 そして、スレイグスタ老や妻たちから散々にもてあそばれた僕は、こうして衰弱すいじゃくに陥ったわけです。


「ふぅむ。エルネアがそれだけ弱り果てるほど、今回の問題は深刻だったのだな。迷惑をかけてしまった。アームアード王国の民を代表して、感謝する」


 すると、起き上がることもできないほど弱り切った僕を見た王様が、なにか変な勘違いをしたのか、深々と頭を下げてきた。


 うううっ。気まずいです。


 王様の真摯しんしな対応にいたたまれなくなった僕は視線を逸らす。すると、全部お見通しなんですよ、という視線を向けるセリースちゃんと視線が交わった。


「え、ええっと。とにかく、報告をしますね!」


 竜の森の暴走は、春の陽気に当てられた植物と精霊たちの大騒動でした、という話でまとめあげる。

 竜の森に精霊が増えすぎている、という真実を織り交ぜたおかげか、疑うこともなく僕の報告に耳を傾ける王様たち。

 ちなみに、増えすぎた精霊たちの移住計画が進んでいることも伝えて、今後のうれいを払っておいた。


「それで。拡大した森を、儂らはどうすれば良いのだ?」

「はい。その部分は、おじいちゃんや精霊さんたちと、ちゃんと話し合ってきてます。広がった部分の樹木は切り倒しても良いそうですよ。ただし、伐採した木材は大切に使ってくださいね」


 木材は、あればあるほど喜ばれる。太い材木は建物などに利用されたり、手頃な大きさのものは加工されてお皿や器、家具などにもなる。余った木屑きくずも乾燥させれば薪木まきぎになるしね。

 ということで、思わぬところから材木の確保ができた王様たちは、騒動で右往左往させられたことも忘れて喜んでくれた。


「切り株は……。竜族のみんなーっ! 手伝ってくれるかなー?」

『いいともーっ!』


 人がお庭でお茶会を開いているように、遊びに来たり母親連合の荷物を運んでくれた竜族たちも、お庭で寛いでいた。

 そこでお願いをすると、気前よく賛同してくれた。

 王様に通訳をすると、報酬の肉の準備が大変だ、と言いつつも喜んでくれていた。


 その後も、細々とした報告や母親連合との竜峰の旅の大変さを王様やリステアたちに伝える。


「お前たちだけ、うらやましいのう」


 王妃様たちを見て、王様がしみじみと呟く。


「大丈夫ですよ。夏になったら、今度は男だらけの旅です!」

「いや、華を準備しておいてくれ……」

「王様がそう言うのなら!」


 母親連合の旅行は無事に終わりを迎えた。

 次は、父さんや王様たちを連れての旅を計画しています。

 ただし、行き先がどこなのかはまだ伝えていない。きっと、王様たちも竜峰に行けると思って疑っていないんだろうね。


 くっくっくっ……


 ちなみに、男旅は夏に決行するとだけ伝えている。

 王様の公務の都合が一番に重要視された結果だ。

 王家のみなさんは、毎年夏になると避暑地ひしょちへ移って長期のお休みをとるらしい。その時期に合わせて、男旅を予定しているんだ。


 参加者は、僕の父さんとルイセイネのお父さん。それに、アームアード王国とヨルテニトス王国の王様。そして、ミストラルの村でアスクレスさんも回収だ。

 ルドリアードさんも行きたがっていたけど、今年は王族を代表してルドリアードさんが居残り政務らしい。


「ちっ、俺たちも連れて行きやがれ」


 すると、男旅の面子めんつに入っていないスラットンが悪態をついてきた。


「別に連れて行っても良いんだけどさ。スラットンとリステアは、自力で竜峰を旅したいんじゃないの?」


 旅先は、竜峰じゃないんだけどね。


「見ていろよ。夏までには俺も竜峰に入って、伝説を作ってやるぜ」

「救援の伝説じゃなきゃいいけどねぇ……」

「なんだと、貴様っ」

「きゃー」

「ぎゃーっ!」


 いつものようにスラットンをからかう僕。いつものように僕へと襲いかかるスラットン。

 でも、いつもとは違うことがあった。

 それは、衰弱して動けない僕と、僕で遊ぶ幼女たちです。


 スラットンは僕に襲いかかったつもりなんだろうけどさ。

 幼女の身の危険を感じ取ったのか、普段からプリシアちゃんのかたわらにいるユンユンとリンリンが反応した。


 飛びかかってきたスラットンを、精霊術でぱこーんと弾き飛ばすユンユン。

 突然弾かれたスラットンは、何が何だかわからないうちにリンリンの精霊術で空中高くに舞い上げられた。

 すると、見ていた竜族が面白がってスラットンを地面に落とさないように弾いて遊び出す。


「お、おいっ。やめろっ。やめてくれーっ!」

「おお、流石は防御に定評のあるスラットンだね。上手く受け身を取っているよ」


 そして、傍観する僕たち。

 気づくと、ドゥラネルも影から現れて、彼が一番にスラットンを攻撃していた。


 平和だなぁ、とカレンさんがれてくれたお茶をアレスちゃんに飲ませてもらいながら、満身創痍になっていくスラットンを観察する。すると、リステアが話しかけてきた。


「お前が今、どんな術を使ったのかもわからん。そんな俺たちは、まだまだ竜峰に踏み入る技量じゃないのだろうな」

「そんなことはないよ。今のは僕じゃなくて、どちらかと言うとプリシアちゃんを護る精霊さんの仕業だしね。ああ、そうだ。もし良かったら、練習がてら少しだけ竜峰に入ってみない? 僕も付き合うしさ」

「おお、それは良い案だな。ぜひ、お願いしよう」


 そもそも、僕は十五歳のときに竜峰に入った。そりゃあ、特殊な環境で修行を積んだ僕だけどさ。現在のリステアやスラットンたちが、当時の僕より劣る人だとは思っていない。

 だから、あとは慣れと切っ掛けだけだと思うんだよね。


 そして、リステアたちが行くとなると、妻であるセリースちゃんたちが黙ってはいない。


「では、私も行って良いですよね? 聞けば、セフィーナ姉様も竜峰で修行をなさっているようですし」


 そういえば、禁領に残してきたセフィーナさんのことは「竜峰で修行中」と伝えているんだよね。

 姉たちに続け、と闘志を燃やすセリースちゃん。

 ネイミーやクリーシオも、じゃあ装備はどうしましょうか、なんて楽しそうに話し出す。


「ところで、マドリーヌ様の姿が見えませんけど?」


 マドリーヌ様は、残念だけど苔の広場には行けない。ということで、母親連合と一緒に実家でお留守番をしていると思ったんだけど。

 なんか穏やかだと思ったら、マドリーヌ様がいなかったからか。と今更気づく僕。


「マドリーヌ様なら、キーリとイネアに引っ張られて大神殿へ行ったぞ。なんでも、ヨルテニトス王国へ帰るまでは軟禁なんきんするらしい」

御愁傷様ごしゅうしょうさまです……」


 まあ、旅の間は思う存分活動しただろうしね。ここで一度落ち着いておかないと、錫杖しゃくじょう奪還の使命に押し潰されちゃうかもしれない。

 いや、暴走する危険性の方が高いのか。

 キーリとイネアの対応に、心から感謝です。


 そして旅が終わり、疲れを癒せば解散が待っている。

 アームアード王国の王妃様たちや母さんやリセーネさんは王都暮らしなので、それでも会おうと思えばいつでも会える。

 だけど、帰る場所が遠く離れていて、しかも戻ればまた離宮暮らしになってしまう人が、ひとりだけいた。


 ヨルテニトス王国の王妃、レネイラ様だ。


 レネイラ様は、解散までの残された時間を心に刻むように、にこにこと楽しんでいた。

 母さんや他のみんなも、レネイラ様との思い出をいっぱい残そうと、たくさん話したり笑ったりして過ごしている。


 だけど、やはり終わりの時はどうしても訪れてしまう。


 僕たちがお庭で談笑していると、徒歩で帰宅したミストラルたちが合流した。

 ライラはすぐさまレネイラ様の傍に座り、笑みを零す。

 二人はとても幸せそうだ。

 すっかり仲良くなった二人は、夫の僕が嫉妬してしまうくらい濃密に時間を共有している。


 でも、ライラとレネイラ様は知っている。

 ううん、二人だけじゃない。

 僕たち全員が理解している。

 この幸せな時間も、あとわずか。


 長い竜峰の旅だったけど、だからこそ終わりはもうすぐそこまで来ている。


 誰もが想っているに違いない。

 ライラとレネイラ様の仲睦まじい関係を引き裂きたくはない。このままずっと、二人が幸せであってほしいと。


 だから、誰も言い出せない。

 楽しい旅行の終焉しゅうえんを。


 そんな僕たちを見かねたのか、ライラと楽しくお話ししていたレネイラ様が自ら口を開いた。


「ありがとうございます。楽しい旅でした。一生の思い出です。でも、もう私は帰らなければ」

「レネイラ様……」


 ライラが悲痛な表情ですがりつく。


「どうか、わかって。私は戻らなければならないのです」


 ヨルテニトスの王様は、僕たちを、なによりも愛する女性を信用してくれて、レネイラ様の連れ出しを許可してくれた。

 だからこそ、僕たちはきちんとレネイラ様を送り届けなきゃいけない。

 王様の信頼を裏切るわけにはいかないんだ。そして、それは僕たち以上にレネイラ様が知っている。


「ライラ、今生こんじょうの別れではないのよ。だから、わがままを言わないであげなさい。未練を見せれば見せるほど、辛くなるのはレネイラさんなのだから」

「そうだよ、ミストラルの言う通りだ。僕たちなら、いつでもレネイラ様に会いに行けるんだしね。ねっ、ニーミア!」

「にゃーん」


 ニーミアの飛行速度なら、日帰りだって……。さすがに、それは無理か。

 だけど、会いに行くのもひと苦労、なんてこととは無縁の僕たちだ。

 だから、楽しい旅の思い出は楽しいままで終わりにしよう、とみんな笑顔になる。


「エルネア様。それでは、ひとつだけわがままを言わせてくださいませ」

「なんだい、ライラ。ひとつと言わず、何個でもどうぞ?」

「はい! それでは、レネイラ様をヨルテニトス王国まで送りたいですわ。エルネア様と!」

「ライラ、それは却下よっ」

「ライラ、それは拒否よっ」


 ライラのお願いを即時に否定するユフィーリアとニーナに、笑いが起きた。


「とはいえ、エルネアが何個でもどうぞと言ってしまったしね?」

「残念ですが、ミストさんのおっしゃる通りですね」


 あらら。

 普段ならライラの抜け駆けを潰すルイセイネとミストラルが、肯定派こうていはに回ったようです。


「んんっと、プリシアも行く?」

「いいえ、貴女はお留守番です」

「むうぅ、ミストのいじわる」


 プリシアちゃんは、今回もいっぱい遊んだからね。

 そろそろ村に戻って母親に戻さないと、僕たちがおしかりを受けます!


「そうか。レネイラ殿は戻られるか。だが、またいつか我が国へ遊びに来てくれ」

「陛下、ありがとうございます」


 王様とレネイラ様は再会を誓う。

 すると、王様の横できらーんっと瞳を輝かせた人たちがいた。


「陛下?」

「カミラよ、却下だ」

「貴方?」

「むむむ。アネスよ、其方の意見も却下だ」

「あ・な・た・?」

「スフィア……。ぐぬぬ、セレイアとセーラまで!」


 凄みのある王妃様たちの気配に、王様が後退あとじさっていく。


「「「「「私たち、ヨルテニトス王国の国王陛下へ挨拶をしに行こうと思います!」」」」」


 そして、声を揃えて宣言した。


 なるほど。レネイラ様をみんなで送り届けるついでに、ヨルテニトス王国との親交を深めましょう、という目論見ですね。

 レネイラ様との時間を延長できるし、外交もできちゃう。

 なんて合理的な考え。そして優しさでしょう。


「「きゃっかーっ!」」


 僕と王様は、同時に叫ぶ。


 だってさぁ。

 王妃様たちの送り迎えって、僕の担当になるんだよね?

 もう、母親連合のお供は勘弁です……

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