そして出発

「お待たせ」


 ミストラルはすぐに僕たちに気づいて、躊躇いなくやって来た。


「おはようございますー」

「おはようございます。わたくしはルイセイネの幼馴染で巫女をしております、キーリです」


 キーリとイネアは初面識ということで、ミストラルと自己紹介を交わす。

 ミストラルは苔の広場経由で来ているはずだから、もしかしてプリシアちゃんとニーミアも連れてくるのかな、と思ったけど、どうやらひとりみたい。

 まだ耳長族の村には行っていないのかな。早朝だしね。


「まさか、本当に凄腕の冒険者さんがいるとはー」

「そうね。どんな経緯で知り合ったのかしら?」


 キーリとイネアは、ミストラルを繁々と見つめて、驚いていた。


「ミストラルさんの武器は、その腰に帯びている強そうな片手棍ですか?」

「そうよ、刃物じゃないから珍しいかしら」

「珍しいというか、鈍器どんきが武器の人を初めて見たよー」


 イネアが興味津々にミストラルの漆黒の片手棍を見ていた。

 巫女様の武器は薙刀と決まっているから、違う種類の武器には興味があるのかもね。


「それでは、そちらの抱えている白い剣は何なのでしょう?」


 キーリの指摘通り、ミストラルは両手で大事そうに一振りの剣を抱えていた。


「ああ、これは」


 言ってミストラルは、僕の方に振り向く。


「はい、持ってきたわよ」


 そして白剣を僕に手渡してくれた。


「ありがとう。それと、おはようね」

「ふふ、おはよう」

「ええっ、二人は知り合いなのですか!?」

「わおっ。エルネアー。こんな美人さんとどこで知り合ったんだよー。ルイセイネ一筋じゃないのかー!」


 僕とミストラルの短いやり取りに、キーリとイネアが驚く。


「ほ、ほら。お使いの時に一緒に行動していたから、そりゃあ面識はあるよ」


 嘘は言ってないよ。真実でもないけどね。


「ふううん。でもなんで、ミストラルさんがエルネア君の武器を持ってきたのかしら?」

「これは、今日までミストラルに預かってもらっていたんだよ。大切な剣だから家に置いておくのも気が引けて、今日まで預かってもらってたんだ」


 僕はつい嘘をついてしまった。

 ううん、嘘ではないんだけど、やっぱり真実ではないよね。

 巫女様に隠し事をするなんて、僕はなんて罪深いんだろう。


「ふううん、隠しごとね?」

「たぶんリステアも知らないことだー。エルネアは秘密が多いねー」


 僕の説明に納得しないばかりか、キーリとイネアは僕のことを見透かしたような様子だよ。

 でもだからと言って、追及はしてこなかった。


「まあいいさー。来年戻ってきたら詳しく聞くよー。それまで楽しみにしてるよー」


 と言って、イネアは引いてくれた。


「エルネア君。貴方はなにか大きな事をしようとしているのかしら。わたくしもリステアの側に居ますから、何かを成し遂げようとする男の人のことはわかるつもりです」


 大きなことなんだろうか。

 これからミストラルの村まで行くだけなんだけどね。

 だけど、人族が竜峰に入るのは、やっぱり大ごとなのかな。


「貴方は時折、何か遠くのものを目指しているような雰囲気を出すときがあります。貴方の秘密は、きっとそれに関係することなのでしょうね」


 キーリは随分と勘がいいね。さすがはルイセイネの幼馴染であり、リステアを支えるお嫁さんのひとりだよ。


「いつか目標に達した時。その時はリステアやわたくし達にもお話ししてくださいね」


 優しく微笑むキーリに、僕は力強く頷いた。


「うん、絶対にいつか話すからね」

「それじゃあ、ちゃんと竜峰から元気な姿で帰ってくるんだよー」


 イネアの言葉にも、僕は頷いた。


「勿論だよ。一年後、逞しくなった僕の姿を見て驚かないでよね」

「……筋骨隆々きんこつりゅうりゅうになったエルネア君は見たくないわ」


 キーリの言葉に、みんなが笑う。


「さあ、エルネア。そろそろ出発しないと。微妙な時間帯に竜峰に入ることになるわよ」


 ミストラルの注意に、僕は気を引き締め直す。

 そうだ。早朝に出たのは、最初の目的地に丁度の時間に到着するためなんだよ。

 だから、ここで楽しく話している場合じゃなかったんだ。


「ルイセイネ。貴女もそろそろ時間よ。わたしも貴女も、やらなければいけない事があるでしょう」

「あらあらまあまあ、そうでした。わたくしはミストさんから色々と学ばなければいけないのですよね」


 ルイセイネは、ミストラルの村に入る前に、竜人族の事について少し勉強をすると言っていた。

 これから竜人族の人たちの中に入って生活するので、習慣や作法なんかを先ずはミストラルから教わるらしい。

 そしてミストラルも、ルイセイネから人族の事を学ぶんだって。

 特に、宗教関係にミストラルは興味を示していた。

 年越しで見た儀式にとても感動したんだって。


「名残惜しいですが、時間なのですね」

「次会えるのは、一年後かー」


 僕とルイセイネ、それとミストラルは数日後には再開する予定なんだけどね。でもそれは秘密。


「よし、出発しよう」


 僕は受け取った白剣を腰にさし、気合を入れる。


「先発はエルネア君ですね。気をつけてくださいね」

「女神様のご加護がありますようにー」

「エルネア、気をつけるのよ。絶対に油断しないこと」

「エルネア君、無茶だけはしないでくださいね」


 みんなに見送られ、僕は大神殿前広場を後にする。


「行ってきますっ」


 大通りに出た後、僕は振り返って大きな声で別れの挨拶をした。

 みんなは笑顔で僕を見送ってくれていた。







 ミストラルたちと別れた僕は、大通りを一度北上し、噴水公園を目指す。

 噴水公園から西に延びる大きな通りに進路を変更し、職人さんたちが多く住まう西地区へと入っていく。


 西に向かう大通りには、金物屋や武具店がのきを連ねる。

 お金のある冒険者や貴族の人は、西地区の職人が手がけた物を好んで購入することが多いんだよね。

 値段は、目玉が飛び出るくらいの金額なんだけど、それに見合う性能と品質があるんだとか。


 早朝なのに、西地区の至る所から煙突が煙を吹いていて、金物を叩く硬質な音が響いていた。

 だけど、お店は東地区のように朝早くからは開いていないみたい。

 通りに面したお店はどれも固く扉を閉めていて、通りを行き交う人たちも中央の大通りに比べたら随分とまばらだ。


 そして、旅装束の格好をして西を目指すのは、僕ただひとりだけ。


 早朝に旅装束で行動するなら、王都なら東以外にはあり得ないんだよね。

 西には竜峰しかないので、そちらに足を向ける冒険者なんていないんだ。

 だから、僕は通りを行き交う人たちの視線を集めていた。


 気にしない、気にしない。


 周りから奇異きいの目で見られることになんて慣れてますもんね。

 あいつ、旅の格好でなんで西に向かってるんだ。阿呆だな。方向音痴か。なんてきっと思われているに違いない視線を無視し、僕はひたすら西を目指して歩く。


 王都は広いね。

 西に向かって歩き続けるんだけど、一向に竜峰は近づいてくる気配がない。それどころか延々と街並みが続いているよ。


 王都中央の噴水広場近くでは西地区側にもお店が多かったけど、西に西にと行くにつれ、お店じゃなくて町工場が増えだした。


 そして、働く人たちを少しずつ見かけるようになり。


 ようやく視線の先に西の砦が見えてきだした頃には、西地区も活気が溢れるような時間になっていた。


 おおお。歩いて西の端まで来てみたけど、予想以上に時間がかかったみたい。

 太陽は、気づけばもう随分な高さまで上がっているよ。


 昨年。ジルドさんのところに通いつめていた時は、竜気を使って身体能力を上げて走っていたから、北の端まではそこまで時間がかからなかったんだけどね。


 西の砦。


 北から続く外郭がいかくの壁は西にも続き、一部は兵士が駐留する砦と繋がっていた。


 西の砦を抜けると、いよいよ王都の外。

 アームーアード王国の外。

 つまり外国だよ。


 西の砦より更に西は、人外の領域。

 人族の支配の及ばない世界。


 道は竜峰へと続くけど、もうそこは竜族と竜人族が支配する場所なんだ。


 とても危険。

 凄腕の冒険者でさえ、竜峰には入らない。

 竜人族が定期的に竜峰から下ってきて王都で商売をするけど、王都の人が竜峰に入ってあきないをすることはない。


 未知の世界。

 魔獣が跋扈し、竜族が至る所に巣を作り。

 竜人族が侵入者に対して目を光らせる。


 ミストラルの村まではたったの数日。

 だけど、その数日でさえ、とても危険な旅になるんだろうね。


 僕は西の砦を前に、改めて気を引き締め直す。


 左腰にさした白剣を確認し、右腰の霊樹の木刀に触れる。そして、背負った旅道具を重さで再認識して、僕は辿り着いた西の砦を見上げた。


 堅牢な造りの砦は、南北に延びる外郭と同じ高さで、見上げると首が痛くなりそうなほど高い。

 そして、その砦の上や遠くの外郭の上から、幾つかの兵士の視線を感じた。

 普通は砦に近づく人なんて居ないだろうし、警戒されているのかな。

 でも、ここを抜けないと竜峰へは入れないので、行くしかないよね。


 眼前の砦門とりでもんは固く閉ざされているので、僕は門扉もんぴを守る兵士の人に声をかけた。


「あのう、すみません」


 僕が声をかけると、槍を持って警備をしていた兵士さんがやって来た。


「坊主、どうした。道にでも迷ったか。ここは西の砦だぞ」


 はっはっはっ。と豪快に笑いながらやって来た兵士さん。

 どうやら善い人そうだ。

 怖い人だったらどうしよう、と一瞬だけ緊張したよ。


「違うんです。合ってるんです。僕はここを抜けて竜峰に行きたいんですが、砦を通してもらえませんか」


 僕の言葉に、はっと笑い声を止める兵士さん。


 むむむ。嫌な予感。


「竜峰へ? 坊やが?」


 おいおい、冗談だろう。と兵士さんは笑う。


 だけど、再度僕が通りたい意向を示すと、真面目な表情になった。


「わけありかい?」

「はい、行かなきゃいけないところがあるんです」


 僕の真面目な表情に兵士さんは頷き、そして言った。


「そうかい。それなら、通行証を見せてもらおうか」

「えっ!?」


 通行証?

 何ですかそれは。


 僕は兵士さんの言葉に凍りつく。


 通行証なんて知らないよ?

 持ってないよ?

 砦を通過するのには、その通行証が必要なの?


 寝耳に水な兵士さんの言葉に、僕の思考は停止してしまった。

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