卒業と旅立ち
ルイセイネの薙刀の刃を両断した時もそうだったけど、まず斬れ味が凄いんだよね。
竜気を乗せなくても、普通の武器や岩なんかだと簡単に斬り刻むことができる。
では、竜気を乗せるとどうなるかというと。
もう剣術なんて要らないんじゃない? というくらいの凄まじい威力を出すんだ。
軽く打ち合うだけでも衝撃波が
竜剣舞の存在が……
と思ったら、スレイグスタ老に注意をされた。
「無闇矢鱈と衝撃を広げ、何でもかんでも斬り刻み、威力の調節も出来ぬのは汝が未熟だからである。それは竜剣舞を使う汝に、と与えたものだ。それを忘れるでない」
なるほど、と僕はスレイグスタ老の言葉を心に深く刻み込む。
リステアも、聖剣の威力を自在に操っていたよね。敵対者と戦う時には全力で。逆にスラットンと手合わせをする時なんかは、完全に能力を封印していた。
威力があるからそれを毎回出し切れば良い、という単純なものではないんだね。
むしろ、威力があるからこそ制御を心がけなきゃいけないんだ。
どういう状況でどう力を使うか。どれくらいの威力を出せば良いのか。逆に抑えれば良いのか。僕は考えながら白剣を扱わなきゃいけないんだ。
「威力任せで技術を
威力比べだと、そりゃあ勿論、威力が強い方が絶対に勝つよね。だから、そう言う時に相手との差を埋めるのが、技術や駆け引きなんだね。
そして、威力の加減は相手への
僕は、この威力の加減を先ずは身につけなきゃいけないみたいだ。
そして、勝負とは心技体全てが大切なんだ。どれかひとつだけ極めても意味がない。
僕は、竜剣舞という技術を手に入れた。白剣と霊樹の木刀という力を手に入れた。
だからこれからは、心も鍛えなきゃね。
白剣を受け取ってから学校の卒業式までの数日間。短い期間だったけど、僕は武器の扱い方を改めて学んだ。
今までは、とにかく武器に竜気を送って竜剣舞を舞う、ということばかりしてきたけど、今度はこの技の時にはどれくらいの威力に抑えるか、逆にどれだけ竜気を乗せると、どういう効果に変わるのか、という事をスレイグスタ老とジルドさんに教わった。
難しさが数倍に跳ね上がりました。
もしもミストラルの村に向かう、という目標がなかったら、僕は旅立ちの一年間を苔の広場で過ごしていたと思うよ。
そして、卒業式。
これは、特に大事な行事ではなかった。
なぜなら、気の早い同級生徒、特に冒険者志望の生徒たちは既に多くの人たちが出発している。それに、近隣の村や街で働いて一年間を過ごそうとしている人たちも、いい仕事を他の地域の人に取られないようにと先んじて旅立っているから、残っている人は意外と少ないんだ。
だから残っている生徒は、余裕のある人、一年間の当てがある人、能天気な人。それと僕のような周りに影響されない目標のある人たちだけなんだ。
お披露目と宣告の儀式が実質的な卒業式、と捉える人も多いんだよね。
親だけじゃなくて地域の人たちが大勢やって来るから。
そんなわけで、卒業式には同級生徒の半分くらいしか参加しなかった。
「エルネア、しっかりやれよ」
「一年後、実は近くの村で過ごしてました。なんて冗談は聞きたくないぜ」
卒業式に参加したリステアとスラットンに声をかけられる。
「エルネア君、一年後に必ず竜峰のことを話してくださいね?」
セリース様が握手をしてくれた。
僕の竜気のことは、既にリステアたち勇者様御一行にはセリース様から伝わっている。
なんで隠していたんだ、とスラットンには散々突っ込まれたけど、他のみんなは訳ありだとすぐに気づいてくれて、公言を控えてくれていた。
なので、露見しつつも勇者様御一行以外には広まっていないのが有難かったよ。
「リステアたちも竜峰に来ればいいのに」
「ははは、流石にそんな余裕はないな。お前も知っている通り、俺たちは魔族を追う。これは一年じゃ足りないかもしれないんだ」
「エルネアっちが無事に帰ってきたら、こっちが落ち着いてから案内してもらうよっ」
「そうか、魔族の暗躍を止めるんだったね。気をつけてね」
「ああ、お前も気をつけて頑張れよ」
僕たちは互いに固い握手を交わし、卒業式から解散した。
次にリステアたちと会えるのは、一年後だね。
卒業式の翌日は、いよいよ立春。
旅立ちの日だ。
僕は前夜、父さんと母さんと沢山の話をした。
普段の生活のことや友達のことなんかを取り留めもなく話していたら夜更かししそうになって、母さんに寝るように注意されちゃったよ。
父さんも母さんも僕も、話し足りない。名残惜しさいっぱいだったけど、僕は翌日からは大冒険をしなくちゃいけないんだ。
出だしで寝不足体調不良だなんて、お馬鹿なことは出来ないよね。
僕は気を落ち着かせて就寝した。
そして、朝。
普段だと早朝には仕事に出て行く父さんが、僕の旅立つ時間まで居てくれた。
僕は、前日までに纏めていた荷物を背負い、玄関に向かう。
「エルネア」
母さんが心配そうに僕を見ていた。
「母さん、父さん。行ってきます」
僕は元気よく出発の挨拶をする。
「ああ、いってらっしゃい。また一年後、元気な姿を見せてくれ」
「無理だけはしちゃ駄目よ」
僕は父さんと母さんと抱き合い、躊躇いなく玄関から外に出る。
朝日の眩しさをいつも以上に感じて、僕はおでこに手を当てて目に影を作り、空を見上げた。
快晴だ。
竜峰から流れてくる少しばかりの雲は薄く、青く透明な空はどこまでも続いているように感じる。
「行ってきます!」
玄関先で僕を見送る父さんと母さんに手を振り、僕は出発した。
まず目指すのは、大神殿だ。
そこで一度、ルイセイネとミストラルに会うことになっている。
実は今、僕は白剣を所持していないんだよね。
白剣を持って帰ったら、きっと母さんに訝しがられると思って、ミストラルに預けているんだ。
なので、大神殿でルイセイネとミストラルと合流し、白剣をミストラルから受け取ってから、僕はそれから竜峰に向かうことになっていた。
ちなみにルイセイネは、ミストラルと共に一度苔の広場へと行き、そこからスレイグスタ老の竜術で村までひとっ飛びらしい。
ミストラルの村は竜峰に入って数日で着くらしいんだ。だけど、ミストラルは毎日苔の広場に来ていたよね。
実はその送り迎えは、全てがスレイグスタ老の竜術だったのです。
ミストラルの村に向かう、と決めた僕だったけど、実は距離なんて考えていなかった。
村から毎日やって来てるミストラルがスレイグスタ老の術で移動していることは知っていたけど、そもそも彼女の村までどれくらいの距離があるのかなんて考えたことはなかったんだよね。それなのに村に向かう、と決めた僕は、竜峰を長い日数をかけて旅するんだとばかり思っていた。
矛盾しているよね。
現実は。
ミストラルの村は竜峰でも東側にあり、王都から数日で着くらしい。
でも、それはそうなのかも。代々スレイグスタ老のお世話をしている部族が、遠く離れた竜峰の奥地に住んでいるなんて不自然だもんね。
拍子抜けした感のある僕に、ミストラルはそれでも人族には険しい道のりになる、と注意していた。
僕は、大通りに入ると、王都を南下する。
もうすぐ大神殿に着くけど、行き交う人々の中に僕と同年代っぽい人をいつもより多く見かけた。
見知った顔じゃなかったから、きっと違う校区の人なんだろうね。
そして、その同年代の人たちは、僕と同じように大神殿に向かう人が結構多くいた。
旅立ちの一年間の無事を、大神殿でお祈りしてから出発するのかな。
僕は人の流れに乗って、大神殿に辿り着く。
大神殿前の広場では、既にルイセイネが待機していた。
側にキーリとイネアも居るよ。
僕たちは互いに認識し合うと、合流して挨拶を交わした。
「エルネア君、気合が入っていますね」
キーリが僕の背負った荷物を見て微笑む。
「勿論だよ。竜峰では何が起きるかわからないからね。万全で挑むんだ」
「無茶だけはしちゃ駄目だよー。じゃないとルイセイネが心配するんだからねー」
「キーリとイネアの方こそ、無茶はしないでね」
「わたくしのことは気に掛けてくれないのですか?」
「も、勿論気にしてるよ」
ルイセイネの突っ込みにたじろぐ僕。でも、君はミストラルと一緒に行動するんだよね。それを知ってると、つい後回しに気を使っちゃうよ。
僕が巫女様三人と
どうやら目立っているみたいだよ。
「ぼ、僕も先にお祈りをしてこようかな」
言って僕は一旦三人と別れ、大神殿の中へ。
どうか無事にミストラルの村へ辿り着けますように。
僕はしっかりと女神様にお祈りを済ませ、外に出る。
外では、相変わらず三人が待っていてくれた。
「ただいま」
「今から出発するのに、ただいまはないよー」
イネアの突っ込みに、全員が笑う。
僕たちは、その後は大神殿前広場の端に移動し、談笑を続ける。
「ところで、僕とルイセイネは人を待っているんだけど、キーリとイネアはどうしたの?」
仲良し三人組だから、ルイセイネが旅立つのを見送るんだろうか。
「それはもちろん、ルイセイネの旅立ちを見送るためですよ」
やっぱか。
「でもねー。凄腕の女冒険者さんが気になるんだよー」
「へ?」
イネアの言葉の意味がわからず、疑問符を頭の上に浮かべる僕。
「それがですね」
苦笑しつつ、ルイセイネが説明してくれた。
去年のお使いの時に「凄腕の女冒険者」と、巫女様らしからぬ嘘を言って僕とルイセイネの旅を仕組んだのキーリとイネア。
だから、そもそも凄腕の女冒険者なんて本当はいないはずだった。だけど、ルイセイネはその凄腕の女冒険者と一年間旅をする、という事になって、二人は仰天したらしい。
そして、その凄腕の女冒険者を一度見てみたい、本当に居るの? という疑問から、現れるのを持っているそうだ。
凄腕の女冒険者。
つまりミストラルのことだね。
僕はルイセイネの説明で状況を理解したよ。
そして全員で話しながら待っていると、大通りの方から旅装束のひとりの女性が現れた。
「あの人かしら」
いち早く気づいたキーリが言う。
それはまさしく、ミストラルだった。
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