お願いします おじいちゃん

 レヴァリアはアシェルさんとの最初の出会いが後遺症になっているのか、少し嫌がるように苔の広場に着地した。とはいっても、きちんと僕を送り届けてくれるなんて、レヴァリアは本当に変わったね。

 ありがとうとお礼を言って、何度も撫でてあげる。

 レヴァリアは、スレイグスタ老とアシェルさんに挨拶をすることもなく、ふんっと鼻を鳴らして丸くなり、寝てしまう。

 スレイグスタ老とアシェルさんは、そんなレヴァリアを気にした様子もなく僕を迎えてくれた。


「こんばんは」

「なんぞこのような時間に珍しい」

「騒がしいね。用がないならお帰り」

「いやいや、用事があるから来たんですよ」

「迷惑なことだね」

「アシェルさんには迷惑にならないと思うんですけど……」

「と言うことは、我には迷惑になるのだな」

「うっ!」


 そうだよね。これからお願いすることは、スレイグスタ老の迷惑にしかならないことだ。だけど、人族にとってはこの冬を乗り越えるために必要なこと。だから、覚悟を決めて話を進める。


「実はですね」


 と、先ほどルドリアードさんから聞いた王都の現状と要望を伝えて、スレイグスタ老の回答を待つ。

 正直に言うと、竜の森の木々を伐採するなんて融通の利かないお願い事だと思う。だから本命はやっぱり、竜峰の麓に広がる森になるのかな。魔獣たちに相談しなきゃいけない。


「人の要望は理解できる。あれらは脆弱で寒さに弱い。暖をとるための火は必要だろう」


 スレイグスタ老も、人族の問題は理解している。だけど、それと竜の森の伐採は別問題だよね。


「左様。我の役目は竜の森の守護。何人なんぴとであろうと森を傷つける者は許さぬ」


 スレイグスタ老は高い位置から僕をじっと見下ろす。僕も真剣な瞳でスレイグスタ老を見上げ、話を聞く。


「我の立場は不変である。それは理解しているであろう?」

「はい、きちんとわかっています」


 本当は、相談するまでもない案件なんだよね。スレイグスタ老の回答はわかりきっていた。だけど、同じ人族として王都の住民の苦労もわかるんだ。

 でも、もうひとつの案である竜峰の麓の森の木々を伐採するという考えも、魔獣の協力を得ることができなければ絶望的になる。そういう不安要素もあったので、駄目で元々であろうともスレイグスタ老に相談をした。


 違うか。相談したんじゃない。泣きついたんだ。スレイグスタ老ならどうにかしてくれるんじゃないかな、と微かな希望にすがったんだ。僕は。


「ふむ。汝は、最近ではひとりで様々なことができるようになった。出会った頃からは見違えるようであるな」


 スレイグスタ老は黄金色の瞳で僕をしっかりと見下ろしていた。


「だが、勘違いをしてはいかぬ。汝は人族で、弱き存在なのだ。全てを汝が解決できるわけではない。なにもかも目につく全てを背負おうとするでない」

「はい」


 秋口から冬の初めにかけて、数多くの修羅場を潜り抜けてきたという自負がある。その後、一連の騒動が落ち着いた時に、スレイグスタ老から何度も言われ続けてきたことを思い出す。

 僕が世界の中心ではない。世界は僕を中心に回っているわけじゃない。この世界には、僕なんて豆粒にもならないような計り知れない者が数多存在する。スレイグスタ老でさえ手も足も出ないような恐ろしい者を目にもした。


 そしてスレイグスタ老は今も、僕の想いを正そうとしていた。

 僕が相談されたから。僕しかできない相談と言われたから、ひとりで抱え込もうとしていたのかな。


「目上の者に泣きつくことは悪くないのだ。ときには相談し、丸投げしても構わぬのだよ。でなければ、老輩ろうはいは暇で死んでしまうからな」


 言ってスレイグスタ老は、大きく口を開けて笑った。


「僕はおじいちゃんを頼っても良い?」

「我と汝の仲だ。遠慮するでない」

「……ありがとうございます」


 スレイグスタ老の優しい心遣いに、目尻がうるみそうになる。


「それじゃあ、お願いします。おじいちゃん、この問題をどうか解決してください」

「断るっ!」

「えええぇぇっっ!!」


 なんて老竜だ!

 やっぱりスレイグスタ老でした。僕の感動を返してください。


 うわあん、とプリシアちゃんのようにアシェルさんに泣きついたら、僕たちのやりとりを見て呆れていた。


「爺さんも其方そなたも、似た者同士で馬鹿ね。これだからおすは……」

『愚か者め』


 はあっ、とため息を吐くアシェルさん。レヴァリアもこっそりと酷いことを言わないでください。


「かかか。相談を受けてやろうというのだ、これくらいは良いではないか」


 スレイグスタ老だけは愉快そうに笑い続けていた。


「それじゃあ、相談に乗ってくれるんですよね?」

「ふむ、汝の願いだ。聞かねばならぬだろう」


 僕をからかえて満足したのか、スレイグスタ老は話を進めてくれた。


「しかし、先ほども言ったように我の立場は変わらぬ」

「はい」

「我は竜の森と霊樹を守護するのが役目。これらを護ることについて、我はどのような手段も取ることを辞さぬ。もしも人族が無断で森を荒らし霊樹を脅かすというのなら、我は容赦なく人族を滅ぼすであろう」


 スレイグスタ老の言葉には、嘘偽りがない。僕はそのことを重々承知している。

 人族は、建国当時から竜の森を大切にしてきた。無断で森を傷つければ、それだけで重罪になる。法律で定められているくらい大切にしてきた。

 おそらく、初代アームアード王国国王も、スレイグスタ老の明確な意思を理解していたんだろうね。だからこそ、竜の森を厳重に護ってきたんだと思う。


「汝や人族に受け継がれてきた決まりは正しい。もしも森を傷つける者が現れていたのなら、我は容赦をしなかったであろう」


 そうは言っても、どうしてもちらほらと悪さをする人は出る。僕も、去年の初夏頃にそんな悪党に出くわしたことがあるし。

 あれはまだスレイグスタ老の許容範囲内だったんだろうけど、竜の森に住む耳長族は看過かんかしなかった。

 耳長族に捕らえられたあの悪党たちのその後を、僕は耳にしていない。きっと、生きてはいないと思う。


「そうであるな。普段であればひとりふたり程度の悪さで人族全てを滅ぼそうとは思わぬ。だが、現状は見過ごせぬ」

「と言うと?」

「愚か者どもが森に入り出しておる。我はそれをこころよくは思っておらぬ」


 竜の森に人族が入りだしていると指摘されて、はっとする。


 僕は魔族の侵攻の祭に、耳長族や竜の森に住み着いた魔獣たちに協力をしてもらった。そして魔王クシャリラとの戦闘では、森と霊樹を護るためにスレイグスタ老とアシェルさんも参戦した。


 アームアード王国には、昔からの言い伝えが残っている。竜の森には伝説の守護竜が住んでいる、と。

 誰もがおとぎ話だと思っていた。

 僕も、スレイグスタ老に出逢うまではそう思っていた。

 だけど、違った。

 伝説の守護竜は確かに存在していて、しかも森には、別の伝説である耳長族まで住んでいた。この事実に、冒険者の血肉が湧き上がらないわけがない。

 迷宮化した古代遺跡や竜峰に足を踏み入れようとする者が居るくらいなんだ。竜の森の守護竜や耳長族の村を探して竜の森に入る者たちがいてもおかしくはない。その事実に、今更ながらに気づく。


天秤てんびんにかけてみよ。竜の森の木々を伐採ばっさいされることと森の安寧あんねいを脅かされること、どちらが迷惑であろうな?」

「どちらも迷惑極まりないけど……。苔の広場や耳長族の村を探して彷徨さまよわれると迷惑ですよね。特に、耳長族なんて困っているんじゃないのかな。彼らは生活するために森を利用しなきゃいけないんだし」

「そうであるな。耳長族の者たちは困っておる」

「僕のせいですね。僕が協力を求めたから……」

「あれらは、汝に協力ができて喜んでおる。その辺りは気にするでない。だが、人族のこれ以上の振る舞いは見過ごせぬ。それはわかるであろう?」

「はい。おじいちゃんの堪忍袋かんにんぶくろが切れたら大変なことになっちゃう」


 人族の軽はずみな行動が、いつスレイグスタ老の逆鱗げきりんに触れるかわからない状況なんだよね。


「それで、汝には役目を負ってもらおう。ひとつは、現在森で狼藉ろうぜきを働いておる者どもを駆逐くちくせよ。もうひとつは、人族に警告をせよ。汝の働きは信用しておる。あとは人族が我の忠告を正しく聞き入れるかであるな。人族を統制できるのであれば、竜の森の伐採を許可する」

「本当に!?」


 思わぬ提案に、僕の方が驚いてしまう。

 絶対に駄目だと思っていたのに。


「言ったであろう、我の言葉が守れたならばだ。もしも我の警告を聞かぬようであれば、人族に次の春は訪れないであろうと伝えよ」

「わかりました。明日、ルドリアードさんに必ず伝えます」

「狼藉者の排除はその後で良い。それと、禿はげは断じて許さぬ。伐採は木々の間隔をあけること。切りすぎてもいかぬし、森の深い場所、古木の伐採も禁じる。そして、人の世が落ち着いたら植樹をすることを伝えよ」

「最後は絶対に竜の森を回復させることが条件ですね!」

「なんなら森を広げても良いぞ」

「あはは、そう伝えます」


 スレイグスタ老の譲歩じょうほに、すごく驚いた。

 だけど考えてみると、これはスレイグスタ老の優しさなんだよね。

 竜の森を護ることを第一優先にしていても、周辺に住む種族に気を使ってくれる。

 たぶん、耳長族が困っているということが一番の要因かな? 彼らのいとなみは、森の一部といってもいいからね。

 人族への配慮は、きっとおまけだ。その辺りをきちんとルドリアードさんに説明しなきゃいけない。そして、納得してもらえないようなら諦めてもらうしかないよね。


じいさんの好意に感謝しなさい」

「はい、ありがとうございます」

「なに、この程度は汝からの願いであればのう」

「僕は特別?」

「がははは、そうであるな。特別だ。だからこそ正しく成長せよ。失望させるでないぞ」

「はい。これからも精進します!」


 スレイグスタ老に特別だと言ってもらえて、すごく嬉しい。

 僕も誰かを特別だと言えるかな。その相手はそのとき、喜んでくれるかな?


 ミストラル、ルイセイネ、ユフィーリア、ニーナ、ライラ。プリシアちゃんとアレスちゃんとニーミア。レヴァリアやリームやフィオリーナ。特別な存在が多すぎて、誰かひとりなんて選べないけど……


「どれもこれもが特別とは、強欲なことね」

「アシェルさんとおじいちゃんも特別ですよ!」

「なんだ、我はおまけか!?」

「ごうよくごうよく」

「やれやれね」

『なんの会話だ……』


 僕はどうやら強欲らしいです。だけど、家族のみんなは大切で特別だからね。この程度で強欲と言われるなら、甘んじて受けましょう。


 話し込んでいるといつのまにか日が暮れて、この夜は、僕とレヴァリアは苔の広場に泊まることになった。

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