王族の相談役

 レヴァリアは、近づいてくる騎士団には興味を示すことなく、長距離飛行の疲れを癒すように丸くなった。

 レヴァリアを労いながら首筋を撫でていると、セフィーナさんも興味を持ったのか、恐る恐る紅蓮色の鱗に触れた。

 一度背中に乗せて飛んだ以上、今更触れられることを嫌がったりはしないらしい。レヴァリアは瞳を閉じて丸くなったまま、僕とセフィーナさんの労いを素直に受け入れる。

 アレスちゃんは僕に抱きついて満足そうに微笑んでいた。


「まったく、役立たずの馬たちだな。鎧を着て歩く方の身にもなってほしいものだ」

「将軍、それを言うなら、その鎧を着た我々を乗せて走る馬の気持ちにもなりましょうよ」

「そもそも馬にとって、飛竜は恐怖でしかないでしょう。無理はさせられませんよ」

「そうだそうだ。そう言うなら、あんたの下でてんてこ舞いの俺たちに気を使ってほしいもんだ」


 愚痴愚痴と話しながらやって来た騎士団の人たちには、見覚えがあった。特に、先頭に立って一番文句を言っている人の顔は、忘れてはいけない。


「ルドリアードさん、ご無沙汰ぶさたしています」

「あら、兄様が真面目に仕事をしているなんて、珍しいものが見れたわね」

「やあ、エルネア君。それとセフィーナ。元気だったかい?」


 あはは、と軽く笑いながらやって来たのは、アームアード王国第二王子であり国軍将軍のルドリアードさんだった。

 騎士団の人たちはレヴァリアを恐れて一定以上は近づくのに躊躇ためらいを見せていたけど、ルドリアードさんは気にせず近づいてきて、僕たちと握手を交わす。

 騎士団の人たちにも見覚えがあると思ったら、ルドリアードさんが巡回兵の小隊長をしていたときの部下たちだった。

 偽勇者との戦いの際などに、気配を殺して潜んでいたり、ルドリアードさんの意思を無言で汲み取ったりしていたけど、どうやら彼らも、優秀な兵士さんだったんだね。というか今更気づいたけど、彼らはルドリアードさんの身辺を護る近衛騎士かなにかなのかもね。


「それで、エルネア君はともかくとして、なぜセフィーナがここに居るのかな?」


 ルドリアードさんの疑問はごもっともで、僕とセフィーナさんは事情を説明した。


「なるほどわかった。駐屯ちゅうとんしている飛竜騎士団に伝えよう。おい、誰か伝えてこい!」

「いやいや、そこは将軍が直接行きましょうよ」

「だってお前、もう日暮れ前だぞ。面倒じゃないか」


 この人、将軍になっても夜は働かないって言うのかな……

 部下の人たちとの和気藹々わきあいあいとした雰囲気を見ていると、たぶん今でも適当な仕事をしていそうだね。


「よし、報告は明日で良いか」

「いや、良くないと思いますよ……」

「でもなぁ、俺はこれからエルネア君に用事があるわけだし」

「僕に用事ですか?」


 再会して早々、僕にどんな用事があるんだろう。首を傾げていると、ルドリアードさんは困ったように頭を掻いた。


「わかりました。自分のことは自分でします。私が飛竜騎士団に自ら話しましょう。兄様、それで良いでしょう?」

「なんだ、お前がそれで良いのなら、俺は問題ないぞ。だがそう言いながら、行方をくらませるなよ?」

「エルネア君との約束もあるし、いっときは王都に滞在するわ」

「なんだなんだ、その約束とは?」

「兄様には言えないわね。エルネア君と二人だけの秘密だもの」

「エルネア君、気をつけろよ。俺が言うのもなんだが、妹たちは普通じゃないぞ!」

「適当主義の兄様が言うなっ!」


 言ってセフィーナさんは、問答無用で拳を繰り出した。だけど、ルドリアードさんは軽く身をひねり、ゆるい動きでセフィーナさんをでる。するとセフィーナさんが空中を舞った。


 なにが起きたのか、一瞬理解できなかった。


 セフィーナさんは受け身をとって地面に転がる。


「妹ごときに遅れはとらんよ」


 ルドリアードさんは、僕に向かってにやりと笑う。

 セフィーナさんは何事もなかったかのように立ち上がり、服に着いたほこりを払う。だけど、表情は少しだけ悔しそうだった。


 セフィーナさんの身体能力は知っている。それを赤子の手をひねるようにあしらったルドリアードさんは、やはり只者ではないようだね。

 初めてのお使いのときにもなんとなく感じていたけど、ルドリアードさんの実力は超一流で間違いない。


「セフィーナのことは置いておいて。のんびり立ち話をしていては本当に日が暮れてしまう。その前にエルネア君に要件を伝えておこう」

「僕じゃないと駄目ですか? 王都には確か、竜王のジュラが残っていたと思いますけど?」

「ああ、一度はその竜王様に相談したが、エルネア君じゃなきゃ無理だと断られたよ。君はいつの間にそんなに凄くなったんだ」

「ルドリアードさんと初めて会ったときは、まだ僕は駄目駄目でしたからね」

「いや、あの頃から君には普通じゃない雰囲気を感じていたが。まさか人族を救うような英雄にまでのし上がるとは想像もしていなかったよ。エルネア君が居なければ、今頃人族は滅んでいただろうさ。まぁ、その辺の褒美とかは陛下の領分で、いま俺がとやかく語る部分じゃない。君が旅立ちの一年を終えてから、じっくりと陛下と話してくれよ。それよりも、相談の方が優先だ。そのためにわざわざここまで来たんだからな」

「レヴァリアが飛んでくるのが見えたから?」

「ああ、そうだよ。君じゃなくて別の少女が乗っていると思ったんだがね。その少女から君に話を伝えてもらおうと思って」


 少女とは、ライラのことだろうね。魔族の侵攻の際、北の砦付近でルドリアードさんと会ったのは、そのときレヴァリアに騎乗していたライラだから。


「それで、相談とはなんですか? 急ぐことでしょうか?」

「急ぐというか、困っていることかな」


 なんだろうと首を傾げると、ルドリアードさんは王都の方へと視線を向けた。


「まあ、なんだ。いろんな事情で王都は綺麗さっぱり消失したわけだが」


 どきっ、と胸が弾む。いろんな事情に僕は関わりすぎているからね……


「そんでもって、冬が来た。復興は始まっている。王国側もできる限りの支援を民間にはしているんだが、いかんせん色々なものが不足している」

「あれ? 物資はシュラーネル大河の方から運ばれているんじゃないんですか?」

「物資はな。だが、人手が足りなければ物流は動かないんだよ。そんでもって、人を動かすのには金がかかる。復興といっても、無賃で働かせるわけにはいかんからね」


 復興活動をしている人にも生活があり、無償労働なんてしていたら自分の生活がままならなくなる、ということだね。


「冬を前に、寒さ対策が一番の問題になっている。仮設の住居などを急いで建てているが、そこで困ったことが起きている。木材が足らんのだ」


 ルドリアードさんから、王都の現状の説明を受ける。

 王都はもともと、飛竜の襲来を想定して堅牢な石造りの建物ばかりだった。再建される王都も同じようになるだろうけど、石造りの建物は色々と時間がかかる。煉瓦れんがを焼くのにも、石を切り出すのにも。だから、仮設の住居は木材で作っているらしいんだけど、何万という住人が住める建物を短期間に準備することは無理で、多くの人々は地下避難所で今でも寝泊まりをしているらしい。

 これは、どんなに物資がうるおっていても時間がかかるのは仕方がない。

 だけど、木材は仮設住居以外でも利用される。

 炊き出しや暖をとる手段、これから必要になる家財道具の作製などとして。

 そして、竜峰ほどではないにしても、寒い冬が平地にも降りてきた。

 これまで以上に暖をとるためのまきが必要になる。

 現在は、必要な木材の大半を副都やその周辺の山や森から運んできているらしい。だけど距離がそこそこあったり、運搬の人件費がかさんで問題になっていた。


 では、なぜ王都周辺から集めないのか。

 そんなものは誰でも答えを知っている。

 南には広大な竜の森が広がっている。だけど、竜の森の木を伐採することは固く禁じられていた。

 西に目を向けると、竜峰の麓に広がる深い森がある。だけどこちらには、魔獣が跋扈ばっこしていた。


 豊富な森林資源は周りに多くあるけど、どこも手をつけることができないんだ。


「そこで、君の力が必要なわけなんだ……」


 ルドリアードさんは言いにくそうに頭を掻きながら言葉を続けた。


「君は竜の森の守護者と親しい関係なんだろう? 今は緊急事態ということで、竜の森の木を使わせてもらえないだろうか」

「なるほど、ジュラには無理な話ですね」


 たとえ竜王といえども、スレイグスタ老と親密じゃなければこんな提案はできないよね。

 ルドリアードさんの話を聞いて納得した。


「正直に言うと、竜の森はわかりません。あそこは本当に大切な森ですから。だけど、魔獣の知り合いもいますので、西の森も含めて聞いてきますね」


 大狼魔獣や、竜の森で生活をしていた魔獣たちを通して、魔族の侵攻では共闘できた。だから、相談をしてみよう。西の森の木々を少しだけ分けてくれないかな。そして、伐採をしている人を襲わないようにね。


「日暮れ前だし、急いで行ってみます。返事は明朝でも良いですか?」

「ああ、そんなに急がなくても良いんだがな」

「いいえ、こういう案件は早いに越したことはありませんからね」

「では、お願いしよう。お礼は……?」

「僕は仲介をするだけなので、お礼などを今こちらが勝手に決めるわけにはいかないですよ」

「そうだな。いやあ、あの坊やが立派になったものだ」

「坊やじゃないですよ!」

「ははは、そうだな。エルネア君を軽く扱っていると、あの鈍器どんきの少女に殴られそうで怖い」

「そう伝えておきますね」

「おおっと、君を敵に回さない方が良いようだ」

うらやましいわね」


 セフィーナさんが僕を見ながらそう言った。

 なにが羨ましいんだろう。深く考えないようにしなきゃ。


「それじゃあ、僕はこれから竜の森へと行きます。明朝、森の前でお会いしましょう」


 言ってレヴァリアを促す。

 丸まって大人しくしていたレヴァリアは、不満そうに喉を鳴らした。

 ルドリアードさんは、身体を硬直させて緊張する。セフィーナさんも、少しだけ驚いたように僕を見た。


「大丈夫。怒っているんじゃないから。さあ、あと少しだけ手伝ってね」


 レヴァリアの首筋を優しく撫でて、背中へと飛び乗る。

 レヴァリアは一度だけ咆哮をあげると、荒々しい羽ばたきで空へと上がった。


「では、よろしく頼むよ」

「エルネア君、また会いましょう」

「はい。また後日に!」


 手を振って別れる。

 レヴァリアは三度みたび僕を乗せて飛行する。

 竜の森は、王都の空を縦断すればすぐ近く。

 上空から、日暮れ前の王都を見下ろしていると、すぐに深い森が見えだした。


 でもその前に。

 王都の風景が少しだけ目に付いた。

 地面を覆っていた白い灰は王城跡地周辺に集められて、幾つもの小山を作っていた。


 廃棄するなら、中央ではなくて外側に集めそうなのに、なにか目的があるのかな? そのへんは明日、ルドリアードさんに聞いてみよう。


 そして沢山の人々が、空を荒々しく飛ぶレヴァリアを見上げていた。


 多くの人たちの視線を受けながら竜の森の上空へと入り、王都の風景が見えなくなるほど南下した頃。流れる風の雰囲気と空気の気配が変化した。

 一瞬前まで薄暗い空が見えていたのに、瞬きをしたら霊樹の枝葉が作る傘の下を飛んでいた。

 太い枝をたどり視線を移動させた先には、巨大な霊樹の幹が見える。そして霊樹の手前には、見慣れた黒い小山と桃色の小山がひとつずつ。


 レヴァリアは嫌そうにひと鳴きすると、渋々といった様子で苔の広場に着地した。

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