危険です

「エルネア君、寒いわ」

「もうちょっと。もう少しだけ我慢して」

「もっと強く抱きついてもいいかしら?」

「はい。しっかり掴まって」

「ああ、エルネア君を感じるわ……」


 僕もセフィーナさんの温もりを感じ取り、身体が温かくなる。


「ぬくぬく」


 はい。アレスちゃんの温もりもちゃんと感じていますよ。


『ふんっ。そんなに寒いのなら焼き払ってやろうか?』

「いやいや、なにを焼き払うって言うのさ」


 ということで、僕とアレスちゃんとセフィーナさんは、レヴァリアの背中に乗って移動中です!


 危険です。セフィーナさんと二人っきりだなんて、いろんな意味で危険です!

 そんな訳で、セフィーナさんの体温が戻るとすぐに移動を開始した。セフィーナさんに服を着せて、そそくさと拠点の洞穴を出た。丁度、イドをからかい飽きたウォルが戻ってきたところだったので、セフィーナさんを王都まで送り届けるむねを伝えて、レヴァリアにお願いしたわけです。


 そして今。空の上。

 セフィーナさんは僕の背中にぴったりと抱きついている。アレスちゃんはもちろん正面から僕に抱きついている。僕はみんなを寒さから守るために、加護の術を発動させようと四苦八苦しくはっく。だけど、完成していない術で、しかも前後から強く抱きつかれている状態では、まともに竜術なんて使えません。

 結局、みんなで固まって寒さにあらがっていた。

 レヴァリアは気を使っているのか使っていないのかわからない速度で、空を東へと向かう。


 竜峰の北。竜の墓所近くにある古代遺跡から平地までは、結構な距離がある。

 セフィーナさんの体温が戻るまでに時間がかかったし、日が沈むまでに王都にたどり着けるかは微妙だった。

 でもレヴァリアのことだし、頑張ってくれるに違いない。主にセフィーナさんという、ほぼ初対面の人族と一緒に一夜を過ごしたくないというレヴァリアらしい理由で。


 白く染まった竜峰を眼下に見ながら、レヴァリアの背中の上でみんなで固まり寒さをしのぐ。

 どうやら、アレスちゃんは僕だけしか温めてくれる気はないらしい。セフィーナさんが僕の背後で震えている。

 嫉妬かな?


「かえったらほうこくほうこく」

「いやいや、なにを報告するのかな?」


 幼女のアレスちゃんの瞳が怖いです。

 僕をねめつけるように見上げてくる。

 無言の抗議なのか、僕をぎゅっと強く抱きしめてきた。でも、幼女の姿をとっているアレスちゃんがいくら強く抱きついても、暖かいだけできつくない。


「ちからがもどったらおしおきよ」

「僕にお仕置きなの!?  そんな理不尽な……」

「あら、私を側に置いてくれるのなら、進んで身代わりになるけど?」

「いえ、セフィーナさんは王都で頑張ってください」

「優しくないのね。ところで、お姉様方とはどこまで行ったのかしら?」

「東は魔族と戦ったヨルテニトス王国の砦まで。西は魔族の国までかな」

「とぼけるわね?」

「ぐえっ」


 今度はセフィーナさんが背後から強く抱きついてきた。抱きついてきたというか、締め上げられています!

 く、苦しい。身体能力の高い大人のセフィーナさんだと、アレスちゃんのような優しさは欠片もない。ひねつぶされそうな痛みが上半身を襲う。

 嫉妬ですか?


「まあ、良いわ。お姉様方とは敵対したくないしね。特にほら、竜人族のあの子が恐ろしそうだしね」


 はい。なんて言えません。


「そうだ、お姉様方で思い出したわ。気をつけなさい、あれの母親は難敵よ。これまで貴族の男たちが何人も求婚を申し出たけど、母親に退けられているわ。あの課題は誰も超えられない」

「課題?」


 ユフィーリアとニーナは、アームアード王国の王族。第一王女と第二王女。彼女たちの口からは、求婚があったような話を聞いたことがない。あの自由気ままな性格だし、容姿は美人さんでも男の方が引いちゃうのかな、と思うこともあったけど。

 どうやらセフィーナさんの話では、それでも貴族や富豪の男性からは非常に人気があるらしい。アームアード王国国内だけに留まらず、ヨルテニトス王国からも多く申し込みがあるのだとか。

 たぶん、そう話しているセフィーナさんにも数多くの縁談話が来ているんだろうね。

 王女様が外の世界に出たがるのは、そういった不本意な縁談が嫌だからなのかも。

 双子王女様も、グレイヴ様の求婚から逃げ回っていたみたいだしね。


 ただし、双子王女様に関しては母親が出す課題が絶望的に難しいらしく、誰も突破できないらしい。


「断言するわ。あの課題は絶対に超えられない。貴方でもね」

「そんなに難しいの?」

「難しいというか、無理なのよ……」


 双子王女様の母親が出す課題とは一体なんだろう。課題の内容を知っていて、僕のことも知っているはずのセフィーナさんが、それでも絶対に無理だという課題なんて、想像できない。


「でも、変じゃない? 母親だったら普通は大切な娘には結婚してもらいたいと思うんじゃないのかな」


 娘に限らないかも。母さんや父さんだって、息子の僕には結婚してほしいと思っているはずだ。

 孫が見たいよね?


「あの方の考えは違うわ。お姉様方が不幸になるような縁談なら全力で潰しにかかる。母親だからこそ、誰よりも二人の幸せを願うのよ。課題を超えられない程度の男には絶対に嫁がせない、それがあの方の考えよ」

「でも、僕にも絶対に無理な課題なんだよね?」

「そうね、無理よ。お姉様方をどれほど愛していても、あれだけは絶対に超えられない」


 どんな課題なんだろう。セフィーナさんがそれほど断言するような課題なんて、やっぱり想像がつかないよ。


「内容を知っているセフィーナさんが今から課題を受けても無理?」

「無理ね。ずっと前に課題内容を知ったときに絶望したもの」


 課題内容を聞きたい。絶望を覚えるほどの課題なら、出題される前に出来るだけ対策を講じたい。そう思う本心と、ずるをしてはいけないという真面目な思考とで葛藤かっとうをする。

 双子王女様のことを心から大切に想い、絶対に結婚をするんだという観点から見れば、どんな手を使ってでもその課題を克服しなきゃいけないのかもしれない。だけど、やっぱり事前に内容を知って対策をするなんて、その場凌ぎの悪手としか思えないんだよね。

 だって、双子王女様の母親が出す課題内容は、二人のことを大切に思うあまりの超難題ってことなんだよね。その想いを騙すことには、気がひける。

 それに、内容を知っているセフィーナさんでさえ突破は無理だと言う。それって、事前対策も無理ってことじゃないのかな。


「どうする? 絶対に突破はできないけど内容を教えておきましょうか?」


 僕の葛藤を知ってか、セフィーナさんが聞いてきた。


「知らないよりかはまし、程度の気休めにしかならないけどね」


 ううむ、と悩んで結論を出す。


「ありがとうございます。心遣いには感謝します。だけど、やっぱり遠慮するかな。正々堂々と課題に向き合いたいから」

「そう……。君らしい答えね」


 セフィーナさんは僕の背後で微笑んだ。


「ここまで話して提案するのもどうかと思うけど。結婚なんて絶望的なお姉様方よりも私の方がお手軽よ。どうかしら?」


 あはは、とセフィーナさんの提案に笑ってしまう。

 この人は本当に、自分の欲望に直球だね。


「セフィーナさんも正々堂々とね」

「あら、言ってくれるわね。それじゃあ、覚悟していなさい。またひぃひぃ言わせてあげるわ」

「いやいや、ひぃひぃなんて言ったことないですからね!」


 アレスちゃん、下から睨んでくるのは止めてください。そして、セフィーナさんも誤解が生まれるようなことは口にしないでください。


「正々堂々、か。実はひとつだけ対策案があったのだけど、君には必要なかったようね」

「もしかして、聞いていたら教えてくれていた?」

「もちろん、教えていたわよ。ただし教えてしまったら、お姉様方の愛を失っていたかしら」

「聞かなくて正解だったんだ」


 何気ない会話だと思っていたら、試されていたらしい。寒さとは違う震えが身体を通り抜けた。

 もしかして、実はもうその課題とやらが始まっている!?


「頑張って、応援しているわ。そして挫折ざせつをして私のところに戻ってきなさい」

「戻ってきなさいって、もとから僕の帰る場所はセフィーナさんじゃないですよ」

「あら、酷いわね。私は君の秘密を握っているのよ?」

「秘密ってなんですか!?」


 ふふふ、と意味深に笑うセフィーナさん。

 怖い! この人、姉妹のなかで一番腹黒だ!


「エルネア?」

「うわっ。アレスちゃん、その疑いの瞳はなんですか。僕と一心同体と言ってもいいアレスちゃんなら、僕のことは全部知っているよね!?」

「かえったらミストラルにおしおきしてもらう」

「ひぃ……」


 濡れ衣だ。僕は無実だ……!


 幼女と美女に挟まれて、僕はひぃひぃと悲鳴をあげた。


 背中で騒ぐ僕たちに呆れた様子のレヴァリアは大きくため息を吐き、東へと飛び続けた。

 そして、竜峰の先に太陽が沈む前に、平地へとたどり着く。

 北部からほぼ真東に飛行したせいか、飛竜の狩場の北部あたりに出た。

 レヴァリアは大きく咆哮をあげ、今度は南下を始める。平地に出れば、空の旅ももう僅か。


 やんやと騒ぐ僕たちの視界の先に、飛竜の狩場とは違う風景が広がり始める。

 少し前までなら、王都の北を護る砦と外壁が見えたはずなんだけど、今は地上から突き出た障害物は目につかない。その代わり、枯れ草色の草原から竜峰のような白い景色へと変わる。


 似たような白い風景だけど、王都のそれは雪じゃないことを僕たちは知っている。

 砦だったり、外壁だったり。建物や家財道具、仕事道具といった地上にあったあらゆる物がアシェルさんの竜術によって白い灰になり、積もったものだ。


「残念ね。もう少し一緒に居たかったのだけれど」

「年が明けたら、王都に戻ってくるよ」

「楽しみに待っているわね」

「いやいや、セフィーナさんのために帰ってくるわけじゃないですからね」

「まっているわ、あ・な・た」

「きゃー」


 ふうっと耳元に吐息をかけられて、変な悲鳴をあげてしまう。


 当初は、容姿や仕草が格好良い人だと思っていたけど、誤解があった。中身まで格好良い、というか男っぽい。行動が大胆だったり、相手をぐいぐいと強引に自分の方へ引っ張っていく。

 物腰の強さは僕に無い要素で、油断をしているとこちらの方が乙女役になってしまう。


 危険だ……


 そうして最後の騒ぎをしている間に、王都の様子がはっきりと見えだした。

 とは言っても、白く平坦な大地が続いているだけなんだけど。


 その白い大地の灰を巻き上げながら、こちらの方へ疾駆してくる一団だけが、夕日に照らされて眩しく映る。


「レヴァリア、あの騎士団と合流してくれるかな。そおっと、優しくね」

『注文が多い』


 と言いつつも、レヴァリアは降下を始める。

 だけどレヴァリアは飛竜で、暴君でした!


 恐ろしい咆哮をあげ、荒々しい羽ばたきで勢いよく着地する。

 レヴァリアに驚いた騎馬が悲鳴をあげて、脱兎だっとのごとく逃げ去っていった。


 騎士団さんたちさようなら……


「どうしてくれるのさ?」

『知らん。不満があるのなら歩いていけ』


 まぁ、親切にここまで送ってくれたレヴァリアに、不満も文句もあるわけがないよね。

 そもそも、馬たちが飛竜のレヴァリアに近づけるわけがない。たとえレヴァリアが慎重に着地をしていても、馬たちは飛竜を恐れて逃げていただろうね。

 ある程度まで近づくことができたのは、訓練された優秀な軍馬だったからだろうな。


 仕方がないので、みんなで降りて騎士団の人たちを待つことにした。

 レヴァリアが着地をしたのは飛竜の狩場の南端で、もうすこし歩けば王都跡地を示す白い大地が広がっている。


 魔族が王都を襲撃した際は、なにも考えずに都内へと足を踏み入れて活動した。だけど落ち着いた今、不用意に王都へは入りたくない。


 ルイセイネと双子王女様のご両親に挨拶が済んでいないけど、そもそも結婚ができるのは旅立ちの一年が終わってからだし、今はよほどの用事もなく故郷に戻ることは許されない。


 旅立ちの一年間は、特別な理由がない限りは故郷に戻ってはいけない。僕だけ特別扱いで、第三王女のセフィーナさんを送り届けたから王都に入っても良いとは思えない。

 この辺も、正々堂々と一年を過ごしたいんだ。

 だから、目の前に見える王都には、やはり入りたいとは思わなかった。


 セフィーナさんも僕の立場を理解してくれているのか、一緒に騎士団の人たちが戻ってくるのを待っていてくれている。


 遠くからでも、レヴァリアの迫力ある咆哮と容姿は目立つ。

 レヴァリアが飛来したのなら何かあるのだろうと、騎士団の人たちが走ってきたに違いない。そして、王女のセフィーナさんを送り届けたら、騎士団の人たちに引き渡すのが良いよね。


 ということで待つことしばし。

 遠くから騎士団の人たちが走ってきた。


 どうやら、馬は怖がって駄目だったらしい。

 重い鎧に悲鳴をあげながら走ってくる騎士団の人たちに同情をした。

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