セフィーナの役目

 拠点として利用している洞穴は地下に続いていて、奥には大きな空間がひとつ在った。周りの壁は土むき出しで、荒々しく削り出した跡が見て取れる。イドが熊のようにごりごりとけずった様子が想像できるけど、確認はしなかった。

 奥の空間には炎の魔晶石ましょうせきがふんだんに設置されていて、ほかほかと暖かい。あかりは光の魔晶石を使っているし、裕福じゃない家庭では体験できないような贅沢な利用方法に、なぜか胸がわくわくしてしまう。

 さすがに、竜王が二人配置されていただけだけはあるね。僕も一応は竜王だし、将来はこんな贅沢な生活ができるようになるのかな。


「ところで、入り口が雪で埋まったらどうするの?」

「そんなもの、内側から吹き飛ばせばいいだろう」


 ああ、そうですか。力業ですね。

 凶暴な外見のイドにそう言われると、納得するしかないよね。

 僕とイドが会話をしている横では、セフィーナさんが毛布にくるまって暖かい飲み物を飲んでいた。まだ体温が温まりきっていないようで、震えている。

 セフィーナさんは、意外としっかり者のミリーちゃんに、きついおしかりを受けた。

 竜峰で逃げかくれすることがいかに無謀か。そして、暴れることがどんな命取りになるのか、みっちりと怒られた。だけど、お叱りを受けるセフィーナさんの姿は格好良くて、はたから見ていると妹に怒られるお姉さんのようにしか見えなかったのは、ミリーちゃんには内緒です。


 アレスちゃんも、僕に無謀な戦いを一方的に仕掛けてきたセフィーナさんにはお怒り気味だった。だけど、ミリーちゃんが代弁して怒ったので溜飲りゅういんは下がったみたい。そして力を使いすぎたのか、僕に抱きついたまま光の粒になって消えていった。


 アレスちゃん、こんな場面で全力を出すなんて、力の無駄遣いですよ。と今度は僕がアレスちゃんに注意をしたいです。


「ウォルが確認に行っている間に、今後のことを決めておけ」

「うん。セフィーナさんをどうするかだよね」

「私?」


 今後のことなんて決まっているじゃない、と言わんばかりに、なにを話し合うのだとセフィーナさんが視線を向けてきた。


「ヨルテニトス王国に戻った方が良いのかな。それとも、アームアード王国に戻った方が良いのかな?」

「あら。私はてっきり、このままエルネア君の旅に付き添うものだと思っていたけど?」

「いやいや、この人はなにを言っているのでしょうか」

「だって、自力じゃアームアード王国どころかここを離れることすらできないのよ」

「そこはほら。僕が送りますよ。正確には、空を飛べるレヴァリアに頼むことになるんだけどね」

「外の真っ赤な飛竜? 恐ろしい容姿が魅力的よね。噂だと、昨夏の飛竜狩りで相当暴れたらしいわね。それを手懐てなずけるなんてさすがね」

「手懐けるというか、家族だからね」

「飛竜が家族か。すごいわね」

「心を通じ合わせれば、竜族とも仲良くなれるんだよ」

「ふぅん、私にもできるかしら? ちなみに、お姉様方も竜族と仲良くできるのよね?」

「そうだね。仲良くというか、竜族をも振り回している感があるけど」


 そういえば、そろそろ竜奉剣りゅうほうけんを返却しなきゃいけない。双子王女様は既に所有物のように扱っているけど、あれって竜人族には大切な物なんだよね。


「あのへっぽこ王子も伝説の翼竜様と親しくしていたし、同じ由来を持つ王族としては、竜族との親交に興味があるわね」


 ちらり、となにかを訴える瞳で僕を見るセフィーナさん。僕はつい視線を逸らしてしまう。


「お姉様方は竜峰を自由に歩き回れるのかしら?」

「どうかな。散歩程度で泊まっている村を出ることはあるけど。遠出するときはいつもニーミアやレヴァリアに乗って移動するからね」


 ニーミアとは、幼女のプリシアちゃんの頭の上にいつも乗っている子竜だよ、と説明をする。ニーミアが巨大化することはセフィーナさんも知っていたので、名前の説明だけで理解してくれた。

 そして、セフィーナさんに移動のことを聞かれて、改めて竜峰がいかに危険な場所なのかを再認識させられた。


 ひとり旅に慣れている凄腕のセフィーナさんでさえ、魔獣や竜族が跋扈ばっこする竜峰では思うように移動できずに、古代遺跡に足止めされていた。

 セフィーナさんには曖昧に答えたけど、たぶん僕の家族は全員問題なく、竜峰を徒歩で移動できる。ただしそれは、竜族と親しいから。万物の声を聞くことができて、危険を事前に察知することができるから。

 だけど、そういった特殊な能力がなければ、やっぱり危険すぎる土地なんだ。


 平地では、冒険者が血気盛んに活動しているらしい。魔族との戦闘体験で、人族の弱さを痛感させられた。古代遺跡攻略で、未知への探求欲が湧き上がった。そうした冒険者たちが己の鍛錬と可能性を求めて目を付けだしたのが、竜峰らしい。戻って来た竜人族や竜族たちからの報告では、竜峰に入ろうとする冒険者がちらほらと現れ出しているのだとか。


 春先に、未熟だった僕も竜峰に入った。だけど今でも反省をする。あれは本当に無謀だった。無知すぎた。

 アレスちゃんが影から守護してくれていたから。遠くでスレイグスタ老やミストラルが気を配っていてくれたから。運良く鶏竜にわとりりゅうやレヴァリアと心を通わせることができたから。

 ミストラルの村までたどり着けたのは、僕の実力じゃない、と今ならはっきり言える。


 そして、春先の僕よりもはるかに凄腕のセフィーナさんでさえ、まともに移動ができない。それが、竜峰の本来の姿なんだ。しかも、これから厳しい冬が訪れる。


「やっぱり、セフィーナさんにはアームアード王国に戻ってもらいます」

「断言なのね」

「はい、強制と思ってもらって良いですよ。ヨルテニトス王国には、アームアード王国内に待機している飛竜騎士の人に事情を説明して伝えてもらいます」

「それで、私はなぜアームアード王国に戻らなきゃいけないか、説明をもらえるかしら?」

「それは、体験者だからかな。身をもって竜峰の危険さを体感しましたよね。それをアームアード王国で広めてください。竜峰に入ろうとする無謀な冒険者を止めるのが、これからのセフィーナさんの役目です。セフィーナさんの実力は、竜峰を目指そうとするくらいの冒険者にならわかると思います。そのセフィーナさんが身動きできないほどの場所と知れば、心を改めてくれると思うので」

「ほう、良い考えだな。俺はエルネアの考えに賛成だ。無謀にも竜峰に入って遭難や救難要請を出す馬鹿野郎どもをいちいち救出するのは面倒だ」

「私も賛成だよ。竜峰は人族が考えている以上に厳しいところだよ」


 僕の考えに、イドとミリーちゃんが同意を示してくれた。セフィーナさんも、説明を受けて納得したように頷く。


「そうね。エルネア君の考えが正しいわ。私も竜峰には興味があるけど、分不相応な土地だと身に染みて理解している。これを冒険者に伝える必要があるわね」

「人族には勘違い共が多いな。エルネアたちが竜峰で活躍していると知って、ならば自分もという愚か者がいる。教えてやれ、エルネアがいかに特別なのか、どれほどの実力を持っているかをな」

「王族としても、危険な場所に人族を送り出して双方に迷惑がかかるのは避けたいわね。私でもエルネア君には手も足も出なかったと説明をすれば、誰もが納得するでしょう。納得しないようなお馬鹿は、殴るわ」

「ええっと、セフィーナさんを氷漬けにしたのはアレスちゃんだからね?」

「でも、親は君でしょう?」

「その精霊と融合できるってことは、そいつの使った技はお前も使えるということだろう。だからお前が倒したと言っても過言ではない」

「そうだね。エルネア君のように天をも落とすような実力がなきゃ、竜峰には入れないと吹聴ふいちょうしてくれて良いよ」


 ウォルが戻って来て、後ろから口を挟む。


「いやあ、すごいね。氷の雲と言えば良いのかな。氷の天井? あれが古代遺跡を直撃してね。地上部分は崩壊していたよ。あれじゃあ、遺跡の中には入れないね」

「うわー。ここでも破壊……」

「いやいや、ミリーちゃん。物騒なことは言わないでっ」


 ここでも、ってなんですか。


「わかりました。古代遺跡を攻略できない程度の冒険者は、竜峰に入る資格はないと広めるわね」

「僕の悪評だけは……。お許しください……」


 年が明けて戻ったら、僕はどんな扱いになっているんだろうか。戻りたくなくなってきたよ。

 とほほ、と肩を落とす。だけど、セフィーナさんの示した目安は良いかもしれない。

 アームアード王国近郊にあった古代遺跡は、今や大迷宮と化している。しかも、中層部以降は巨人の魔王がいろんな仕掛けや罠を施しているんだよね。その迷宮を踏破できる実力が備わっているなら、竜峰でも活動できるかもしれないよね。

 迷宮の攻略が進む。竜峰に入る者たちの選別ができる。冒険者の実力もつく。竜峰の者たちにも迷惑がかからない。

 一石四鶏かな!?


 意見がまとまり、セフィーナさんの処遇も決まったので早速行動開始! とはいかなかった。セフィーナさんは未だに体温が戻っていなく、震えている。

 少なくとも彼女の体温と体力が戻るまでは、移動できないよね。空の旅は寒いし。


 ああ、そうだ。今のうちに風の加護の術を覚えよう。


「なんだお前、今更そんなみみっちい術を覚えようとしているのか」

「イドは使えるの?」

「使えるわけがないだろう。覚えようと思ったことがねえよ、そんな役にも立たねえもん」

「役に立つよ。寒さを防げるし、応用すれば飛び道具を回避できたりとか。加護の術ってすごいんだよ」


 アシェルさんの加護を例に出して説明する。だけど、イドからは鼻で笑われた。


「いいか、よく聞け。防御なんぞ雑魚の手段だ。圧倒的な攻撃力で相手が攻撃できない状況にしてしまえば、防御なんて必要ねえんだよ」

「そ、それはそうですね」


 でも、そういう戦術が取れるのはイドだけだと思うよ。


「まあまあ。エルネア君の考えは間違いじゃないよ。加護の術は自分を守るだけではなくて、守りたい者たちを守護することもできるからね」

「そうだよね、ウォルはわかってるなぁ」


 加護が必要なのは、戦いの時以外の方が多いかもしれないよ。誰かを包み護りたい、という想いは、家族を持てば誰もが抱くことかもしれない。


「ふっふっふっ。エルネア君、イドはああ言っているけどね。いつも私を加護で守ってくれているんだよ」

「ちょっ、お前……っ!」


 慌ててミリーちゃんの口を塞ぐイドの顔は真っ赤だった。

 その様子を見て、全員で爆笑する。


「ミリー、ちょっと来い。偵察に行くぞ」

「はいはい、行きましょうねー」


 イドはよほど恥ずかしいのか、僕たちと視線を合わせないようにして、そそくさと洞穴から出て行く。

 イドの意外な一面を見れて楽しい。

 外見は凶暴で恐ろしいイドだけど、ミリーちゃんのことになると過保護になるのかな。


「それじゃあ、エルネア君はセフィーナさんが回復するまで術の開発だね。助言は必要かい?」


 ウォルに聞かれて、うぅんと首を傾げる。


「大丈夫かな。できる限り努力してみるよ」

「さすがだね。そう言うと思ったよ。それじゃあ、邪魔をしないように僕ももう一度偵察に行こう」

「イドをからかうんだね」

「ははは。よくわかっているじゃないか。イドをからかえる機会なんて滅多にないからね」


 言ってウォルも洞穴から出て行く。ウォルの顔が悪戯小僧のように生き生きとしていた。


 さて、洞穴には僕とセフィーナさんだけになってしまった。だけど、セフィーナさんは今の会話を聞いて僕の邪魔をしてはいけないと思ったのか、丸まって身体を温めようとしていた。


 それじゃあ、と僕は遠慮なく術の開発をすることにする。あぐらをかき、瞳を閉じて瞑想をする。

 どうすれば寒さを防ぐことができるのか。みんなを守れるような加護ってどんなものだろう?

 来るときにレヴァリアの背中の上で行った試行錯誤を、もう一度やりなおす。


 そうしていると。


 唇にふと柔らかい感触が伝わってきて、慌てて目を開けた。


 こ、この感覚は!?


「ふふふ。エルネア君は知っているかしら。身体を温めるときは、人肌が一番なのよ。さあ、私の初めてを……」

「きゃー!」


 いつのまにか一糸纏わぬ姿になったセフィーナさんに力強く押し倒されて、乙女の悲鳴をあげたのは僕だった……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る