野営をしましょう!

「おらぁ、野郎ども、きりきりと歩け!」


 隊の先頭で、スラットンがいさましく叫ぶ。

 だけど、後方からは苦情や罵倒ばとうが飛んできた。


「あいつは馬鹿だな。野郎ども、なんて……。男なんて、俺とお前とスラットンしかいないのにな」

「ねえ、リステア。相棒の選定を考え直したら?」

「痛い指摘だな」


 リステアは苦笑しながら、スラットンにぶうぶうと文句を飛ばすセリースちゃんたちをなだめる。そして、先に見える森へ足を向けた。


 いよいよ、リステアたち勇者様ご一行は竜峰へ踏み入ろうとしている。

 結局、全員分の旅券がそろったことで、僕からの提案はセリースちゃんたちにすんなりと受け入れられて、出発となった。


「まずは勇者との約束を果たしてきなさい」


 と、ミストラルに背中を後押しされて、僕は現在に至る。


 勇者様ご一行の先頭を行くのはスラットン。次いで、地竜のドゥラネル。その背後にセリースちゃんたちお嫁さん部隊が続き、殿しんがりがリステアだ。


「エルネア様、このままわたくしは旅立ちたいですわ」

「ライラ、そんなことをしたら、あとでルイセイネに怒られちゃうよ?」

「はわわっ」


 僕は、リステアと並んで歩く。

 そして、ライラも僕の腕にくっついて歩いていた。


「お前たち二人を見ていると、危険な土地へ入るという緊張感が薄れてしまうな」

「そ、そうかな?」


 リステアの突っ込みに、僕は苦笑した。


「それで、質問なんだが。竜峰へ入るのに、なぜ竜人族のミストラルさんではなくてライラさんなんだ?」

「ああ、それはだね。もしも竜族なんかと遭遇したときに、ライラの方が平和的に解決できるからかな」


 ミストラルでも竜族に対応はできるけど、漆黒の片手棍がうなりを上げます。なんて口が裂けても言えません。

 そして、相手が竜族ならライラの支配の能力で追い払えるからね。


「それとも、ユフィとニーナの方が良かった?」

「エルネア君、それだけはご勘弁を!」


 僕たちの会話が聞こえていたのか、セリースちゃんが素早く振り返って懇願こんがんした。

 どうやら、僕の人選は間違いなかったらしい。

 ただでさえ危険な土地で精神をすり減らすというのに、追い討ちをかけるわけにはいかないからね。


 というわけで。

 勇者様ご一行の補佐として同行しているのは、僕とライラだけです。

 ルイセイネはまだお勤めが終わっていないし、ミストラルたちは残って耳長族のお引越しの準備をしてくれている。

 ちなみに、プリシアちゃんとアレスちゃんとニーミアは、北の地へメイに会いに行っています。

 今回は、ユンユンとリンリンが保護者役だね。


「しかし、いよいよだな」


 リステアは感慨深かんがいぶかそうに、竜峰の麓に広がる深い森を見つめる。

 正確には、西の砦を抜けた先からすでに人族の支配する土地ではないけど、気分的にはやはり森からが本番だ。


「スラットン、油断するなよ! ドゥラネルも周囲の警戒を頼む」


 リステアの声に、振り返ることなく手を振って応えるスラットン。

 後ろから見ていると、どうもお調子者のように見えるんだけど。でも、そこは腐っても勇者の相棒だ。のほほんとしながらも周囲に気を配っているし、足取りもしっかりしている。


「まだこの辺に竜族はいないけど、山地に入ったらドゥラネルはスラットンの影に潜ませた方が良いかもね」

「竜族の警戒がなくなるのは心もとなくなるが、仕方ないか」


 平地であれば、まだ子竜とはいえ、ドゥラネルの存在感は大きい。

 竜族の感知能力は人族が足もとにも及ばないくらいだし、歩いているだけで魔物や魔獣は逃げ出しちゃう。

 だけど、竜峰だとそれが真逆に作用しちゃうんだ。


 竜峰は竜族の住処すみか。そして、縄張りでもある。

 そこへ、不用意に見知らぬ子竜が侵入してしまうと、余計な刺激を与える可能性がある。

 それに、子竜のドゥラネルより、竜峰に住む成竜の方が感知能力は優れているからね。こちらが察知したときにはもう手遅れ、なんて状況にもなりかねない。


 だから、竜峰ではドゥラネルの存在が逆に危険なんだ。

 ドゥラネルもそのことは十分に承知しているのか、事前に僕が説明していると文句は言わなかった。


「まあ、なにはともあれ。先ずは森で野営だな。そこで手応えをつかんだら、もう少し進むことにしよう」

「けっ。十五歳のエルネアぼうが行けたんだぞ。なら、俺たちも楽勝だよっ」

「その十五歳のエルネアは、今のお前と違って既に竜王だったらしいがな?」

「ぐぬぬっ」


 隊列の先頭と最後尾で会話をするものだから、中間を歩いているセリースちゃんたちには丸聞こえです。

 リステアの容赦ない突っ込みに、クリーシオまでもが遠慮えんりょなく笑う。


 どうやら、みんな余裕はあるみたいだね。

 さすがは歴戦の勇者様ご一行なのかな?

 僕とライラを見て緊張感が薄れるなんて言っていたけど、僕から言わせるとリステアたちにも気後れなどは見て取れない。

 どこへ向かうにしても、普段通りに全員が役目をこなして、気負うことなく乗り越えていく。それが、勇者リステアを中心とした仲間たちなんだね。


 僕たちは、緊張感を持ちつつも軽い足取りで森へと入った。






 森を歩きながら必要な薪木まきぎを拾う。

 出発するまでに何度か雨の日があったので、落ち葉も枯れ枝も湿っている。だけど、そこは炎の勇者様。ぐっしょりと濡れていない限り、問題ないらしい。

 呪術の炎で、薪木を乾燥させちゃうんだね。

 とても便利なわざに、僕とライラはうらやましがった。


「狩りをしたいところだが、初日だからやめておいてやる」


 なんてスラットンは不敵なことを言っていた。


 僕たちは半日森を進むと、早めに野営の準備に取り掛かっていた。

 なにせ、竜峰を踏破とうはすることが目的ではなく、竜峰の自然を体験することこそが目下の最優先事項だからね。


 頑張って歩けば、明日のうちには最東端の村へたどり着けるんだけど。あえて手前の森で何日か野営をする予定だ。


 セリースちゃんたちは必要最小限の荷物を解くと、ご飯を作り出す。

 もちろん、濡れた薪に火を起こしたのはリステアだ。


「夜の見張りはいつもの順番で。エルネアとライラさんは、ゆっくりしてくれていいぞ」

「それじゃあ、お言葉に甘えて」


 僕とライラは、あくまでも補佐役だからね。

 なるだけリステアたちだけで過ごしてもらわなきゃ意味がない。

 僕はライラとのんびり会話をしながら、リステアたちの野営の準備を見守る。


「ねえねえ。ぼくが見つけたきのこをお鍋に入れようよっ?」

「ネイミー、それは毒きのこよ?」

「ええっ、そんなっ」


 ネイミーはいつのまに、きのこなんて採取していたんだろう。

 そして、どこかで見たことのあるような風景です。


 ネイミーはセリースちゃんに指摘を受けて、がっくりと肩を落としながらきのこを明後日あさっての方角へ投げ捨てていた。


「エルネア君、ライラさん、お暇でしょう? いま、お茶をれますね」


 セリースちゃんとクリーシオがお鍋担当。その横で、キーリがお湯を沸かす。

 そこへ投入したいい香りの茶葉は、きっと高級品です。

 イネアが僕たちのために器を用意してくれて、キーリが出来たてのお茶を注ぐ。


「身体が温まりますわ」

「夜になったら、奥地はきっと冷えるだろうね」


 僕とライラは遠慮なくお茶をいただく。

 ちょっぴりしぶみがあるけど、砂糖が入っているのか甘味かんみで緩和されてとても美味しい。


「やはり、竜峰はまだ寒いのかしら?」


 お鍋をかき混ぜながら、セリースちゃんが聞いてくる。


「うん。標高が高い場所だと、夏でも夜は凍えるよ。でも、この辺はまだ平地だから王都の気候と一緒だよ」

「危険な動植物が生息していたり、夏でも寒かったり。本当に厳しい土地ね」

「でも、セリースちゃんたちなら大丈夫だよ」

「それじゃあ、エルネア君の期待を裏切らないように頑張らなきゃ」

「応援してます!」


 セリースちゃんたちが竜峰の自然を乗り越えられたら、いろんな場所に案内するね、と楽しく会話を交わす。

 そんな僕たちの傍らでは、リステアとスラットンが寝息を立てていた。


 まだ、太陽は西に見える。

 どうやら、夜の見張りのために、前もって眠っているんだね。

 僕のときは、寝ているときの警戒はアレスちゃんにお願いしていたっけ、と旅立ちの一年のことを思い出す。

 そして、おおかみに襲われた夜のことも。


「この辺にも魔獣や肉食の獣が出るから、夜は本当に注意してね」

「忠告をありがとう。気をつけるわ。でも、その前に……」


 すすす、とセリースちゃんが近寄ってきた。

 ライラが警戒して僕に抱きつく。

 僕がセリースちゃんに取られるとでも思ったのかな?

 安心してね。僕は人妻になんて手を出しませんから!


「エルネア君」

「は、はい」


 だけど、セリースちゃんはライラの警戒心をよそに、ずずいっと身を寄せる。

 そして、にこりと微笑んで言った。


「瞑想をしましょう!」


 あはは、と笑うしかない。

 いったいなにを言うのかと思ったら、瞑想か。


「そうね。私もエルネア君と瞑想したいわ」

「では、わたくしも」

「それじゃあ、わたしもー」


 すると、クリーシオとキーリとイネアまで参加の意思を見せる。

 いやいや、瞑想って個人個人でするものだからね?

 全員で瞑想したからって、成果が上がるわけじゃないよ?


「それじゃあ、みんなが瞑想している最中は、ぼくが見張りをしておくねっ」


 小動物のようにいつも動き回っているネイミーには、静かに時を過ごす、という瞑想は無縁のものらしい。

 それで、僕たちはネイミーにお鍋の様子と周囲の警戒をお願いすると、焚き火の周りに輪を作って瞑想をすることに。


 巫女職のキーリとイネアは、ルイセイネのように心を静かに落ち着かせた瞑想。

 クリーシオは、不思議な雰囲気ふんいき

 そして、セリースちゃんは大地と対話をするような瞑想をする。


 瞑想、とひと言で表しても、こんなにいろんな瞑想の仕方があるんだね。

 僕とライラも胡座あぐらをかいて瞳を閉じた。


 すうっ、と隣で瞑想をしているはずのライラの気配が薄まる。


 僕たちと同じように竜脈を感じ取れるようになったセリースちゃんは、大地の流れを感じ、どうすれば自在に力を汲み取ったり操れるのかと瞑想しながら向き合っている。


 だけど、ライラは違う。

 大地、ううん、違う。世界に溶け込み、自分の存在さえも竜脈の流れの一部であるように調和し、交わる。

 そして世界に溶け込めば溶け込むほどに、ライラの気配は希薄になっていく。


 ライラさん、貴女はなにを極めようとしているんですか!?

 気配を探る修行をしてきた僕でさえ、ライラの存在を感じるのは難しい。

 隣にいるはずなのにね!


 クリーシオも、ライラの不思議な瞑想に驚いている気配がある。

 あとで、瞑想中のライラの色がどうだったのかを聞いてみたいね。


 気配だけでなく、存在感さえも世界に溶け込むような瞑想をするライラ。

 でも、そんなライラとは逆に、元気に自己主張をする物がある。


 ライラの所持する霊樹製の両手棍りょうてこんだ。

 アレスちゃんがいないからね。必要なものは自分たちで持ち歩いている。

 もちろん、ライラの両手棍も。

 坐禅ざぜんをするライラの膝の上に乗せられた両手棍は、生命力をみなぎらせる。


 ヨルテニトス王国の宝物庫で発見されたときは干からびていて、枯れていた両手棍だけど。毎日のようにライラが竜気を流し込んだおかげで、今では元気いっぱいだ。

 こうして瞑想をしていると、僕の霊樹の木刀の次に存在感を感じる。


 そして、霊樹製の両手棍の存在が、世界に溶け込んだライラの気配をこの世界へ繋ぎ止めているように感じる。


「エルネア君、なんだか雑念が多くありません?」

「うひっ」


 すると、セリースちゃんから指摘が飛んできちゃった。みんなの瞑想を探るばかりで、自分のことがおろそかになっちゃっていました。

 そして、みんなも僕と同じように、どんな瞑想をするのかと様子を感じていたんだね。


「エルネア様、私だけはこれがいつものエルネア様だと信じていますわ」

「あ、ありがとう、ライラ」


 むにゅり、と腕に柔らかい感触が。


「エルネア君の色が桃色状態ね」

「しまった、そんなとこまで色で見えちゃうのかっ!」


 クリーシオの指摘に、僕たちは笑いあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る