黒幕よりも昏き者
春風と共に、足早く雨が過ぎ去っていく。
降り注いだ雨水は地中に染み渡る。
じめりと湿り気が
「くっくっくっ。とうとう例の物を手に入れたぞ」
「ほほう、あれをそれほど早く?」
「では、いよいよだな」
にたり、と男たちは笑みを浮かべる。
「これさえ押さえれば、我らの勝利だ」
「奴らの慌てる様子が見えるようだな」
「いよいよ反逆のときだ!」
男たちは手にした
とうとう、この時が来た。
待ちに待った瞬間。
これさえあれば、勝利は約束されたものであり、
地下で
だが、そのとき。
爆音とともに、地上へと通じる唯一の扉が吹き飛んだ。
そして、地下室へと
「見つけたぞっ!」
先陣を切って突入してきた者は、呪力武器を片手に勇ましく叫ぶ。
「くっ。まさか、これほど早くこの拠点を見つけられるとは!」
「神妙に、お縄に着くんだっ」
出入り口を塞がれてしまった。
だが、その程度で臆する男たちではない。
「……仕方ない」
「こうなれば、強行突破だ!」
応戦しようと、武器を抜き放つ男たち。
男たちの手にする武器も、強力な呪力武器だった。
「ここは俺たちに任せろ!」
「後は頼んだぞ! エルネア!」
秘密の地下室に集っていた男のうちの二人、すなわちリステアとスラットンは「例の物」を僕に預けると、地下室に突入してきた者、すなわちお嫁さんたちに向かって突撃していった。
「こらーっ、エルネアっち、それを
お嫁さんの先頭はネイミーで、リステアと揉み合いしながら叫ぶ。
スラットンは、キーリとイネアを相手に取っ組み合っている。
「スラットン、巫女に手を挙げるとはどういうことでしょう?」
「ちっ、許せ。これも全ては俺たちの野望のため!」
「あとでクリーシオに怒られても知らないよー」
「ふははははっ、その程度のことで俺様が怯えると思ったか!」
とはいえ、そこは身内同士。最初こそ呪力武器なんて物騒なものを構えていたけど、実際は素手での組手だ。
だけど、そうなると断然不利になるのがスラットンだった。
なにせ、相手は巫女様です。しかも、キーリとイネアは相棒のお嫁さんだから、下手なことはできません。
劣勢に追い込まれていくスラットン。
それと同時に、地下室は勇者様ご一行のお嫁さん部隊に占拠されつつあり、僕は隅に追いやられていく。
「さあ、エルネア君。覚悟しなさい」
「くうう、セリースちゃん……」
たわわなお胸様で僕を追い詰めるのは、セリースちゃん。
いや、違いました。
ちゃんと縄を手にして、僕に迫ろうとしています!
その
ちょっと興味があります!
でも、僕には使命があるんだ。
男の誓い。僕はこれを破るわけにはいかない。
「ごめんよ、セリースちゃん」
僕はそう呟くと、空間跳躍を発動させた。
いくら地下室が狭く、乱戦になっていようとも。出入り口を封鎖されていようとも。空間跳躍の前では、なんの障害にもならない。
一瞬で、僕は地上へと繋がる階段に移動していた。
だけど、そこで待ち構えていたのは、強敵のクリーシオだった!
「ぐぬぬ、身体が重い……」
突然、重りのついた服を身に纏ったかのように、全身に荷重が加わる。
筋力だけでは絶対に
「エルネア君、あの二人に加担しても良いことなんてないわ。だから、それをこちらに渡してちょうだい?」
「クリーシオ……。君には恩もあるし、そうしたいんだけどね。でも、駄目なんだ。これを渡すことはできないよ」
「そんなことを言わないで、ね? 協力してくれたら、私たちがご褒美をあげるわよ? エルネア君は、女性の味方でしょう?」
くううっ、なんと甘美な誘惑でしょう。
僕の心が揺れ動く。
だけど、これも呪術の罠に違いない。
精神干渉だ!
クリーシオの
そして、行く手を阻むクリーシオを空間跳躍で飛び越えると、一気に地上へ躍り出た。
あとは、お嫁さん部隊の追跡が及ばない場所まで逃げられれば……!
そう思ったのもつかの間。
僕の前に、予想外の人物が立ちふさがった。
「エルネア、大人しくしなさい」
「ま、まさか……。ミストラルまで出てくるなんて」
地下へと通じる階段は、大きなお屋敷の裏庭に建つ
ミストラルは納屋の前で仁王立ち、僕を待ち構えていた。
彼女の腰には、漆黒の片手棍が下げられていた。
「おい、エルネア。お前は負けない戦い方を修行していたんじゃなかったのかよ?」
「あのねぇ、スラットン。修行したからって、すぐ身につくわけないじゃないか。しかも、そう言うスラットンなんてキーリとイネアに手も足も出なかったんでしょ?」
「まあ、俺とスラットンがエルネアに協力しても、ミストラルさんには勝てないよな……」
僕たち三人は、はぁと深くため息を吐いた。
ここは、アームアード王国の王都に建つ、リステアのお屋敷。その裏庭にある納屋……の外!
僕たちは頑丈な縄で
お尻がじんわりと濡れて、とても冷たいです。そして、気持ち悪いのです。
そんな情けない僕たちを取り囲むように立つ者たちは、勇者様ご一行のお嫁さん部隊と、イース家の妻たち。それと、幼女と子竜たち。
「まさか、連合を組んでいたとは……」
圧倒的な戦力に、僕とリステアとスラットンは完敗を認識せざるを得ない。
「それで、これはどういうことかしら? 説明を求めます」
連合軍の司令官、セリースちゃんは
リステアは珍しく気まずそうな表情を見せると、視線を逸らす。
「スラットン、キーリとイネアから聞いたわよ。巫女に手を挙げたそうね?」
「いや、それはだな……」
「私なんて怖くないと豪語していたとも聞いたけれど?」
「え、ええっとだな……」
既に、スラットンの両頬は真っ赤になっています。
「エルネア様、素直に白状した方が良いですわ。そうしたら、エルネア様だけは
「ライラ……」
「おい、エルネア、抜け駆けは駄目だぞっ!?」
「お前、まさか俺たちを裏切るつもりじゃねえだろうな!?」
いや、スラットンを裏切ることに
だけど、リステアを見捨てるなんて、僕にはできない。
むむむ、どうしたものか。
僕は、こちらを静かに見下ろすミストラルの視線に
そう。事の
「あのよう、思ったんだが。たまには男だけで冒険がしたいと思うよな?」
僕は、リステアのお屋敷を訪れたんだ。
なぜならば。僕は、リステアたち勇者様ご一行に、竜峰へ入るための訓練に付き合うと約束していた。だけど、どうも耳長族と精霊たちの移住の件が重なってしまい、時間の調整が必要になっちゃったんだよね。
精霊たちは行く気満々。
耳長族の人たちも、準備は整っている。
あとは、頃合いを見て出発するだけ。
実は、出発すればすぐに禁領へ到着しちゃう。
なにせ、移動はニーミアとレヴァリアに協力してもらうからね。
ユーリィおばあちゃんが同行してくれるということで、耳長族の人たちを大勢引き抜かなくてよくなった。
結局、禁領へと移住するのは、ユーリィおばあちゃんを筆頭に、カーリーさんとケイトさん、それとプリシアちゃんのご両親だけという最小人数になったんだ。
そして、その人数の移動なら、ニーミアとレヴァリアで事足りちゃう。
精霊たちには、空も地上も関係ないみたい。
なので、地の精霊さんも空を移動することができるらしく、僕たちもわざわざ地上を歩く必要はないってことなんだよね。
とまあ、移住の件は順調だ。
だけどね。
移住させたら、はい、終わり。というわけにはいきません。
むしろ、禁領へ移動してからが本番です。
現地に元から住んでいる精霊たちと、移住してきた精霊たちが仲良くなれるように、お世話をしなきゃいけない。
カーリーさんたちも慣れない土地で暮らすことになるから、最初のうちは僕たちが面倒を見なきゃいけないしね。
そうすると、リステアたちに割り振る時間がなくなってしまう。
新天地で
それで、リステアたちに相談へと来たわけです。
できれば、移住計画が実行される前に訓練をしませんか、とね。
そうしたら、スラットンのこの発言です。
「女が邪魔だと言ってるわけじゃねえぜ? ただよ、たまには男同士で
「そ、そうかなあ?」
「なぁに、お前から教わったことを、あとで女どもに俺とリステアが教えれば良いだけだ。少人数でやった方が早く終わるだろうし、お前にとってもその方が好都合だろ?」
「い、言われてみれば……?」
なんて会話のあと。
計画に賛同したリステアは、早速、仮設の王宮へと
なにせ、竜峰へ堂々と入るためには、王家の通行証が必要だからね。
そして、リステアは全員分の通行手形を貰ってきたんだ。
そう、全員分。
自分とスラットンの分だけじゃなく、お嫁さんたちの分まで!
「スラットン、お前の言う通りに、セリースやクリーシオたちの分まで貰ってきたぞ?」
「おう、リステア。良くやった」
「でも、なんでお嫁さんたちの分も必要なのさ?」
僕の疑問に、スラットンはにやりと笑みを浮かべた。
「お前なぁ、考えてもみろ。俺とリステアの通行手形だけ発行を申請したら、怪しまれるじゃねえか。それに、嫁たちの分をこちらで押さえておけば、あいつらが万が一気づいても追ってこられないだろう?」
「うわぁ、完全な悪人思考だ!」
悪巧みに関することだと、スラットンは
僕とリステアは苦笑するばかりだった。
ふむ、全てはスラットンの企みからでした。
そういえば、スラットンはいつも悪巧みをするけど、成功した試しがないんだよね。
ああ、こんな奴の
「にゃん。スラットンが黒幕にゃん」
「なななっ!?」
スラットンは、プリシアちゃんの頭の上で寛いでいたニーミアに、
ニーミアはスラットンの極悪面から逃げるように羽ばたくと、ユフィーリアの谷間へと逃げ込む。
スラットンは女性の谷間を睨むわけもいかず、悔しそうに表情を
「ニーミアちゃん、説明を求めるわ」
「ニーミアちゃん、報告を求めるわ」
ユフィーリアとニーナは、ニーミアを
「ニーミア、遠慮はいりません。さあ、エルネアの思考を言いなさい」
「しまった、なんてこった!」
古代種の竜族であるニーミアは、人の思考を読むことができる。
まさか、僕の思考が読まれてしまったというのかー。
「露骨にゃん」
「ぐぬぬ」
ニーミアは全てをお見通しです。
僕は、リステアを裏切れないから口を割れない。
だけど、思考を読まれちゃったらどうしようもないよね?
僕の隣で、リステアが苦笑していた。
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