いざ、決戦の地へ

 踊り疲れ、騒ぎ疲れて苔の広場に戻ると、セフィーナさんからの伝言が残されていた。


「エルネア君。魔族の国へ向かう前に、王都に戻ってくださいだそうですよー」


 はて、王都で何か問題でも起きたのかな?


 王都と竜の森のことは、ユフィーリアとニーナとセフィーナさんにお任せしていた。

 そのセフィーナさんが、僕を呼び寄せるだなんて。


「ちなみに、セフィーナさんは伝言を残して何処どこへ?」

「はいはーい。耳長族の村へ行くと言ってましたよー」


 セフィーナさん自身は、竜の森に暮らす耳長族の協力を得るために、村へ向かったんだね。

 そうなると、余計に謎が増してくる。


 僕が王都へ向かわなきゃいけない理由。

 そして、セフィーナさん自身は、その件に関わらずに、自分に与えられた役目を遂行しようとしているだなんてね。


「うぅむ、嫌な予感しかしませんが?」

「くくくっ。あれやこれやとせわしく奔走ほんそうしている時こそ、身近なことに目が届かぬこともある」

「それってつまり、僕の見落としで王都では問題が起きているってこと?」

「行ってみれば、わかるであろう。なあに、汝であれば、障害とさえ思えぬような些細ささいなことである」


 どうやら、スレイグスタ老は王都の状況を知っているみたい。

 セフィーナさんから聞いたのかな?

 それとも、心を読んだのかな?


 何はともあれ、僕は予定を変更して、王都へ向かわなきゃいけないみたいだ。


「リリィは、ここで待っていますねー。用事が終わったら、戻ってきてくださーい」


 リリィが迎えにきても良いんだよ? と、思ったけど。

 竜の森に住む魔獣たちに会っておきたいし、帰りは森を走って、苔の広場に戻ってくるとしよう。

 もちろん、行きはスレイグスタ老の空間転移の術をお願いします!


「よかろう。久々であるな」


 スレイグスタ老が、瞳を黄金色に輝かせる。

 立体術式が僕の周りに浮き上がり、まぶしい光で視界が染まった。


 瞳を閉じる。

 それでも、まぶたを通して光が目の奥まで届く。

 でも、刺激が強いわけじゃない。むしろ、優しい光だ。


 僕は、視界いっぱいに広がった輝きを、瞼を閉じたまま見つめた。

 すると、徐々に発光が収まっていく。

 そして、光が収まった後に瞳を開くと、僕は王都の実家にある芝生のお庭に立っていた。


 ただし、まだ冬なので、芝生は茶色く染まっているけどね。

 それと、勇者様ご一行が、なぜかうちのお庭で全滅ぜんめつしていた……






「ええっと。……僕は忙しいので、また来ますね!」


 見なかったことにしよう!


 素早くきびすを返して、実家を後にしようとする僕。

 そこへ、恨みのこもった声が追いすがる。


「エルネア……、お前っ……!」


 スラットンの、苦しそうな声。


 振り返っちゃ駄目だ!


「エルネア君だわ!」

「おかえりなさい!」


 ユフィーリアとニーナの、弾むような声。


 逃げなきゃ!


 脱兎だっとのごとく逃げ出そうとする僕。

 だけど、左右から凶器が迫る。


「むふわっ!」


 一瞬、ぼいんぼいんっ、と揺れる凶器を見てしまったのが敗因だった。

 本能が、いや、煩悩ぼんのうが僕の判断を狂わせた!


 空間跳躍さえ使っていれば、逃げられたかもしれない。

 だけど、迫る凶器をあえて甘受かんじゅしようとした煩悩に阻まれて、後手に回ってしまった。


 つい先ほどまで、黄金色の輝きに視界が染まっていたというのに。

 今度は、真っ暗闇。

 ただし、視界が真っ暗になっただけで、伝わってくる感触は素晴らしい!


 ……いやいや、そんなお馬鹿なことを思考している場合ではありません。


「ぷはっ。ユフィ、ニーナ、これはどういうことかな!?」


 僕の顔を左右からお胸様で挟むユフィーリアとニーナ。

 僕はお胸様の上になんとか顔を出して、二人を問い質す。


 なぜ、ユフィーリアとニーナが僕の実家で元気にしているのか。

 なぜ、勇者様ご一行が全滅しているのか。

 そして、実家に滞在している地竜や飛竜たちが、なぜ周囲で呆れ顔をしているのか。


 お胸様の上から、こっそりと周囲の様子を伺う。


 リステアが、力なくうつ伏せで倒れていた。

 近くには、復活した聖剣が転がっている。

 セリースちゃんも、息も絶え絶えといった様子で、横になっていた。

 クリーシオも、セリースちゃんの横に倒れています。

 キーリとイネアは、薙刀なぎなたを支えにしながら、座り込んでいた。

 ネイミーなんて、お昼寝をする子猫こねこのような、変な格好で伸びてるよ。


 スラットン?


 彼は、なぜか首から下が地面に埋まっています。

 相棒のドゥラネルも、スラットンの側で情けなくひっくり返っていた。


「おい、こらっ。俺たちを無視するんじゃねえっ!」


 スラットンだけは口を開く元気があるのか、僕に向かって悪態をついていた。

 だけど、疲れ切っているのか、いつものような元気さはない。

 どうやら、僕が訪れる前に、凄惨せいさんな戦いがここで起きたようだ。

 そして、リステアたち勇者様ご一行は、敗北してしまった。


 いったい誰に?


 聞くまでもない。


 勇者様ご一行を全滅へと追い込んだのは、僕をお胸様で挟み込むユフィーリアとニーナだった。


「なるほど。おじいちゃんが言っていた見落としがちな身近な問題って、ユフィとニーナのことだったんだね!」


 二人を野放しにしたばっかりに……


「エルネア君、違うわ。悪いのはスラットンよ」

「エルネア君、違うわ。私たちはエルネア君の名誉を守っただけだわ」

「そうなんだね。疑ってごめんなさい。それで、具体的にどういうことなのかな?」


 勇者様ご一行は、口を挟む余裕さえないようだ。

 スラットンでさえ、ユフィーリアとニーナの言葉をさえぎるだけの威勢がない。


 ユフィーリアとニーナは、妨害を受けることなく事情を説明してくれた。


「スラットンが、エルネア君に対して怒っていたわ」

「自分たちに話が回ってこないと、いきどおっていたわ」

「はっ!」


 けっして、忘れていたわけじゃない。

 ただ、やらなきゃいけないと思っていたことが多すぎて、つい後回しにしてしまっていた。

 これも、僕の甘えだね。

 リステアたちなら、話を持ちかけたら快諾してくれる。と慢心まんしんしていた。

 だから、他のことを優先してしまっていたんだ。


「リステア、みんな。ごめんなさい」


 素直に謝る。


 すると、力なく倒れ込んでいたリステアが上半身を起こして、笑ってくれた。


「気にするなよ。お前も忙しかったんだろう?」


 だけど、スラットンはやっぱり怒っていた。


「いいや、俺は許さねえぜ? 頼みごとがあるのなら、まず真っ先に、俺たちへ話を持ってくるべきだろう?」


 首から下を地面に埋めたまま、スラットンが僕を睨む。


 何も言い返せない。

 だって、スラットンの言う通りだもん。


 冒険者組合へ依頼を出したり、東奔西走とうほんせいそうして協力者をつのる前に、頼れる親友たちに声をかけるべきだったんだ。


 リステアたちは、冒険者組合に出された僕の依頼書から、騒動を知ったんだと思う。

 そして、自分たちに話が来るのを待っていてくれたんだよね。

 それなのに、僕はリステアたちへのお願いを後回しにしてしまった。


 スラットンが怒って当然だよ。


「スラットンが因縁をつけてきたから、らしめたわ」

「スラットンが喧嘩を売ってきたから、返り討ちにしてあげたわ」


 聞けば、スラットンはユフィーリアとニーナに、僕のことを問い詰めたんだとか。

 もちろん、スラットンのことだから、感情を露わにしながらだったに違いない。

 だけど、問い詰めた相手が悪かった。


 ユフィーリアとニーナは、スラットンどころか、勇者様ご一行をまとめて無差別攻撃の巻き添いにしちゃったんだね。

 そして、周囲で見守る竜族たちは、人族の痴話喧嘩ちわげんかに呆れているんだ。


 とはいえ、やっぱり僕が原因で、スラットンが悪いわけじゃない。

 それと、スレイグスタ老が言った本当の意味は、このことだったんだね。

 心を許しあえる親友とはいえ、礼儀は尽くさないといけない。

 僕は、リステアたちの期待を裏切ってしまったんだ。


 ユフィーリアとニーナをなだめて、解放してもらう。

 そして、リステアたちに謝罪して回る。


 すると、リステアがまたしても笑ってくれた。


「スラットンは、軽んじられた、と怒っているがな。俺は、むしろ逆だと思っているんだ」


 リステアは、僕の手を借りて立ち上がる。

 そして、そのまま強く手を握られた。


「お前が忙しいのは、セフィーナ様や双子様を見ればわかるよ。家族総出で協力者を募っている状況だ。大黒柱だいこくばしらのお前が最も大変だということくらい、言われなくても知っている」


 ユフィーリアとニーナとセフィーナさんは、アームアード王国方面。

 ライラとマドリーヌ様は、ヨルテニトス王国方面。

 ミストラルは竜峰で、ルイセイネたちは天上山脈。

 僕も、いろんな場所に顔を出したり、各方面にお願いして回ったりと、忙しい。


 リステアは、アームアード王国内で活動する三姉妹の動きだけで、僕の大変さを理解してくれていた。


「お前も、家族のみんなも、大変な時期なんだろう。そんなお前が、俺たちへ声をかけるのを後回しにしている、ということに対して、俺はむしろ嬉しく思ったぞ。お前は、俺たちなら絶対に断らない、と信じているから、話を後回しにしたんだろう?」

「……うん。今でも、リステアたちなら絶対に僕のお願いを聞いてくれると信じているよ」

「ありがとう。その想いが、俺は嬉しいんだ」


 リステアは、僕を強く抱きしめた。


「お前は、もう俺たちがどんなに手を伸ばしても届かないほどの高みに昇った男だ。そのお前が、俺たちを信頼してくれている。これ以上喜ばしく、誇らしいことなんて、ないじゃないか!」


 リステアは、僕を信じてくれていた。

 絶対に話を持ちかけてくれるのだと、確信してくれていた。

 僕も、リステアたちを信頼していた。

 断られないという自信を持っていた。


 揺るぎない友情を感じて、僕もリステアを強く抱きしめる。

 なんだか、目尻が熱くなってきちゃった。



「……お、俺だって、お前を信じていたさ。ただ、遅いからよ……」


 僕とリステアの熱い抱擁ほうように、スラットンがくやしそうに目を伏せた。


「スラットン、ごめんね。僕もスラットンを大切な親友だと思っているし、信じているよ」


 まあ、こらえ性がなかったり、すぐに怒ったりすることも知っているけどね。とは口に出さずに、スラットンを地面から引き抜いてあげる。


「ところで、スラットン。なんで埋まっていたの?」

「うるせえよっ。お前んところの暴走双子王女様が原因だろうがっ」

「いやいや、それはわかっているんだけどさ。竜王を目指すと宣言した男が、まさかユフィとニーナに手も足も出なかったわけじゃないよね?」


 はっきり言って、ユフィーリアとニーナの連携を崩せるような者は、早々はいないと思う。

 さすがの勇者様ご一行でも、厳しいんじゃないかな?

 でも、スラットンの負けっぷりは残念だよね!


「俺だけに言うなっ。リステアやセリースたちだって、負けたんだからなっ」


 すると、スラットンは悔しそうに叫ぶ。

 ただし、疲弊しきっているので、とてもか細い叫びだ。

 しかも、男らしくない言い訳だと自分でも気づいているようで、ばつが悪そうに視線を逸らす。


「それで、エルネア。双子様に負けるような俺たちだが、お前が抱えている問題への協力を要請してくれるんだよな?」

「もちろんだよ!」


 勇者様ご一行のみんなが立ち上がる。

 そして、僕の前に集った。


 僕は身を正し、頼れる親友たちの正面に立った。


「それじゃあ、改めて。勇者リステアと仲間のみんなに、協力を要請するよ。相手は、妖魔の王と無数の妖魔や魔物たち。厳しい戦いになる。でも、リステアたちが共に戦ってくれるのなら、絶対にこの困難も乗り越えられると確信してるよ!」


 今更、協力してくれるのかなんて、野暮な質問はしない。

 リステアたちも、僕にそんな言葉は求めていない。


 リステアが聖剣を高く掲げた。

 スラットン、セリースちゃん、キーリ、イネア、ネイミー。そしてクリーシオ。全員が聖剣に武器を重ねる。


『我らの友情を、剣と共にエルネアに捧げる!!』


 リステアが叫ぶ。

 みんなが雄叫びをあげ、地竜のドゥラネルが咆哮した。


「エルネア、俺たちに戦場を示せ」

「勇者たちの参戦を、僕は心から嬉しく思うよ。それじゃあみんな、決戦の地で再会しよう。妖魔の王を迎え撃つ場所は、飛竜の狩り場だ!!」


 僕の宣言に、周りに集った竜たちも咆哮をあげた。

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