僕とライラと暴君と

「それじゃあ、後はよろしく」


 言ってミストラルとルイセイネ、それにプリシアちゃんは、巨大化したニーミアの背に乗って村を後にした。


 この日は、ミストラルに用事があった。竜峰の各所に分かれて住む竜人族で、実力のある者たちが集まって話し合いをするらしい。

 議題は、復活した可能性のあるオルタと、裏切りの部族について。


 オルタについては、本当に復活しているのかという証拠集めと、もしも復活しているのなら潜伏している場所を探す。もしくは、ラーザ様が生きていて封印がまだ有効だとしたら、伐つのには今が良いのでは、という話。

 裏切りの部族とは、魔族と内通して昨年から暗躍を見せている竜人族の集落のこと。

 実は、大体の目星はついているらしい。ただし証拠がなく、正面から疑いを見せれば種族間のいざこざに発展する可能性があるから、慎重になっているんだって。


 なかなかに難しい議題を扱う話し合い。だけど、そこに向かおうとしたミストラルに、プリシアちゃんが駄々をこねてしまった。

 自分も違う村に行ってみたいんだって。


 プリシアちゃんにはやけに甘いミストラルは、会議中のお世話をルイセイネにお願いすることで同行を許可した。


 ということで、僕とライラを残し、みんなは旅立ったのでした。

 ライラも行きたがっていたけど、僕よりも遥かに遅れている竜気の修行をしなさい、とミストラルに言いくるめられていた。


 ニーミアの背中に乗ったみんなを見送った後は、ライラは村の広場で瞑想することになった。

 僕が補佐をし、竜気の扱いをもう一度最初から覚え直す。

 独学のライラの竜気の使い方は粗っぽくて、無駄が多いんだ。

 宣告の儀式のあとでセリース様にしたように、僕はライラの頭に手を当てて、竜気の流し方、練り方を示す。


 僕の竜気の扱いは、どうも竜人族より繊細らしい。興味を示した若者や戦士の人が、僕たちの周りで一緒に瞑想修行を始めていた。


 ライラは、僕の伝えたい事をすぐに理解できたようで、うまく瞑想している。

 僕はそれを見て安心し、自分も瞑想に入る。


 高地の村も、随分と暖かくなってきたね。日向ひなたで瞑想していると、身体がほかほかと暖かくなっていくよ。

 気持ちよく瞑想をしていると、あっという間に時間が過ぎていく。

 そして、僕が瞑想を止めた時、他のみんなは既に瞑想を終えてひと息ついていた。


 瞑想疲れ?


 僕なんかは、瞑想中はずっと竜脈から力を汲み取り、錬成して霊樹や身体に流し込んでいるから、疲れるどころか元気になるんだよね。

 だけど、竜脈を感じ取れない人は竜力を消費し続ける事になるから、長時間の瞑想は辛いみたい。


「よくもまあ、そんなに長時間瞑想が続くもんだ」

「悔しいが、負けを認めざるを得ない」


 僕が戦士の人たちの闘争本能に火をつけてしまったのか。僕が村に来てからというもの、今まで以上に訓練に励むようになった。とザンが言っていた。


 昼だ。飯はまだか。自分で作れ。と男性と女性がやんやと騒いでいると、遠くの空に飛竜の影がはしった。


 緊張が村を包む。


 戦士数人にかかれば、飛竜とて敵わない。

 でも、それと警戒するのとは別の問題だ。


 コーアさんが、非戦闘の村人たちに建物内へ避難するように指示を出す。

 ザンの姿は見えないけど、どこかで気配を殺して配置しているはず。彼は気配を消し、襲撃者の不意を襲う役目なんだ。


 僕とライラは、長屋の影から空を見上げた。


 村は高地にあり、雲が近い。そうすると、雲より高く飛べない飛竜も、随分と低い位置を飛ぶことになる。

 とは言っても、見上げる高さなんだけどね。


 雲の下を荒々しく羽ばたく飛竜の影が、徐々に大きくなる。


 ライラは、僕の横で緊張に身体を硬くしていた。

 でも僕は、しっかりと見え始めた飛竜の輪郭に見覚えがあり、安堵する。


 そして、広場の中央へと足を向けた。


「エルネア様」


 心配そうに声をかけるライラに、知り合いの飛竜だよ、と答える。


 村へと近づいてくる飛竜は、暴君だった。


 暴君は改心した。とは村の人も知ってはいるけど、今までのことがあるから警戒は解かない。


 緊張に包まれる村の中で唯一、僕だけが暴君に呑気に手を振る。


 暴君は村の上空に飛来すると、二度旋回した後にゆっくりと降下してきた。

 そして、わざとらしく暴風を放ちながら、着地する。


 僕を威嚇しても意味ないよ。


「お久しぶり」


 僕が挨拶をすると、暴君は鼻息荒く僕を見下ろしす。


『竜姫はどこだ』

「ミストラル? ミストラルは用事で、今は村にいないよ」

『ならば貴様でいい』


 言うと暴君は、問答無用で僕を捕まえる。


「うわっ、何するのさ」

『黙って我に従え』


 問答無用で飛び立とうとした暴君の前に、ライラが飛び出す。


「エルネア様に何をしますのっ」


 突然現れたライラに、予想以上に暴君は驚く。しかも、在ろう事か数歩後退する。


 驚き過ぎじゃない?


「ライラ、大丈夫だよ。暴君は悪さはしないよ。暴君も。ライラは友達だよ」

「嫁ですわ」


 ライラの毅然きぜんとした気迫に、暴君は唸る。


『貴様は恐ろしい奴だ』

「何のことさ」


 お嫁さんが竜姫のミストラル以外にも居たって事に驚いているのかな。


「エルネア様は、もしやこの飛竜と話されているのですか」


 そうか。竜心の無い人が見ると、喉を鳴らす恐ろしい飛竜と、僕の不気味な呟きに見えるのかもね。


「そうだよ。なんだか、暴君が僕をどこかに連れて行こうとしているんだ」

「ならば私も一緒に行きますわ」

『冗談だろう』


 何故か顔を引きつらせて露骨に嫌そうな顔をする暴君。

 暴君の気配を察したのか、なぜかライラが急に暗く沈み込んだ。


「ライラも一緒に良いよね?」


 僕の提案に対し、鋭い睨みで応える暴君。


『良かろう。もともと、竜姫を連れて行くはずだったのだ』


 言って暴君は、ライラをもう片方の手で捕まえる。


「いやいや、どこに行くか知らないけど、せめて背中に乗せてよ」


 いくら何でも、両手に握られて空を移動はしたくありませんよ。

 暴君は渋々僕たちを手放す。僕はライラを抱え、暴君の背中に飛び乗った。


「どこへ行く」


 いつの間にか、ザンが庭に姿を現していた。


「わからないんだ。でも何か用事があるみたい」


 ザンの気配に気づかなかったのか、暴君は警戒の視線を飛ばす。

 これには驚いたりしないんだね。


「何が起きるかわからんな。武器だけは持っていけ」


 言ってザンは、ライラの両手棍を投げて寄越した。


「ありがとうですわ」


 ライラがお礼を言う前に、暴君が飛び立つ。


「うわ、こらっ。乗り慣れてない人がいるんだから、もっと丁寧に飛んでよね?」


 僕の抗議なんて聞く耳を持たない。暴君は荒々しく飛翔し、村を後にした。

 そして、雲の下を高速で西に向かう。


 僕はアシェルさんやニーミアの背中に乗った事があるし、暴君にも少し前に乗った。

 だけどライラは初めてで。


「ねえ、飛竜の背中に乗って空を移動できるなんて凄いよね」


 と横を向いて話しかけたら。


 ライラさんは感極まって泣いていました。


「私が、まさか竜族の背中に乗れる日が来るとは思いませんでしたわ」


 ええっと、感動はすると思うんだけど、号泣するほどの事なのかな。

 大粒の涙が、風に乗って空を舞っていた。


「それで、僕たちをどこに連れて行くのさ」

『人の問題は、人が解決しろ』


 しかし暴君はそれしか言わず、高速で飛行を続ける。

 何か急いでいる感じだね。


 気楽に空中遊覧、とはいかないみたい。暴君の急ぐ気配に、僕も真剣になる。

 ライラは相変わらず涙を流して、感動しながら流れていく景色を見続けているけど、初めてだし仕方ないよね。


 暴君は高速で西へ西へと飛ぶ。

 雲より遥かに高くそびえる山脈の合間を縫うように飛び、湖を通過し、森を越える。

 いったい何が暴君を急かせているんだろう。休憩を挟む事なく飛び続ける暴君。


『ふん。間に合ったか』


 そして更に幾つかの山脈を抜けた先で、僕たちは目にする事になった。


 立ち上がる黒煙。閃光が奔り、爆音が上空にまで轟く。


「エルネア様、村が」


 ライラが指差す先の村では、激しい戦闘が繰り広げられていた。


「レヴァリア、これっていったい?」

『低空を飛ぶ。自分で降りて確かめろ。我がやるのはここまでだ』


 言って暴君は、高度を一気に下げながら村へと侵入する。

 僕はライラを抱きかかえ、竜気で周りを保護しながら、暴君の背中から飛び降りた。


 村に着地した僕たちに、すぐさま火の玉が飛んで来た。

 ライラが、覚えたての竜術の障壁で防ぐ。

 僕とライラは爆煙を払いのけ、村を見渡して状況を確認する。


「エルネア様、竜人族に加勢しますわ」


 ライラがすぐに行動に移した。

 竜気を纏い、防戦している竜人族の敵対者に両手棍で殴りかかる。


 不意打ちのライラの一撃を受け、顔を陥没させて吹き飛んだのは、魔族だった!


 魔族が、竜人族の村を襲撃している!?


 真っ黒な人の体に山羊やぎの顔。蜘蛛くもの体にかまきりの尻尾。大鬼小鬼。見たこともない不気味で異形の者たちが、竜人族に襲いかかっていた。


 なたのような武器を構えた悪鬼が僕を見つけ、殺気を漲らせて迫る。

 僕は霊樹の木刀で鉈を受け、白剣で斬り伏せた。


「加勢します!」


 ライラが助けた竜人族に近づき、臨戦態勢をとる。


「お前たちは何者だ!?」


 突然、上空を通過した暴君から飛び降り、一撃の下に魔族をそれぞれ葬った僕とライラに、竜人族の男性は驚く。


「竜姫ミストラルの村から暴君に連れてこられました。微力ですがお手伝いします」


 僕の言葉には多くの疑問点があったと思う。しかし竜人族の男性は頷き、共に武器を構えた。


 火球が降り注ぐ。

 僕たちは協力して障壁を張り、防ぐ。

 火球の飛んで来た方角を僕は確認し、竜気を練り上げた。


 爆煙が消え、視線の先に魔族を見つける。

 僕はすぐさま竜術の矢を放つ。

 僕の矢は回避されたけど、立て続けに竜人族とライラの矢が飛来し、魔族は倒れた。


「助かった。不意を突かれて立ち往生していたんだ」


 村の至る所から爆音や悲鳴、雄叫びが聞こえる。

 僕たちの場所以外でも、戦闘が繰り広げられているに違いないよ。


「他の人たちと合流しましょう!」


 ここで個別に戦っていても埒があかない。魔族の勢力も不明だから、多数で攻められたら危険すぎる。


「そうしたいところだが、気になる場所がある」


 言って男性は、僕とライラを先導して走り出した。

 燃え上がる建物の陰から現れた小鬼を、男性が一瞬で斬り倒す。

 男性はなかなかの手練れに見えたけど、戦士ではないような気がする。

 ミストラルの村の戦士とは、気配も雰囲気も違ったから。


 僕とライラも、小道から現れたり空から現れる魔族に竜術で応戦しながら走る。

 男性は村の外へ向かっているみたい。

 破壊された村の外壁を飛び越え、外の林へと入る。

 林の中にも、魔族がいた。

 王都の遺跡の中で見たことのある、翼のある魔族だ。

 木の上から強襲した魔族の攻撃を、男性は回避する。

 ライラが両手棍を振って注意を引きつけた。

 僕はその瞬間、魔族の背後に空間跳躍をして、白剣で一刀両断した。


 白剣は、竜属性相手じゃなくても、恐ろしいほどの斬れ味を見せた。

 僕の動きと白剣に、男性は目を見開いて驚く。しかしすぐに気を取り直し、林の中を走り出す。


「村にはまだ人が残っていますわ」


 ライラが走りながら不安そうに振り返る。


「問題ない。粗方は逃げ出しているはずだ。残っている連中は戦士じゃないが、腕の立つ者ばかりだ」

「戦士の人はどうしたんです?」

められたんだ。村の戦士は魔族どもにおびき出されて不在だ」

「それって……」


 魔族が計画的に竜人族の村を襲撃したって事じゃないのかな!?

 いったい、この男性の村と魔族との間に、何があったんだろう。

 ライラが不安そうに僕を見たけど、今は男性の後を付いて行くしかない。


 林を疾走する僕たち。

 すると、林の先でも騒ぎは起きていた。


「くそうっ、こっちも襲われていたのか!」


 男性が加速する。


 林の奥。そこには逃げ惑う竜人族の女性や子供、お年寄りがいた。

 そして、多くの魔族が包囲するように迫っていた。


「ライラ、男性と協力して、全力で防御結界を展開して!」


 それだけ言うと、僕は竜気を一気に練り上げ、空間跳躍を発動させた。


 直後、僕は逃げ惑う竜人族と魔族の間に割って入っていた。


竜槍乱舞りゅうそうらんぶ!!」


 僕は魔族の集団に向かって、竜槍を乱射した。

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