小悪魔プリシアちゃん

「ところで、ライラはなんで竜気が扱えるの?」

「竜気?」


 なんのことですか、といったライラの雰囲気に、僕たちは唖然とした。

 ミストラルと決闘をした時、可視化するほどの竜気を練っていたのに。もしかして竜気の存在を知らない?


「ほら、戦ってる時に濃い緑の気を身に纏っていたよね」

「ああ、あの不思議な力ですわね。あれが竜気なのですか」

「ま、まさか知識なしにあれ程の竜気を錬成できていたの!?」


 ミストラルの顔が引きつる。


「竜気の扱い方は、どうやって覚えたのですか」

「ううん、小さい頃から力は感じていましたわ。ですが自在に操れるようになったのは、ひとり旅を初めてからですわ」

「ひとり旅を始めたのはいつから?」


 これもやっぱり教えてくれないのかな、と思ったら。


「二年ほど前からですわ」


 と、あっさり教えてくれた。

 もしかして、ひとり旅よりも前の出来事が話したくない過去なのかな。


「誰かに力の使い方を習ったりしたかしら」

「いいえ、独学ですわ」

「うにゃあ、独学であれは凄いにゃ」


 ニーミアにみんなが同意する。僕でもスレイグスタ老の教えがあって、やっと竜気の扱い方を覚えたのに、独学で可視化するほどの竜気を錬成できるなんて。ライラは、実は凄い人なんじゃないだろうか。


 スレイグスタ老は興味深くライラを見下ろしていた。


「だけど、竜気を身に纏い、身体能力の強化にしか使っていなかったわね。他の竜術は何か使えないのかしら?」

「竜術?」


 どうやら、自分の使っているものが何なのか、全く知識がないみたい。ミストラルは仕方ない、と言って竜力や竜気、竜術について一から説明をした。

 ライラは真剣な表情で話しを聞く。

 そしてプリシアちゃんとニーミアは、ライラの膝枕で健やかな寝息を立てていた。


「はわわっ、そうだったのですわね」


 ミストラルの説明をうけ、やっと自分の力を理解したライラは、感慨深そうに頷いていた。


「ふむ、どうやら汝も学ばねばならぬようだ」


 スレイグスタ老は、ライラも苔の広場に通い修行せよ、と言い渡す。

 みんなで驚いた。まさかライラを苔の広場で修行させるなんて。

 少女の生活は、暫くはミストラルの村で送ることになっているから、竜術などに関しては竜人族に師事することだってできるんだよね。なのに、スレイグスタ老自らが苔の広場に誘うなんて。


 ライラの思考を読んだ時、スレイグスタ老は何か違うものを感じたのかもしれない。


「それじゃあ、これからは僕たちと一緒に修行だね」

「はい、ご主人様」

「ぶはっ」


 僕は飲みかけていたお茶を吹いてしまった。

 この子は突然何を言いだすんですか!


 ライラは、命を助けた僕に従順で「様」付けで名前を呼んだり、何かと世話を焼こうとするんだよね。


「エルネア君、汚いですよ」


 ルイセイネは心配を装って、白い目で僕を見る。

 あああ、ミストラルとルイセイネの視線が痛いよ。


 突如として現れた新しいお嫁さん候補に、二人は僕を責めた。でも僕が望んで得た結果じゃないし、ライラが一方的にお嫁さんになると言い張っているだけなので、僕を責められても困ります。


「エルネア、両親が戻ってきたら、きっちりと話しをしてね」

「うっ」


 ミストラルの両親は、ラーザ様捜索に向かってからまだ帰って来ていないんだよね。まともに挨拶も出来ていないのに、行って戻ってきたらお嫁さんがひとり増えてました、なんてどうやって説明すれば良いんですか。


 顔面蒼白になった僕を見て満足したのか、ミストラルとルイセイネ、それとライラは笑いあっていた。

 ライラも、自身の過去の話しにならない限りは楽しそうに僕たちと過ごせるようだ。

 すっかり仲良くなった僕たちは、修行を忘れ夕方まで話し込んだ。


「汝がまたここへ来るようになったのなら、ジルドを呼び戻さねばならぬな」


 帰り間際、スレイグスタ老が言う。

 ジルドさんは、僕が竜峰を旅している間は、あまり苔の広場には来なかったらしい。

 石彫りしないと、生活できないからね。


 僕たちはスレイグスタ老に別れの挨拶をして、竜術で送ってもらう。

 そして村に戻ると、ミストラルたち女性陣は竜人族の女性に混じって炊事を始める。

 ちなみに、ライラはまともな炊事経験がなく、四苦八苦していた。


 さて、僕は何をしようかな。と思ったら、プリシアちゃんに服の裾を引っ張られた。


「鬼ごっこ」


 満面の笑みを浮かべる小悪魔に、僕は苦笑する。


「おじいちゃんのところでしたじゃないか」

「あれはルイセイネが意地悪したから足りないの」


 やれやれ、本当に鬼ごっこが好きなんだね。しかたない、付き合うか。

 ミストラルたちの手が空いていない時のプリシアちゃんのお世話は、僕の役目だしね。

 ということで。二人と一匹で鬼ごっこは寂しいので、村で時間を持て余している男性陣を巻き込むことにした。


「ねえザン」

「なんだ」


 今日は非番なのか、庭で寛いでいたザンをまずは捕まえる。


「プリシアちゃんが、鬼ごっこがしたいんだって」

「は!?」


 露骨に顔を引きつらせるザン。


「勿論一緒に遊んでくれるよね? もしかして、ザンでもプリシアちゃんの速さにはついていけないのかな」

「言ってくれるな」


 冗談半分の挑発に、ザンは恨めしそうに僕を見つつも、参加を了承する。

 ザンを巻き込んだら、あとは芋づる式。

 ザンが、暇そうな男性に片っ端から参加を強制させていく。

 そして、僕たちを除く半強制参加者十名は、全員が顔を引きつらせていた。


「さあ、みなさん。夕食前の運動ですよ!」


 僕は先導して北の森へと向かう。


「エルネア、覚えていろよ」

「絶対ミストラルを奪ってやる」

「なら、俺はルイセイネさんを」

「この恨み、必ず」


 なにやら物騒な呪詛じゅそが聞こえてきますが、無視無視。


 森の中に到着した僕たちは、まずは鬼を決める。普通は鬼なんてやりたいとは思わないよね。でもプリシアちゃんは違う。率先して鬼になった。


「小娘に捕まるような情けない奴は居ないだろうな」


 ザンの発破に、全員が奮起を見せる。

 プリシアちゃんとの鬼ごっこに誰もが顔を引きつらせるのには、ザンの言葉に答えがあった。

 竜人族の男子たる者、耳長族の幼女に捕まったり追いつけなかったでは、面目が立たないらしい。

 ミストラルでさえも手を焼くんだから、本当はそこまで気にしなくてもいいと思うんだけどね。苔の広場での壮絶な鬼ごっこを知らない竜人族の男性たちは、気合い十分に森へと散っていった。


 僕も逃げる。


 そして、十数えたプリシアちゃんが、本領を発揮した。


 連続空間跳躍で、竜気を使い身体能力を上げているはずの男性に、瞬く間に追いつく。

 プリシアちゃんの動きがまだ幼女らしい単純な動きで、男性は助かった。危機一髪。プリシアちゃんを回避した男性は、必死の形相で逃げる。


「きゃっきゃ」


 プリシアちゃんは標的を変えながら、楽しそうに竜人族の男性を追い回した。

 男性陣は、何か恐ろしい者にでも追われているかのような、切羽詰まった顔で逃げ回る。


 僕もたまにプリシアちゃんに狙われ、空間跳躍で逃げる。


 森の中の鬼ごっこは、苔の広場とは違った難しさがあった。

 林立する木が進路を邪魔し、思うように速度が出せないんだよね。そして、隠れる場所がたくさんある。逃げる方も追いかける方も、茂みの中や木の枝の上に隠れるんだ。

 プリシアちゃんは特に、空間跳躍のおかげで移動を目で追うことはできない。消えたと思ったら茂みに身を隠していたりするから、たちが悪かった。


「ぎゃぁぁ」


 森の奥で悲鳴があがった。


 どうやら、とうとう誰かがプリシアちゃんの餌食になったらしい。

 僕たちはその後、ミストラルが夕食の準備ができたと呼びに来るまで、凄惨な鬼ごっこを続けた。


「んんっと、楽しかった!」

「プリシアちゃん、よかったね」


 満面の笑顔を湛えたプリシアちゃんとは対照的に、竜人族の男性はげっそりと疲れ切っていた。


「貴方たち、これからもプリシアをよろしくね」


 ミストラルの追い討ちに男性陣から悲鳴があがり、女性たちが笑っていた。


 夕食前に思いっきり運動したからかな。いつも以上に僕は夕食を沢山食べた。


 ライラはみんなと上手くやれているのかな、と少し心配で見たら、変な状況になっていたよ。


「こんなに美味しい食事をお腹一杯食べれるなんて、私は幸せですわ」


 と本当に涙を流しながら食べる姿に、みんなが同情してどんどんと色んな食べ物を与えていた。


 君は今まで、どんな食生活だったんですか。


 痩せ細った姿から、まともに食事は摂れていなかったとは思うんだけどね。

 でもなぜかお胸さまだけは……


「ミストラルに報告してくるにゃん」

「わあっ、待って」


 はたはたと飛んで行こうとするニーミアを、慌てて捕まえる僕。


「プリシアはお芋が食べたいの」


 僕の横でお肉を頬張っていたプリシアちゃんが言う。


 これは、脅しという奴ですね。


「コーアさんに美味しい芋が取れる村を教えてもらったから、今度行こうね」


 ニーミアの背中に乗って。


 プリシアちゃんは喜び、瞳をきらきらと輝かせて、僕に抱きつく。

 いやいや、お肉べとべとの手で抱きつかれたら、服がね。


 陽が随分と長くなりつつあるけど、太陽が西に連なる竜峰の頂に沈むのは、やっぱりまだ早い。

 暗くなり始めると夕食の時間は終了になり、人々は各々の家へと帰っていく。

 村の住民は自分の家へ。僕たちのような来訪者は、充てがわれた長屋の一室へと。


 ミストラルは両親のいない自分の家へと向かい、僕とルイセイネとプリシアちゃん、それとニーミアは一緒の部屋なので仲良く戻る。すると、なぜかライラが後を付いて来た。


「ライラさん?」


 ルイセイネが不思議そうにライラを見る。

 ライラだけは、意識を失っていた時に使用した部屋なんだよね。


 ライラは無言だったけど、瞳を潤ませていた。


「あらあらまあまあ」


 溢れた雫をルイセイネが拭ってあげる。


「ライラも一緒に寝よう」


 プリシアちゃんの提案に、嬉しそうに顔を輝かせるライラ。

 どうやら、独りになるのが寂しかったらしい。

 意外と寂しがり屋なのかな。それなのにひとり旅? ちょっと疑問に思ったけど、ライラだけ仲間外れにするのも可哀想なので、一緒の部屋に泊まることになった。


 長屋の宿泊部屋は結構広い。一部屋十人位は雑魚寝すれば泊まれるし、僕たちの部屋には広めの寝台が四つあるから問題ないよね。

 寝る準備も済ませ、僕たちはそれぞれの布団に潜り込む。


 その時突然。


 激しい音を立てて、ミストラルが部屋に入ってきた。


「ど、どうしたの!?」


 ミストラルの剣幕にたじろぐ僕たち。


 ミストラルは部屋を見渡し。


「なんでわたしだけ仲間外れにするの?」


 と寂しそうに肩を落とした。


 か、可愛い。


 普段は見せないミストラルのねた仕草に、僕は参ってしまいました。


「魅了されたにゃん」


 ニーミアが僕の頭に乗っかる。


「エルネア君、罠よっ」

「エルネア様、騙されてはいけませんわ」


 ルイセイネとライラが詰め寄る。


「いけませんわ。これ以上ミストラル様の姿はお見せできません」


 言ってライラが、僕の顔を胸に沈めた。


 おおお、なんという張りのある……


「ちょっ、ちょっと。ライラさん何をしているのですか」

「はわわっ」


 ルイセイネの非難めいた声に、ライラが慌てて僕を離す。

 自分でやっておいて恥ずかしがるなんて。

 もしかして、ライラは恥ずかしがり屋?


 寂しがり屋で恥ずかしがり屋。少しずつライラのことがわかってきたね。


 じゃない。


「エルネア、鼻の下が伸びているわよ?」

「ひいっ、誤解です」


 なぜ枕を左手に持ち、右手に鈍器を持っているんですか。一緒の部屋で寝たいというのに、鈍器は必要なんですか。


 僕の悲鳴が、長屋に響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る