封鎖網突破作戦

 つたがどこからともなく伸びてきて、足に絡みつこうとうごめく。木々が枝を曲げて、邪魔をしてくる。

 僕は、プリシアちゃんを抱きかかえたまま、精霊たちの妨害をかわしながら森を走っていた。

 精霊たちに追われているだけでも手一杯だというのに、油断をしていると横合いから神族が容赦なく剣戟を放ってくる。

 空間跳躍で回避する。かと思えば、飛んだ先には精霊の罠が待ち構えていた。


「くううっ。なんでこうなった!」


 神族は、僕を拷問してでもミストラルの行方やご主人様の情報を聞き出す、という当初の目的を忘れたかのように、殺気立って僕に斬りかかってくる。

 森の精霊王さまは、僕がプリシアちゃんを誘拐していると勘違いして、下位の精霊たちを使って捕縛しようとしてくる。

 まさに、なんでこうなった、というような状況だよね!


 だけど、プリシアちゃんとアレスちゃんは、僕が必死に逃げ回っている状況が楽しいのか、きゃっきゃと喜んでいます。


「プ、プリシアちゃん。それか、アレスちゃん。精霊王さまに説明してあげてっ」


 せめて、精霊たちから追われなくなれば、楽になるんだけどな。と思ってお願いしたけど、うーん、と首を傾げるだけで協力は得られない。


 なんでさ!?


 ともかく、今は逃げるしかない。

 神族か精霊。どちらに捕まったとしても、僕たちの作戦は失敗だ。


 もう、手加減なんてしていられない。

 神言と共に背後から容赦なく突き放たれた剣先を、ひらりと躱す。人族の僕に神術も剣戟も通用しなかったことに、中肉中背の男が驚愕に目を見開く様子を横目にしながら、今度は真上から伸びてきた蔦を空間跳躍でやり過ごす。

 飛んだ先では、風の精霊が旋風せんぷうを巻き起こして待ち構えていた。

 渦巻く突風が僕を襲い、横転させようとしてくる。

 転がらないように踏ん張った足もとが大地の精霊の仕業でぐらりと揺れて、体勢を崩してしまう。そこへ、長身の若い神族が右手に剣を持って迫る。

 剣を振りかぶる神族の男。同時に、強い神気を言葉に乗せて、発しようとした。


「させる訳ないでしょっ」


 だけど、長身の神族は神術を発現させる前に、突然真横に吹っ飛ぶ。

 リンリンだ。

 顕現したリンリンが長身の神族に体当たりをしてくれた。


「くそっ! この女、どこから!?」


 と長身の神族が困惑するなか、リンリンはまた精霊のように姿を消す。


「気をつけなさい。私たちや精霊どもだけじゃないみたいよ!」


 少し遅れて追走してくる神族の女性の声に、他の三人の神族は舌打ちをする。


 僕も、舌打ちをしたい気分です!

 実は、神族の女性が一番厄介な相手かもしれない。

 付かず離れずの距離を保ちながら追走してくる女性は、後方から冷静に状況を観察しているみたいだね。そして、こちらの動きを読み取ろうとしている気がする。

 この人に手の内を色々と見せ過ぎてしまうと、大切な局面で足もとをすくわれてしまいそうな予感がする。


 それに、リンリンが「手練れ」だと報告したように、他の三人も十分な実力を持っていた。

 こちらが空間跳躍でいくら逃げても、瞬時に飛んだ場所を掴み、間合いをつめて襲ってくるんだから、あなどれない。

 他にも、精霊たちは僕を捕まえようとしながら、神族たちの邪魔もしている。その、精霊たちの妨害を掻い潜って僕に肉薄してくるんだから、実力は「手練れの神族」として本物だ。


 とはいえ、神族ばかりに気を向けているわけにはいかない。

 油断をしていると、精霊たちに捕まっちゃう。

 しかも、僕たちが気を向けなきゃいけない相手は、神族や精霊だけではなかった。


「まじゅうまじゅう」

「えっ?」

「んんっと、魔物が来たよ?」

「えええっ!?」


 アレスちゃんとプリシアちゃんの警告に、僕は顔を引き攣らせてしまう。


 森の奥で、暴れすぎた。

 騒がしい僕たちの気配を察知した魔獣が、密かに忍び寄ってきていた。

 しかも、人気のない森には魔物もたくさん出没する。


「に、逃げろーっ!」


 空間跳躍を連続で発動させる。

 つい今しがた僕が立っていた場所の地面から、きつねのような魔獣が鋭い牙を剥き出しに出現した。

 空を見上げれば、紐状ひもじょうの長い身体をうねうねと蠢かせる不気味な魔物が大量に出現して、降下してきていた。

 ただし、魔獣も魔物も、僕や神族の区別なく襲いかかる。

 だけどそのおかげで、森の中は更に混沌こんとんとした状況になってきた。


 魔物や魔獣は排除しないといけない。

 神族や精霊たちからは逃げなきゃいけない。

 だけど、魔物や魔獣に襲われている神族を置いて逃げ出すと、僕たちの作戦は失敗してしまう。


「な、難易度が高くないかな!?」

「きのせいきのせい」

「んんっと、楽しいよ?」

『エルネア、この状況をなんとかしなさいよねっ』


 いったい、僕はどうすれば無事にみんなと合流できるのでしょうか!?

 迫る様々な者たちから必死に逃げながら、状況を打破しようと思案する。

 だけど、名案が浮かんでこない。

 だって、忙し過ぎて考えに集中できないんだもん!


「ええい、こうなったら!」

『何か良い考えが思い付いたの?』

「全部まとめて、みんなのところに合流しちゃえっ」

『無茶苦茶ねっ!』


 リンリンに何と言われようが、これが一番まともな作戦のはずだよね!






「うわあぁぁっっ! たーすーけーてーっ!!」


 本気で叫びながら、森を疾走する僕。

 もちろん、闇雲に逃げ回っているわけではない。ちゃんとした目的地に向かって、突き進んでいます。


 背後からは手練れの神族四人が殺気をみなぎらせて追いかけてきていた。他にも、精霊たちがこちらを邪魔したり捕縛しようとしてくる。更に、魔獣が不意に襲いかかってきたり。魔物なんて思考もなしに周りの者へ手当たり次第に襲いかかるせいで、そこら中に魔晶石ましょうせきを散乱させる結果になっているよ。

 それでも、僕は逃げる。プリシアちゃんを抱きかかえたまま。

 傍にはアレスちゃんも顕現してきているけど、精霊たちを説得してくれる様子は微塵もない。それどころか、プリシアちゃんと二人で楽しそうだ。

 リンリンは主に邪魔でしかない魔物を排除してくれているけど、やはり周囲の精霊たちに干渉する気はないみたいだね。


 リンリンとユンユンは、耳長族の禁忌を犯した。

 結果として今のような特殊な存在になった訳だけど、当時の罪を今も深くいて、つぐなっている最中だ。だから、力で周囲の精霊たちに干渉したり、使役したりはしない。誹謗中傷を受けたって、事実なのだからと呑み込む。


 だから、こうして精霊たちが周りに集まるなか、何もできないリンリンはきっと歯痒はがゆいに違いない。

 とはいえ、そんなリンリンの心情よりも、僕の方が今は大変なんです!


「にげろにげろ」

「捕まるものかーっ!」


 空間跳躍を発動させて、追いついてきた熊男の剛腕から逃げる。

 次は精霊の張った罠を避け、魔獣の気配を読みながら走る。

 代わり映えのしない森の風景が、せわしなく変化していく。そして、僕はついに目的の場所へ辿り着いた。


「ご主人様、助けてーっ!」

「なっ!? エルネア、お前っ!」


 ずっと前から、気配は察知していた。

 僕たちよりも先に進んでいたアルフさんたちは、無事に封鎖網の端まで辿り着き、警戒する兵士たちと接触を果たしていた。

 僕はそこへ、大勢の珍客を引き連れて合流した!


 僕の悲鳴に、アルフさんが振り返る。そして、思いっきり表情を引きらせた。

 更に、アルフさんと押し問答をしていた様子の兵士たちも、こちらの只事ではない様子に狼狽うろたえる。


「あらあらまあまあ、困りましたね?」


 ただし、僕の家族だけは冷静です。

 僕の置かれた状況を見て、笑うことこそつつしんだけど、いつもの事みたいな反応を見せる。


 ともかく、僕は全力でみんなの輪の中に逃げ込むと、ご主人様設定のアルフさんの背中に隠れた。


「ご主人様、助けてください。濡れ衣で追われているんです!」

「何にだよ!?」

「ええっと、神族の方々と、精霊と魔獣と魔物と……?」

「何でそうなった!?」


 それは、こっちの台詞せりふだよね?

 まあ、僕だって理解し難いんだから、説明なんて無理です。だから、納得する答えは諦めてくださいね?


「くっ……!」


 予想外の展開に、アルフさんは目を泳がせる。それでも、当初の目的は忘れていなかった。


「ほら、言っただろう。俺たちは変な奴らに追われているんだよ。だから、かくまってくれ!」


 アルフさんは、押し問答をしていた兵士に詰め寄ると、森の奥から迫る様々な者たちを指差す。


「へ、変な奴らと言われてもだな……?」


 森の奥を警戒していた兵士たちは、この場に居る者だけでも十人くらい。森の奥には、気配を殺した者も隠れている。

 恐らく、アルフさんたちが先行して騒ぎ立てたことで、森の中を警戒していた兵士たちが集まってきたんだろうね。

 その兵士たちは、お互いの顔を見合い、困惑していた。


 無理もない。

 アルフさんはきっと、事前の打ち合わせ通りに「前の村で兵士に依頼された問題のせいで、面倒な奴らに仕返しされようとしている」と伝えたはずだ。

 だけど、僕が引き連れてきたのは、帝尊府の者だけじゃないからね。

 見慣れない精霊の集団や、恐ろしい魔獣、それに数えきれないくらい群がってきた魔物が一斉に森の奥から迫ってきている状況に、神兵は誰もが浮き足立つ。


 ただ、この思いがけない騒動が、結果的に功を奏した。


「おい、兵士ども! その小僧と連れの者をこちらへ引き渡せ!」


 追いついてきた中肉中背の男が、威圧的に怒鳴る。


「我らは帝尊府。我らを邪魔だてするということは、帝の威光に反することだと思え」


 長身の若い男が続けて言う。


 帝尊府の四人は、国軍を前にしても強気だ。

 それほど、帝の威光という威を借りた帝尊府の存在は大きいんだね。

 帝尊府の要求に、兵士たちは更に困惑する。

 だけど、状況は兵士や帝尊府が言い合う暇を与えなかった。


「坊やの仲間の者たちか。者ども、等しく捕まえるのです!」


 森の精霊王さまの号令で、精霊たちが人の都合なんてお構いなしとばかりに容赦なく襲いかかってくる。

 複数の兵士たちの気配に警戒の色を見せていた魔獣も、混乱に乗じて襲いかかってきた。


「くそっ! 応戦しろ!」


 神兵といえども、魔獣が相手では油断なんてできない。

 たちまち、乱戦状態になる。

 森の奥に潜んでいた神兵にも魔獣は襲いかかるし、魔物は相変わらず無差別に暴れ回る。

 たちまち、周囲は乱戦状態になった。


『今だ』


 ユンユンの合図に、全員が息を合わせて動いた。


「あんたらのせいで、俺たちは迷惑をこうむったんだ。だから、さっきも言ったように、ちゃんと匿ってくれよな?」


 というアルフさんの捨て台詞ぜりふを残し、僕たちは全力疾走で封鎖網を突破した!

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