油断大敵の逃走劇
あっ、と神兵の何人かが声を漏らしたけど、もう遅いよね!
それでも複数の神兵が追いかけてくる気配はあったけど、魔獣や精霊たちが邪魔をするせいで、すぐに僕たちを見失ったみたいだ。
手入れされた森の奥を、全員でひた走る。
目指すは、天族の楽園!
だけど、僕たちにもまだ苦難は待ち構えていた。
『待てー』
『捕まえろっ』
『生捕りだー!』
僕たちを追って、精霊たちが迫る。
「おい、エルネア。これはどういうことなんだよ!?」
精霊を見慣れていないアルフさんが、困惑したように背後を振り返る。
僕も釣られて振り返り、そして見なかったことにした!
気のせいです。
樹々の間を魚のような姿の精霊が泳いでいたり、様々な色の光が追いかけてきていたり……
いや、ちょっと待って!
筋骨隆々の、大人の姿をした精霊?
「プリシアちゃん?」
「んんっと、プリシアの精霊さんだよ?」
「なんでさ!?」
そういえば、プリシアちゃんが使役する土の精霊さんって、
でも、その精霊さんが、何で森の精霊たちに紛れて僕たちを追いかけてくるのさ!?
困惑する僕を見て、きゃっきゃと喜ぶプリシアちゃん。
「あのう、エルネア君?」
すると、隣で走るルイセイネが苦笑しながら控えめに言ってきた。
「もしかするとですが、精霊の方々は……?」
「んんっと、プリシアがお願いしたよ?」
「へ……?」
思わず、足を止めてしまった。
プリシアちゃんが、お願いをした?
何を?
意味がわからずに、目を点にしながら周りを見渡す僕。
そしたら、追いかけてきた森の精霊王さまと目が合った。
僕たちに追いつく、森の精霊王さま。
だけど、僕を捕縛したり、プリシアちゃんを引き剥がそうとはしない。代わりに、プリシアちゃんとアレスちゃんに向かって、優しい笑みを浮かべた。
「耳長族の子よ。それに、
「ま、まさか……!」
森の精霊王さまの態度に、僕はようやく状況を呑み込む。
「つまり、森の精霊王さまは……最初から、僕たちの協力をしてくれていたんだね!」
そうか、と納得してしまう。
なぜ、プリシアちゃんとアレスちゃんは、僕への誤解を解いてくれなかったのか。それはつまり、森の精霊王さまは最初からこちらの事情を知っていて、協力してくれていたからだ。
いつ、プリシアちゃんとアレスちゃんが森の精霊王さまにお願いをしたのかはわからない。ただし、はっきりと言えることは、僕を追いかける振りをしながら、実は帝尊府の四人の邪魔をしたり、封鎖網を敷く神兵たちを混乱させてくれていたんだね。
「この広大な森を統べる精霊王様だ。我らの事情など、とうの昔に把握されていたのだろう」
ユンユンが顕現してきた。そして、森の精霊王さまに敬意を示して
リンリンも顕現すると、姉のユンユンに
「汝らは、たしかに罪を犯したのやもしれません。ですが、皆が言うのです。そこの幼女もですが、とても
「もったいないお言葉」
「これからも、精霊たちと共に生きていきます」
精霊たちは、住む場所こそ決まっているけど、人のように国があったり国境が存在しているわけではない。それに、どれほど険しい自然や恐ろしい魔物や妖魔であっても、精霊たちの活動の傷害にはならない。
だから、ユンユンやリンリンの噂なんかも、この森に住む精霊たちの耳に届いていたのかもね。
何せ、経緯はともかくとして、精霊に近い存在となった耳長族なんて、とても珍しいからね。
森の精霊王さまに慈悲ある言葉をかけられて、ユンユンとリンリンはとても嬉しそうだ。
だけど、
『捕まえたぞっ』
『木に縛って、頭にお花を植えてしまえ』
「ぎゃーっ!」
悲鳴を上げたのは、僕。
精霊たちに捕まったのも、もちろん僕!
精霊王さまはこちらの事情を理解してくれていて、密かに協力してくれていた。
だけど、下位の精霊たちは違った。
森の精霊王さまに命じられて、僕を本気で捕まえようとしていた。
そして今、僕は悲しいことに捕まってしまったのでした。
「プリシアちゃん、アレスちゃん、僕を助けて?」
「あのね、プリシアは知りたいんだよ? 頭にお花を植えると、どうなるの?」
「僕も知らないよ!?」
無邪気なプリシアちゃんは、僕の身の安全よりも精霊たちの言葉の方に興味があるようです!
アレスちゃんが、しかたない、と僕の周りで生捕りの舞を披露する精霊たちを
「ありがとうね、アレスちゃん。それと、プリシアちゃんも」
「どういたしましてだよ!」
何はともあれ、二人組の幼女のおかげで、封鎖網を簡単に突破できたからね。
もしも、精霊たちが混乱を招き寄せていなかったら。僕が帝尊府を引き連れてアルフさんたちに合流していたとしても、これほどすんなりと話は進んではいなかったはずだ。
きっと、帝尊府と神兵たちで揉め事に発展して、その隙にようやく僕たちは突破できたんじゃないかな?
だけど、それじゃあすぐに帝尊府と神兵に追いかけ回される結果になって、息を吐く暇もなかったに違いない。
精霊たちが本気で僕を捕まえようとし、僕も本気で逃げながら合流したからこそ、あの場は混乱に陥り、僕たちは易々と包囲網を突破できたんだよね。
まあ、一部、魔獣とか魔物とか、余計なものまで
「あれ? そういえば、魔物はまだしも、魔獣が追ってこないね?」
と、気配を探ってみる。そうしたら、竜脈の中に何体かの魔獣の気配があった。
「んんっと、プリシアのお友達だよ?」
「いつの間に、この森で魔獣のお友達を作ったのさ!?」
「お散歩中に?」
「そういえば、夕方とか夜営の準備をしているときに、プリシアちゃんとアミラさんはよくお散歩に行っていたね。その時だね?」
「わたしも、最初は驚いてしまいました。ですが、プリシアちゃんはあっという間に魔獣とお友達になってしまいました」
「さすがは、プリシアちゃんだね!」
やれやれ。どうやら、魔獣までもが僕たちに協力してくれていたらしい。
帝尊府と神兵を振り切り、魔物の気配もなくなったことで、騒ぐ必要がなくなった魔獣は、竜脈に控えてくれているんだね。
「魔獣のみんなも、ありがとうね」
僕の声は、魔獣に届いたかな?
今度、姿を現した時には改めてお礼を言おう。
ともかく、陰ながら協力してくれた者たちのおかげだということは身に染みてわかったよ。
「それじゃあ、帝尊府と神兵の人たちに追いつかれる前に、天族の楽園を目指そうか!」
「エルネア、道中で事情を説明してもらうからな?」
「アルフさん。その前に、僕の拘束を解いて!」
アレスちゃんは精霊たちを説得してくれたけど、解放まではしてくれていませんでした!
「……と、いうわけで、僕は大変だったんだよ?」
森を進みながら説明する僕に、みんなは笑いっぱなしだ。
僕が帝尊府の四人に見せた怯えた演技だったり、精霊たちに追われた
さっきまでとは違い、
とはいえ、もちろん警戒は
いつ、帝尊府や神兵がこちらに追いついてくるかもわからない状況だし、そもそも封鎖網を突破しただけなので、その内側にも他の神兵が控えている可能性は限りなく高いからね。
手入れされた森は、街道ほどこそ歩き易くはないけど、それでも竜峰の険しい自然に鍛えられた僕たちなら、談笑しながら進むくらいは問題ない。
何度か休憩を入れつつ、目的の場所を目指す僕たち。
だけど、平穏な森の行進はそれほど長くは続かなかった。
「エルネア君?」
周囲に気を巡らせていたセフィーナさんが、警戒の色を示す。
「どうやら、帝尊府の人たちが追いついてきたみたいだね?」
「神兵を振り切ってきたのかしら?」
「もしくは、神兵を説き伏せた?」
何はともあれ、追手が迫っていることには違いない。
「ちっ。奴ら、意外と手強いな」
アルフさんが舌打ちをするのも無理はない。
街道沿いを進んでいた時とは違い、封鎖網を突破してからは、なるべく痕跡を残さないように移動してきた。それでも、帝尊府の四人はこちらを正確に追いかけてきたんだ。
やはり、手練れだ。
「急いだ方が良いわ」
「逃げた方が良いわ」
ユフィーリアとニーナが、プリシアちゃんとアレスちゃんを抱きかかえて足速になる。
僕たちも、背後の気配を読みながら森を急ぐ。
ここで帝尊府に追いつかれたら、絶対に面倒になるからね。
「魔物の気配はないですわ」
「神兵の方々の気配もないですね?」
ライラとルイセイネは、帝尊府以外の気配を探ったみたいだね。
言う通り、どちらの気配も今のところは感じない。
もしかしたら、魔物や魔獣相手に混乱していた神兵を上手く撒いて、帝尊府も封鎖網を突破したのかもしれないね。
「急ごう!」
全員の足並みを揃えつつも、僕たちはこれまで以上に速度を上げた。
だけど、予想外に帝尊府の四人が迫ってくる。
「くそっ! 奴ら、完全にこっちを捉えているぞ!」
早足から駆け足へ。そして全力疾走になったアルフさんが、強く舌打ちをする。
神族の脚力での、全力疾走。それに合わせて、僕たちも力を解放して本気で走っている。
もう手加減なんてしていられないくらいに、帝尊府は背後に迫ってきていた。
「だから、言ったじゃないのよっ。あの人たち、ああ見えてかなりの実力者だと思うわよ?」
リンリンは、最初から手練れの兵士風と言っていたよね。
みんなは、僕の報告を面白おかしく聞いていたので実感は湧いていなかったようだけどね。
ともかく、今は全力で逃げるしかない。
天族の楽園を見るまでは、帝尊府にも神兵にも邪魔をされたくないからね。
でも、僕たちの願いは色々な意味で通じなかった。
「エルネア君!」
セフィーナさんの切羽詰まった声が、先頭から響く。
そして、全員が絶句して足を止めた。
「馬鹿な! さっきまで、背後にいただろう!?」
アルフさんが驚愕するのも無理はない。
僕たちは、追いかけてくる帝尊府の四人の気配を読みながら、森を駆け抜けていた。
だというのに、一瞬で僕たちの前に姿を現したのは、その背後にあったはずの帝尊府のひとり。
鋭利な気配を放つ、女性だった。
抜き身の剣を構え、僕たちの前に
「坊やだけじゃなく、面白い
「っ!?」
僅かな時間で、こちらの実力や内情を見破った女性に、アルフさんが息を呑む。
「お前、何者だ!?」
そして、警戒も
隣でアミラさんも剣を構えた。
「お前、背後の三人とは違うな? ただの帝尊府だとは思えねえ」
帝尊府の残りの三人は、まだこちらに追いついてきていない。
明らかに、他の三人とこの女性には実力差があった。
それなのに、僕を追いかけている最中も控えめだったし、さっきまで格下の三人の速度に合わせてにこちらを追いかけていた状況に、アルフさんは強い違和感を覚えたようだ。
僕たちだって、女性から
明らかに、普通の神族とは違う。
不意だったとはいえ、研ぎ澄まされた気配だけで僕たちの足を止めてしまった程の実力者。
いや、
やはり、この女性が一番の厄介者だったようだね。
とはいえ、多勢に無勢の状況だ。
アルフさんもこちらの数の優位を背景にして、女性へ脅しを掛ける。
「そこを退け。こっちの実力を読み取ったなら、お前がどれだけの手練れだろうと勝てないことくらいはわかっているはずだ。それでも邪魔しようってんなら、俺たちは帝尊府だろうが容赦しねえぞ?」
神族らしからぬ
「あら、帝尊府という威光が通用しない相手なのね? だけど、残念ね。やっぱり君たちをこの先に通すことはできないわね」
「なら、やり合うしかないよな?」
にたり、と悪者風な笑みを浮かべて、アルフさんは剣先を女性へ向けた。
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