本格参戦

 壁のない、柱だけの最上階。

 これも、今にして思うとアステルの気遣きづかいなんだね。


 世界と繋がっているという、不思議な女の子。

 繋がっているというのなら、わざわざ世界中をめぐらなくても、天にいても地下にいても一緒じゃない? と思うかもしれない。

 だけど、そうじゃない。

 現地でしか味わえない空気感。

 身近な場所でしか伝わらない臨場感りんじょうかん

 レーヴェ様たちは、何よりもそうした体験を女の子に共有してもらいたいと思っているんだ。


 そしてアステルも、女の子に世界を肌で感じてもらうために、こうして壁のないお部屋を創ったんだね。


 その、壁のないお部屋を真っ先に飛び出したのは、ミストラルだった。

 人竜化じんりゅうかしたミストラルは、背中に美しい翼を生やして、飛び立つ。

 最初から、本気だ!


 流星のような尾を残像として残しながら、手薄な防衛線を突破しようとしていた鰐亀の頭部をした、巨大な妖魔に強襲をかける。

 右手に握った漆黒の片手棍を振り構えるミストラル。


「はあっ!」


 気合と共に、ミストラルは片手棍を振り下ろす。

 その瞬間、これまで漆黒だった片手棍に、周囲から光が粒となって収束した。

 まるで、極上の流星群りゅうせいぐんが片手棍に集まるように。

 流星群の輝きをまとい、妖魔へ落ちる片手棍。


「っ!!」


 ミストラルの容赦ない一撃は、鰐亀の頭部をした巨大な妖魔の胴体、即ち、可視化した濃い瘴気に突き刺さる。

 ミストラルの攻撃を受けた鰐亀の頭部をした妖魔が、悲鳴をあげた。

 胴体である瘴気が、爆発するように霧散する。胴体を失った猿の腕が、ごとりと地面に落ちる。鰐亀の頭部も、蛇を束ねたような首ごと、地響きを立てて落下した。

 だけど、妖魔はそれでも口腔にびっしりと並んだ瞳をぎらつかせて、ミストラルを睨む。猿の腕も、ミストラルを掴もうと地面でうごめく。


「気持ち悪いわね」


 ミストラルは翼を羽ばたかせて、不気味に動く猿の腕から難なく逃れる。そのまま猿の腕の肩部へ回り込むと、左手で無造作に剛毛を掴んだ。

 そして、力一杯、猿の腕を投げ飛ばす。

 城塞の先へと投げ飛ばされてた猿の腕は、遠くで轟音ごうおんを上げて地面に落ちた。

 続けてもう一本の腕を別方向へ投げ飛ばし、頭部もさらに違う方角へと片手棍で弾き飛ばす。


「容赦ないね!」


 これまで、後方支援ばかりで鬱憤うっぷんが溜まっていたのかな?


「違うにゃん。エルネアお兄ちゃんと一緒にいられなかったから、鬱憤がたまっていたのにゃん」

「なんと!」


 胴体である瘴気をはらわれ、実体化していた腕と頭部も別々の方角に投げ飛ばされた妖魔は、どうやら同じ場所には再出現できなかったらしい。

 妖魔が再出現しないことを確認したミストラルは、次の獲物を探して舞い上がった。


「レヴァリア様、わたくしたちも頑張りますわ!」


 レヴァリアの背中で仁王立つライラが、湧き続ける妖魔の群を指差す。


「ライラ、ついでに連れて行って」

「ライラ、一緒に連れて行って」


 そこへ、ユフィーリアとニーナが許可もなくレヴァリアの背中に乗ってくる。


『貴様ら!』


 牙を剥いて不満を表すレヴァリア。

 だけど、この自由奔放な双子王女様に、そんな脅しは効きません。


「あっちの混乱した戦場がいいわ」

「近くまで飛んで、降ろしてほしいわ」


 レヴァリアの威嚇もどこ吹く風のユフィーリアとニーナは、魔物と妖魔が溢れかえった激戦区を指定して、竜奉剣を抜く。


「はわわっ。レヴァリア様、お願いいたしますわ」


 ライラも、ユフィーリアとニーナの強引さには勝てない。それで、困ったようにレヴァリアにお願いしていた。


「連れて行ってくれたら、あとでエルネア君がご褒美をくれるわ」

「連れて行ってくれたら、あとでエルネア君が遊んでくれるわ」

「ユフィ、ニーナ、僕を報酬として差し出さないで!」


 ただでさえ、精霊さんたちとの約束で予定が詰まっているというのに、これ以上はまかないきれません!


『ちっ、後で覚悟しておくことだな』


 四つの瞳で僕を睨み、レヴァリアは三人を乗せて塔から離れた。そして、荒々しい羽ばたきでユフィーリアとニーナが指定した激戦区を目指す。

 紅蓮色の恐ろしい飛竜が空から急接近してきたことで、激戦区で戦っていた者たちが慌てて逃げ去る。

 魔物と妖魔だけになった地獄のような場所に、レヴァリアは高度を下げて接近した。


「ユフィと」

「ニーナの」


 ユフィーリアとニーナが、レヴァリアの背中から飛び降りつつ、竜奉剣を重ね合わせた。

 黄金色に発光する、二本一対の竜奉剣。

 そして、瓜二つの容姿をした双子の姉妹は、声を重ねて力ある言葉を発した。


「「竜族召喚りゅうぞくしょうかん!!」」

「へ?」


 いま、あの二人は何と言いました?


 目が点になる僕。

 その視線の先で、とんでもないことが起きた!


 竜奉剣から発せられた黄金色の輝きから、何体もの竜族が空間転移してくる。

 地竜、飛竜、翼竜。しまいには、水もないのに水竜まで!


 ユフィーリアとニーナに召喚された大勢の竜族たちは、魔物と妖魔がひしめき合う場所に降り立つ。


『うほほっ。これほど上手くいくとは』

『なんだ、お前らもあの双子と契約していたのか!?』

『ふむ。喚び出されるというのも、悪くはない』


 なんて、召喚された感想を口にしながら、竜族たちは周囲の魔物や妖魔を睨む。


『ふふんっ、雑魚どもが!』


 これまで、城塞に張り巡らされた大迷宮の術に翻弄ほんろうされて、地竜や飛竜たちは思うように目的地へ向かえなかった。気づけば仲間とはぐれていたり、狙った獲物を見逃してしまったり。

 だけど、今は違う。

 ユフィーリアとニーナに召喚された大勢の竜族たちは、ひとつの目的を持って喚び出され、同じ目的で竜気をみなぎらせる。


「はわわっ、大変ですわっ」


 上空から、ユフィーリアとニーナの大召喚竜術を見ていたライラが慌てる。

 そして、慌てながら、瞳を青く光らせた。


「竜族のみなさま!」


 降り注ぐライラの声に、竜族たちが注目した、その時。


「一斉攻撃ですわ!」


 ライラが、支配の能力を発動させた。


 竜族たちが、ライラの支配下に入る。

 支配を受け入れ、命令に従って、大勢の竜族たちが同時に竜術を放った!


 閃光が視界を染め、地響きが塔を激しく揺らす。大気がうなり、空に衝撃波の波が広がった。


「ああ……なんてこった」


 僕は、塔の最上階で目眩めまいを起こす。


 ユフィーリアとニーナの、竜族そのものを召喚する大竜術。

 ここ最近、竜族たちと何やらたくらんでいると思っていたけど。どうやら、召喚の契約を交わしていたんだね。

 さすがのユフィーリアとニーナでも、竜族を強制的に自分たちの周りに召喚することはできない。でも、そこに竜族たちの協力があったら?

 まず、ユフィーリアとニーナの術が起点となる。次に、契約を交わした竜族たちも、力を合わせて召喚に応じる。


 竜奉剣を持った、ユフィーリアとニーナだけでは駄目。また、少数の竜族だけでも駄目。お互いが契約のもとに協力し合うことで、召喚という型式の空間転移を実現させたんだ!


 相変わらず、ユフィーリアとニーナには驚かされっぱなしだね。

 でも、驚いたのはそれだけじゃない。

 ライラさん、貴女まで便乗するって、何事ですか!?


 召喚されたとはいえ。自分本位で攻撃しようとしていた竜族を、ライラが纏めあげちゃった!

 竜族を支配する能力を遺憾なく発揮し、召喚された大勢の竜族たちに号令を下したライラ。

 竜族たちも、ライラの能力を抵抗なく受け入れて、息を揃えて竜術を放った。


 レヴァリアも釣られて竜術を放っていたけど、それを指摘したら絶対に怒るだろうから、見なかったことにしておきましょう。


「さあ、次に行くわよ」

「さあ、次を探すわよ」

「レヴァリア様、私たちも行きますわ!」

『ええい、我に命令するなっ』


 ライラさん、瞳がまだ青く光ってますよ!


 ライラからの強制力に、レヴァリアが苦情を入れる。

 だけど「嫌だ」とは言わないんだね?

 ライラの影響を受けなくても、レヴァリアはなんだかんだと言いながら、協力的だ。

 急降下したレヴァリアは、ユフィーリアとニーナを鷲掴わしづかみにして空に舞い上がる。そして、次の戦地へ向けて荒々しく飛び立った。


「はぁ……。姉様たちにはついていけないわ」


 塔の最上階に残って、ユフィーリアとニーナの度肝どぎもを抜く大召喚竜術を見ていたセフィーナさんが、深くため息を吐く。

 仕方ないよね。まったく、もう。ユフィーリアとニーナは、あんな出鱈目でたらめな術をいつ思いついたんだろうね?

 でも、他者の術を自在に操るセフィーナさんも、僕は大概たいがいだと思うよ? とは口に出さなかったけど。

 アームアード王国のお姫様って、凄い人たちばかりだよね。

 さすがは、初代の勇者の末裔まつえいだ。


 そのセフィーナさんも、いよいよ動き出す。

 気合を入れ直したセフィーナさんは、あろうことか塔の最上階から飛び降りた。


「セフィーナさん!?」


 驚いて部屋のはしに駆け寄り、下を覗き込む。

 すると、セフィーナさんは地上から平気な様子で手を振り返してきた。


「これくらい、エルネア君もできるでしょう?」

「できると思うけど、いきなりだとみんなが驚くよ?」

「あら、誰か驚いているかしら?」


 言われて周りを確認したけど、僕以外は驚いていなかった。

 そうですか。この程度、できて当たり前の者たちばかりなんですね。


「それで、セフィーナさんは何をするのかな?」


 興味に駆られて質問すると、にこりと格好良く微笑まれた。


 さて、二人の双子姉があんなにど派手な戦い方を見せたんだ。妹のセフィーナさんは、どんな活躍するのかな、と期待したんだけど。

 なぜか、セフィーナさんはスレイグスタ老の正面に座り、瞑想を始めちゃった。


「いったい、何をする気なの!?」

「ふふふ。ミストの戦い方を見て、思ったのよ。倒すだけでは意味がないってね」

「ほうほう?」


 ミストラルは、鰐亀の頭部をした巨大な妖魔の胴体を消し飛ばした後に、頭部や腕を別々の方角へ投げ飛ばしたよね。結果として、妖魔は同じ場所に再出現できなかった。

 セフィーナさんは、そこから何かを得たようだ。


 セフィーナさんが、深い瞑想に入る。

 じっと見つめる僕。

 だけど、周囲では激戦が続いていた。


 北から、妖魔の一団が防衛線の隙を突いて、こちらに押し寄せてきた。

 応戦しようと僕が身構えた瞬間だった。


「あっ」


 塔が建つ城塞の中心に迫りつつあった妖魔の一団が、忽然こつぜんと姿を消す。そして、城塞の一番端に強制転移させられて、再出現した。

 他にも、巨大な魔物が城塞の壁を乗り越えて迫り寄ろうとしていたはずなのに、次の瞬間には同じように城塞の最も外側に強制転移させられてしまう。


 城塞には、大迷宮の精霊術が掛けられている。だから、そもそも魔物や妖魔は容易に城塞の中心へは近づけない。

 だけど、迷いの術で迷ったとしても、これまでは「城塞のどこか別の場所」に飛ばされるだけだった。

 なのに、城塞の中心に近づいた魔物や妖魔だけは、必ず城塞の最端にまで強制転移されられる。

 まさに、振り出しに戻る、というやつだ。


「私は竜力も小さいし、ミストや姉様たちのような戦い方はできない。でも、誰かの術を利用することはできるから」


 瞑想をしたまま、セフィーナさんが笑みを浮かべた。


「言うのは容易たやすいですが。素晴らしい術ですね」


 レーヴェ様が感嘆かんたんの吐息を漏らす。

 僕だって、セフィーナさんの術に感動を受けていた。


 最前線に立って武器を振るうことだけが戦いではない。こうして、後方から支えてくれる者がいるから、安心して僕たちは前線に立てるんだよね。


 それにしても……

 まさか、大迷宮の精霊術まで利用しちゃうだなんてね。

 本当に、アームアード王国のお姫様は凄いです。


「戦いが激化してきましたね。それでは、私も自分の戦場に戻るといたします」


 マドリーヌ様は、集まった者たちへ丁寧に挨拶をして周り、階下へ続く階段を降りていった。


 マドリーヌ様の戦場は、救護施設だ。

 魔物や妖魔との戦いは、これからも激しくなっていく。そうすれば、負傷者や疲弊した者たちが次々と救護本営に戻ってくることになる。

 マドリーヌ様は、聖職者の方々を指揮して、後方からみんなを支えてくれる。


 セフィーナさんが魔物や妖魔を近づけさせず、マドリーヌ様や聖職者の方々が癒しを施してくれる。

 後方の憂いはない。


「それじゃあ、僕も!」


 と、駆け出そうとしたら。

 ぐいっ、と服を掴まれた。


「んんっと、プリシアは女の子と一緒にいてもいい?」


 どうやら、プリシアちゃんは女の子が寝ていても良いらしい。同じような年頃だから、親近感が湧いたんだろうね。

 レーヴェ様に確認を入れると、是非に、と微笑まれた。


「プリシアが残るなら、私も残っておこうかな」

「グググッ。残……ル」

「それじゃあ、アリシアちゃんとモモちゃん。プリシアちゃんとニーミアをよろしくね」


 幼女のおりは、お任せしました!

 僕は改めて暇乞いとまごいをすると、空間跳躍を発動させた。

 一瞬で、塔の外に出る。

 近くで、セフィーナさんが深い瞑想をしていた。

 そして……


「ゆ、許さないぞ……」

「アステル!?」


 僕の目の前に現れたのは、疲れきった様子のアステルだった。


 そういえば、城塞と塔を創り、女の子のために快適なお部屋まで準備した最大の功労者が、あの場にいなかったよね。


「わたしを馬車馬のように働かせておいて、肝心の場面に立ち合わせないなんて、絶対に許さない……」


 ふらつくアステルを慌てて支える僕。

 僕とアステルの足もとでは、黒猫魔族のシェリアーが欠伸あくびをしていた。


「わたしを、あの極悪魔王と腹黒金髪のところに連れていけ。復讐してやる!」

「仕方ないなぁ。空間跳躍を使っても良い?」

「塔の上で、わたしに嘔吐おうとさせる気かっ」


 こうして、僕は仕方なくアステルに肩を貸して、塔の長い階段を登ることになった。

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