呪われし飛竜の狩場

 直視できないほど激しい閃光せんこうが空を染めあげ、視界をおおう。

 爆音がとどろき、衝撃波が空に広がった。

 竜術の一斉掃射いっせいそうしゃを仕掛けた竜族たちは素早く反転すると、自分たちが巻き起こした大爆発から遠ざかっていく。

 レヴァリアも僕たちを乗せたまま急降下し、空から離れた。


 城塞の屋根付近まで高度を下げたレヴァリアは、荒々しい羽ばたきで急制動をかける。そして、余韻よいんを引きずる上空を見上げた。

 僕たちも、状況を確認しようと空を見上げる。


 鮮やかな大爆発が収束すると、上空の様子が見え始めた。

 だけど、僕たちが期待した結果にはなっていなかった。


「やっぱり、巨大すぎるんだ……」

『ちっ』


 牙を食いしばり、忌々いまいましそうに空を見上げるレヴァリア。その視線の先には、竜族たちの一斉攻撃でも変わることのなかった瘴気の雲が、どこまでも広がりを見せていた。

 そして、瘴気の奥から上半身を覗かせる妖魔の王もまた、健在だった。


瘴気しょうきころもを少し吹き飛ばしただけね」


 ミストラルの言葉通り。

 骨が見える胸元辺りの衣が、大爆発とそれに伴う衝撃波によって霧散しただけだった。

 だけど、竜族たちの攻撃は、けっして無駄打ちだったわけではない。


「みんな、あれを!」


 僕が指差す先。

 妖魔の王の瘴気の衣がはだけ、骨だけの胴体の奥がわずかに見えた。

 どす黒い瘴気が、妖魔の王の骨と骨との間で不気味に蠢いている。そのずっと奥に、邪悪な太陽が燃えたぎるように、赤く脈動するかくが一瞬だけ視界に映った。


「きっと、あれが弱点だわ!」

「きっと、あれが欠点だわ!」


 ユフィーリアとニーナが頷き合う。


 魔物を倒すと、魔晶石ましょうせきが手に入る。魔晶石は魔物の核であり、この世界に存在していたという物証でもある。

 一方、魔物の上位的な存在にあたるという妖魔を倒しても、残念ながら魔晶石は手に入らない。だけど、魔物と同じように、体のどこかに生命をつかさどる核があってもおかしくはない。

 そして、妖魔の王の核は間違いなく、胸の奥に見えた邪悪な太陽だ!

 妖魔の王は、あの核から力を得て現界しているに違いない。


「それなら、あの核をどうにかして消し飛ばせば、僕たちの勝ちだね!」


 絶望を覚えるほどの巨大さで、僕たちの頭上を支配した妖魔の王。

 だけど、倒すことができないような存在ではない!

 とはいえ、あの邪悪な太陽のように燃え滾る核に、どうやって攻撃を仕掛ければいいのか……


「竜族の皆様のお力をお借りすれば、きっと倒せますわ!」

「ライラの意見は、少し難しいかしら。今の一斉攻撃でさえ、表面の瘴気を払った程度だったわよ?」


 ミストラルが眉間みけんしわを寄せる。


 翼を持つ竜族たちが放った竜術は、圧巻の威力だった。

 だけど、大城塞よりも巨大な身体と、飛竜の狩場の空を覆い尽くすほど広がった瘴気の雲の前では、局所的にしか影響を及ぼさなかった。

 妖魔の王へ確実に打撃を与えようとするなら、もっと集中的な火力が必要だ。でも、さっきの攻撃が翼を持つ竜族たちの総攻撃だったし、魔族や飛竜騎士団、それに他の飛べる者たちの力を借りたとしても、今のままじゃあ、焼け石に水だろうね。

 地上の者たちにも術を放ってもらうことはできるけど、空まではあまりにも距離がある。術が届かない者が大半かな。それに、届いても威力は激減しているだろうね。


 では、妖魔の王の一部である瘴気の雲を消し飛ばす作戦はどうだろう?


 地上からも、術を撃ってもらう。もちろん、威力は激減してしまう。だけど、術さえ空に到達すれば、瘴気の雲を蹴散らしたり、属性によってははらったりすることもできるんじゃないかな?

 瘴気の雲が薄れれば、妖魔の王だって弱体化するはずだ!


 だけど、この作戦にも根本的な問題があった。

 そもそも、飛竜の狩場の空を覆う瘴気の雲を消し去るには、いったいどれだけの術を放たなきゃいけないんだろうね。

 しかも、妖魔の王自身が口から瘴気を吐き出している様子を見た。だとしたら、どれだけ祓ったり蹴散らしても、妖魔の王が瘴気を発生させ続ける限り、終わりがない。


 やはり、核を直接攻撃しないと、妖魔の王を倒すことはできない。

 では、持てる火力を一点集中させて、胸の奥で燃え滾る核を狙う?

 ううん、それは難しいよね?

 だって、妖魔の王も馬鹿ではない。自分の弱点を相手が狙ってくることくらい、本能で知っているはずだ。

 こちらが核を狙って攻撃すれば、絶対に阻止しようと動く。


 こちらが狙いを定めて攻撃すれば、防御してくる?

 あの無限に広がる瘴気の雲と瘴気の衣とで防御してこられたら、突破は難しいかもしれない。

 さっきの一斉攻撃は、初撃だったからあそこまで威力が通ったんだ。

 次は絶対に、瘴気の塊や両腕で防いでくるはずだよね。

 そう考えると、やはり妖魔の王の胴体部分を無防備にするために、なんらかの誘導的な攻撃を仕掛けなきゃいけないだろうね。


 でも、攻撃を分散させるだけの火力が足りない。

 陽動ようどうに火力を回すと、一点集中させるための火力が不足する。逆に、一点集中させるための火力に注力しすぎると、妖魔の王は陽動には目も向けないだろうね。

 それに、こちらも攻撃ばかりに気を向けている場合ではない。

 妖魔の王だって、攻撃してくるんだ。


 両手に持つ、巨大な鎌。

 たった一撃で城塞の一画を消しとばした威力は、恐ろしいものがあった。

 もしも妖魔の王が塔を狙って攻撃してきたら、僕たちは防御に回らざるをえない。というか、そもそもの問題として、塔や女の子を狙わせないように、妖魔の王の注意を引きつけ続けなきゃいけないんだ!


 核を狙う火力。揺動の戦力。そして、防御の人員。いま城塞の外で活動している者たちだけで、全てをまかなわないといけない。となると、やはり地上のみんなに防御の担当をお願いした方が良いのかな?


 レヴァリアの背中の上で、状況を分析する僕。

 でも、妖魔の王は僕たちの都合なんて考慮こうりょしない。


 妖魔の王が、容赦なく追撃してきた!


 もう片方の巨大な鎌を、振り下ろす。

 空を飛ぶ者。地上の者たち。全てをまとめて薙ぎ払うように、重鈍な動きで大鎌を横に薙ぐ。


『止めてみせるぞ』

『ふざけた攻撃をしおって!』


 地竜たちが一斉に結界を張る。

 大鎌の二撃目を回避するのではなく、受け止める作戦だ!

 だけど、城塞の上空を覆い尽くすほど巨大な妖魔の王の大質量の前では、地竜たちでさえちっぽけな存在だった。


 妖魔の王の斬撃が、地上を襲う。

 張り巡らせた結界ごと、小石のように吹き飛ばされていく地竜たち。

 不幸中の幸いか、自分の結界によって落下の衝撃を緩和することができたおかげで重傷者は出なかったけど、これでひとつの結果が出た。

 地竜たちが総力をあげてさえ、妖魔の王の攻撃は止められない!

 動きこそ鈍いけど、あの大質量を止めることは、何者にもできない。


「っというか、これって問題じゃないかな!?」


 結界ごと吹き飛ばされていては、妖魔の王が攻撃するたびに城塞は破壊され続け、いずれは塔も吹き飛ばされるかもしれないよね!?


『ええい、魔王どもは何をしている!』


 レヴァリアが、いらついたように塔の最上階を睨む。そこでは、巨人の魔王とシャルロットがこちらの様子を見つめていた。

 妖精魔王ようせいまおうクシャリラも存在と気配を消しているけど、きっと近くにいるはずだ。


 その魔王たちに、動きはない。

 歴戦を潜り抜け、魔族を支配するに至った者たちだ。戦局を冷静に分析していて、まだ自分たちが出張るような場面ではない、と判断しているんだろうね。

 つまり、僕たちにはまだ打てる手があり、それを実行しなきゃいけないってことだ!


 そして、巨人の魔王とシャルロットが控える塔の横には、小山のようなスレイグスタ老とアシェルさん、それに、とぐろを巻くラーヤアリィン様の姿もあった。

 他にも、飛竜の狩場の東西南北にはいにしえみやこから飛来した古代種の竜族がいて、城塞にもウルスさんが残っている。


「エルネア様、アシェル様たちにもご協力いただけないか、ご相談ですわ」

「うん、そうだね。アシェルさんやラーヤ様が加わってくれれば、活路かつろ見出みいだせるかもしれないね!」


 特に、ラーヤアリィン様はせいの属性を持つ古代種の竜族だ。瘴気を振り撒く妖魔の王との相性は良いはずだよね。

 だけど、と飛竜の狩場の四方に陣取ってくれた四体の古代種の竜族と、城塞を飛び回って戦ってくれているウルスさんを見る。


 アシェルさんの夫である雪竜ゆきりゅうのウルスさんは、地竜たちでさえ手に負えなくなった鰐亀わにがめの頭部をした巨大な妖魔と戦っていた。

 ミストラルがやったように、瘴気の胴体を咆哮で吹き飛ばして、残った頭部や猿の腕を投げ飛ばす。

 投げ飛ばす位置も、計算づくだ。

 別の呪いの位置に飛ばして、あえて瘴気を集める。瘴気が濃くなればなるほど鰐亀の頭部をした妖魔は巨大になってしまうけど、広い城塞を飛び回って対応するよりも、まとめて相手にした方が効率が良い、という考えだね。

 闘竜とうりゅうでもあるウルスさんなら、それくらいやってのける。


「おだてても、可愛い娘はやらんぞ! それよりも、貴様らはあの妖魔の王をさっさと討伐しろ!」


 ウルスさんが僕を睨む。僕たちは厳しい状況を一瞬だけ忘れて、いつでもニーミアを想うお父さんの親心に苦笑しあう。

 とはいえ、たしかに僕たちは妖魔の王に集中しなきゃいけないね。


 魔物や妖魔、それに鰐亀の頭部をした妖魔が跋扈ばっこする、飛竜の狩場と大城塞。

 相手にしなきゃいけない敵は、数え切れないほど存在する。

 だけど、僕たちだって大勢の仲間がいるんだ!


 人族の冒険者と獣人族の戦士たちは城塞内に避難したけど、まだ竜人族や耳長族や魔族、神族や天族や巨人族だっている。他にも、竜族や魔獣や精霊だって健在だ。

 集結してくれた大勢のみんなの力を結集すれば、僕たちにできないことは何もない!


 それに、と僕はもう一度、飛竜の狩場を見渡した。


 北は影竜かげりゅう。南は虹竜にじりゅう。東は赤竜せきりゅうで、西は彩竜さいりゅう。誰もが頼もしい竜だけど、今はまだ、あの方々に協力はあおげない。

 なぜなら、油断してはいけない強力な妖魔は、頭上に降臨した妖魔の王だけではないからだ。


 古代種の竜族たちは、今まさに激戦を繰り広げていた。

 対峙する相手は、超巨大になった鰐亀の頭部をした妖魔だ。


 飛竜の狩場の四方で暴れる鰐亀の頭部をした妖魔は、付近に分散発生していた呪いを吸収していき、とうとう竜族たちでさえ見上げるほど巨大になってしまった。そして、その鰐亀の頭部をした妖魔もまた、女の子を狙って城塞の中心に建つ塔を目指して動いていた。

 少しでも攻撃の手を緩めると、鰐亀の頭部をした巨大な妖魔は、城塞へ向けて進撃しようとする。

 もしも、飛竜の狩場に分散している鰐亀の頭部をした妖魔が城塞に集結して、さらに巨大になったら。空と地上から特大の妖魔に狙い撃ちされるという、最悪の事態に陥る。

 古代種の竜族たちもそれを危惧きぐしているのか、倒しても倒しても瘴気から復活する鰐亀の頭部をした妖魔を、根気強く相手していた。


 それと、もうひとつ。飛竜の狩場に陣取った古代種の竜族とスレイグスタ老は、大切な役目を担ってくれていた。

 だから、五体の古代種の竜族は、なにが起きても今はまだあの場所から動けない。


 僕は視点をさらに遠くに移し、飛竜の狩場のずっと先を見つめた。


「エルネア」


 ミストラルが声をかけてくる。

 うん、と頷く僕。

 もしかしたら、今こそとっておきの仕掛けを発動すべきなのかもしれない。


「ルイセイネ!!」


 僕は、声の限りを尽くして、りゅう巫女みこの名前を叫んだ!


 その時だった。

 僕の声を待っていたかのように、暗闇に覆われた世界に光が届く。


 飛竜の狩場の全てを覆い囲むほどの規模で、光の輪が地上から天へ向けて伸びた。

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