神託の一族

 ルビアさんたちのご先祖様は、何百年か前にこの地へとやってきたという。

 もともとが旅する一族で、この地に踏み入ったのも偶然なのだとか。

 だけど、そこでお告げが降ってきた。


「林の奥にある社に仕えなさい」


 神職に身を置いていた当時の家長は、それを女神様からの神託しんたくと受け取ったようだね。

 それ以降、ルビアさんの一族はこの地で暮らしてきたという。


「でもさ。ルビアさんたち以外には、この周辺には誰も住んでいないんだよね? ちょっと疑問なんだけど、どうやって子孫を残してきたのかな?」


 僕の疑問に、ルビアさんは顔を赤らめ、弟のウィゼルさんが照れる。


 なぜ!?


 僕の疑問には、寝たきりのお爺ちゃん、オードルさんが教えてくれた。


「いくらとうといお告げがあったとはいえ、わしらの力だけではこの厳しい地では生きられぬ。わしやこの二人の両親がそうであるように、子がある程度育つと、親は遠くへ出稼ぎに出るのだ。そして、出向いた土地で相応しそうな者がいれば、子の伴侶として連れ帰ってくる」

「ということは、お爺ちゃんもそうやって結婚したし、ルビアさんたちの両親も……。二人も、いずれは両親が連れ帰ってきた人と結婚するんだね?」


 僕たちの住む社会では聞かないような話だよね。

 ある日突然、両親が知らない人を連れてくる。子供はその人と結婚し、子孫を残していくんだ。


 両親は、どうやって子供の伴侶を見つけるのかな?

 伴侶に選ばれた人は、どんな説得を受けてこの地にやってくるのかな?

 これって、容姿端麗ようしたんれいな一族だからこそとれる方法で、普通以下の見た目だったら絶対に無理だよね。

 他にも色々と疑問は尽きないけど、聞くと切りがなさそうだ。


 で、です。

 なぜ、ルビアさんは僕を見て顔を赤らめているのでしょうか。

 なぜ、ウィゼルさんはシャルロットの前で照れているのでしょうか。

 考えてはいけません。

 責任なんて取れないからね!


「ご両親はずっと居ないの?」

「んなことないべよ。たまに帰ってくるさ。そだね、今回はもうかれこれ二年ほど戻ってきてないから、そろそろ帰ってくると思うさ」


 ルビアさんとウィゼルさんの年齢からしても、今回あたりに伴侶となる相手を連れて帰ってきそうだよね。


 僕は、ルビアさんが作ってくれたごった煮を食べながら、話を聞く。

 シャルロットも美味しそうに食べている。


 だけど、正直にいうとあまり美味しいわけではない。

 そりゃあ、そうだ。

 貧しい生活を送っているルビアさんたち。そこに、満足できるほどの調味料や香辛料なんてあるわけがない。

 きっと、出稼ぎに出た両親が持ち帰るものを大切に利用しながら暮らしているんだよね。


 少ししか持っていないけど、と僕が香辛料を贈ったら、ルビアさんが涙を流しそうなほど喜んでくれていたっけ。

 ウィゼルさんなんて、本当に泣いていたよ。


「んでだ。次はあんたらのことを教えてほしいべ」


 ルビアさんは、寝たきりのお爺ちゃんを介護しながら聞いてきた。

 僕は、不必要な情報をはぶいたり、言えないことは誤魔化しながら話す。


「僕たちの国でも、魔族の脅威はあるんだ。あっ、この人は悪い魔族じゃないよ? それで、過去に脅威を振りまいたという魔族が復活するなんて噂があってさ。あのお社は、それにまつわる場所らしいんだよね」


 九尾廟、という名称は出さない。どうやらルビアさんたちはなにがまつられているかなんて知らないようだしね。

 それとなくオズのことを聞いて見たけど、伝承などにきつねの魔獣の話はないようだった。

 つまり、オズが奉仕していたずっとあとに、ルビアさんの一族はやってきたわけだ。


 それにしても、と僕はこちらの事情を説明しながら思う。


 お告げって、なんだろうね?

 ルビアさんたちは女神様の神託と信じて疑っていないけど、僕は疑問に思っちゃう。

 そりゃあ、九尾廟に祀られている金色こんじききみは世界に脅威を与えたけどさ。それをわざわざ女神様が監視するだろうか、と思ってしまうんだ。


 女神様は、世界に対して平等だと思う。

 猩猩しょうじょうのような恐ろしい魔獣が世界をむしばもうと、自ら手を下して討伐したりはしない。魔族や神族が他種族をしいたげようと、天罰を与えたりはしない。


 満月まんげつはなを探す旅で、僕たちは理解したことがある。

 この世界の全ては、女神様の産んだ子供だ。

 だから、なにかにかたよった見守り方はしない。全ての子供たちを平等にいつくしんでいるからこそ、世界に不要な干渉はしないんじゃないかな。


 まあ、まれに聖女様という存在があらわれるので、全く干渉しない、というわけでもないとは思うんだけどさ。


 そしてだからこそ、思わずにはいられない。


 金色の君の封印が解けたとして。きっと、世界は何千年か前のような大きな動乱を迎えるかもしれない。でも、その問題に対処すべきなのは現代を必死に生きる僕たちであり、女神様じゃないと思うんだよね。

 そもそも、女神様が干渉しようと思ったのなら、数千年前に手を出していると思うんだ。


 だから、ルビアさんたちの一族に降ってきたお告げは、女神様のそれではないと思う。


 では、いったい何者がお告げをしたのか。なぜ、九尾廟を護ろうとしているのか。

 そういえば、オズは金色の君からお告げを受けたって言っていたっけ。

 ルビアさんたちとオズとの違い。

 金色の君を巡る問題の根本が、この辺に詰まっていると思うんだよね。


 数千年前。実際に金色の君とやりあっただろうシャルロットなら、なにか知っているかもしれない。

 だけど、この夜の話ではシャルロットがその「なにか」を口にすることはなかった。






 翌日。

 僕たちは改めて九尾廟の調査に入る。


「鏡の破片? たしかに、お社様のなかに鏡のような物が祀られていたべ」


 今日も、ルビアさんが僕たちに付き添ってくれた。


 昨夜聞いた話では、ルビアさんが九尾廟のお世話をしていて、ウィゼルさんが木の実を採ってきたりオードルさんのお世話をしているらしい。


 朝方。シャルロットを見送るウィゼルさんが残念そうな顔をしていた。

 きっと、初恋であり、初めての失恋だったかもね。


 ごめんなさい、と反省しちゃう。

 もしもルビアさんたちの生活を知っていたら、無用に心を乱すようなことは避けていたと思う。

 シャルロットって、謎の横巻き金髪や細目だけど、超絶な美人であることには違いないからね。


 そんな感じで、ウィゼルさんに申し訳ない、と思いつつ九尾廟に戻ってきた僕たち。

 レヴァリアは昨日別れたときと同じような感じで丸まって瞳を閉じていた。


「大きくて立派な竜だべな」

「そういえば、ルビアさんはレヴァリアを怖がらないんだね?」

「竜族は叡智えいちに長けた種族だとうべ? だから、怖くないさ。叡智に長けているなら、無用な暴力は振るわない。それに、あたいらのような人族なんて、ちっぽけな存在で相手にもされないだべ?」

「そうだね。良かったね、レヴァリア。叡智に長けた種族だってめられたよ」

『うるさい、黙れ』


 ルビアさんの価値観は正解であり、間違いでもある。

 確かに、竜族は人が及びもつかないほどの知性を持っていたりするけど、実はすごく世俗的なんだよね。

 人と同じで喜怒哀楽きどあいらくを持っているし、お馬鹿さんがいたりお茶目な竜もいる。

 なかには、スレイグスタ老のようないたずら好きな者もいるよね。


 ルビアさんやウィゼルさんは、この世界しか知らない。ご両親やオードルさんからいろんな知識や話は聞いているだろうけど、純粋に物事をとらえすぎていて疑うことを知らないんだ。


 ああ、良かったと胸を撫で下ろした。

 もしもルビアさんがバルトノワールや双頭の竜に遭遇していたら、だまされたり危ない目にあっていたかもしれないね。


 レヴァリアを純粋な瞳で見つめるルビアさんに、僕は質問する。


「ええっと。奉納されていた鏡は割れちゃっているんだよね? ということは、僕たちが触れちゃ駄目なのかな?」


 すると、ルビアさんは問題ない、と首を横に振った。


「問題ないべ。あたいはただ、両親が帰ってきたときに割れた鏡をどうするか相談しようと思っていただけだべさ」

「じゃあ、僕たちがお社の中に入って調べても大丈夫なのかな?」

「あんたらは、まあ大丈夫だべ。悪い人には見えないし、みんなもそう言っているから」


 みんな、とは林の木々や風、鳥たちのことだね。

 僕はルビアさんの許可を得ると、九尾廟に近づく。

 随分と古い建物なのか、床や壁には苔が付いていたり、なかには折れた柱もある。


「随分と痛んでいるけど、壊れちゃったりしない?」

「そりゃあ、壊れるべ。百年かそこらくらい前にも壊れたらしいべさ。今のお社様も、去年の夏に嵐に見舞われて痛んでしまったんだべさ」


 だから、両親が帰ってきたら建立し直しも含めて話し合う予定なのだとか。


 どうやらルビアさんたちは、建物自体は大切なものだとは思っていないようだ。重要なのは九尾廟のなかに奉納されている物であり、建物はそれを雨風から守るものとして捉えていた。


 僕は、傾いていびつな形になった九尾廟の扉に手をかける。

 ぐっと力を入れてみたけど、歪んだ建てつけのせいかきしむだけで開かない。

 竜気を練ると、建物が崩壊しないように慎重に扉を引く。

 すると、ぎしぎしと嫌な音を立てつつ、扉は開いた。


「へええ、見かけによらず力持ちだべな」

「ふっふっふっ。こう見えて、力はあるんですよ」


 僕の背後で感心したように頷くルビアさんににやりと笑う。

 ルビアさんは僕の自信ありげな笑みを見て、苦笑した。


「あんたは、そんな自慢顔の笑みは似合わねえだ。もっと可愛く笑った方が良いべよ?」

「しくしく、心に留めておきます」


 僕も、格好良くなりたい!

 なんてしょんぼりしながらも、九尾廟のなかを覗く僕とルビアさんと、シャルロット。


「外見とは違って、社内はまだまともだね」


 外から見ると、九尾廟は柱が折れたり建物自体が傾いていたけど、屋内はどうやら無事なようだ。

 隙間風を通すような壁の割れ目はないし、日差しが差し込むような屋根の穴もない。


 そんな九尾廟の屋内は、ミストラルの村にある竜廟りゅうびょうよりもうんとせまい。

 三人も入れないくらいにね。


 それで、僕が代表して中へと踏み入った。


 ぎしぎし、と木の床が抜けそうなくらいにきしむ。

 慎重に二歩、前に進んだだけで突き当たった。


「これが鏡かな? 確かに、割れちゃってるね」


 そして、僕の前にある祭壇さいだんの上には、磨きあげられたような石が無残な状態で置かれていた。

 注意深く観察すると、祭壇の周りにも僅かに石の欠片かけらが飛び散っている。もしかすると、破られた当初はそこら中に砕け散っていて、それをルビアさんが拾い集めて祭壇の上に置き直したのかもね。

 あと、いつささげられたかわからないお酒の入ったつぼや、儀式で使いそうな太鼓たいこふえなども祀られてある。


「エルネア君、鏡の破片を拾って集めてくださいね」


 背後からシャルロットに指示されて、僕は割れた石を集める。

 そして、掌いっぱいに石を集めて、外に出る。

 僕だけでは集めきれなかったので、続けてルビアさんが社内に入り、残った破片を集めだした。


「エルネア君、割れた破片を組み立ててみてくださいませ。大まかで結構ですので」

「はーい。……というかさ。手伝ってよ!」


 言われるがまま作業していたけど、よく考えるとシャルロットはなにもしていません。

 昨日からね!


 だけど、僕の苦情にシャルロットは困った表情を見せた。

 細目の目尻を下げるなんて高等な表情です。


「エルネア君。わたくしは魔族でございますよ?」

「そうだね?」

「魔族が神聖なものに触れられると思いますでしょうか」

「な、なるほど……?」


 邪悪な九尾廟に奉納された鏡は、神聖なもので間違いない。

 オズだって、神聖な物を作るために地道な手順を踏んで作業しているんだよね。それに、最後は巫女様のお浄めが必要だとも言っていたっけ。


「でも、魔族が神聖なものに触れられないって話は聞いたことがいなけど? そもそもさ。貴女の上司は巫女頭みこがしら様の錫杖しゃくじょうを振り回していたよ?」


 鏡の欠片を、ああでもないこうでもない、と組み立てながらシャルロットに聞く僕。

 シャルロットは作業する僕や欠片の残りを運んできたルビアさんを見ながら言う。


「わたくしは、特になのでございます。相性が悪いと言いますか……」

「もしかして、巫女様とか法術関係が弱点だったり!? くくくっ、良いことを知ったぞ。昨日、ルビアさんから逃げたのも、苦手な巫女様だと思ったからなんだね?」

「エルネア君」


 おほほ、と微笑むシャルロット。


「苦手なのではなく、相性の問題でございます。それに、もしも本当に危険でしたら、問答無用で……」


 ぴしーんっ、と鞭をしならせるシャルロット。


 そ、そうでした……

 弱点を突かれたり苦手なものがあったりする程度で遅れを見せるような人が、魔族の大元帥なんて地位には就かないよね。


 僕は鞭を楽しそうに触るシャルロットに顔を引きつらせながら、鏡を組み立てていく。

 そして、ある程度の形に戻したら、シャルロットが「ご苦労様でございました」と覗き込んできた。


「やはり。宿されていた力は失ってしまっていますね」

「宿されていた力? さっき言っていた、神聖な力とかってこと?」

「はい。エルネア君が欠片を持ち出した当初からほぼ確信していましたが、やはりただの石になってしまっていますね」

「最初から確信していた……。それってつまり、もう神聖なものじゃないと知っていて、僕に作業させていたんだね!」

「おほほほほっ」


 シャルロットは心底楽しそうに笑う。

 僕とルビアさんは、邪悪な魔族のはかりごとにまんまと騙されて、顔を見あって大きくため息を吐いた。

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