楽園大騒動際は始まったばかり?

「イ、イステリシア様……!」

「メアリ様、しーっです。……わらわたち、絶体絶命」


 追いつめられたメアリ様とイステリシアは、逃げ込んだ大木のうろの奥で息を殺す。


『どーこーだー! 我から逃げられると思うなよー』


 ずうん、ずうんっ、と重い足音が大木に近づいてくる。


「見つけたら、巫女装束をぎ取っちゃえー」

「それは寒いわ」

「それは恥ずかしいぞ」

何処どこへ逃げたかな?」


 顕現した精霊たちが、賑やかに逃走者を探す。


「イステリシア様、このままでは地竜様と精霊さんたちに見つかってしまいます。どうすれば良いのでしょう?」


 メアリ様がイステリシアの巫女装束をぎゅっと掴んで、頼るように抱きついた。

 びくんっ、と反応するイステリシア。

 急に抱きつかれて、驚いたんだね。でも、メアリ様を拒絶せずに受け入れる様子を見て、僕は嬉しくなる。

 こうしてイステリシアも普通の感情と行動を身に付けていって、いずれは立派な巫女様となり、多くの者たちと楽しく関われるようになっていくんだろうね。


「わらわ、憤慨ふんがい。どうしてエルネア君がここにいるのでしょう」


 暗い洞の奥で二人仲良く抱き合って、恐ろしい追跡者から逃れようとしているメアリ様とイステリシア。

 だけど、その洞の中には、もう二人の人影があった。

 そう。僕とマドリーヌです。


「いやいや、僕とマドリーヌさまが隠れていた洞に後から逃げ込んできたのはイステリシアとメアリさまだよね?」

「わらわ、記憶にありません」

「メアリも記憶にありません!」

「そんな馬鹿な!?」


 ぷいっと僕から顔を逸らすイステリシア。それを真似するメアリさま。二人の仕草が仲睦まじく見えて、マドリーヌが微笑む。


「どうやらエルネア君の目論見通り、イステリシアさんとメアリは随分と仲良くなったようですね?」

「イステリシア良かったね、お友達が増えて!」

「エルネア君はお友達ではありません」

「かなしいなぁ」


 大木の外を彷徨うろついている地竜と、飛び回ったり駆け回っている精霊たちに見つからないように、僕たちは気配と声を殺してささやき合う。

 でも、いつまでもこの状況は続かないだろうね。

 地竜がその気になれば簡単に僕たちの気配を見つけられるだろうし、精霊だってすぐに洞を発見するはずだ。

 今現在、僕たちがこうして隠れられているのは、大木の外に夜のとばりが下りていて、地竜や精霊たちが「気配を読む能力」ではなく、自分の目だけを利用してこちらを探しているからだと思う。


 遊びにも工夫は必要なのだと、プリシアちゃんの毎日の遊びを通して僕たちは学んでいた。

 普通の鬼ごっこや隠れん坊を毎日同じ場所、同じ顔ぶれでやっていると、飽きがくる場合があるよね。だから、毎回何かしらの工夫を、遊びのなかに取り入れている。

 つまり竜族や精霊たちは、楽園を逃げ回る僕たちの能力に合わせて、視覚を中心とした捜索だけで追いかけているというわけです。


 なぜかって?


 それは、メアリ様がまだ幼いから。

 そして、僕が竜気を使用する気配がないから。


 楽園の住民は、みんな優しいよね。

 他者を圧倒する力を持った竜族も、自由気ままに振る舞う精霊たちも、ちゃんと人のことを見てくれている。

 普段、イステリシアを相手にするときは全力で。でも、その相方が幼く、しかも楽園に初めて来た少女だと判断して、それじゃあメアリ様に合わせた楽しい遊びにしようと、工夫を凝らしてくれているんだ。


 言い換えれば、僕が提案した今回の試練は、実は竜族と精霊たちの手心の入った遊びだということです。

 でも、それに気づいているのは、元から楽園で生活をしていたイステリシアや他の巫女様や神官様たちと、僕とマドリーヌだけだ。

 王都から来た竜騎士団の者たちや神殿関係者、そしてメアリ様は、今もこの試練が真剣なものだと思ってくれている。


 そのメアリ様の真剣さを、僕たちが壊すわけにはいかないよね?


「よし。マドリーヌさま、逃げ出す準備は良いかな?」

「はい、いつでも」

「マドリーヌお姉様たちはここからお逃げになるのですか!?」


 僕とマドリーヌが目配らせで意思の疎通をしていると、メアリ様が悲しそうな表情を浮かべた。

 逃亡中にたまたま一緒になったとはいえ、メアリ様は大好きなマドリーヌと別れたくないんだろうね。

 でも、このまま四人が洞の中に身を潜めていたら、絶対に地竜や精霊たちに見つかっちゃう。

 そして、逃げ場のない僕たちは、あっという間に竜族と精霊たちの餌食えじきになるでしょう!


 だから、僕たちは行動に出る。

 悲しそうな表情のメアリ様のほほに、マドリーヌが優しく手を当てた。


「メアリ。私は貴女がイステリシアさんと仲良くなってくれたことが嬉しいです。ですから、ここは私とエルネア君にお任せなさい。良いですか? この試練を、イステリシアと二人で必ず乗り越えるのですよ?」

「お姉様……」


 メアリ様の不安を払ってあげるように、マドリーヌが満月の笑みを浮かべる。

 そして、僕の手を取った。


「では、エルネア君。二人のためにも私たちはおとりとなって行きましょう!」

「うん! マドリーヌさま、行こう!」


 僕とマドリーヌは、勢い良く洞から飛び出した!


『見つけたぞっ』

「エルネアだー」

「マドマドだーっ」

『者ども、であえ、であえーっ!』


 暗闇に包まれた森の奥がにわかに騒がしくなる。

 地竜の咆哮が響き、精霊たちが四方八方から集まりだす。

 地竜の咆哮を聞きつけた飛竜や翼竜やほかの地竜たちも、咆哮をあげて集結し始めた!


「マドリーヌ、こっちへ!」


 マドリーヌの手を力強く引っ張って、僕は茂みの奥に向かって走り出す。

 強襲してきた森の精霊さんの攻撃を回避し、地竜の追撃を遮るせまく林立した森を進む。

 風の精霊さんが、行く手を阻むように旋風を巻き起こした!

 でも、僕は強風に抵抗せずに、逆に風に乗って森の奥へと敢えて飛ばされる。


『なんだってーっ』


 自分たちが巻き起こした旋風を利用されてしまった風の精霊さんたちが、背後で驚いていた。


「にげろにげろーっ」

「むきぃっ、私とエルネア君は捕まりませんからねーっ!」


 と、わざとらしく存在を示しながら、僕とマドリーヌは夜の楽園を逃げ回った!


 これなら、きっとメアリ様とイステリシアは見つからずに無事に窮地きゅうちを抜け出せるよね?

 僕とマドリーヌの、息のあった「メアリ様とイステリシアを救う大作戦」は、きっと上手くいったはずだ。

 だけど、囮となった僕たちの方は大変です!


 盛大に存在を示したせいで、遠くからも竜族や精霊たちが集まり始めていた!

 このままじゃあ、僕たちの方が試練を失敗しちゃうかもしれない!


「エルネア君、これからどうするのですか?」


 僕は竜術の使用を禁止していて、マドリーヌも法術を控えている。なので、二人揃って全力疾走しているんだけど。

 でも、人族の足で竜族を振り切れるはずはない。

 精霊だって空を飛んだり獣のように地面を走ることで、僕たちなんかよりも高速で移動できる。


 どうにかして追っ手を振り切る算段をつけないと、僕とマドリーヌは絶体絶命です!


「あっ、アルセイドさま!」

「お父様!」

「むむむ?」


 森の奥から獣道に飛び出した僕とマドリーヌ。すると、そこにアルセイド様がいた!

 なんでアルセイド様が楽園の森の奥の獣道に!?

 なんて疑問を浮かべている場合ではありません!


「アルセイドさま、ちょうど良いところに!」

「どうしたんだい、エルネア君。それにマドリーヌ」

「アルセイドさまは、これから年末まで楽園で修行されるのでしたよね?」

「そ、そうなるな……」

「ではでは!」


 僕は、叫んだ。


「精霊のみんな、竜族の皆さん! これから年末まで、このアルセイドさまが楽園で修行されるそうなので、楽園のしきたりを教えてあげてくださいねー!」

「んなっ!?」


 驚愕に仰け反るアルセイド様。

 だけど、ここで僕とマドリーヌと遭遇したのが運の尽きです。諦めてください!


『やっちまえー』

『仕方ないわねぇ』

『ふむ、それでは竜族がなんたるかを我が代表して教え込むとしよう』


 と、僕とマドリーヌを追いかけてきた多くの精霊や竜族たちの興味が、こちらからアルセイド様に向く。


「お父様の犠牲を私は忘れません」

「マ、マドリィィィーヌゥゥゥゥゥー!」


 アルセイド様の悲鳴が後方で響いた。

 だけど、僕とマドリーヌは心を鬼にして振り返りません!

 アルセイド様、いつか男旅に招待して接待をするので、許してくださいね……


「まてまてー」

『我から逃げられると思うなよ?』

『ひゃっはー』


 アルセイド様を犠牲にして、僕たちは窮地を脱した。……かのように思えたのも束の間。

 別方角や、そもそもアルセイド様に興味を示さなかった竜族や精霊たちが追いすがってきた!


「この先は……神殿のある場所まで戻ってきちゃった!」


 獣道を走っていた僕とマドリーヌは、振り出しの地点へと戻ってきた。

 どうやらアルセイド様は、神殿から伸びた獣道をひとりで散策でもしていたみたいだね。それはさて置き。


「神殿に戻ってきたということは!」

「むきぃっ、巫女頭として指示を出します! 手の空いている巫女と神官は全員、竜族や精霊と共に修行をなさいっ」

「なななっ!」

「み、巫女頭様!?」


 マドリーヌの暴言に目を丸くする巫女様や神官様。

 よし、僕も便乗しちゃえ!


「竜騎士団のみんなも、この機会に野生の竜族や精霊たちと交流を持ってみてはいかがでしょうか? なーんて、竜神さまの御遣いである僕は思っちゃうのです?」

「エ、エルネア君!?」

『なんだとっ!』


 最初に、神殿前でユグラ様のお世話をしていたフィレルが驚きの悲鳴をあげた。そして、フィレルの悲鳴は竜騎士団の他の人たちに次々と伝播でんぱしていき、騎竜たちも寝耳に水といった様子で驚く。

 ユグラ様だけが「やれやれ、其方は」と苦笑交じりにため息を吐いていた。


 さあ、お祭り騒ぎになってきましたよ!


 僕とマドリーヌのせいで、この試練に関係のなかった者たちまで騒がしくなり始めた。

 巫女頭様の指示に逆らえない巫女様や神官様たちが、僕たちを追って現れた精霊たちを相手に右往左往する。

 竜騎士団の人たちも、楽園に暮らす野生の竜族と上手く交流しようと奔走ほんそうしだし、騎竜の竜族たちも慌ただしく動き出す。


「レオノーラお母様、イリア叔母様」


 神殿の外の騒ぎに、屋内で寛いでいただろうレオノーラ様とイリア様も姿を表す。それを目敏めざとく見つけたマドリーヌが、巫女頭様らしからぬ邪悪な笑みを浮かべた。


「さあ、お母様方もヨルテニトス王国の巫女なのですから、巫女頭の私の指示に従ってくださいね?」

「マドリーヌ、後でどうなるかわかっているのですよね?」

「おやまあ、マドリーヌは相変わらずですね?」

「むきいっ、私とエルネア君が生き残るためなのですっ」


 さすがはマドリーヌ!

 ヴァリティエ家の当主であろうと、叔母さんであろうと、容赦なしですね!


「す、すみません、レオノーラさま、イリアさま」

「ふふふ、エルネア君は悪くないのですよ?」

「マドリーヌは昔からこうですから」


 姉妹で優しい笑みを浮かべるレオノーラ様とイリア様。

 だけど、後が怖いです!

 絶対に、想像を絶するようなお仕置きが待っているよね?


「に、逃げろーっ!」


 僕はマドリーヌの手を取って、尚も追いかけてくる竜族や精霊たちからだけでなく、現実に待つ未来の恐怖から逃げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る