試練を乗り越えましょう

「エルネア君、それじゃあ結婚の儀の件については私が話を進めておくわね?」

「セフィーナ、ごめんね。試練が終わったら僕とマドリーヌさまも協力するからね?」

「ふふふ、それまでに粗方あらかたの計画は固めておくわ」


 こういう時に、セフィーナは頼りになるよね。

 これがもしも双子の姉のユフィーリアやニーナだったら、絶対に暴走して大変なことになっちゃう。


 それじゃあ、ヨルテニトス王国のお偉い様や神殿関係者の皆様への対応はセフィーナにおまかせするとして、と僕は改めて今回の試練に向き合う。

 でも、その前に!


「ふふふんっ、簡単ですー、余裕ですー、勝利確定ですー!」


 と、鼻息を可愛く荒めるメアリ様の様子を観察する僕。

 メアリ様はやる気満々の様子でイステリシアの側に走り寄ると、先ずは巫女様らしく礼儀正しい挨拶をした。


「メアリ・ヴァリティエです。よろしくお願いします、イステリシア様!」

「わ、わらわ、システリシア。とても困惑!」


 僕から一方的に巻き込まれたイステリシアは、困った表情で少女のメアリ様を見下ろす。

 それでも試練を否定したりメアリ様を拒絶しないところが、イステリシアの本当の優しさなんだと僕は思っている。


 かつては、自分の全てを犠牲にして呪いの森に住む一族を護ってきたイステリシア。

 そのせいで精霊たちからは嫌われて、それだけでなく一族の者たちからもうとんじられてきた。

 だけど、それでも人族の神殿宗教に希望を見出みいだして、現在は一人前の巫女になるべく、楽園の神殿に寝泊まりしながら修行を積み重ねている。

 きっといつか、イステリシアは立派な巫女様になって、禁領に戻ってきてくれるに違いない。


 ……あれ?

 僕が勝手に禁領に戻ってくると思い込んでいるけど、本当に戻ってくるのかな?

 イステリシアは僕のことを嫌いだといつも口にしているから、もしかしたらヨルテニトス王国に残っちゃう?

 いやいや、禁領にはイステリシアの帰りを待つ一族の人たちもいるから、きっと戻ってきてくれるはずだよね?

 僕はそれまでに、イステリシアから「嫌い」と言われる関係を修復できているかな?

 そもそも、なんで僕はイステリシアに嫌われているんだろうね!?


 そんなことは置いておいて。


 挨拶を交わしたメアリ様は、イステリシアの手を取って走り出す。

 どうやら、人の多い今の場所だと、イステリシアを精霊や竜族から護れないと判断したみたいだね?


「メアリ、イステリシアさんにご迷惑をおかけしては駄目ですからね?」

「ヴァリティエ家の者として恥じない行動を心がけてくださいね?」


 二人の母親から笑顔でそう言われて、メアリ様は律儀に立ち止まって返事を返す。そしてまたイステリシアの手を取って、開けた場所まで移動した。


「イステリシア様を精霊や竜族からお護りします! 今度こそエルネア様に勝って、マドリーヌお姉様に認めてもらいますわ!」


 メアリ様は、小さな身体からは想像もつかないような立派な声で、朗々と祝詞を奏上しだす。そして、両手を使って空中に光る模様を描き始めた。


「わらわ、驚愕きょうがく。これがヴァリティエ家に伝わる二重奏上ですね?」


 どうやら、メアリ様は最初から全力で法術を展開する気らしい。

 法術の知識のない僕には、祝詞の意味や空中に描き出される模様や文字の意味はわからないけど、神殿関係者にはメアリ様の実力が明確に理解できるみたい。

 楽園で修行している巫女様や、王都からやって来た神殿関係者から、次々と驚嘆きょうたんの声が上がる。


 そして、見守る僕たちの前で、メアリ様の二重法術が完成した。

 メアリ様とイステリシアを包むように、半月の輝きが足もとに浮かび上がる。

 しかも、半月の割れ目部分同士が綺麗に重なって、ひとつの満月のようになった。


「半月の陣の二重展開で、擬似満月の陣ですー! これで、精霊も竜族もイステリシア様には指一本触れられないですよ」


 勝ち誇ったように手を腰に当てて、自慢するようにイステリシアを見上げるメアリ様。

 王都から来た神殿関係者の人たちから、称賛の声が上がる。

 イリア様とレオノーラ様も、メアリ様の術の完成度に満足そうに微笑んでくれていた。


 たしかに、メアリ様の展開した擬似満月の陣であれば、精霊や竜族はそう易々とはイステリシアに干渉できないね。

 もちろん、竜族が本気を出せばメアリ様の結界法術も簡単に破壊するだろうけど、楽園の竜族は人に危害を加えないと約束をしてくれているので、術者や庇護する者が危険に晒されるような力は使わないはずだ。

 そして、メアリ様の術の継続能力は僕だって舌を巻くほどだ。

 きっと、半月の陣の二重展開程度なら一日中維持できると、メアリ様は確信を持っているんだろうね。


 だけど……


 自信満々にイステリシアの顔を見上げたメアリ様が、不思議そうに首を傾げた。

 なぜかというと、結界に守護されたイステリシアが、とても困った表情を浮かべているからです!


 実は、困った様子や表情を見せているのは、イステリシアだけじゃなかった。

 楽園の神殿で寝泊まりしている巫女様や神官様たちも、メアリ様の二重法術に驚嘆しながらも、誰もが浮かない表情だ。

 そして、僕とマドリーヌとセリースも一緒だった。


「イステリシア様、どうなさったのです? 少し不自由ではありますが、結界の内側にいれば精霊の悪戯や竜族の干渉は受けませんわ?」

「……わらわ、困惑」


 イステリシアに明るく声を掛けて、不安を取り除こうとするメアリ様。だけど、イステリシアは周りを見渡しながら本当に困っていた。


「もしかして、私のことはお嫌いですか? 私はイステリシア様とお友達になりたいです」

「いいえ、違います……」


 イステリシアだって、きっとメアリ様とは仲良くなりたいと思ってくれているはずだ。

 ちょっと後ろ向きな性格のイステリシアにとって、天真爛漫てんしんらんまんで周囲の者たちを明るく笑顔にさせてくれるメアリ様はとてもまぶしくて、だからあこがれたり仲良くなりたいと思える相手なんだよね。

 でも、メアリ様と仲良くなる前に、今のイステリシアは大きな不安に包まれていた。

 だけど、イステリシアは困ったように周囲を見渡すばかりで、自分の想いをメアリ様に口にしない。


 ふむむ。どうやらまだ、イステリシアはメアリ様と上手く打ち解けられていないみたいだね?

 せっかくメアリ様が「お友達になりましょう」と手を差し伸べてくれているのだから、自分からも積極的に手を取りに行かなきゃね?


「イステリシア、思ったことは口に出して良いんだよ? なんでも言い合えるのが本当の親友なんだからね?」

「わらわ、エルネア君には相談しません」

「なんでさ!?」


 イステリシアの拒絶に、僕だけじゃなくてマドリーヌやセフィーナも笑う。

 でも、わかっている。

 イステリシアは、本当は素直な女性なんだよね。だから、僕の助言も素直に聞き入れてくれるんだ。


 メアリ様、と自分の手を握るメアリ様と目線を合わせるように屈んだイステリシアは、目を泳がせながら、慣れないといった様子で自分の想いを口にした。


「この結界は駄目です。だって、精霊たちが悪戯をできません……」

「えっ? ですが、この試練はイステリシア様を精霊の悪戯や竜族の干渉からお護りする試練ですので、それで良いのではないのですか?」


 今度はメアリ様が困惑する。


 そうだよね。

 イステリシアを結界内で保護していれば、精霊や竜族は干渉できない。

 メアリ様の考えは間違っていない。

 ただし、ここが楽園でなければ。守護対象がイステリシアでなければ、だけどね?


 イステリシアの言葉の意味が理解できずに、右往左往するメアリ様。

 こういう時に冷静な対処ができないところは、まだ年相応の少女然としているね。

 でも、イステリシアは見た目は小柄な女性でも、もう立派な大人だ。

 そして、様々な経験を積んできた先達者でもある。


「メアリ様、違います。わらわ、思います。精霊たちを拒絶してはいけないのです」

「どういうことですか?」


 可愛らしく首を傾げるメアリ様に、イステリシアは必死に笑顔をつくろいながら自分の想いを伝える。

 きっと、真剣だったり暗い表情で話し出したらメアリ様がもっと不安に陥ってしまうと思ったんだろうね。イステリシアは、そういう配慮ができるようになったんだよね。


「メアリ様は、お友達から試練という理由で拒絶されたら悲しくはありませんか?」

「それは……」


 メアリ様の視線が、マドリーヌに向く。そして、ぶるぶるっ、と首を激しく横に振った。


「嫌です! 試練でも冗談でも、マドリーヌお姉様に拒絶されたくないですー!」


 イステリシアは「お友達」と言ったのに、メアリ様は真っ先にマドリーヌを思い浮かべて、拒絶される恐怖を想像したんだね?

 メアリ様の様子に、僕たちは微笑んでしまう。


「メアリ様、それでは精霊を拒絶するのは駄目です。わらわ、精霊とお友達ですから……」


 精霊とお友達、という部分の声が震えていたのは、イステリシアが未だに過去の罪を意識しているからだ。

 でも、大丈夫ですよ!

 イステリシアの言葉に、擬似満月の陣の周囲に集まっていた精霊たちが嬉しそうに騒いでいるからね。


「ですが、それじゃあイステリシア様をお護りできません……」


 困った様子のメアリ様の手を取って、イステリシアが一歩前へ踏み出した。


「大丈夫です。……多分。精霊たちの悪戯は、ここでは日常茶飯事です。ですから、いつものように精霊たちから逃げれば良いです……大変ですけど」


 多分とか大変という部分の声が小さいですよ、イステリシア!

 でも、イステリシアの考えが正解だと僕も思う。


「でもでも、拒絶と逃げるのとは違わないのですか? 私はマドリーヌお姉様が逃げていかれたら悲しいですわ?」

「いいえ、少し違います。逃げるわらわやメアリ様を追いかけるのも、精霊たちは大好きなのです。……迷惑ですけど。ですから、精霊たちの悪戯を拒絶するのではなくて逃げましょう。そうすれば精霊たちも楽しめます」


 巫女様が日々を慎ましく礼儀正しく送るように、精霊たちは賑やかに楽しく悪戯しながら毎日を過ごしているんだよね。

 だから、イステリシアたちが逃げ出したら、今度はそれを追いかける遊びや悪戯で楽しむのが精霊という存在です。

 現に、イステリシアの言葉を受けて、集まってきた精霊たちがやる気を見せ始めていた。


「一方的な拒絶ではなくて、試練を受けながらもみんなが楽しめる方法じゃないと駄目なのですね? ……エルネア様、これが試練の本当の意味なのですか?」


 メアリ様に問われて、僕は大きく頷いた。


「ふっふっふっ。これまでにない難しい試練でしょ? 精霊に捕まったら悪戯されますよ? でも、メアリ様に精霊ともお友達になってほしいので、拒絶は駄目です。そうそう、竜族の存在も忘れちゃ駄目ですからね? 竜族と仲良くなれないと、竜峰には入れないですらかね?」

「困難ですー! 危険ですー! 絶体絶命ですー!」


 最初は、簡単な試練だと鼻息を可愛く荒めていたメアリ様だけど。

 ようやく試練の本当の難易度を自覚したようで、じたばたと足踏みして慌て始めた。

 それを、イステリシアが優しく導く。


「わらわ、頑張る。メアリ様も頑張って逃げましょう?」

「は、はいーっ!」


 そして、二人で仲良く手を取って走り出す。


『ようやく始まったな!』

『まーてー』

『追いかけろーっ』


 すると、精霊たちがわらわらと湧き始めた。

 顕現した精霊たちが、森の奥へと逃げたイステリシアとメアリ様を追っていく。


『ふふんっ、仕方がないから付き合ってやろうではないか』

『今日は耳長族の娘を追うのは止めておこうと思ったのだがな!』

『者ども、精霊どもに遅れをとるでないぞ!』

『なぜ汝が仕切っておる?』

『……ご、ごめんなさい。竜神様の御遣い様の前で存在を示しておこうと思って』

『未熟なり』


 竜族たちも、遅れて動き出す。


 遠巻きにこちらの様子を伺っていた地竜たちが、地響きをあげて走り始めた。

 飛竜や翼竜も、翼を羽ばたかせて大空に舞い上がる。


「どうやら、賑やかな一日になりそうだね!」

「その原因はエルネア君ですよ?」

「マドリーヌさま、気のせいじゃないかな?」

「むきぃっ、気のせいではありません。それで、エルネア君はどのように私をお護りくださるのでしょうか?」


 メアリ様と同じ試練を、僕も自身に課している。

 ということは、僕も精霊の悪戯や竜族の干渉からマドリーヌを護り通さなきゃいけないというわけです!


 でも、僕には秘策があった!


「くくくっ、ご安心を、マドリーヌさま」


 言って僕は、両手を広げて声高に宣言した!


「さあさあ、皆さま! これよりヨルテニトス王国の現役巫女頭であり竜神さまの御遣いとなられたマドリーヌさまが、皆さんに祝福をお与えくださいますよ! これは滅多にない貴重なご機会になりますからね! マドリーヌさまより祝福を受けたい者は、行儀良く並んでくださいねー?」

「エルネア君!?」


 さっきのメアリ様のように、意味がわからない、と困惑して右往左往するマドリーヌ。

 珍しい姿を見られましたね!


 でも、それもご安心を。


「では、注意事項をお知らせします。マドリーヌ様を困らせるような悪戯や過干渉をするような者が現れたら、即時に終了ですからね? 気をつけてくださいねー?」


 これぞ、精霊や竜族たちを満足させながらもマドリーヌを護る、僕の秘策です!

 僕は何も役に立っていないじゃないかって?

 気のせいですよ?


 僕の言葉を受けて真っ先に目の色を変えたのは、竜族たちだった。


『なんだなんだ!?』

『竜神様の御遣い様から祝福が貰えるだとー?』

『こんな機会、本当に滅多にないぞっ』

『精霊どもよ、我らの邪魔をするようであれば容赦はせぬからな?』


 精霊たちも、この騒ぎに便乗してきた。


『なんか知らんけど、面白そう』

『なんか知らんけど、参加してみる』

『なんか知らんけど、楽しそうねー』


 賑やかなこと、楽しいこと、普段とは違う特別なこと。そういう非日常も大好きな精霊たちが、いっぱい集まりだした!

 そして、僕のお願いをきちんと守って、マドリーヌの前に行儀良く行列を作る。


「なんでメアリ様が先頭なのかな!?」


 もちろん、マドリーヌが大好きなメアリ様が先頭を譲るわけがない。

 ということで、恐ろしい速度の「星渡り」で森の奥から戻ってきたメアリ様が、瞳をきらきらと輝かせて一番目を奪取する。

 そのメアリ様の背後で目を回しているのがイステリシア。その後ろにレオノーラ様とイリア様がちゃっかりと並んでいた。


「竜族や精霊たちよりも身内の方が乗り気じゃないですかっ!」


 つい笑ってしまう僕。

 さすがは、マドリーヌと同じ血を受け継ぐヴァリティエの人々ですね!

 ちなみに、アルセイド様だけは出遅れて、既に長く延びた行列のすごく後ろの方にいました。


「エルネア君、これが終わったら私を労ってくださいね?」

「もちろんですともー!」


 胸を張って応える僕。


 ……でも、僕はこの時、まだ気づいていなかった。

 マドリーヌの祝福を貰った竜族や精霊たちが今度は僕を目掛けて押し寄せてきて、結局のところ、楽園で最も大変な一日を僕が送ることになることを。

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