家出幼女

 父親連合のみんなや魔族たちに見送られて、僕たちは魔王城を後にした。


 もちろん、帰りもリリィにお願いです。


 リリィは天高く舞い上がると、日中ひなかの黒い流星りゅうせいになって魔族の国を縦断する。

 セフィーナさんとマドリーヌ様は、まだ空の旅が新鮮なのか、終始地上を見下ろして楽しそう。

 僕を含む他のみんなも、魔王城での騒動を一旦忘れて、流れる風景で心を洗う。


 そうしていると、賑やかな景色は過ぎ去り、荒れた大地になる。その風景さえもほんの僅かな時間だけで過ぎ去ると、禁領の深い自然が眼下に広がった。


「禁領が盗賊たちに荒らされた形跡はまったく無いのですね?」

「マドリーヌ様。それはね、テルルちゃんが護っているからですよ」


 ああ、あのおそ可愛かわい蜘蛛くもの魔獣のことですね、と頷くマドリーヌ様。


 ええっと、恐ろ可愛いってどんな表現なんでしょうか。と突っ込んだから負けだ。


「では、侵入してきたという耳長族の女を放置しても、テルルちゃんに襲われるのでは?」

「それが、どうも事情は複雑なようでして」


 僕は、遅れて合流したセフィーナさんとマドリーヌ様に、禁領の特殊性を伝える。

 禁領の所有権は、竜姫であるミストラルが保有していること。ただし、僕たちが禁領で粗相をしないように監視したり、目の届かない部分で支えてくれている「管理者」と呼ばれる者たちが複数人存在していて、そのひとりが巨人の魔王であることも伝える。


「僕たちが禁領で自由に生活できているのは、ミストラルと巨人の魔王のおかげなんですよ」

「わたしは確かに所有権を譲り受けたけど、運営は家族の代表であるエルネアに任せているわ。だから、禁領でなにかをしたいのなら、エルネアに許しをうこと。いいわね?」


 ミストラルの提言に、セフィーナさんとマドリーヌ様は真面目に頷いていた。

 うむ、すでにこの二人も、ミストラルの支配下に落ちたようです。


「それで、その所有権と管理者というお話が、耳長族の女やテルルちゃんにどう繋がるのでしょう?」

「ええっとね。さっきも言ったけど、禁領の管理者は巨人の魔王以外にも複数存在するんですよ。そして、他の管理者が僕たちの知らない者へ禁領に立ち入る許可を出す場合もあるってことです」


 アーダさんがいい例だね。

 アーダさんは、師匠である魔女さんに認められたから、禁領に滞在していてもテルルちゃんに襲われることはない。


「つまり、例の耳長族の女も、他の管理者の誰かに認可された者ということですね?」

「マドリーヌ様、ご名答です!」

「そして、正式に入れる資格を持っている者は、テルルちゃんに襲われないと?」

「セフィーナさん、素晴らしい回答ですよ!」

「では、その耳長族の女に許可を与えた管理者とは誰なのでしょう?」

「はははっ、それは僕たちにもわかりません!」


 マドリーヌ様とセフィーナさんの交互の受け答えに、最終的に言葉を詰まらせたのは僕の方だった。

 ミストラルとルイセイネが苦笑している。


「エルネア様、わたくしだけはどんな時にでもお支えいたしますわ」

「あら、ライラだけに抜け駆けはさせないわ」

「あら、ライラだけに良い思いはさせないわ」

「わわわっ!?」


 巨躯きょくと言っていいリリィの体躯たいくだけど、家族のみんなで乗り合わせて、尚且つ騒げるほどの広さはない。というか、くらを設えているわけでもなし、漆黒のうろこに直座りしているだけなので、暴れたら大変です。


 だけど、お胸様同盟の三人は、構うことなく僕へと飛びかかってきた。

 そして、こうなるとミストラルとルイセイネが黙ってはいない。さらに、出遅れたセフィーナさんとマドリーヌ様が嬉々ききとして参戦してきた。


 もうこうなると、僕の手にはおえません。

 柔らかい感触や、張りの良い弾力に包まれたかと思うと、つつましい膨らみを感じたり。ときには誰かの股に挟まって、締め付けられたり。


「こらこらっ。リリィに迷惑がかかるから、暴れちゃ駄目だよっ」

「そう言うエルネア君の鼻の下が伸びています」

「マドリーヌ様、それは誤解です!」

「エルネア君、遠慮はしないでっ」

「セフィーナさん、時と場所を選びましょうね!?」


 随分と積極的な二人だ。

 きっと、僕たちに合流していきなり大騒動に巻き込まれた動揺を、騒いで紛らわせようとしているのかな?


「単純に、エルネア君を奪いたいだけですよねー」

「リリィ!?」


 マドリーヌ様かセフィーナさんの心でも読んだのか、リリィが騒ぎを助長させるようなことを言う。

 それで闘争本能に火がついたのか、ユフィーリアとニーナが本格的に暴走し始めた。


「ユフィ、なぜ服を脱ぎ出しているのっ」

「ニーナさん、はしたないですよっ」


 ミストラルとルイセイネが止めに入る。


「エルネア様、今のうちに……」


 そして、全員の隙をついたライラが僕にしがみつく。


 とうとう、念願だったライラの勝利か!?


 張りのあるライラのお胸様に包まれた僕は、そう思った。

 だけど、現実はそんなに甘くない。


「ライラさん!」


 ニーナをねじ伏せたルイセイネが、素早く反応する。そして、それに呼応するミストラルとユフィーリアとニーナとセフィーナさんと、マドリーヌ様。


 というか、全員じゃないか!


「はわわっ」

「ぎゃーっ」


 僕とライラは、妻たちの逆襲にあう。

 揉みくちゃにされる僕とライラ。

 そのとき、勢い余って僕とライラはリリィの背中で足を滑らせた。


「あっ!」


 そのまま、リリィの背中から滑り落ちる僕とライラ。


 しまった。このまま落ちたら、飛べない僕たちは助からない。

 とっさに、僕はライラを突き飛ばす。それで、ライラはなんとかリリィの背中の上に留まれた。


 だけど、僕は……


「エルネア様っ!」


 助かったライラが、悲痛な叫びをあげながら手を伸ばす。僕も、何かしがみつけるものがあればと思い、手を伸ばす。

 でも、リリィの鱗は傷ひとつなく、つるりと滑った僕は、そのまま真っ逆さまに地上へ落ちた。


「あああぁぁぁぁぁっっ!」


 どすん、と背中から地上に叩きつけられる僕。


「……あら?」


 上空から落ちたのに、なぜか生きている僕。

 というか、地上が近くない?

 はて、なぜだろう?


「んんっと、おかえり?」

「た、ただいま?」


 仰向あおむけに倒れた僕を覗き込む幼女と挨拶をする。


「お兄ちゃんたちはなにをして遊んでいたの? プリシアも混ぜて?」

「ええっとね、遊んでいたというか……」


 状況が飲み込めません。

 僕は、遥か上空を飛んでいたリリィの背中から落ちて……?


 ふと横を見ると、なぜかリリィの巨体があった。

 そして、プリシアちゃんが僕を覗き込んでいる。

 僕はというと、仰向けに倒れていて。


「随分と前から、もうお屋敷に到着していましたー」

「くっ、そういうことかっ」


 どうやら、僕たちが騒いでいる間に、リリィはお屋敷の中庭に着地していたらしいね。それで、落ちても僕は無事だったわけか。


「背中が痛くないのは、リリィのおかげですからねー?」

「リリィ、ありがとうね」

「お安いご用ですよー」


 ミストラルたちは、僕の情けない姿を横目に笑いながら、リリィから降りてくる。

 そして、お留守番役だったジルドさんにお土産を渡す。


「魔族の国の酒か。今夜は楽しませてもらおう」

「晩酌するわ」

「お供するわ」

「こらっ、ユフィーとニーナは自重しなさい」

「ミストラルが鬼だわ」

「ミストラルが悪魔だわ」

「んんっと、おにごっこ?」

「プリシアちゃん、違うよ」


 鬼という言葉に、瞳を輝かせて反応したプリシアちゃん。

 僕は起き上がると、プリシアちゃんが暴走しないように捕まえた。

 すると、逆にプリシアちゃんが僕に抱きついてきた。


「あのね。プリシアは家出がしたいの」


 うるうる、と瞳をうるませて懇願こんがんする幼女を見て、みんなが苦笑する。


「お母さんに怒られたのかな?」

「違うにゃん。いつもお手伝いと勉強ばかりで、いやいやんにゃん」

「なるほど」


 プリシアちゃんのいるところには、ニーミアもいる。という法則があるわけではないけれど。ニーミアもやってきて、僕の頭に着地した。


「やれやれ。ニーミアがせっかく残ったのに、遊べなかったんだね?」

「エルネアお兄ちゃんたちも、帰りが早かったにゃん。どうしたにゃん?」


 子竜とはいえ、問題が起きたことを瞬時に読み取ったニーミアは流石だね。

 まあ、短期間で魔王城と禁領を何度も往復しているし、かんのいい者ならすぐに気づくかな?


「ううう。遊びたいよ?」


 結局、大騒動の最後に僕を獲得したのは、甘えん坊のプリシアちゃんだった。

 ミストラルも、ちょっと元気のないプリシアちゃんを心配している様子だ。


「よし、それじゃあ遊びに出よう!」


 僕はプリシアちゃんを抱きかかえて立ち上がる。

 ニーミアには僕の思考を読んでもらって、魔族の国でなにが起きているのかを知ってもらいましょう。


「んにゃん」


 僕が遊ぶ決断をしたことが嬉しいのか、プリシアちゃんが腕のなかで喜んでいる。


「それじゃあ、ミストラル。そういうわけで、僕たちはちょっと出かけてくるね?」

「はい、行ってらっしゃい。ただし、変な騒動は起こさないこと」


 はいっ、と僕とプリシアちゃんは元気よく返事をした。


「んんっと、なにするの?」

「テルルちゃんに会いに行こうか」

「やったー」

「ああ、それなら私も行きたいわ」

「ああ、それなら私も同行するわ」

「ユフィさんとニーナさんは、これからお掃除ですよ」

「ルイセイネが鬼だわ」

「ルイセイネが悪魔だわ」


 僕たちの前には、やらなきゃいけないことが山積みだ。

 だけど、日常も忘れてはいけない。

 お屋敷に戻ってきたら、まずはお掃除から。それが僕たちの日常であり、普段通りの生活を送ることで、平常心を養う。


 えっ?

 じゃあ、僕の日常はなにかって?

 それは、みんなが楽しく過ごせるように振る舞うことです。

 今回は、大切な家族の一員でもあるプリシアちゃんの息抜きのために、僕は活動するのです!

 けっして、お掃除から逃げているわけじゃないんだからねっ。


「にゃあ」


 まあ、テルルちゃんに会いに行く必要もあるからね。ミストラルもそれがわかっているから、僕をとがめることなく送り出してくれたんだ。


「そうそう、リリィ」

「はいはーい」


 僕は、プリシアちゃんとニーミアを引き連れて、早速テルルちゃんの巣へ向かう準備を進める。

 その途中で、翼を休めていたリリィに声をかけた。


「例の件、よろしくお願いできるかな?」

「例の件ですねー。お任せあれー」

「んんっと、れいのけんってなに?」

「ふふふ。プリシアちゃんは知らなくてもいいことだよ」

「むう。秘密はだめよ?」


 ぷくりと膨れたプリシアちゃんの頬っぺたを指先で押すと、ぶうっ、と息が漏れる。

 うむむ、相変わらずプリシアちゃんは可愛いね。


「変態さんだにゃん」

「誤解です!」

「それで、例の件ってなんにゃん?」

「今はまだ秘密なの!」

「にゃあ」


 さて、僕とリリィの密約がなんなのか。それは、後日のお楽しみです。


 僕とリリィは、事前にある作戦を練っていた。

 それを実行に移すために、リリィはするりと影に溶け込んで、禁領から気配を消した。

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