魔王と九尾

「ここはどこ? わしは……そう、儂こそは偉大なる魔族のオズ!」

「うん。まだ記憶に混乱が見られるみたいだね。オズ、君は魔獣だよ?」

「黙れ、小僧!」


 オズは、魔王城の片隅で気絶していたところを、シャルロットの元家臣の上級魔族が保護してくれていた。

 ただし、シャルロットに蹴り飛ばされたことが原因かは不明だけど、オズは魔王城に来た辺りからの記憶を失っていた。

 オズいわく、禁領で優雅に生活していた記憶から、唐突に今へ記憶が飛んでいるのだとか。


「オズはもうしばら療養りょうようが必要みたいだね」

「うむむ。なぜだ。なぜ、儂はこのようなところに……?」


 オズを見つけた上級魔族は気のいい人のようで、オズの記憶の混乱が治るまで預かってくれるという。それで、僕はオズの面倒をお願いすることにした。

 魔族に抱きかかえられて去っていくオズを、手を振って見送る。


「エルネア君、うまく誤魔化せましたね?」

「うん。今後オズと接点を持ちそうな人には、シャルロットのことを伝えないようにお願いしなきゃね」


 隣でささやいたルイセイネに、僕はオズを見送りながら頷く。


 すでに、ミストラルたちが先回りで動いているはずだ。

 オズは、今でも九尾の魔族を信奉している。そんなオズにシャルロットのことを話したら、なにをしでかすかわからないからね。


 記憶の混濁こんだくが見られるというのなら、申し訳ないけど利用させてもらおう。

 療養という形でオズをこの件から遠ざけておいて、その間に問題を解決する。……と、良いなぁ? というのが、僕たちの思惑おもわくです。


「それじゃあ、エルネア君。いざ、魔王を打倒し、錫杖しゃくじょうの奪還を!」

「いやいや、マドリーヌ様。それはちょっと違うからね?」


 錫杖を奪い返すなら、負傷している今が好機。と意気込むマドリーヌ様を落ち着かせる僕とルイセイネ。

 だけど、これから魔王に会いにいくのは本当です。


 シャルロットが封印を破り、巨人の魔王とたもとを分かったのは昨夜のことだ。

 そして夜が明け、僕たちは被害の全貌を知ることになった。


 圧倒的な力で蹂躙じゅうりんされ、魔王城は半壊していた。

 特に酷かったのは、やはり宝物庫の周辺だ。

 地下深くまで破壊されて、見るも無残な惨状になっていた。

 宝物庫に収められていた金銀財宝や国宝級のお宝は、価値のない残骸ざんがいに変わり果てていた。それどころか、完全に消失してしまったお宝も多い。


「気にする必要はない。魔族であれば、欲しい財宝は奪えばいい。それに、人目につかない倉庫の奥に仕舞われた宝なんぞ、他の魔族に狙われるだけで邪魔でしかない。利用価値のない宝は、ちりと同じだ」


 右腕の負傷は大丈夫ですか、と訪問したら。シャルロットに付けられた傷は、跡形もなく消えていた。

 なんでも、本性は名前の通りの巨人なので、指を怪我した程度のことらしい。


 僕たちの慰問いもんに、魔王は自身の傷と宝物庫の惨状を合わせて笑い飛ばす。


 とはいえ、あの魔王クシャリラと相対したときでさえ目に見えるような負傷をしなかった巨人の魔王に怪我を負わせたシャルロットは、やはり恐ろしい力を持っていることになる。


「安定した治世など、面白くもなんともない。これくらいの刺激がある方が、かえってやり甲斐も出るというものだ」


 くつくつと愉快ゆかいそうに笑う魔王を見て、アームアード王国の王様とヨルテニトス王国の王様は深く感心していた。


 いや、そこのお二人様。だからといって自ら問題に飛び込んだりしちゃ駄目ですからね?


 魔王はそんな王様たちに「いい思い出になったであろう?」なんて言いつつも、父親連合の今後を考えてくれていた。


「其方らには、地方観光でもしてもらおうか」


 そう言うと、侯爵位こうしゃくいの魔族を呼びつける。そして、父親連合の世話をするように命じる。

 僕も、丁寧に協力を要請ようせいする。すると、老練ろうれん渋味しぶみの雰囲気を持つ侯爵は、こころよく応じてくれた。


 うむむ。魔族なのに、みんない者ばかりです!


「それで、其方らはこれからどうするのだ?」

「ええっと……」

「錫杖を返してください!」


 魔王は、錫杖をどこに持って行ったのか。今は残念ながら所持していない。だけど、マドリーヌ様にはそんなことは関係ない。

 魔王に飛びかかろうとしたマドリーヌ様を、ユフィーリアとニーナが取り押さえる。


「くくくっ。相変わらず威勢のいい巫女だ。その威勢のよさに免じて、機会を与えてやる。そうだな、シャルロットを討ったならば、返してやろう」

「それって、絶望的に難しい条件ですよね!」


 とは言ったものの、今後、僕たちの前にシャルロットが立ちはだかるのは目に見えている。

 シャルロットが敵に回った以上、絶対に勝てないからどうしようもないよね、なんて逃げるわけにはいかない。


 とはいえ、シャルロットに対抗するための具体的な案があるわけじゃない。

 だけど、立ち止まってもいられない。

 それで、僕たちが今できること、何をしたいのか、何を護りたいのかで行動を決める。


「魔王は、これから国を挙げて動くんですよね?」

「シャルロットの封印が破られてしまった以上、動かぬわけにはいかん。あれをあのまま放置していれば、過去の惨事が再び現代によみがえりかねんからな」


 魔王城の復興は、既に始まっている。

 昨夜の今日なのに、早い場所では瓦礫がれきの撤去が始まり、足場が組まれ始めていた。

 そして、復活を果たしたシャルロットや北から迫る脅威に対し、どうやら巨人の魔王は正規軍を派遣するようだ。


「何十万という魔族を集めても、シャルロットの前では焼け石に水であろう。だが、だからといって見過ごすことはできん。他の魔王たちにも要請して動くことになるだろう。そして、いざとなれば私ら魔王が総出の大仕事になる」

「……改めて、謝ります。シャルロットの口車に僕が乗ったばかりに」

「気にするなと言ったであろう。九尾廟に奉納されていた鏡を割られた以上、遅かれ早かれシャルロットの封印は破られていたのだ」


 昨夜から未明にかけて、僕たちは改めて九尾廟の存在やシャルロットの過去について魔王から聞かされた。






 数千年前。

 巨人の魔王が九魔将として東方で力を振るっていたころ。

 一度、魔族の国は滅びかけたという。

 九魔将のひとりが、神族の帝国と争い続けていた。


 当時の神族には、巨人の魔王でも舌を巻くほどの闘神とうしんが存在していたという。


 九魔将と帝国の騒乱は次第に拡大していき、いつしか種族の存亡をかけた戦争になったのだとか。

 そして、闘神の武勇によって、魔族は絶滅の手前まで追い込まれた。


「あの戦乱を、よくもまあ私は生き延びたものだ」


 と感慨深そうに呟いた巨人の魔王が印象的だった。


 魔王は、遥か昔のことをかいつまんで話してくれた。


 闘神は、魔王の喉元にまで迫ったらしい。

 だが、神族に勝利はもたらされなかった。


 壮絶な戦乱に終止符を打ったのは魔族であり、魔王だった。

 そして、その当時の絶対的な魔王こそ、現在は魔王の上位に君臨する者のことである、と知らされる。


 戦乱の詳しい部分が省略された話だけでは、闘神と呼ばれた神族がどれくらい凄い人だったのかは不明瞭ふめいりょうだ。ただし、巨人の魔王が呟きを漏らすほどの者だったということはわかる。

 それと、その闘神を打ち破り、魔族の絶滅を防いだ支配者の力に、僕たちは心底震えた。


「とまあ、これまでが余談だ。そして、そこからがシャルロットにまつわる話になる」


 魔王は話を続けた。


 戦乱は、それはもう壮絶なものだったらしい。


 魔族は絶滅しかけ、神族も最終的には帝国がひとつ消滅するに至った。


「滅んだ、じゃなくて?」

「消滅だ。神民や奴隷のすべてに至るまで」

「それも、上位の者の仕業なんですね?」

「一夜にして、栄華を誇った神族の帝国は消え去った。それを成したのは、お前も知っているだろう、あの赤い衣装の者だ」


 アームアード王国の王都で、巨人の魔王とクシャリラだけでなく、スレイグスタ老とアシェルさんの動きを一瞬にして封じた、あの真っ赤な衣装の幼女のことだね。


「あれの真の恐ろしさを知っている者は、魔族ではもう私だけになったな。あれに比べれば、シャルロットなどまだ可愛いものだ。……と、話が逸れてしまったな」


 なるほど。

 神族の帝国を一晩で滅ぼすような存在と比べると、一応は九魔将と魔族軍だけで対処できた九尾の大魔族、シャルロットは下だとも言える。

 だけど、僕たちから見れば、どちらも規格外すぎます!


「当時の戦乱では、魔族だけで数百万。神族や巻き添えになった他の種族を合わせれば、軽く一千万を超えるような犠牲者が出た。すると、どうなる?」

「ええっと……」


 これまでに教わってきたことを思い出す。


「たしか、多くの犠牲が出たり怨念おんねんや憎しみや悲しみが集まると、瘴気しょうきを生むんですよね。そして、それが長い歳月をかけて集まると、始祖族しそぞくが生まれる?」

「そうだ。それがシャルロットの根源だな」

「絶望的すぎるじゃないですか!」


 きっと、他の始祖族が誕生する切っ掛けになった瘴気は、そこまでの規模ではないと思う。

 魔王も言っていたからね。魔族が滅びかけたって。それに加えて、神族や他の種族も合わせて一千万以上の魂が根源だなんて!


「こう言ってはなんだが、現代の軟弱な魔王どもでは相手にならんだろうな。かくいう私でも、ひとりでは死なぬのが精一杯といったところか」


 シャルロットの正体に、家族のみんなは声を失っていた。

 魔王はそんな僕の家族に構うことなく、残りの話を聞かせてくれた。


「シャルロットに単独で勝てる者は限られている。当時の総力をもってしても、殺すことはできなかったのだからな」

「それで、力を割いて封印したんですね?」

「そうだ。ついでに、当時の巫女によって呪いを与えられている」

「シャルロットは、神聖なものには触れないし、破壊もできないんですよね?」


 というか、きっと法術の類だろうけど「呪い」と言われると人族は傷つきますからね?


「力を削がれたシャルロットは、以後、私が監視下においていた」

「監視下というか、こき使ってましたよね?」


 シャルロットも、よくもまあ自分を痛めつけた相手に何千年も仕えてきたものだね。

 まあ、封印を破る機会を狙っていたんだろうけど、それにしても働きすぎだったんじゃない?


 シャルロットの思惑は、シャルロットにしかわからない。

 きっと、巨人の魔王でも全てを理解はできていなかったと思う。だって、シャルロットが復活する前。魔王は、どちらかというとシャルロットを信頼していたような雰囲気だったから。


 ともかく、僕たちはシャルロットの誕生に繋がる戦乱から封印されるまでの昔話を知ることができた。

 魔王の話だと、家臣の魔族たちにも話していない昔の出来事らしい。


「じゃあ、なんで僕たちだけに話してくれたんです?」

「其方には必要だと思ったからだ」

「?」

「シャルロットは、他とは一線を画す始祖族だ。だから、あれへの対処をひとりで抱え込む必要はない。私とて、ひとりでは対処できぬと言ったであろう。よって、シャルロットの件は全員でかかる。私と其方ら。それと、他の魔王や魔族を巻き込んでな」


 ああ、巨人の魔王は本当に魔族なんだろうか。

 封印が破られる原因を作った僕を気遣ってくれている。

 魔族らしからぬ、とても優しい心遣いに、僕だけじゃなくて家族全員が感謝していた。






 そして、現在。


 僕は、家族のみんなと決めた今後の方針を魔王に伝える。


「まずは、分かっている相手への対処を優先します。禁領に現れた耳長族の女性が、今後、いつまた襲ってくるかわかりません。それと、竜王の都に侵入した上級魔族ですね。こちらは、赤布盗せきふとう頭領とうりょうとして暴れているんでしたっけ?」

「盗賊どもは、軍が動けば容易に制圧できるだろう」

「でも、頭領のライゼンは油断なりません。なので、もしもの場合は知らせてほしいんです。セフィーナさんが受けた屈辱くつじょくも返さなきゃいけませんからね!」


 力強く宣言した僕に、セフィーナさんが微笑んでいた。


「そうそう。竜王の都への派兵もお願いします」

「すでに手配してある。まあ、手配したのは裏切ったシャルロットというのが皮肉ではあるがな」

「ありがとうございます。では、禁領と竜王の都の守りが固まったら、次に移ります。魔剣使いは、強者を狙って暴れているということなので」


 むんっ、と腕を曲げて力こぶをつくる。


「いや、力こぶなんぞ無いが?」

「ルイセイネ、魔王がひどいことを言うよ……」

「エルネア君に筋肉は似合いません」

「しくしく」


 と、冗談はさておき。


「魔剣使いが強者を求めているのなら、僕がおとりになります」

「魔族しか狙わぬ可能性もあるぞ?」

「そのときは、ルイララをえさにします!」


 残念ながら、この場にルイララはいない。

 他の家臣同様に、緊急事態でせわしなく働いているはずだ。


「それと、竜人族のルガですが」

「その件なら、僕も動かせてもらうよ」


 そう言って現れたのは、八大竜王のひとり、ウォルだった。


「魔族には、命を救ってもらった借りがあるからね。それと、ルガを野放しにしてしまったのは竜人族の過失でもあるし」

「ウォル、怪我は治ったの?」

「おかげさまで。今回は僕も、エルネア君に協力させてもらうよ」


 心強い協力者を得て、僕は嬉しくなる。


「では、其方には私が冒険者の証を発行しておこう。それがあれば、竜人族であっても魔族の国で活動できるはずだ」


 魔王が裏書きでもしてくれるのかな?

 いいなぁ、僕も欲しいかも。それがあれば、僕も魔族の国を自由に歩き回れるかもしれないもんね。


「其方は、そんなものがなくても自由に振る舞っているだろう?」

「き、気のせいですよっ」


 誤解です。

 僕は、ニーミアやリリィに乗って魔族の国の上空を通過しているだけですからね?


「と、ともかく……。外堀から埋めていけば、きっとバルトノワールにたどり着けるはずです。そして、バルトノワールの企みは僕たちが必ず阻止してみせます!」


 未だに表立った動きを見せないバルトノワールは、不気味な存在だ。

 だけど、仲間が倒れていき、計画が頓挫とんざすれば、また必ず僕の前に現れると確信している。


 僕が打ち出した今後の方針に、魔王が異を唱えることはなかった。


 いよいよ、僕たちだけじゃなく、魔族も本格的に動き始めた。

 これがバルトノワールの思惑通りなのかはわからないけど、僕たちは問題をひとつずつ確実に摘み取っていくだけだ。


 そして、みんなが協力し合えば、きっとシャルロットにも対抗できるはず。

 魔王からシャルロットの話を聞いたときには、みんなで絶望したけど。でも、大丈夫なはずだ!


 ただし、僕はこのとき、忘れていることがあった。


 ところで、なぜシャルロットは自分の半身の封印を解く鍵が九尾廟の鏡だと知っていたんだろう?

 そして、なぜ僕たちが新たに製作した御鏡おんかがみで封印が解けることを確信していたんだろうね?


 最後に。

 オズや九尾廟を護るルビアさんたちにお告げを下した者の正体は、何者だったのか。

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