手掛かりは古い伝承の中に?

 影竜アルギルダルの気配がなくなると、ようやく夜鳥やちょうや獣の気配が辺りに戻り始めた。

 竜峰に住む動物たちも、これでようやく落ち着けるね。


「影竜の幼体は、大丈夫だったかな?」


 そもそも、アルギルダルは竜峰に眠る幼体の様子を見にきたんだよね。

 僕たちの視線は、茂みの奥に隠された洞窟の入り口に集まる。


「大丈夫みたいですよ。今は静かに眠っています」


 すると、ルイセイネが竜気を視て教えてくれた。


「本当に、迷惑な竜だったよね。きっと幼体も、いきなり起こされて勝手に力を測られたりして、大迷惑をしたんじゃないかな? 眠っている時に起こされるのは、すごく嫌だよね」

「エルネアの言う通りね。強大な力を持つ者らしい、身勝手な方だったのは間違いないわ。本当に、疲れたわね」


 全員が、気が抜けたように地面に座り込む。

 戦ってもいないのに、こんなに身も心も疲れたのは久々だよ。

 もう当分は、アルギルダルの相手なんてしたくないです。

 まあ、古の都に向かう予定は今のところないから、大丈夫だとは思うけどね?


「ところで、セフィーナさん」


 一件落着し、落ち着いたところで、僕は抱いていた疑問を口にした。


「なんで、ひとりで北の地に向かおうとしていたの?」


 そもそも、セフィーナさんが単独行動で獣人族の支配地域へ向かおうとした理由はなんだったのかな?

 僕の疑問に、マドリーヌ様の治療を受けていたセフィーナさんが「そうだったわ」と思い出したように手を打つ。


「王都では、魔眼に関する目ぼしい手掛かりは手に入らなかったのだけれど。でも、留学している獣人族から面白い話を聞いたのよ。昔、祈祷師きとうしのジャバラヤン様から魔眼か何かについて話を聞いたことがあるって」

「ほほう?」

「聞けば、ジャバラヤン様は若い頃に大陸の西の方から旅をしてたそうじゃない? なら、遠い地域の逸話いつわや伝承を知っていてもおかしくはないわ」

「たしかに、そうだね。それじゃあ、セフィーナさんはジャバラヤン様に話を聞くために、北の地へ向かっていたんだね?」

「ええ、そうよ。まあ、結果的には目的地から遠のいてしまったわけだけれど」


 肩をすくめたセフィーナさんに向かって、ユフィーリアとニーナが「勝手にひとりで行くからだわ」と、容赦なく笑っていた。


「それじゃあ、夜が明けたらみんなで行ってみよう!」

「はわわっ。エルネア様、それでしたらレヴァリア様が追いつくのを待たれてからが良いですわ」

「ライラ、それは良い考えだね。そろそろ合流しないと、あっちに行ったりこっちに行ったり振り回されたレヴァリアが怒りそうだからね!」


 レヴァリアは、僕たちの足取りを遅れて追ってきているはずだ。

 ここでまたレヴァリアを待たずに北の地へ移動しちゃったら、獣人族の村が怒りの炎に包まれちゃう!


「それじゃあ、レヴァリアが追いつくまで、休憩だね。セフィーナさんも負傷していることだしね」


 近くに竜人族の村もあったはずだけど、今回は訪れるのを控えておこう。

 だって、もう歩きたくないくらい、僕たちは本当に疲れていたからね。


「それじゃあ、休憩がてらみんながこれまでに手に入れた情報を交換しておこうか」


 少し横になっても良かったんだけど、どうせなら今のうちに情報を共有しておいた方が有意義だよね。

 ということで、僕とマドリーヌ様はヨルテニトス王国での顛末てんまつを話す。


「ウォレン様ね、わたしたちも気を付けておきましょう。それにしても、かなり手厳しい指摘を受けたわね」


 僕がウォレンから受けた痛烈な指摘を話すと、みんなは「ご愁傷様しゅうしょうさまでした」とねぎらってくれた。

 本当に、災難だったよ。

 でも、僕の話を聞いても、誰も気を落とすことはなかった。

 むしろ、全員でウォレンを見返してやろう、と意気込みを固める。


「マドリーヌ様とセフィーナさんには、女神様の試練ですか。リンゼ様はとても素敵な課題を出してくださいましたね。全員の力を合わせて、必ず試練を克服しましょうね」


 ルイセイネは、リンゼ様の話に感動していた。

 いつか自分もお会いしたいと、マドリーヌ様に頼み込むルイセイネ。


「王都の資料室には、手掛かりはなかったわ」

「王都の書庫には、手掛かりはなかったわ」

わたくしは、プリシアちゃんを送るついでに耳長族から話を聞きましたわ。ですが、有益な情報はなかったですわ」

「わたしも、竜峰を巡って手掛かりを探そうとしたのだけれど、囚われてしまったから」


 お互いの情報を交換しあい、今後の方針を計画していると、いつの間にか空が明るくなり始めていた。

 そして、東の空から紅蓮色に輝くレヴァリアが飛んできたのは、太陽が顔を見せ始めた直後だった。






『ええい、貴様らは悪魔か!』

「プリシアちゃんは村でお留守番中だよ?」

『貴様だけ飛び降りろ。そうしたら地上に落ちる前に喰ってやる』

「きゃー。ライラ、やっぱりレヴァリアは本者でも僕を食べる気だよ?」

「はわわっ。レヴァリア様、お許しくださいませっ」


 そして、僕たちは空のになる。

 もちろん、飛来したレヴァリアに乗せてもらってね。


 レヴァリアは当初、予定通りに苔の広場へ着いたらしい。そうしたら、スレイグスタ老に僕たちが飛竜の狩場に向かったと聞いたんだって。

 渋々と飛竜の狩場に向かったレヴァリアは、だけど僕たちに会えなかった。それで、また苔の広場に戻ったらしい。そうしたら、スレイグスタ老が僕たちの気配を竜脈伝いに探って、竜峰でミストラルが夜営していた場所にいることを突き止めたんだって。

 レヴァリアは、苛々いらいらしながらも僕たちを追ってくれた。

 でも、僕たちはもうその場にはいなかった。

 手掛かりを失ったレヴァリアは、またしても苔の広場に戻った。

 そして、最後に影竜の幼体が眠る場所をスレイグスタ老から教えられたらしい。


『我をなんだと思っているんだ!』

「大切な家族だよ?」

『嘘を言え』

「本当だよ!」


 僕たちは、あっちこっち飛び回ったレヴァリアを労いながらも、次の目的地を示した。

 本当は、ニーミアに乗せてもらっても良かったんだけど。でも、せっかくレヴァリアが追いついてくれたんだから、背中に乗せてもらいたいよね?

 というわけで、僕たちはレヴァリアに乗せてもらって北の地を目指す途中だ。


 ぶうぶうと文句を口にしつつも、僕たちを乗せて飛んでくれるレヴァリアは優しいね。

 暴君として恐れられていたのが嘘みたいだ。


「エルネアお兄ちゃんの影響で優しくなったにゃん」

「ほうほう。ニーミア、良いことを言いますね。あとで山羊やぎのおちちをあげよう」

「にゃんっ」


 なんてレヴァリアの背中の上でのんびりと寛いでいるうちに、僕たちは北の地へ辿り着いた。






 犬種いぬしゅの獣人族ガウォンの案内で、僕たちは廃墟はいきょとなった都の奥へと案内される。

 祈祷師ジャバラヤン様は、この都跡のちた神殿の敷地で生活をしていんだ。

 僕たちが訪れると、獣人族の宗主そうしゅである羊種のメイが、ジャバラヤン様から授業を受けている最中だった。


「プリシアおねえちゃんは?」

「ごめんね。今日は一緒じゃないんだ。プリシアちゃんも、村でお勉強中だよ」

「じゃあ、メイもがんばる」

「偉い子だね!」


 よしよし、とメイのもこもこの頭を撫でてあげると、嬉しそうに抱きついてきた。

 僕はメイを抱っこしながら、ジャバラヤン様に来訪の挨拶をする。そして、ルイセイネの瞳の現状を話し、助言をもらえないかと相談した。


「……そういうことですか。魔眼の暴走に苦しめられているのですね。それは難儀なことです」


 僕たちの話を聞いたジャバラヤン様は、ルイセイネを癒すように優しく微笑む。

 古い時代から生きた巫女様というよりも、みんなのお婆ちゃんのようだね。

 ルイセイネも、ジャバラヤン様の優しさに触れてほっこりとしていた。


「それで、ジャバラヤン様。セフイーナさんが留学中の獣人族の人から聞いた話ってなんでしょう?」


 お座りなさい、と促されて、僕たちは遠慮なくジャバラヤン様の周りに腰を下ろす。

 メイが遠慮なく僕の膝の上に乗ってきた。アレスちゃんも負けじと顕現して僕の膝の上に乗る。

 二人の幼女を抱きかかえた僕を見て、みんなが「また小さな女の子に浮気しているわ」と笑っていた。


 ジャバラヤン様は、僕たちが落ち着くのを待って「お役に立てるかどうかはわかりませんが」と前置きをしてから、古い話を聞かせてくれた。






 むかしむかし。

 どこかの平和な国に、ひとりの巫女がいました。

 巫女は、とても不思議な力を瞳に宿していました。

 瞳に映る全てを癒す、全癒ぜんゆ魔眼まがん

 先天的に法力を瞳に宿した、女神様の奇跡を受けた瞳です。

 人々は巫女の瞳に癒され、幸せに暮らしていました。

 ですが、巫女の瞳を狙って、周辺諸国の支配者たちが争うようになりました。

 平和だった国は次第に戦火へと巻き込まれていき、人々に苦しみが降り注ぎ始めます。

 巫女は、なげき悲しみました。

 傷を癒してほしいと願われれば、どこへなりとも赴いて、喜んで治しましょう。ですから、どうか争いを止めてください。

 ですが、巫女の祈りもむなしく、争いは激しさを増していきます。

 世の荒廃こうはいと支配者の身勝手な欲望に嘆き悲しんだ巫女は、次第に神殿の奥にこもることが多くなります。

 そしてとうとう、巫女は人々の前にあまり姿を現さなくなってしまいました。

 それでも、争いは続きました。

 多くの人々が傷つき、命を落としました。

 誰もが願いました。

 巫女様。どうか、自分たちの前に現れて、平和をもたらしてください。傷ついた我々を、癒してください。

 ですが、神殿の奥に引き籠った巫女が人々の前に現れることはありませんでした。

 そうしている間にも、支配者は争い続けました。

 いつしか、巫女の瞳を奪う争いから、国を奪いあう争いへと発展していました。

 国は乱れ、人々は苦しみ、支配者は富を増やします。

 悲しみが世界を覆っていました。

 ですが、やはり争いは止まりません。そしてとうとう、全ての国を飲み干したひとりの支配者が誕生しました。

 支配者は言います。

 巫女の瞳も世界も何もかもが自分のものである。だから、これからは自分のためだけに癒しの力を振るえと。

 神殿の奥で支配者の言葉を聞いていた巫女は、絶望しました。

 自分の瞳は、癒しの力などではない。争いを生むだけの呪われた代物だと。

 そして、決意します。

 この瞳のせいで国々が争い、人々を苦しませるのであれば、一層のこと無くなってしまえば良いと。

 ですが、巫女は自害を堅く禁じられています。

 ですから、決意しました。

 ある日のこと。

 巫女は光る翼を羽ばたかせると雲の彼方かなたへと飛んでいき、それ以降は人々の前に現れることはありませんでした。






「ジャバラヤン様、そのお話はいったいどこで聞いたんですか!?」


 ジャバラヤン様を中心とした獣人族の人たちは、何百年も前に大陸の西から移住してきたと、前に聞いたことがある。

 その長い旅の途中で、旅人から聞いた物語だと語るジャバラヤン様。

 僕たちは、不思議な物語を聞いて色々と気になるところを思い付き、質問する。


「そうですね。旅人と出会ったのは、ここからとても遠い場所でした」

「それでは、その辺りの人たちの伝承でしょうか?」

「残念ながら、違うでしょう。その旅人も、あてもなく世界を旅するお方でした。それに、旅人の方も、どこかの土地で伝え聞いた物語なのだと言っていましたから」

「そうなんですね……」


 法力を宿し、癒しの魔眼を持つという巫女様。

 もっと詳しく調べられたら、もしかしたらルイセイネの魔眼を制御する手がかりに繋がるかも、と期待したんだけど。残念ながら、出所不明の伝承だったみたい。


「場所の手掛かりは望めないわね。でも、最後の部分が気になるわね」

「ミストラルもやっぱりそう思った? ジャバラヤン様、その物語の巫女様の種族について、何か知っていますか?」


 僕の質問に、だけどジャバラヤン様は首を横に振る。


「残念ながら。ですが、あなた達であれば、やはり気になりますね?」

「はい。……光る翼かぁ」


 最後には空に飛んでいってしまったという巫女様の種族が何だったのかは不明だ。もしかしたら、有翼種や天族、それ以外の翼を持つ種族だったかもしれない。

 だけど、僕たちが最初に思い浮かべたのは、そうした翼を持つ種族ではなかった。


 最初に見たのは、まさにこの北の地だった。次に出逢ったのは、飛竜の狩場だった。

 輝く天から降臨した「仙族せんぞく」と呼ばれる者たちは、全員が背中に光る翼をきらめかせ、自在に空を翔けていた。


「もしも、その巫女様が女仙にょせんさまだったら?」

「カルナー様がお話になっていた、はぐれ女仙様と何らかの関係があるかもしれませんね?」

「そうだよね!」


 ルイセイネの魔眼の暴走を鎮め、制御するために、カルナー様は手掛かりを示してくれた。

 かつて、女仙のなかに魔眼を持つ元巫女様がいたと。

 仙は、転生によって新たな命と運命を得るという。


 もしもジャバラヤン様が聞かせてくれた物語の巫女様が転生後に女仙となっていたら、最後の意味がわかるね。


「でも、その巫女様はどこへ飛んでいったんだろうね?」


 物語は、何百年も前に、ここではない遠くの地で、旅人たちによって広められた伝説だ。

 そうなると、物語の発祥の地がわからないだけでなく、飛び去ったという巫女様の行方や、そもそも今も存命なのかという疑問が浮かぶ。


「ううーむ。貴重なお話は聞けたけど、活かせるかどうかは難しいかな?」

「そうですね。過去の物語を手掛かりに世界中を飛び回るわけにはいきませんから」

「時間も人手も足りないわね」

「だよね。でも、そうすると、もしかして僕たちは手詰まりに直面している?」


 お互いの顔を見やり、僕たちは困り果てた。

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