高価な生花

 さて、冒険者が僕たちをどのように評価したのか。それは、すぐに判明した。


「そうだなぁ。そんじゃあ、こちらからも提案がある。素材が手に入る場所の手掛かりを、あんたらに特別に教えてやろう。ただし、条件がある。俺たちを護衛として雇ってもらおうか」


 どうやら、僕たちは頼りなさそうに見えたらしい。それで、冒険者は面白いことを考えついたみたい。


「なにも、俺たちは成金装備なりきんそうびでこんな格好をしているわけじゃねえぜ? この村の先には、危険な箇所かしょが幾つもあるんだよ。素人冒険者や実力のない者だと、危険ってわけだ。それで、あんたらが危険だと諦めたり、俺たちが見ていて危ないと思ったら、この村まで引き返す護衛をしてやろうってわけさ」


 屈強な男性は、僕たちの身なりと、王都で竜騎士のアーニャさんと友達だという話を聞いて、こちらを貴族か何かだと勘違いしている。

 それで、素材が取れる手掛かりを特別に教える代わりに、護衛としてついていくという提案をしてきた。

 ふむふむ。つまり、お小遣い稼ぎですね?


「はい、質問です。もしも僕たちが危険に陥らなかった場合は、護衛の報酬は払わなくていいんだよね?」

「おおっと。坊やのくせに、目ざとい所に気づいたな。そうだ。あんたらがちゃんと素材のありかを見つけて、無事にこの村まで帰り着くようなら、俺たちの護衛の意味はなかったってことになるからな。その場合は、報酬はいらねえよ」


 ただし冒険者は、僕たちがきっと失敗する、と確信している。

 だからこそ、護衛をすることでお小遣い稼ぎをしようと思いついたんだよね。

 それと。この冒険者の人たちは、本当にいい人なんだろうね。

 素材が取れる場所の手掛かりを教えてくれたり、僕たちの安否を考えて護衛を申し出てくれるなんて。

 これが悪徳冒険者なら、こちらの足元を見てとんでもないお金をふっかけてきたり、案内するそぶりを見せながら、罠を張ったりするんだろうね。


「うん。それじゃあ、その条件でお願いしようかな。……それで、その素材って何かな!?」


 よく考えたら、子供たちが欲しがっている素材が何なのか、僕たちはまだ知らなかったよ!


 今更かよ、と冒険者や村の人たちが愉快に笑う。


「あんたら、すげぇ面白いな。子供らが何を欲しがっているのかも知らずに、嬉々ききとして協力を申し出るなんてよ」


 笑いながら、屈強な男性は荷物をく。そして、上等な木箱に収められていた「素材」を取り出して見せてくれた。


「ほら、こいつだよ」

「……ううーん。お花?」


 全身を立派な装備で固めた冒険者が、辺境の地まで足を伸ばして手に入れた物。それは、豊かな香りの、可愛らしいお花だった。

 木箱には、色鮮やかなお花が何輪も、丁寧に収められていた。


「俺たち、この花でアーニャ姉ちゃんに花輪はなわを作って送りたいんだ!」

「ねえ、知ってる? このお花は、れることのないお花なんだって」

「すげぇ良い匂いも、何年も続くらしいよ!」


 僕たちと一緒に木箱を覗き込んだ子供たちが、口々に言う。

 すると、セフィーナさんが少し険しい顔つきになった。


「聞いたことがあるわ。み取っても枯れることなく、香りも持続するという不思議な花があるって。貴族の間で持てはやされている高級な花ね。ただし、とても危険な場所にしか自生していなくて、滅多に手に入れられないと噂で聞いたわね」

「ああ、だから高級で貴重なんだね」


 そりゃあ、お花が生えている場所を独占したいって思っちゃうよね。

 商人さんがどうやってこの不思議なお花の群生地を知ったのかは不明だけど、独占することによって随分と儲けているに違いない。


「王宮で見たことがあるわ」

「王城で見たことがあるわ」

「大神殿にも、奉納されることがありますね」


 ユフィーリアとニーナとマドリーヌ様が「王宮」だとか「王城」だとか「大神殿」だとか、立派な施設でのことを口に出したものだから、冒険者は益々ますますもって、僕たちを貴族か何かだと勘違いしたみたい。


「俺たちの雇い主である商人の旦那の顧客には、王族なんかもいるらしいぜ。もしかしたら、あんたらの家とも取引があるのかもな」


 なんて言いながら、また木箱を大切そうに荷物の奥へと納めた。


「年に数回、こいつが花咲く時期があるんだよ。そんで、今が年明け最初の頃合いなんだ」


 屈強な男性は、やけに饒舌じょうぜつだ。

 既に目的のお花を木箱いっぱいに手に入れた後だし、これからお小遣い稼ぎができるかもしれないからね。


 だけどね。

 ふっふっふっ。

 セフィーナさんは危険な場所と言っていたけど、きっと僕たちなら無事に任務を達成できる!

 なにせ、僕は竜王だし、竜姫のミストラルだっている。そして、戦巫女いくさみこのルイセイネ、竜族をも従えられるライラ、腕自慢のセフィーナさんと、古代種の竜族であるニーミアもいる。さらには、耳長族の次期族長であるプリシアちゃんと、南の賢者のアリシアちゃん、暴走双子王女様とその相棒である巫女頭様までいるからね!


 ……あれれ?

 後半の面子めんつに不安を覚えたのは、気のせいかな?

 いや、気のせいだ!


 僕たちなら、魔王城にだってお花摘みに行けます!

 まあ、本当に行ったら、きっと某魔王や金髪横巻きの側近にもてあそばれるんだろうけどね。


 ともかく、僕たちだって冒険はできるのです。

 ということで早速、冒険者に手掛かりを教えてもらうことになった。


「そうだなぁ。最初の手掛かりとしては、この村よりも奥地に花はあるってことだな」


 ふむふむ。どの方向が奥地になるのか、僕たちにはわかりません!

 なにせ、空から来ちゃったからね。

 そういえば、飛んでいたニーミアを誰も目撃しなかったのかな?

 僕たちは、村人を刺激しないように少し離れた場所に着地して、ここまで歩いて来たんだよね。


「他の手掛かりは?」


 まあ、僕たちの来訪に「奥地から人が来た」なんて驚きがなかったところを見ると、やって来た方角が順路で、反対側が奥ってことなんだろうね。


「はははっ。さすがはここまで旅行してくるような連中だ。目的地がまだ先だと聞いても、恐れをなさないとはな。だが、ここからは本当に危険だぜ?」


 にやり、と笑みを浮かべる屈強な男性。

 脅しを入れて僕を試しているようだけど、通用しないからね。

 なにせ、ここよりも竜峰の方がよっぽど危険で、恐ろしい場所だからさ。


 冒険者は、勿体もったいぶるような口調で、次の手掛かりを教えてくれた。


「心して聞けよ? 花がある場所は、飛竜どもの巣の近くを通って行かなきゃならねえ。……ああ、飛竜の巣がどこにあるかって質問には答えないから、自分たちで探すんだな。だが、気をつけろよ! 相手は飛竜だ。お前らが奴らの存在に気づくよりも早く、向こうの方がこちらに気づいて襲ってくるからな!」

「わわっ、なんですと!?」


 いいえ、飛竜の存在に驚いたわけではありません。

 飛竜といえば、ホルム火山の山頂でユフィーリアが存在に気づいていたよね。


「アーニャ姉ちゃんは、小さい頃にこの花をひとりで取りに行って、行方不明になったんだって」

「でも、優しい飛竜に助けられて、それからずっと一緒に暮らしていたんだよね」

「俺も、飛竜と暮らして竜騎士になりてぇ!」


 すると、子供たちがアーニャさんのことを教えてくれた。

 元々、枯れない不思議なお花の存在は、村人の間でも知られていたらしい。

 腕利きの村人が時折、外貨を獲得するために危険をして摘みに行っていたのだとか。


 ということは、村人の中にも、お花の群生地を知っている人がいる?

 もしかして、冒険者に手掛かりを聞かなくても、村人に聞けば手っ取り早いんじゃないかな!

 という僕の突っ込みに、冒険者だけじゃなくて村人も苦笑を見せた。


「しまった。子供たちの口に菓子かしを放り込んでおくんだったな」

「あたしらは、冒険者の人たちにいつも世話になっているからねぇ。あんたらはアーニャ様のお友達らしいけど、心情的には冒険者の味方につきたいのさ。黙っていて、ごめんなさいね」

「いえいえ、良いんですよ。僕たちはいつもお師匠様たちから、答えを教えてもらわずに手掛かりを頼りに苦難を突破する、って試練ばかり受けてますから。それに、こっちの方が楽しいですからね!」

「はははっ。今までの話を聞いておいて、楽しいと言うのかい、坊やは」

「はい、すごく楽しいですよ!」


 嘘偽りのない僕たちの笑みに、むしろ冒険者の人たちは驚いていた。

 そりゃあ、そうだよね。

 普通なら、飛竜の巣の近くを通る、と聞いただけで絶望に暮れて逃げ出しちゃうような案件だ。それを、僕たち家族は全員で楽しいと笑うんだから。


 気が狂ってんだか、それとも、自信に満ち溢れているんだか。と、誰かが感心ともあきれともつかないような呟きを漏らした。


「よし、その意気込みに、俺も感銘かんめいを受けた。それなら、特別にとっておきの情報を教えておいてやるぜ。飛竜の巣の近くを通って向かった先なんだがな。そこが花の群生地なんだが、魔物の巣のど真ん中になっている。気をつけろよ?」

「ふむふむ、魔物の巣のど真ん中か!」


 僕、すごく楽しみになってきました!


 ちなみに、魔物の巣といえば、こちらはニーナが察知していたね。

 どうやら、僕たちは労せずして、枯れない不思議なお花の所在を知ったようだ。

 でもまさか、本当にユフィーリアとニーナの言葉が手掛かりになるだなんて……


「エルネア君、私に感謝すべきだわ」

「エルネア君、私を褒めるべきだわ」

「ユフィ、ニーナ、よくできました!」


 ご褒美に、目一杯の抱擁ほうようをしてあげたいところなんだけど。大衆の面前なので、控えておきますね。


「エルネア君がやる気満々のようですので、準備が必要ですね」

「そうね、エルネアの瞳がプリシア並みに輝いているわ」

「えっ、そうかな?」

「んんっと、お兄ちゃんのお目目はきらきら?」

「んんっとぉ、どれどれ? お星様みたいに輝いてるね!」

「にゃん」

「そんな、馬鹿な!?」

「エルネア君、今回も私は絶対について行きますからね?」

「あら、マドリーヌ様が行くのなら、私も同行するわよ?」

「おお、頼もしい。……頼もしい?」

「むきぃっ。エルネア君、なんでそこで、私を見て首を傾げるのですかっ」

「冗談ですってば」


 アーニャさんの村に、現地特産のお土産を買いに来ただけのつもりだったんだけど。

 気づけば、またもや冒険の気配が!


 でも、仕方がないよね。

 なにせ、アーニャさんに贈り物をしたいと願う子供たちのためなんだから。

 僕の家族は、ここで見て見ぬ振りをするような、冷たい人たちではありません。

 よし、頑張ろう。と意気込む僕たち。


 目的地の所在を明確には教えてくれなかったり、怖がらせようと脅しを込めたつもりなのに、何を言われても全然怯ぜんぜんひるまない僕たちの様子に、冒険者も村人も驚く。

 だけど子供たちは、頼りになる協力者が現れてくれたことに喜び踊っていた。


 こうなったら、子供たちの期待を裏切れないよね!

 それに、僕たちもアーニャさんへの贈り物の作成に協力したいしね。


「よし、それじゃあ、出発の前に最終準備をしよう。アレスちゃん?」

「よばれたよばれた」


 ぽこん、と顕現してきたアレスちゃんに、冒険者や村の人たちが驚く。


「空間転移?」

「いや、まさか……」

「でも……?」


 顔を引きつらせる冒険者の誤解を解こうと、僕は言う。


「この子は、精霊さんなんですよ。だから、普段は消えていて、今は顕現してくれたんです」

「せ、精霊使い!? ってことは、あんたは耳長族かい!?」

「いいえ、僕は普通の人族です」


 耳長族は、あっちの幼女と、そこの女の子です。とは言わないけどね。


「さあ、アレスちゃん。みんなの武器を出してね?」

「おまかせおまかせ」


 驚く人たちを横目に、アレスちゃんはみんなの武器を謎の空間から取り出してくれる。

 そうそう。今朝から抜け駆けだったり、ちょっとした観光気分で動いていたので、山頂でアレスちゃんが振り回していた霊樹の木刀を腰に帯びた僕以外は、全員が武器を携帯していなかったんだよね。

 なにせ、その辺の魔物程度なら、ミストラルの鉄拳てっけんで粉砕できるからね!


「にゃん」

「ニーミア、今のは内緒だからね!」

「にゃあ」

「エルネア?」

「な、何も思考していませんよ。本当ですよ?」

「あとで、お仕置きね」

「そんなぁ……」


 なんてやり取りはともかくとして。


 ミストラルが漆黒の片手棍を受け取り、ルイセイネとマドリーヌ様が薙刀なぎなたを手に取る。


 屈強な男性は、ミストラルが受け取った漆黒の片手棍を見て、顔を引きつらせていた。

 美しい女性が、恐ろしい鈍器どんきを手に取るなんて、と思っているのかもね。


 次に、ライラが霊樹製の両手棍を貰う。


 僕が右腰に帯びている霊樹の木刀と合わせて、村人たちが「なんだか、あの二人の装備は貧相ひんそうねえ」なんて、小声で話してます。

 だだし、僕がアレスちゃんから白剣を受け取ると、冒険者の人たちが顔色を変えた。


「な、なんだ。あの武器は……!」

「見ただけでわかる。すげぇ業物わざものだ……」


 極めつけは、ユフィーリアとニーナが背負った黄金色の大剣、竜奉剣りゅうほうけんだった。


「なっ!?」

「なんちゅう武器を持ってんだ!」

「やべぇ、こいつら、絶対にやべぇよ……」


 立派な装備で身を固めているはずの冒険者の人たちが、僕たちの受け取った武器を見て白目を向いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る