伝説の冒険者

 ここで、僕たちに同行することとなった冒険者を紹介しておこう。


「にゃん」


 隊長を務めるのは、僕たちに護衛の提案をしてきた屈強くっきょうな男性のドランさん。

 分厚い全身鎧に大盾おおたて、それに長物のほこを持つ重厚なちの、いかにも前衛防御担当といった風貌の頼れるおじさん。


 次に、中剣を装備した小柄な男性が、ウィッパーさん。

 こちらは革の胸当てくらいしか防具は身につけておらず、素早さ重視といった感じだ。

 三人目は、長い槍を持つトンタックさん。

 トンタックさんも、薄い革製の半鎧で、身軽さ重視だね。


 そもそも、僕やルイセイネが学校の座学で習ったところによれば、非力な人族は、防御重視よりもなるべく身軽な装備で魔物などの攻撃を避けた方が良い、と習ったよね。

 盗賊を相手にするくらいなら盾や鎧といった防具は有用だけど、魔物や魔獣の激しい攻撃に対しては、動きが制限される重装備はあまり効果を発揮しない。それなら、無駄な装備は極力削けずって、身軽に動いた方が良い、と先生は言っていました。


 先生の言葉にらし合わせるなら、ウィッパーさんとトンタックさんの装備が適正なもので、ドランさんの重装備は過剰ということになる。


 でも、疑いの目を向けてはいけない。

 なぜなら、彼らは不思議なお花を採取する専門の冒険者だ。

 そのドランさんがえて重装備なのには、絶対に理由があるはずだからね。


 僕たちに同行してきた冒険者の内、ドランさん、ウィッパーさん、トンタックさんが前衛を構築している。

 そして、後衛を担当するのが残りの二人。


 ひとりは、呪術道具のつえを持つ、いかにも「呪術師」といった雰囲気の、痩せた男性。

 名前は、ベネイルさん。

 前衛三人が中年の男性で構成されているのに対し、ベネイルさんはまだ若い。

 二十歳前後くらいじゃないかな?


 そして最後のひとりが、弓使いのバトンさん。

 弓は、威力重視の大弓おおゆみではなくて、連射しやすそうな小型の弓を装備している。

 前衛の三人を補佐するような戦い方をするのかな?

 それと、バトンさんも、どちらかというと若い方だ。とはいっても、二十代半ばくらいかな?


 この計五人が、僕たちが危ない場合の護衛として、お花探しに同行してくれている。


「にゃあ」


 前衛の三人と後衛の二人には年齢差があるように見えるけど、立場の上下関係はないようで、全員が気さくな言葉遣いで和気藹々わきあいあいとした雰囲気の、素敵な人たちだ。


「そんで、あんたらはどっちに向かう?」


 村を出発して程なく。僕たちは、二股の細い道に差し掛かった。

 村の奥手から伸びた細い道をそのまま辿たどるなら、左に折れる道を選ぶ方が良い。

 右側に向かう道は、地面が踏み固められていない、普段は利用されていない感じの道だ。


「うぅん、そうだなあ」

「断然、右の道だわ」

「間違いなく、右の道だわ」


 すると、ユフィーリアとニーナが躊躇ためらいなく右側を選択した。


「左は、村人が普段から利用している道だわ」

「右は、貴方たちが今回だけ利用した道だわ」


 なるほど、鋭い!


 ということで、僕たちはユフィーリアとニーナの言葉を信じて右側に進む。

 ドランさんたちも、この程度で僕たちが惑わされるはずがない、と確信していたのか、さして驚きもせずに後を追ってきた。


「あのね、プリシアはお花で首飾りが作りたいの」

「んんっとぉ、それならいっぱいお花を摘まなきゃね?」

「にゃん」


 プリシアちゃんは、姉のアリシアちゃんに手を引かれて楽しそうな足取りだ。

 冒険も楽しいし、なによりも、大好きなお姉ちゃんと一緒に行動できるのが嬉しいんだよね。

 だけど、ドランさんたち冒険者から見れば、プリシアちゃんの存在は奇異きいに映ったみたい。


「しかし、良いのかい? そのちびっ子くらいは村に残した方が安全だったように思えるが?」


 村を出発する前にも念を押されて確認されたけど、改めてドランさんが忠告してくれた。

 僕はそんなドランさんに、申し訳なさそうに断りを入れる。


「ううん、いいんです。プリシアちゃんも立派に動けるから。実は、頼りになるんですよ?」


 はっはっはっ。

 本当のことを言うと、プリシアちゃんを村に残す方が危険だよ!

 僕たちの目が離れた隙に、どんな騒動を起こすやら……。そう考えると、連れてきた方が安全安心なんだよね。


「いざとなったら、わたしがプリシアを保護するわ」

「あらあらまあまあ、ミストさん。そう言ってエルネア君が起こす騒動から身を引こうとしても駄目ですよ?」

「僕がこれから問題を起こすことが前提になってる!?」


 僕はプリシアちゃんの心配をしていたんだけど、どうやら他のみんなは、僕のことを不安視していたようです!


「がははっ。ぼうやの家族の女さんどもは、威勢がいいな」


 僕を中心に賑やかに騒ぐ女性陣を見て、男ばかりの冒険者たちは表情を緩めていた。


「気をつけてくださいね。戦闘になったら、この人たちは容赦しないから……」

「エルネア、何か言ったかしら?」

「いいえ、何も言ってないよ!」


 耳聡みみざといミストラルに、慌てて言いつくろう僕。

 だけど、僕の言葉は図らずしも現実となるのだった。






「魔物の気配だわ」

「魔物が近くにいるわ」

「みなさん、警戒してください」


 ユフィーリアとニーナが、竜奉剣りゅうほうけんを抜き放つ。そして、双子の二人に並ぶマドリーヌ様。


「みんな、気をつけて!」


 魔物にじゃないよ?


 ざわわ、と茂みの奥が揺れる。

 そして、得体の知れないうねうねとした魔物が姿を現した。


「ユフィと」

「ニーナの」


 ユフィーリアとニーナは、お互いが持つ竜奉剣を頭上で重ね合わせて、くるくると回り出す。


「このマドリーヌに、その邪悪な姿をさらしたことがお終いですよ! さあ、女神様のご慈悲のもとにひざまずきなさいっ」


 さらに、マドリーヌ様が法術を唱え始めた。


「みんな、逃げてっ」


 と、咄嗟とっさに叫ぶ。

 だけど、間に合わなかった!


 茂みから姿を現した魔物が、呪縛の法術に囚われて動きを止める。

 そして僕たちもまた、マドリーヌ様が放った法術に取り込まれて、身動きができなくなる!


「「竜槍乱舞りゅうそうらんぶ!」」


 そこへ、容赦なくユフィーリアとニーナの竜術が襲いかかってきた!!


「ぎゃーっ!」


 魔物ではなくて、僕たちの悲鳴が飛び交う。

 僕の側を、勢いよく竜槍が飛び去っていく。

 ドランさんの顔すれすれを通過し、ベネイルさんの背後で爆発する。

 周囲へ手当たり次第に放たれた無数の竜槍が、まさに乱舞しながら、魔物だけじゃなくて僕たちも恐怖のどん底へと叩き落とした。


「ユフィ姉様、ニーナ姉様、いい加減にしてよっ」

「あら、失礼だわ。エルネア君にだけは当たらないように制御しているわ」

「あら、失礼だわ。ちゃんと魔物も狙っているわ」

「むきぃっ、なんで私の方にまで飛んでくるのですかっ」

「マドリーヌ、気のせいだわ」

「マドリーヌ、思い込みだわ」


 呪縛法術じゅばくほうじゅつ三日月みかづきじんで僕たち諸共ものとも、魔物の動きを封じたマドリーヌ様だけど。まさか、相棒のユフィーリアとニーナに裏切られるなんてね。

 自分の方へと飛んできた竜槍を、必死になって避けるマドリーヌ様。


 僕たちは身動きができないまま、ただひたすら無力に、竜槍乱舞が収まるのを魂を縮めながら待った。


「ひ、ひぃ……」

「こ、この術はもしや!?」


 すると、ドランさんとウィッパーさんが顔を青ざめさせながら、ユフィーリアとニーナとマドリーヌ様に反応した。


 おや?

 まさか、この三人の過去をお知りでしょうか。

 それはともかくとして。


 ユフィーリアとニーナだって、本気で身内を狙ったりはしていない。

 それに、ジルドさんの指導を受けて、竜槍の制御もできるようになったからね。

 ということで、結局のところは、魔物以外は誰も被害に遭うことなく、竜槍乱舞は収まる。


 ただし、破壊し尽くされた周囲の状況に、冒険者の皆さんは顔色を悪くしていた。


「ええっと……。ほら、僕の家族は頼りになるでしょ?」


 気をまぎらわせようと、にっこり微笑む僕。

 だけどドランさんは、やはり気づいてしまったようだ。


「ま、まさか……。混沌こんとん淑女しゅくじょたち……!?」


 ドランさんの言葉に、冒険者の残りの四人が震えあがる。


「あ、あの、悪魔的な破滅をもたらすという!?」

「一見、見目麗みめうるわしい巫女様と、銀髪小麦肌ぎんぱつこむぎはだの双子の美女の三人組……」

「ずっと前に、引退したと聞いていたけど……?」

「聞いたことがあるぞ。その、恐怖の逸話いつわを……!」


 がくがくと、肩を寄せ合って震える冒険者たち。


「ユフィ?」

「ニーナさん?」

「はわわっ、マドリーヌ様?」


 ミストラルとルイセイネとライラが、冷たい視線で暴走三淑女を見る。


「混沌の淑女だなんて、失礼だわ」

「聞き覚えのない名前だわ」

「そうですね。きっと別人ではないでしょうか」


 いいえ、絶対に貴女たち三人の通り名ですよね!


 過去に、ユフィーリアとニーナとマドリーヌ様の三人で冒険をしていたとは聞き知っていたけど。

 まさか、同業者から「混沌の淑女」として恐れられていただなんてね。


 まあ、三人らしい逸話だね。


 思わぬところで三人の過去に触れた僕は、つい先ほどまでの恐怖も忘れて、楽しい気分になってきちゃった。

 プリシアちゃんとアリシアちゃんも、ど派手な戦闘が楽しかったのか、きゃっきゃと騒いでいた。


「まったく。ユフィ、ニーナ、マドリーヌ、次からはもう少し自重しなさい」

「あら、ミストラル。その台詞せりふはエルネア君に言うべきだわ」

「あら、ミストラル。その言葉はエルネア君のためにあるようなものだわ」

「私は、竜槍乱舞のまとが動かないように、縛りをいれただけですからねっ」


 ミストラルの注意に、反省の色を見せないユフィーリアとニーナとマドリーヌ様。

 ルイセイネとライラとセフィーナさんは、肩をすくめてため息を吐く。

 そんな、今の無差別的な戦闘にも動じていない僕たちを見て、ドランさんが恐れがちに聞いてきた。


「な、なんなんだ、お前さんたちは……?」

「僕たちは、いたって普通の家族ですよ? まあ、こういう騒動が日常茶飯事なのは否定しないけど」


 むしろ、まだ可愛い方です。

 これで、プリシアちゃんとアレスちゃんが一緒になって暴れだしたら、僕だって手をつけられない状況になるからね。


「さあ、そろそろ出発するわよ。気を緩めないでちょうだいね」


 魔晶石ましょうせきを回収したセフィーナさんを確認すると、ミストラルが先を促す。


「あっちが、飛竜の巣だったわ」

「次は、飛竜の討伐だわ」

「腕が鳴りますね」

「こらこら、そこの三人組。今し方、ミストラルに怒られたばかりだよね? それに、野生の飛竜を無闇に襲っちゃ駄目だからねっ」

「姉様たち、もう目的を忘れているのじゃないかしら?」

「あらあらまあまあ、それは困りましたね」

「エルネア様、レヴァリア様をお呼びになった方が良いですわ」

「いやいや、ライラ。レヴァリアを呼んだら、それこそ飛竜の巣が壊滅しちゃうからね!?」

「んんっとぉ、竜族のうろこきばは超高級品だよ?」

「おわおっ。お姉ちゃん、お菓子がいっぱい買える?」

「お菓子の家が建つくらい買えるよ」

「やったー」

「プリシアちゃん、駄目だってば!」


 もう、冒険者は言葉も出ない。

 ドランさんたちは、唖然あぜんとした表情で僕たちを見ていた。


「あっ。もしも身の危険を感じた場合は、言ってくださいね? 僕たちが責任を持って村まで送り届けますので」

「あ、ああ……」


 かくかくっ、と震えるように小刻みに頷く、ドランさん。


 気のせいかな?

 保護してもらう人と庇護者ひごしゃが反対になったような気がします。

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