誰にも止められない

くまだ!」

いのししね」

おおかみだわ」


 野生のけものが現れた。


「んんっと、今晩のご飯?」


 嫌な予感でも過ぎったのか、獣たちは逃げ出した。


「獲り逃さないわ」

「見逃さないわ」


 だけど、僕たちの前に現れてしまったのが、運のきだ。

 ユフィーリアとニーナが竜奉剣を振りかざして、猛然もうぜんと獣を追いかけ出した。


「お姉様たち、暴れないでっ」


 セフィーナさんが、慌てて後を追う。


「あらあらまあまあ、困りましたね」

「迷子にならないようにねー?」


 どうやら、双子王女様に「冒険」という免罪符めんざいふを与えてはいけないようです。

 自由勝手に暴れるユフィーリアとニーナを、もう誰も制御できません。


「あの二人はセフィーナに任せて、私たちは先を急ぎましょうか」


 ミストラルも少し困ったように、ため息を吐いていた。






「魔物だ!」

「魔獣ですわ」

「精霊さんね」


 危険な生物が現れた。


「んんっと、お友達になる?」


 プリシアちゃんが、仲間を増やしたそうに、こちらを見ています。


「いやいや、プリシアちゃん。魔物はお友達にならないからねっ」


 僕たちは武器を構えると、魔物に襲いかかった。


 ミストラルが漆黒の片手棍を握り締めて疾駆し、僕は白剣を手に空間跳躍を発動させる。

 あっという間に、魔物は駆逐くちくされた。

 それを見ていた魔獣が、そっときびすを返す。


「んんっと、逃さないよ?」

「んんとぉ、逃さないんだって!」

『っ!!』


 この先に待ち受ける恐ろしい未来でも感じたのか、魔獣は一目散に逃げ出した。


「おわおっ、待て待てーっ」

「捕まえちゃうぞーっ」


 そして、嬉々ききとして魔獣たちを追いかけ回す耳長族の姉妹。

 空間跳躍を駆使して魔獣に迫るアリシアちゃんとプリシアちゃんを見て、冒険者の人たちは目を点にする。


 そういえば、教えてなかったよね。あの二人が耳長族だってことを。


「あ、あ……」


 驚きのあまり言葉が出ないのか、ドランさんはプリシアちゃんたちを指さしたまま、くちびるを震わせていた。


「アリシア。プリシアのことはちゃんと見てあげてちょうだいね」


 ミストラルの忠告に、ずっと先から「任せてちょうだい」という声だけが微かに送られてきた。


「ええっと、それじゃあ……」


 僕は暴走族を見送ると、改めて振り返る。

 すると、小さな子供や小動物の姿をした精霊さんたちが、待ちかねていたように瞳を輝かせた。


「いやいやいや、僕たちは忙しいから、構ってあげている暇はないからね?」


 というか、プリシアちゃん!

 なんで、精霊じゃなくて魔獣を追っていっちゃったんですか!

 耳長族なら、精霊の相手をして欲しかったよね……


 でも、そうか。

 精霊さんたちとはいつでも遊べるけど、逃げ出した魔獣は追わなきゃ捕まえられないからね。だから、精霊さんたちと遊ぶのは後回しにしたんですね……


 それにしても、と次から次に顕現してくる精霊さんたちを見つめる僕たち。


 近くにそびえるホルム火山の影響なのかな?

 見た感じ、火と地の精霊さんが多い。しかも、この二つの属性の精霊さんは、ほのかな光とか昆虫のような小さな生き物の姿じゃなくて、動物なんかの姿をしているね。

 ということは、集まってきた精霊さんたちは、それなりに力を持っているってことだよね。

 そんな存在力のある精霊さんたちが、ずずいっと僕たちに迫り来る。


「な、何なんだ!?」


 顕現化した精霊と相対した経験がないのか、いきなり姿を現した子供や小動物たちの存在に、冒険者の人たちは後退あとじさる。


「みんな……」


 ごくり、と喉を震わせて、ドランさんたちが僕を見た。


「逃げろーっ!」

「ぎゃーっ」


 魔物を瞬殺した僕たちが尻尾を巻いて逃げ出したことに、冒険者の人たちは只ならぬ危機感を覚えたようだ。

 悲鳴をあげながら、必死になって逃げ出した。


 だけど、ここで問題が発生した。


「ま、待ってくれっ」


 重装備のドランさんが遅れる。


 そりぁあ、そうだよね。

 全身を重厚な鎧で包み、手には大盾と矛を持っているドランさんが、素早く逃げられるはずもない。

 でも、このままだと精霊さんたちに捕まって、弄ばれちゃう!


 逃げ遅れた者から餌食になる。それは、自然の鉄則だ。

 きゃっきゃと騒ぎながら、精霊さんたちがドランさんに迫る。


「ドランさん、私と息を合わせて跳躍してください」


 その時。女神様は現れた。……いや、混沌の淑女の最後のひとり、マドリーヌ様が救いの手を差し伸べた。

 マドリーヌ様はドランさんの手を取り、合図に合わせて飛び跳ねる。と、同時に、法術「星渡り」を発動させた。


「ひゃーっ」


 突然、地面と平行に高速で移動しだしたことに、ドランさんは巨躯きょくに似合わない可愛い悲鳴をあげた。


「さすがはマドリーヌ様ですね」


 僕と一緒に逃げていたルイセイネが、感心したように頷く。


「どういうこと?」


 横から飛び出してきた精霊さんを巧く回避しながら、聞き返す僕。


「星渡りはとても便利な移動法術なのですが。法力の心得こころえのない方と同調させて発動するのは、意外と難しいのですよ?」

「へええ」


 と言いつつ、僕はルイセイネの手を取る。

 そして、息を合わせて、ぴょんっ、と跳ねる。

 すると、どうだろう。

 すぅぅっ、と空中を滑るように移動する僕とルイセイネ。


 なんだか、不思議な気分だね。

 力を入れなくても、身体が勝手に前へと進む。

 しかも、誰かに押されたり圧力を受けて移動している感じじゃない。

 まるで、自分が水平移動しているのではなくて、世界の方が僕たちに合わせて動いているような感覚だ。


 ただし、これが法術「星渡り」の独特な感覚なのか、ルイセイネの気遣いによるものなのかは、僕にはわからなかった。……いいえ、この後すぐに、ルイセイネの気遣いだと知りました!


「はわわっ。ルイセイネ様、ずるいですわっ」

「ルイセイネ、何をこっそりと、エルネアと手を繋いでいるの! エルネアも、自力で逃げなさいっ」


 僕とルイセイネが仲良く手を繋いで逃げていたら、ミストラルとライラがこっちに向かって突進してきた。


「あらあらまあまあ、困りました。エルネア君、逃げますよ」

「えっ! 逃げるって、精霊さんたちからだよね!?」


 まさか、ミストラルとライラからかな!?


「むきぃっ。ルイセイネだけ、卑怯ひきょうですよっ」


 いいえ、マドリーヌ様からでした!


 ドランさんと手を繋いだまま、星渡りを発動させて猛然と迫り来るマドリーヌ様。

 ドランさんは、マドリーヌ様に振り回されているような感じで、強引に引っ張られています!

 さっきまで可愛い悲鳴をあげていたはずのドランさんは、今や本気の悲鳴をあげていた。


 どうやら、どんなに優秀な巫女様が星渡りを使ったとしても、気遣いがないと恐ろしい術になっちゃうんだね。

 その点、ルイセイネは優しく僕の手を取り、ふわりと星渡りを発動させる。


 そして、逃げる僕たち。

 ミストラルとライラが振り回す鈍器から。

 マドリーヌ様の狂気から。

 それと、お祭り騒ぎになってきた精霊さんたちから!


『面白いわ』

『楽しいね』

みなぎってきたぜーっ』


 ちびっ子みたいな容姿なのに、筋肉むきむきの地の精霊さんが、土団子つちだんごを作る。そして、ぽんぽことこちらへ向かって投げつけ出した。


『地の精霊には負けてられないよっ』

『野郎ども、やっちまえっ』


 すると、今度は火の精霊さんたちが火の玉を作って投げ始めた。


「いやいや、火は駄目だよっ。木や草が燃えちゃうよっ」


 だけど、僕の悲鳴は間違いでした。

 精霊術で生み出された炎なら、無闇に自然を燃やしたりはしない。


 ただし……


 土団子と火の玉が、地面に着弾する。その瞬間、どかんっ、と大爆発を起こした。


「えええっ!」


 見た目は、子供が作るような土団子と可愛らしい火の玉だけど。威力は凄まじいようです!

 というか、当たったら絶対に怪我をしちゃうよね!!


 いきなり顕現してきたかと思ったら、問答無用で僕たちを追いかける精霊さんたち。しかも、遊びの領域を超えた精霊術で、どかんっ、どかんっ、と爆発が連続する。

 そんな状況に、冒険者の人たちは悲鳴をあげながら、必死になって逃げていた。


「くそっ、何だってんだ!」

「魔物が出たり、魔獣が出たり……っ!」

「このちびっ子どもも、正体は何なんだよっ」


 きっと、普段彼らが不思議なお花を採りに行くときは、こんな騒動なんて起きないんだろうね。

 魔物くらいは遭遇するだろうけど、魔獣になんて滅多に出くわさないはずだ。ましてや、精霊を見ることなんて絶対にない。

 だけど、僕たちと一緒に行動してしまったがために、ドランさんたちは前代未聞の騒動に巻き込まれてしまった。


 可哀想に……


 なんて、他人を心配している場合じゃありませんでした。


「お兄ちゃん。ねえねえ、見て?」


 必死に逃げ回る僕たちの方へと、風を切って迫る影が。

 振り返ると、おさるの魔獣に抱っこされたプリシアちゃんが、きゃっきゃと嬉しそうにはしゃいでいた。


「エルネア君、見て見てっ」


 更に、山猫やまねこの魔獣に騎乗したアリシアちゃんも、楽しそうに手を振りながら戻ってきた。

 それだけじゃない。

 さっき逃げていったはずの魔獣たちが、プリシアちゃんに付き従うように、後から後から走り寄ってくる。


 もうこれは、魔獣の動物園だね!


 そして、精霊さんたちと合流した無垢むくな幼女は、いよいよプリシア王国を創りあげる。


「あのね、エルネアお兄ちゃんを捕まえたら優勝だよ」

『いけーっ』

『突撃っ』

『捕まえろー』

「きゃーっ」


 悲鳴をあげて逃げる僕。


「エ、エルネア君」


 だけど、こういう時こそ不幸は重なる。


 ルイセイネの警告に、はっ、と上空を見上げた。

 そして、顔を引きつらせる。


 巨大な影が、高速で空を横切った。


「そんな……馬鹿な……」


 冒険者の人たちが、今度こそ絶望にれる。

 現れたのは、茶色の鱗をした飛竜たちだった。


「さ、騒ぎすぎたんだ!」


 呆然ぼうぜんと空を見上げて、足が止まりそうになったウィッパーさんを、ミストラルが叱咤しったする。


「走りなさい! どんな状況でも諦めないのが、一流の冒険者なのでしょう!」

「し、しかし……」


 背後からは、精霊さんたちが土団子と火の玉を無邪気に投げてくる。また、ある一方からは、魔獣たちがむれを成して迫ってきた。

 それだけでも手一杯だというのに、空から強襲してきたのは、よりにもよって複数の飛竜だ。


「みなさん、右へ全力で避けてください!」


 ルイセイネの警告に合わせて、僕たちは回避行動をとる。

 急降下してきた飛竜が、つい一瞬前まで僕たちが走っていた場所に、鋭い爪を突き立てた。


「お、終わりだ……」

「助けてくれぇっ」


 べネイルさんとバトンさんが悲鳴をあげる。


「くうう、いつにも増して大変だっ」


 右を見ても左を見ても、それから上を見ても、大・騒・動!

 しかも、収拾の目処めどがどこにもない。


「僕たちは、枯れない不思議なお花を摘みに来ただけなのになぁ」


 なんで、こんな状況になったんだっけ?


 ああ、そうか。

 始まりは、ユフィーリアとニーナの暴走からだったよね。


 というかさ。

 今更だけど。

 獣を狩るだけのために竜奉剣を振り回すだなんて、物騒極まりないね!


 それで、あの三姉妹はちゃんと今晩の食材を確保できたのかな?


「エルネア君!」


 思考したからなのか。

 目にも留まらぬ速さで、セフィーナさんが戻ってきた。


「セフィーナさん、ユフィとニーナは?」

「それよりも!」


 セフィーナさんは、東を指差した。


「向こうに、私たちが探していた枯れない花があるわ」

「おお、なんということでしょう」


 物事はどう転ぶかわからないものだね。

 ユフィーリアとニーナを追っていったはずのセフィーナさんは、どうやら目的地を見つけたようです。


「みんな、目的地まで頑張って逃げよう!」


 きっと、そこに騒動を収束させる解決の糸口があるはずだ!


 ……と、思った時期が、僕にもありました。






「あ、ああ……」


 爆発する土団子と火の玉の雨を潜り抜け、魔獣たちの突撃を回避し、飛竜の猛攻を防ぎながら、僕たちはなんとか目的地へとたどり着いた。


 そして、見た。


「エルネア君、食虫植物しょくちゅうしょくぶつだわ」

「エルネア君、魔物の群だわ」


 竜奉剣を振り回す、ユフィーリアとニーナ。

 それと、数え切れないほどの、魔物の群。

 その中で、ぎざぎざの歯がびっしりと生えた凶悪な口をくきに埋め込んだ食虫植物の化け物たちが、触手の先に綺麗なお花を咲かせて、暴れまわっていた。


 僕たちは、混沌さを増した情勢に、疲れたように立ち尽くしたのだった……

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