お手本を見習って

 魔獣だ。

 飛竜だ!

 化け物だ!!


「んんっと、精霊さんもいるよ?」


 大変だーっ!


 というわけで、枯れない不思議なお花を摘みに来ただけの僕たちの周囲は、阿鼻叫喚あびきょうかんな世界へと変わり果ててしまった。


「どうしてこうなった!」

「んんっとぉ、それはきっと、エルネア君のせいじゃないかな?」

「そんな、馬鹿なーっ」


 魔獣に騎乗したアリシアちゃんが、僕たちを追い抜く間際に、酷いことを言い放って行きました。


 プリシアちゃんとアリシアちゃんに指揮された魔獣の群は、食虫植物の化け物が生息する草原を縦横無尽に走り回る。そして、魔物を蹴散らしながら、場をさらに混沌とさせていく。

 追いついてきた精霊さんたちも、黙ってはいない。

 土団子や火の玉をぽんぽこと投げながら、草原を爆裂のそのへと変える。


『騒がしい者共め!』


 そこへ、焦げ茶色の鱗をした飛竜の群が襲いかかってきた!

 複数の飛竜が編隊を組んで、低空から炎を撒き散らす。


「みなさん、わたくしとマドリーヌ様の結界の中へ!」


 ルイセイネが叫ぶ。

 僕たちは慌てて法術の結界内に逃げ込むと、竜術の結界も多重に掛けた。

 直後。火炎が迫り、視界が真っ赤に染まる。

 冒険者の人たちは、結界内で悲鳴をあげた。


 炎がしずまり、視界が開ける。

 すると、飛竜の炎に焼かれて燃え上がる食虫植物の化け物たちの姿が!


「おおっと、これはまずいね。あの化け物が全部燃えちゃうと、お花が回収できないよっ」

「そこは、このアリシアちゃんに任せなさい。プリシア、いくよっ」

「んんっと、頑張るよ!」


 プリシアちゃんの掛け声に応えて、遁甲とんこうで飛竜の炎を回避していた魔獣たちが、竜脈から出てくる。

 アリシアちゃんとプリシアちゃんは再び魔獣に騎乗すると、草原を駆け回り出す。


「はい、それじゃあ炎の精霊のみんな。火の勢いを弱めてちょうだい。じゃないと、お仕置きしちゃうわよ?」

「んんっと、水の精霊さんたち、いっぱい雨を降らせてね。そうしたら、きっとエルネアお兄ちゃんが素敵なご褒美をくれますからね」

「えええっ、ご褒美は僕が出さなきゃいけないの!?」


 アリシアちゃんが炎の精霊さんたちに干渉し、プリシアちゃんが水の精霊さんを使役する。

 ついでに、土の精霊さんが食忠直物の足場をくずして動きを阻害し、風の精霊さんが吹き乱れて飛竜の飛行を邪魔していた。


『おのれ、人と精霊の分際で!』


 だけど、飛竜だって容赦はしない。

 抵抗されたことに腹を立てたのか、飛竜たちは一度上空へと舞い上がると、鋭い爪と牙を光らせて、急降下してきた。


「ライラ!」

「はいですわ!」


 僕に声をかけられて、嬉しそうに握り拳をつくるライラ。その瞳は、青く輝いていた。

 ライラは、上空から急降下してくる飛竜たちを見据みすえる。


「飛竜のみなさま、お座りですわ!」


 ライラの、支配の瞳が発動した。


『ぐぬぬっ』

『身体が勝手に!?』

『お、おのれっ』


 急降下していたはずの飛竜たちは、揃って翼を畳み、犬のようなお座りの格好になる。


 だけどね……


 そこは、空の上。

 お座りの姿勢のまま、飛竜たちが落ちてきました!


 このままでは、飛竜たちはお座り姿勢のまま、情けなく地面に激突しちゃう。


「はわわっ。間違えましたわ。飛竜のみなさまは、自由に飛んでください。ですが、こちらへの攻撃は禁止ですわ!」


 ライラの新たな命令によって自由を取り戻した飛竜たちは、慌てて翼を羽ばたかせる。

 そして、地面すれすれで浮力を回復させると、空へと舞い戻った。


『うぅむ、恐ろしい娘だ』

『意志に反して従ってしまう……?』


 大空を飛ぶ飛竜たちは、驚いた表情で地上のライラを見つめていた。


「ええい、いったいぜんたい、何がどうなっているってんだ!?」


 僕たちにとっては、精霊たちが暴れるのはいつものことだし、飛竜の攻撃くらいはどうにかできる。

 だけど、冒険者の人たちにとっては全てが前代未聞で、ありえない状況なんだよね。

 ドランさんは頭を抱えて、この状況に苦悩していた。


「ドランさん、元気を出して! 本番はこれからですよ?」

「えっ? もっと酷くなるのかい!?」

「間違えました。目的達成のための本命は、これからですよ。僕たちは、あの化け物の触手の先に咲いているお花を摘まなきゃいけないんですから」

「そ、そうだったな……」


 魔獣たちを従え、周囲を走り回るプリシアちゃんを見ながら、ドランさんは乾いた笑いを喉から漏らす。


 ああ、これは現実逃避に入っているね。

 仕方がないといえば、仕方がないんだけど。

 でも、このまま一流の冒険者の人たちを途方に暮れさせた状態で村に戻ったりしちゃうと、その後に僕たちの変な噂を流しそうで怖いよね。

 ということで、ここは冒険者の人たちを立てる作戦に出る。


「ドランさん、協力してください。ここまでは僕たちにでも対処できたんだけど。あの、暴れる植物の化け物の触手から、どうやって安全にお花を回収するの?」


 その気になれば、空間跳躍で素早く近づいて、摘んだ後にまた逃げる、という手法で簡単に集められるんだけど。

 でも、ドランさんたちがどうやってお花を回収するのかも、見てみたいよね。


 僕に懇願こんがんされて、ようやくドランさんたちに気力が戻り始めた。


「お、おう! そんじゃあ、面目躍如めんもくやくじょといこうか!」

「魔獣と精霊さんたちと飛竜は、僕たちに任せてくださいね」


 どちらかというと、僕たちが担う仕事の方が大変な気もするけれど。

 だけど、僕におだてられたドランさんたちは、そこまで思考が回っていない。

 というか、このとんでもない状況に理解が追いついていなくて、だから自分たちで処理できる問題にしか思考が向いていないんだろうね。


 気を取り直したドランさんたちは、法術の結界から抜け出すと、気合いを入れて陣形を組む。


「お前ら、いくぞっ!」


 ドランさんが先頭になり、食虫植物の化け物に突っ込む。

 大盾を前面に構え、力強い足取りで間合いを詰める。

 食虫植物の化け物は、獲物が近づいてきたことに奇声を発しながら喜び、無数の触手をむちのようにしならせた。


 どうんっ、と大盾に触手が激しく叩きつけられる。

 だけど、重装備のドランさんは、びくともしない。それどころか、盾を構えたまま矛を縦横無尽に操り、迫り来る無数の触手を払い落としていく。


「トンタック、いくぜ!」

「おうよっ」


 ドランさんの背後から、ウィッパーさんとトンタックさんが飛び出した。

 トンタックさんは、触手を回避しながら化け物に接近する。


「おらよっと」


 そして、長い槍を振り回すと、先端に枯れないお花が咲いている触手だけを器用に切り落とす。

 地面に落ちた触手の先端に咲く枯れないお花の茎に、ウィッパーさんが中剣の刃を差し入れる。すると、ぽろりとお花が取れた。

 ウィッパーさんは、落ちたお花を素早く回収する。

 そのとき、ウィッパーさんに別の方角から魔物が襲いかかってきた。それを、トンタックさんが槍で払ってかばう。


「おい、一度撤収だ。そいつに咲く他の花は、もう燃えちまっている」

「了解」

「あいよっ」


 ドランさんの合図で、ウィッパーさんとトンタックさんが後退する。

 だけど、大切なお花を奪われた食虫植物の化け物は、怒り狂いながら二人に猛攻を仕掛けてきた。

 そこへ、別の方角から矢が飛んできた。

 連続して飛来した矢は、化け物の幹に深々と突き刺さる。

 不気味な口から悲鳴を漏らす化け物。

 さらに、触手の動きがにぶり出す。


 べネイルさんの呪術だ!


 後方からの援護を受けて、ウィッパーさんとトンタックさんは、無事にドランさんの元まで後退することができた。


 なるほど、これが一流の冒険者が見せるたくみな連携なのか、と土団子を投げ返しながら、僕は感心したように見つめていた。


 作戦は、いたって単純だ。

 ドランさんがまず先頭に立って、化け物の注意と攻撃を受け止める。その隙に、ウィッパーさんがお花を摘むために接敵する。ウィッパーさんが集中できるように側で援護するのがトンタックさんの役目で、撤退時や緊急の場合にみんなを護るのが、後衛のべネイルさんとバトンさんなんだね。


「無駄のない連携だね。見習わなきゃ」

「そうね。貴方は少し、周囲を巻き込みすぎたり物を壊しすぎたりするから」

「ミストラル、それは気のせいだよ?」

「あら、そうかしら?」

「そうだよ!」

「ふふふ、そういうことにしておいてあげるわ」


 無謀にもこちらに襲いかかってきた魔物を、漆黒の片手棍で無慈悲に粉砕しながら、ミストラルは楽しそうに微笑んだ。


「それじゃあ、見習った成果を早速披露してもらいましょうか」

「お任せあれっ」


 ミストラルに所望されちゃったら、断るわけにはいきません。

 さあ、今度は僕の出番だぞ!


 右手に白剣を。左手に霊樹の木刀を握りしめて、僕は戦場へと足を踏み入れた。


「アレスちゃん、霊樹ちゃん、いくよ!」

「いこういこう」

『大活躍するぞーっ』


 ここでも、楽しい思い出をいっぱい作らなきゃね!

 ということで、僕たちの連携をお見せしましょう。


 いつものように、竜剣舞を舞う。

 アレスちゃんとは融合していないけど、代わりに幼女が隣で合いの手を打ってくれる。

 ようやくの出番に、霊樹ちゃんも元気もりもりで力を放つ。


 すると、霊樹の力に影響されて、精霊さんたちが活発化し始めた。

 僕の竜剣舞に合わせて、いろんな属性の精霊さんたちが舞い踊る。

 特に、土と火の精霊さんの動きが良いね!


 子供の姿をした土の精霊さんが、魔獣の背中に飛び乗って、周りをはやし立てる。

 火の精霊さんが食虫植物に抱きつくと、ぼうぼうと燃え上がらせ始めた。


「こらこらっ。お花を回収していない化け物まで燃やしちゃ駄目だよ」

『つまり、用済みの化け物は燃やしちゃって良いわけね?』

「しまった、そういう解釈か!」


 火に包まれた化け物は、燃え上がりながら苦痛に暴れまわる。

 火に包まれた触手を振り回し、手当たり次第に周囲を攻撃する。

 仲間も敵も、関係なし。

 火の触手の攻撃を受けた他の化け物や魔物に、次々と引火していく。

 ただし、ドランさんたちがお花を回収していない化け物だけは、燃え上がらなかった。


「ううーむ、こんなんで良いのだろうか……」


 いいえ、良くありませんでした!


「ええい、我が子らだけ霊樹様の恩恵を受けるなど、黙って見てはおれぬぞ!」

「我らとて、霊樹様の恩恵を受けたいのだ!」

「ぎゃーっ」


 地面が激しく揺れだし、風に熱がこもりだす。

 そして、大物が顕現してきた。


 巨人族かと見まごうほどの巨体をした、土の精霊王さまと、火の精霊王さまだ!


「ここは、土と火の属性が強く影響する地域だからねぇ」


 なんて、僕の横を通り過ぎていったアリシアちゃんが、他人事のように言い放って行きました。


「うおおおおおぉぉぉっ、我に活力を!」

「ぬおおおおおぉぉぉっ、我に情熱を!」


 二人の精霊王が、共に雄叫おたけびをあげて、たけり狂う。


「ああ、ああああっ!」


 そして、力を爆発させた土の精霊王さまと火の精霊王さまは、眠れる大地を呼び覚ました。


 ごごごっ、とお腹の底から震えるような空気の振動と共に。

 近くにそびえるホルム火山が、山頂の火口から大量の炎と土煙を吐き出して、大噴火を起こした!


「ど、どどど、どうしよう、ミストラル!?」


 慌てて、ミストラルへと振り返る僕。


「エルネア君、大丈夫だわ。噴火の炎は、こちらに向かっていないわ」

「エルネア君、大丈夫だわ。噴火の煙は、村の方には行っていないわ」


 おかしいな?

 ミストラルがいる方向を向いたはずなのに、視界にはユフィーリアとニーナが。二人は「同類だわ」というような瞳で、僕を見つめていた。


「違う。僕はけっして、混沌の淑女たちとは違うんだっ」


 否定する僕。だけど、現実が許してくれない。


「おわおっ。大迫力だねっ」

「ふんかふんか」

『枯れ葉にお花を咲かせましょう』

「いやいや、霊樹ちゃん。お花を摘み取った化け物は、こんなことをしても花を咲かせ直したりはしないからねっ」


 むしろ、霊樹ちゃんから栄養をもらっているのは、精霊さんたちだ。

 特に、そこでふんがふんがっ、と暴れまわっている、二人の精霊王さまですからーっ!


 魔物は悲鳴をあげて逃げ惑い、食虫植物の化け物は狂乱して暴れ回る。

 魔獣たちは、幼女とその姉に指揮されて縦横無尽に場を乱し、精霊さんたちは活気付いて手がつけられない。

 そして、ホルム火山は深い眠りから目覚めて、勢いよく噴火していた。


「ああ、俺たちはここで終わりなんだ……」

「新しい槍、発注してたんだけどなぁ……」

「村の娘と、ようやく仲良くなれたってのに……」


 ドランさんたちは呆然と立ち尽くし、口々に未練をこぼしていた。


「エルネア君、ミストさんに加減しながら活躍しなさいって、言われたばかりなのに」

「セフィーナさん……。暴走している者たちの力を制御して、この場を鎮めて?」

「ふふふ、それはさすがに無理ね」

「そんなぁ……」


 お花摘みに来ただけなのに、気づけば大災害になっちゃっていました。

 僕は、噴煙を上げるホルム火山を見上げて、とほほと肩を落とした。

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