冬の大収穫祭

 結局、ホルム火山の大噴火は、僕たちがお花を摘み終わるまで続いた。


「ところで、植物の化け物を狩り尽くしちゃっても良かったのかな?」


 根こそぎ、とはこのことです。

 ドランさんたちの活躍もあって、草原に生息していた食虫植物の化け物は、綺麗に全滅してしまいました。

 ついでに、魔物の掃討そうとうも、魔獣たちの協力でやり遂げました!


 僕の疑問に、汗を拭いながらドランさんが答える。


「心配するこたぁねえよ。奴らは季節ごとに復活しやがるんだ。化け物も、魔物もな」

「ふぅん? 不思議な土地だね」


 魔物の巣とは、つまり魔物が他所よそよりも高い密度で出現する限定的な範囲を示す。

 でも、そこの魔物を駆逐し尽くしちゃうと、あとは普通の土地に戻ったりするんだよね。

 ヨルテニトス王国の東部国境に広がる大森林の魔物の巣は、そんな感じで巣の魔物を倒しきると、自然に戻る。

 まあ、某魔王の呪いのせいで、次から次に魔物の巣が生まれるのは、ヨルテニトス王国の人たちには内緒なんだけどね……


「もしかして、食虫植物は地面の下に種を植えているのかしら? それなら、地上で暴れていた化け物を根絶やしにしても、次があるわよね?」

「セフィーナさん、鋭いね! 植物の化け物は、球根きゅうこんで増えているのかもね」

「んんっと、種を持って帰る?」

「あらあらまあまあ。プリシアちゃん、それは困ります。禁領が食虫植物の生息地になってしまいますよ」

「花を摘み放題だわ」

「お金儲けし放題だわ」

「それじゃあ、摘み取る役目はユフィとニーナに任せようかしらね?」

「ミストは鬼だわ」

「ミストは悪魔だわ」


 いやいや、今回の冒険を混沌へと導いた貴女たち二人の方が、ミストラルよりも邪悪ですからね? という僕の突っ込みに、みんなが笑う。

 すると、ユフィーリアとニーナが頬を膨らませて抗議してきたので、冗談だよ、と頭を撫でて落ち着かせた。


 普段だと、ここからまた賑やかな騒ぎに発展するんだけど……


 今日は、もうみんなが疲れ切っていた。

 ユフィーリアとニーナも、僕に撫でられて満足したようで、笑顔で腰を下ろした。


 ひと時の平穏が訪れた草原に全員で腰を下ろして、のんびりと疲れを癒す。

 だけど、人とは違ってまだまだ元気なのが、精霊さんたちだった。


「よし、並べ」

「順序良く、だぞ?」

「ええっと、みなさん?」


 なぜか、土の精霊王さまと火の精霊王さまを先頭にして、僕の前に精霊さんたちの行列ができあがる。

 いったい、これから何が始まるんです?


「そういえば、活躍した精霊にはエルネア君がご褒美をあげる、という話ではなかったでしょうか?」

「マドリーヌ様、なんということを思い出すんですか!」


 というか、言い出しっぺはプリシアちゃんなんだけどね。

 そして、そのプリシアちゃんも、ちゃっかりと列に並んでいます。


「これが全部、精霊か」

「初めて見たが、すごいもんだなぁ」

「まさか、そこの可愛らしい姉妹が耳長族だったとはな」


 ドランさんたちが、行列を作る精霊さんたちを物珍しそうに見つめていた。

 どうやら、冒険者の人たちは、枯れない不思議なお花を採集している間に、この混沌とした状況にも慣れてきたみたい。

 近くで魔獣が走り回ったりしていても、少し驚くくらいでおびえたりはしない。

 魔獣たちは、完全にプリシアちゃんとアリシアちゃんになついていて、こちらを攻撃してこないということがわかったんだね。

 そして精霊さんたちも、悪戯をしたり暴れまわることはあっても、こちらに危害を加えたりしないことを理解してくれたみたい。


「それで、僕はどんなご褒美を精霊さんたちにあげればいいんだろうね?」


 困りました。

 何の準備もしていないからね。

 いきなり、精霊さんたちにご褒美をあげて、と言われても、手持ちに何もない状況なんです。


 困る僕。

 そこへ助言を授けてくれたのは、これまた行列に並んでいたアレスちゃんだった。


「れいじゅれいじゅ」

「ああ、そうだね!」


 そうそう。その手がありました。

 精霊さんたちは、属性を問わず霊樹を大切に想って、慕っている。

 そして、僕が手にしているのは、霊樹ちゃんだ!


「よし、それじゃあ、これからご褒美をあげますからね」


 やったーっ、と喜ぶ精霊さんたち。

 土の精霊王さまと火の精霊王さまも、飛び跳ねて喜ぶ。

 そして、また噴煙を上げ出すホルム火山!


「精霊王さまは、すこし落ち着いて! それと、身体が大きすぎるので、僕の前に頭を出してくださいね?」


 巨人族のような巨体の土の精霊王さまと火の精霊王さまは、僕の指示に従って膝を折り、頭を下げてくれた。

 僕は霊樹の木刀を両手で持つと、かしこまったように頭上高くかかげる。そして、木刀の先で、ぽんぽん、と精霊王さまの頭を軽く叩いた。


「ご協力、ありがとうございました」


 暴力的な叩き方ではなくて。神職の人が信者さんにおはらいをほどこしたときのような感じで、邪気を祓うように霊樹の木刀を振る。そして、祝福を授けるように優しく、精霊さんに触れる。

 精霊さんたちは僕の前に出ると、嬉しそうにぽんぽんと頭や肩を叩かれていった。


『この地の精霊に祝福を』


 霊樹の木刀から、澄んだ気が広がる。そうして、僕の前に行列を作った精霊さんたちだけではなく、周囲の自然や動物たちにまで祝福を与えていく。

 すると、僕たちが暴れまわったおかげで荒れ果ててしまっていた草原に、小さな命の息吹いぶきが芽生え始めた。


「まだ春には早いが、霊樹さまの恩恵を受けておいて、寝坊する者はいまい」

「さあ、今年の春は大いに咲き誇ってみせよ」


 土の精霊王さまと火の精霊王さまが、霊樹ちゃんの祝福を受けた精霊さんたちをはやし立てた。

 この土地の守護者である二人の精霊王と共に、精霊さんたちが踊る。

 精霊さんたちが活気付くのに合わせて、まだ冷んやりとしていた風は次第に暖かくなり、太陽の日差しもぽかぽかとし始めた。


「地面がほんのりと暖かくなってきましたわ」


 お尻をついて寛いでいたライラが、地面に手を当てて驚く。


「噴煙を上げていた火山が収まったわ」

「噴火で荒れていた山肌に緑が戻っていくわ」


 ユフィーリアとニーナの言葉でみんながホルム火山を振り返ると、たしかに山腹が緑に覆われ始めていた。


「ひと足早い、春かしら?」


 陽気にてられて、ミストラルが柔らかに笑う。

 でも、そこはまだ立春さえ来ていない冬真っ盛りだ。


『ちょっと! 冬は私たちの季節でしょう?』

『そうよ、そうよっ。只でさえ火の精霊王さまの影響が強くて、冬でもあまり遊び回れないのにっ』

『ずるいわっ』

『もっと寒い方が良いよっ』


 雪の精霊さんかな?

 灰色の雲と一緒に流れてきた白いふわふわの精霊さんが、不満を漏らす。

 そして、春の息吹に負けるものか、と賑やかに空を舞い始めた。


「あらあらまあまあ、不思議ですね。春の草花と雪景色を同時に見られるだなんて」

「これこそ、女神様の奇跡ですね!」

「……残念ですが、マドリーヌ様。これは精霊さんたちの影響ですよ?」

「いいえ、エルネア君。精霊たちも女神様の加護を受けているからこそ、こうして多くの生命が共存し合えるのです」


 マドリーヌ様の主張は少し強引な気もしたけど、耳長族の賢者であるアリシアちゃんや精霊たち自身が異論を唱えなかったので、良しとしておきましょう。

 そして、巫女様のありがたい説法せっぽうを聞いたドランさんたちは、すごく感動しながら、大自然が見せる奇跡に魅入っていた。


 ただし、精霊さんたちの影響で自然が活性化するのは、何も良いことばかりではない。


「エルネア君……」


 セフィーナさんにつつかれて、ふと草原を見る。

 すると、むくむくと土が盛り上がり始めた場所が何箇所か。


 嫌な予感しかしません!


「そういえば、植物の化け物は季節ごとに現れるんだよね?」


 冬の分は、さっき狩り尽くした。

 だけど、この周囲はひと足早い春が訪れているわけで……


 固唾かたずを飲んで僕たちが見守る先で、柔らかい表面の土を割って、可愛いお花が顔を覗かせる。

 だけど、騙されませんよ?

 あの可愛いお花の下には、食虫植物の化け物が不気味な口を開けて、待ち構えているんだ。


「んんっと、またお花摘みをするの?」


 精霊さんたちと一緒に踊っていたプリシアちゃんが、瞳を輝かせて僕を見た。


「みんな……」


 ごくり、と緊張の面持ちでドランさんたちが注目する。

 僕は全員の顔を確認すると、号令を発した。


「逃げろーっ!」


 きゃーっ、と意味もなく悲鳴をあげて、僕たちは草原から脱兎だっとのごとく逃げ出した。


「さすがに、これ以上はやり過ぎだもんね?」

「アリシアちゃん……。魔獣を引き連れて走っている時点で、十分にやり過ぎだからね!」


 プリシアちゃんとアレスちゃんなんて、火の精霊王さまの肩に乗せてもらいながら、逃げてきています!

 ちなみに、土の精霊王さまは、重装備で素早く走れないドランさんを小脇に抱えて、僕たちの後を追ってきていた。


「まあ、これ以上はやり過ぎというのは同意だけどね」


 春の分の収穫は、ドランさんたちがまた今度、狩りに来た時のために残しておくとしましょう。


 食虫植物の化け物が生息している草原を脱出した僕たちは、きゃっきゃと騒ぎながら、来た道を戻る。

 そんな騒がしい僕たちを、焦げ茶色の鱗をした飛竜たちが上空から呆れたように見下ろしていた。






「……というわけで、みんな無事に帰ってこられたね!」


 が暮れる前に、僕たちはアーニャさんが生まれ育った村に戻ることができた。

 もちろん、戻ってくる途中で、精霊さんたちや魔獣とはお別れしてきましたからね?


「にゃん」


 なにせ、あの節操せっそうのない大集団で村に戻ったりでもしたら、新たな混沌を導きかねなかったからね。


 飛竜たちも、適当に僕たちの頭上を飛んだ後に、縄張りへと戻っていった。

 そういえば、ライラの命令を解かずに飛竜たちは帰っちゃったね。

 ということは、今後は飛竜がこの辺の人たちを襲うようなことはなくなる?

 それはとても素敵なことだね!


 だけど、ライラが飛竜へ与えた命令については、村人たちには内緒にすることになった。

 この件で、村人が飛竜の脅威を甘く見たり、竜族について間違った意識を持っちゃうと困るからね。

 僕たちはあくまでも特殊で、普通の人たちからすれば、飛竜や魔獣は命を脅かす脅威でしかないんだ。


「みなさん、心配しておりました」


 村にたどり着いた僕たちを、村の人たちが総出で迎えてくれる。


「なあ、聞いてくれ。ホルム火山が火を吹いだんだ」

「南の空を、飛竜たちが群を成して飛んでいたんだ。恐ろしい……」

「あのね、急に春みたいな陽気になったの。不思議よね?」


 そして口々に、日中に起きた不思議な体験や珍しい光景を話す。


「みんな、落ち着いて。お花も無事に摘み取って来たし、今夜はここに泊まらせてもらって、そこでじっくりと聞くからね?」


 そうそう。冒険者の人たちとも、既に口裏を合わせてもらっています。

 精霊さんたちが活気付いたせいでホルム火山が噴火したり、季節が早まったり。他にも、大地が激しく揺れたりしたことは、みんなには内緒だよ?


「にゃん」


 冒険者の人たちにとっても、今回の冒険は驚天動地きょうてんどうちの体験だったようで、こちらの口裏合わせ工作に「どうせ、この体験を聞かせても、突飛とっぴすぎて誰も信じちゃくれねえよ」なんて言って同意してくれた。


 ただし、最後に余計なことを思い出したようです。


「そういや、王都の方の噂話を耳にしたことがあるな」


 冒険者の五人が、神妙な面持ちでこちらを見ながら、記憶を辿る。


「王都に恐ろしい竜族が出現した時、美しい竜を従えた救世主様が現れたって話をよ」

「そうそう。他に、魔族どもが攻め込んで来た際にも、恐ろしく巨大な竜や多くの種族を引き連れて、降臨したとも聞いたな」

「ヨルテニトス王国の危機に現れる救世主は、天変地異と共に救いをもたらすって話だったか」

「たしか、それらを指揮していたって救世主は、見目麗みめうるわしい女性たちを引き連れた、可愛らしい……天女様、だったっけな?」


 美人揃いの女性陣を見渡した最後に、ドランさんたちは僕を見る。

 そして、首を傾げた。


「僕は、天女なんかじゃありませーん!」

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