夜散歩と未来図

 賑やかな夜になった。


 枯れない不思議なお花は、市場に出回ればとても高価で取引される。そのお花を袋いっぱいに持ち帰った僕たちは、まさに英雄的な扱いを受けた。

 特に、アーニャさんへの贈り物を作りたかった子供たちからは、この上なく喜ばれちゃった。

 大人たちも、子供たちに見返りなく枯れないお花をゆずった僕たちに感激したみたいで、村を挙げての宴会をもよおしてくれた。

 もちろん、手伝ってくれた冒険者のみんなも一緒だ。


 そうそう。

 冒険の途中で、僕たちの正体に気づいたドランさんたちは、急に余所余所よそよそしくなったりおそれるような反応を見せた。

 だけど、そこは根っからの冒険者。というか、形式張った所作しょさや上流階級の言葉遣いなんて、ほぼ無縁なんだろうね。

 最初こそぎこちなく僕たちに反応していたドランさんたちだけど、気づけばまた元通りに戻っていた。


「最初は、すげぇ英雄様に俺たちが気軽に接しても良いもんか、と思ってたけどよう。お前さんらの和気藹々わきあいあいとした会話や、村の奴らへの自然な対応を見ていたら、ぃ使う必要なんてない、実は身近な存在なんじゃねえかって思えてきちまってな」


 お酒を飲んで饒舌じょうぜつになったドランさんが、そんなことを言っていました。


 村の大人と混じって大宴会にきょうじる僕や妻たち。

 冒険者の人たちや村人たちが引っ切り無しに僕たちの傍に寄って、飲み物や食べ物を振る舞ってくれる。


 辺境の村ということもあって、食べ物や飲み物の蓄えが十分とはいえない環境だけど、物資の不足は心の満足度で補えちゃう。

 心からもてなしてくれる村の人たちに、僕たちは大満足です。

 特に、郷土料理にありつけたプリシアちゃんは、お腹をぽっこりと膨らませて至福の表情だ。

 さすがのアリシアちゃんも、食いしん坊な妹の姿に笑っていた。


「おい、エルネアぼう。男は酒が飲めてなんぼだぞ?」

「そういう台詞せりふを、竜人族の人からも聞いたことがあるような!」


 宴会は、とっぷりと夜がけても続いた。

 女性陣は、僕の妻。ということもあってか、村の男性も冒険者のみんなも、少し遠慮してミストラルたちに変な干渉はしていない。その代わり、美女揃いの妻を持つ僕がみんなから狙われて、大変な状況になっていた。


 ドランさんは、酒精の高そうなお酒を片手に、僕を捕まえる。そして「俺の酒が飲めねえのか」と、頑固職人がんこしょくにん弟子でしに言いよるような感じで、僕にからむ。


「僕はお酒が苦手なんです。お酒なら、ほら、あそこの双子が底なしですよ?」


 僕の声に、ユフィーリアとニーナが鋭く反応する。

 だけど、その二人の襟首えりくびを捕まえたのは、セフィーナさんだった。


「お姉様たち、そろそろ就寝の時間よ」

「あら、夜はこれからだわ」

「あら、飲みはこれからだわ」

「駄目です!」


 どうやら、ユフィーリアとニーナは、セフィーナさんに先手を打たれたようだ。

 お酒を飲み始めたら、止まらない。だから、深酒ふかざけになる前に宴会の席から連れ出そうというセフィーナさんの策略で、双子王女様は残念ながら退場してしまった。

 だけど、そうなると困るのが僕です。

 なにせ、ドランさんのお酒の相手なんて、僕には務まりそうもないからね。


 困ったぞ、と視線を泳がせる僕。

 すると、ユフィーリアとニーナの退場に合わせて、ミストラルとライラも宴席を後にしようとしている姿が見えた。

 特に、ライラは眠たそうだ。

 そりゃあ、そうだよね。


 夜更けにライラと王宮から抜け出して、まだ丸一日と経っていない。逆に言うと、昨夜からこれまでせわしなく騒いでいたから、お昼寝、というか仮眠さえもしていないんだよね。

 そう考えると、眠くなって当然だ。

 かくいう僕も、ライラの眠たそうな姿を見たら、眠くなってきちゃった。


「今日は色んなことがあって、僕も眠いのです。ということで、お酒は飲めませーん!」


 ドランさんや村の人たちの誘いは嬉しいけど、引き際を見定めるという技量も、一流の冒険者には必要なんです。

 まあ、僕は冒険者じゃないんだけどね。

 とはいえ、これまでだって色んな種族の様々な宴席に顔を出してきた僕だ。

 どうやって賑やかな席を退くかなんて方法は、身についています。


 僕は退席する前に、ドランさんや村の人たちにお礼と感謝を伝えて周り、笑顔でその場を後にした。

 村の人たちも「今日は大変だったな」と、僕を無理に引き止めるような人はいなかった。

 まだまだ騒ぎ足りない人たちは、ドランさんたちを中心に深夜まで宴会を続けるに違いない。


 賑やかなあかりを背に、僕は今夜のお宿へと足を向ける。

 もう、みんなは先に戻って、眠る準備をしているかな?

 プリシアちゃんは、アリシアちゃんに連れられて、早い段階で退席していたっけ。ということは、お宿に戻れば、あとは静かに眠るだけだね。

 と、思ったけど。


「そういえば、ルイセイネとマドリーヌ様はどうしたんだろう?」


 二人は、神職に身を置いている。なので、宴席の場などを辞退することもある。でも、辞退するときって、政治絡みだったりと聖職者が出席するのには相応しくない場合だよね。

 だから、今夜の宴席は村の人たちの感謝の想いからの催しなので、二人も気兼ねなく参加していたはずだ。

 でも、さっき見渡した時には、既に二人の姿は宴会の場にはなかった。


 むむむ。どこに行ったんだろう?

 お宿までの道すがら、二人のことを考える。

 すると、夜道を歩く僕に声をかけてきたのは、マドリーヌ様だった。


「エルネア君、月が綺麗ですね」

「はい、とても綺麗な夜ですね」


 明かりもともさずに、枝道の先から姿を現わすマドリーヌ様。

 声につられて、僕は夜空を見上げた。


「今夜はまだ満月ではありませんが、とても綺麗なお月様です」

「満月の夜は、マドリーヌ様は儀式で忙しいんですよね?」

「はい。儀式をおそかにするわけにはいきませんから。……ということで」


 なぜか、マドリーヌ様はにっこりと笑みを浮かべて、僕の服のすそを強く握りしめた。


「さあ、駆け落ちしましょう。二人で、どこか遠くへ。そこで、二人だけの愛の儀式を!」

「いやいやいや、ライラじゃないんだから、抜け駆けは駄目ですよ。というか、僕は知っていますからね? マドリーヌ様は、実は真面目な人だって。マドリーヌ様がお役目を無責任に放り出したりしない人だってことは、お見通しです」


 ユフィーリアやニーナのように、お転婆てんばに振る舞うのは仮の姿。本当はとても真面目な性格で、だからこそ、若くしてヨルテニトス王国の巫女頭みこがしら抜擢ばってきされたんだよね。

 そして、巫女頭として立派にお務めを果たしているから、他の巫女様や神官様たちが慕って付き従っているんだと思う。

 なんて話をしたら、マドリーヌ様は恥ずかしそうに顔を伏せた。


「ところで、マドリーヌ様。こんな夜更けに何をしていたの? それと、ルイセイネは?」


 恥じらうマドリーヌ様はとても珍しく、このままもっと揶揄からかいたくなっちゃう。

 だけど、そこは自重も必要です。

 なにせ、将来を約束してはいるものの、マドリーヌ様はれっきとした巫女頭様ですからね。

 あまりやりすぎちゃうと、女神様から天罰が下るかもしれません。

 それで、話題を変える。

 マドリーヌ様は、こほんっ、とわざとらしく咳払いをすると、よくぞ聞いてくれました、とばかりに胸を張って答えてくれた。


「せっかく、地方へ赴いたのですから。ルイセイネと一緒に、この村の神殿を訪ねてきました」

「それで、そのルイセイネは?」

「ええっと……それは……。ルイセイネは、先に宿屋へ戻りました」


 さっき、マドリーヌ様が僕に声を掛けてきた少し後。

 暗がりの先で、ルイセイネの気配がそっと立ち去っていくのを、僕はちゃんと感じ取っていた。

 きっと、二人の間で何かしらのやりとりがあって、今夜は僕とマドリーヌ様の二人にしてくれたんだと思う。


「なるほど。それで、マドリーヌ様はひとりで散歩がてら夜の村を散策していたら、僕と出会ったと?」

「そうなのです! これこそ、女神様のお導き!」


 はたして、本当に女神様のお導きだったのかはさて置き。

 折角せっかくなので、僕はマドリーヌ様を誘って、もう少し夜道を散策することにした。


「さあ、マドリーヌ様。行きましょう」


 言って、僕は躊躇ためらいなくマドリーヌ様の手を握る。

 少し驚いた表情を見せるマドリーヌ様。だけど、すぐに余裕ぶった笑みで僕の手を握り返してきた。


「エルネア君は、意外と大胆ですね」

「意外も何も、大胆ですよ? なにせ、妻たちだけじゃなくて、マドリーヌ様とセフィーナさんも身内に加えようとしているんですからね?」

「ふふふ、言われてみると、そうですね」


 ミストラルと苔の広場で出会うまでは、自分がこんなに女性慣れした男になるなんて想像もしていませんでした。

 人の人生って、どう変化するかわからないものだね。


「それで、エルネア君。私をどちらへ連れて行く気ですか。いくらエルネア君とはいえ、まだ婚前なので、人目を避けなければいけないようなことは……」

「聖職者の人の方が、変なことを考えてます!」

「むきぃっ、違いますっ」


 もちろん、茂みの奥とか空き家へ連れ込むようなことはしませんよ。

 とはいえ、初めて訪れた村の、しかも夜間だ。どこへ行こうかなぁ?


「そうだ。僕も神殿に行ってみたいな?」

「あら、敬虔けいけんな信者さんですね」


 まるで、普段は不信心だとでもいうような含みで、マドリーヌ様は笑う。

 そうしながら、僕の手を取って神殿まで案内してくれた。


 日中に流れてきていた灰色の分厚い雲は、夜になるとまたどこかへ行ってしまったのか、空には月と星が綺麗に輝いている。

 僕とマドリーヌ様は、星が降りそうな夜の道を、のんびりと歩く。

 すると、あっという間に村の神殿へ到着してしまった。


 まあ、そりゃあ、そうだよね。小さな村だから、どこへ行こうとしてもすぐに到着しちゃう。

 むしろ、どこへ行っても、広場で今でも騒いでいる人たちの喧騒けんそうが届くくらいだ。


 そして、僕たちがたどり着いた神殿は、そんな小さな村に相応しい、小さな神殿だった。


「この神殿では、巫女と神官の夫婦が切り盛りしていました。二人の娘もまだ幼いですが、将来は立派な巫女になると思います」


 夜でも、お祈りに来る人のために、神殿前には火が灯されていた。

 ちりちり、と冷える冬の夜に浸透する焚き火の音が、耳に心地良い。

 暖かい炎の光に照らされた神殿は、訪れる者に心の安らぎを与えてくれている。


「やっぱり、小さな村なんかだと、夫婦で運営していたりするんですね」

「要請があれば、近くの神殿などから派遣されてくる場合もありますが、普通はその村や町の出身者が運営にたずさわりますね」


 聖職者同士で結婚することが多いという職業柄か、地方の運営などでは、こうした夫婦が切り盛りしているのだと、マドリーヌ様は教えてくれた。


「ところで、質問です。小さな村の小さな神殿ですけど。やっぱり、石造りなんですね?」


 規模は小さいんだけど。神殿自体は、石造りでしっかりと建立されていた。

 都市部や王都の大神殿ならともかくとして。地方の小さな神殿まで石造りだなんて、ちょっびり不思議だよね。

 すると、マドリーヌ様はおとぎ話でもするかのように、語って聞かせてくれた。


「遥か昔のことです。世界を人族が治めていた時代があったと伝えられています。そして、その当時。世界の中心を示す聖都せいとには、絢爛豪華けんらんごうかな大神殿が建立されていたそうです」


 今では想像もできないけれど。人族が、神族や魔族や、他の種族を支配していた時代があった、と神殿宗教には伝わっている。

 そして、人族が支配する国の中心、つまり、世界の中心には「聖都」と呼ばれる場所があったんだって。

 ちなみに、聖職者の人たちが「聖地」と呼ぶ場所は、その「聖都」がったとされる場所なのだとか。


「私たちのように女神様にお仕えする者は、世界各地に散らばっています。ですが、教えや世界観は世界共通です。その最もたるものが、どの地を訪れても見間違えることのない、神殿なのです。ですので、神殿は遥か昔の大神殿のように、基本的には石造りなのですよ」

「どんなに離れていても、世界中の人々の心は神殿を通して繋がっているんですね」

「そうですよ。そして、夜空からはお月様を通して、女神様がいつでも慈愛を届けてくれているのです」


 僕たちは、夜空のお月様と地上の神殿を通して、女神様の存在を感じているんだろうね。


「マドリーヌ様、ためになるお話をありがとうございます」

「どういたしまして。このようなお話でしたら、いつでもお話ししますよ。……ところで、エルネア君」


 神殿前の小さな広場で話し込んでいると、マドリーヌ様がなぜか改まってこちらを見つめてきた。

 思わず、姿勢を正す僕。


「神殿のお話をしたついで、といいますか、いずれご相談しようと思っていたのですけど」

「はい、なんでしょう?」


 一瞬、早く結婚しましょう、なんて話を切り出してくるのかと思ったけど。でも、マドリーヌ様はまだ引き継がなきゃいけないお役目や立場があるから、無責任にそんなことは言わないよね。

 では、いったい何の話だろう?

 神殿から連想する話題といえば……?


「東部国境近くの楽園に建立する神殿の件なのですが」

「聖職者の人たちの修行の場であり、楽園に住む竜族や精霊たちと親交を深めるために建立する神殿ですよね?」

「そうです。その神殿へは、エルネア君が禁領でお預かりしている耳長族の方々もおまねきする予定になっていますよね?」

「彼らが希望するのなら、という前提条件は付きますけどね」


 わざわざ「修行のための神殿」と銘打めいうって建立するくらいだ。

 普通の神殿で修行するよりも、うんと過酷な日々になると思う。しかも、それに加えて、竜族への対応や精霊たちの相手もしなきゃいけなくなるんだからね。

 そうとわかっていて、いったいどれだけの耳長族の人たちが手を挙げてくれるのかは、まだ未知数だ。


「もしも、耳長族の方々が楽園の神殿で修行を積んでいただけるのなら、それはとても素敵なことだと思います。ですが……」


 マドリーヌ様は、いつになく真剣な表情で、僕の瞳を見つめ返す。

 そして、考えを口にした。


「彼らには、避けては通れない問題があると思うのです。ですので、私は後ひとりだけ、名指しでお招びしたい女性がいるのです」

「それは……」


 現在、禁領のお屋敷で暮らしている耳長族たち。彼ら、彼女らと深く関わりのある、同じく神殿宗教に興味を示した女性。

 思い当たる人は、限られていた。


「イステリシアを、楽園の神殿へ招きたい、とマドリーヌ様はおっしゃりたいんですね?」


 僕の言葉に、マドリーヌ様はゆっくりと頷いた。

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