イース家の旅行記

 はたして、僕が余計なことを言ってしまったせいなのか。

 それとも、身内の中に問題を呼び込む体質の人がいるのか。

 それは、誰にもわからない。

 そう、誰にもわからない。


 ただし。


 ホルム火山の麓にある小さな村を訪ねた僕たちの前で、今まさに問題が起こっているのは事実だった。


「なあ、頼むよ!」

「俺たちには、それが買えないことくらいはわかる。だから、せめて代わりに、それの群生地ぐんせいちを教えてくれよ」

「どうしても、私たちはそれが欲しいの!」

「ええい、うるせえなぁ。金があっても、お前らには売れねえんだよ。それに、こいつの群生地は、お前らにゃ教えられん」


 辺境の小さな村には似つかわしくない、立派な装備で全身を固めた冒険者数人が、村人に囲まれていた。

 そして、何やら押し問答をしている。


「まさか、村には恐ろしい奇病きびょう蔓延まんえんしていて、村人は治療薬を冒険者から買おうとしたけど、高額を請求された? それで、ごうやした村人たちは自分たちで取りに行こうとしたけど、薬草が生えている場所を冒険者が教えてくれないとか!?」

「エルネア、自重しなさい」

「はい、ごめんなさい」


 ミストラルに注意されて、素直に反省する僕。

 ただし、こうして軽口を叩けるのには、理由がある。


 僕たちの来訪にも気付かずに押し問答を繰り広げている冒険者と村の人たちだけど。

 なぜか、剣呑けんのんな気配はこれっぽっちもないんだよね。


 村人たちは、なあなぁ、と冒険者の服や装備を遠慮えんりょなく引っ張る。だけど、冒険者はそれを嫌そうに振り払うこともなく、苦笑しながら軽くあしらっている。

 まるで、冒険者と村人は旧知の仲であるかのように、僕たちの目には映っていた。


「もしもーし? こんにちは!」


 いったい、村人は何を求め、冒険者の人たちは何を持っているのか。

 気になるところだけど、このまま気付かれないと話は見えてこない。

 ということで、村の人たちに声をかける。

 すると、ようやくこちらの存在に気づいたのか、大人の人たちが駆け寄ってきた。


「おや、こんな辺鄙へんぴな場所に、素敵なちの団体様だなんて。何か御用でも?」

「はい、ちょっと観光がてら」


 そういえば、冒険者の周りに押し寄せているのは、子供ばかりだね。と、遅ればせながら確認を入れつつ、笑顔を浮かべてこちらへ歩み寄ってきた女性に聞いてみる。


「ところで、何か揉め事でしょうか?」


 遠慮がちに、冒険者と子供たちの様子を話題にしてみた。

 すると、女性は僕の質問に、あははっ、と闊達かったつに笑いながら、子供たちを見た。


「いやね、実はさ。今度、この村出身の竜騎士様が結婚するってんでさ。子供たちは、その人に贈り物を作りたいって騒いでいるのさ」

「あっ。それって、アーニャさんのこと?」


 僕の口からアーニャさんの名前が出たことに、女性は目を丸くして驚く。


「ええっと。僕たちは王都の方で、アーニャさんには随分とお世話になっているんですよ」

「えへへ、あの子は本当に、向こうで立派になったんだねぇ」

「なにせ、ヨルテニトス王国の象徴である竜騎士様ですからね!」


 やっぱり、この村はアーニャさんの生まれ故郷だったんだね。

 女性は、僕たちがアーニャさんの知り合いだと知って、とても嬉しそうに歓迎してくれた。


「それで、子供たちはアーニャさんの結婚に合わせて、贈り物を作りたいんですね?」

「そうそう、あちらの冒険者様に素材を売ってもらおうとしてるんだけどねぇ」

「だけど、子供たちのお小遣いではとても買えないような値段なんですね?」

「いやあ、あんた、何を言っているんだい。子供のお小遣いどころか、大人でも買えないよ、あんなもの」


 ほうほう。大人でさえも買えないほど高額な素材を使って、子供たちは何を作ろうとしているのかな?


 すると、村人の女性と話し込んでいたら、なぜか冒険者の方から声をかけられた。


「おい、お前たち。こんな辺鄙な村に、何をしに来た?」


 分厚い全身鎧、大きな盾とほこを装備した屈強な男性が、群がる子供たちをやんわりと払ってこちらへやってくる。


「こんにちは。というかですね、そちらの方こそ、どうしてここに?」


 はっきり言って、僕たちも場違いだけど、高価な装備で身を固めた冒険者たちも異質だよね。

 高価で高性能な装備は、手に入れるのにもお金がかかるし、手入れするのにも目が飛び出るほどの金額が必要になる。

 しかも、一流の職人じゃないと整備できないだろうから、こうした装備の人たちは、普通は大きな都市を拠点として活動している。

 そんな冒険者が、ヨルテニトス王国の中でも南東部の辺鄙な山奥に来ているだなんて、絶対に怪しいよね。


 だけど、素性を疑っているのは冒険者の方も同じなようで、僕や家族のみんなを値踏みするように見つめてくる。


「男は、ぼうやだけか。あとは、子猫と女子供おんなこども……。巫女様が二人か。なんだ、珍しい組み合わせだな?」

「みんな、僕の家族ですよ」


 プリシアちゃんとアリシアちゃんは、もふもふの外套がいとうかぶっていたせいか、耳長族とは露見しなかった。

 ニーミアも、今は仮装してプリシアちゃんの頭の上で寛いでいるので、子猫と間違えたみたい。

 そして、どうやらマドリーヌ様の正体にも気付かなかったようだ。


 ということは?


 マドリーヌ様は、ヨルテニトス王国の聖職者を代表する、巫女頭みこがしら様だ。

 王都では、ちょうが付くほどの有名人。姿絵すがたえの版画もたくさん売られている。

 だけど、冒険者はマドリーヌ様の顔を見ても気付かなかった。


 まあ、巫女頭様がこんな場所に来るわけがない、という先入観が強かったのかもしれないけど。でも、マドリーヌ様を普通の巫女と思い込んだってことは、やっぱりこの冒険者は、王都を拠点として活動しているような人たちじゃないってことだよね。


「随分と、女の多い家族だな。しかも、全員が美人ときた」

「気安く手を出したら、怒りますからね!」

「おおっと、坊やを怒らせないようにしないとな」


 どうやら、僕は完全に子供扱いです。

 そりゃあ、屈強なこの人から見れば、僕は非力そうに見えるけどさ。

 とはいえ、僕は体裁ていさいを言い争いたいんじゃないんです。

 村の子供たちは何を求めていて、冒険者は何を持っているのか。それが知りたいんだよね。


「ええっと。僕たちは、この村出身の竜騎士、アーニャさんの友人です。それで、ホルム火山の観光がてら、ちょっとここに寄ってみようかなって」

「なんだ、中央のお貴族様か。そりゃあ、失礼した」


 今度は、貴族と思い込まれちゃった。

 だけど、わざわざ訂正ていせいする必要はないよね。

 だって、訂正しようとしたら、アームアード王国の王女様が三人もいます、ということを暴露しなくちゃいけないからね!

 貴族と思われている方が、まだ優しいだなんて……


 屈強な男性は、こちらを貴族の団体客と勘違いしてくれた。

 だけど、言葉遣いなどは特に変化しない。

 身分制度なんて気にしないたちなのか、それとも、彼自身も高い身分なのか。

 それはともかくとして。


「いったい、子供たちは何を欲しがっているの?」


 僕の質問に、今度は子供たちが飛びついてきた。


「なあ。あんた、アーニャ姉ちゃんの友達なんだろ? 俺たち、アーニャ姉ちゃんに贈り物を作りたいんだ」

「だけど、素材が手に入らなくって……」

「あっ。アーニャお姉ちゃんには内緒だからね? 絶対に、言わないでね?」

「アーニャ姉ちゃんは元気にしてた?」

「俺も、アーニャ姉ちゃんみたいに、将来は竜騎士になりたいんだ」

「私も、竜族をお世話するお仕事に就きたいな」

「飛竜に乗って、世界中を冒険したいよなぁ」


 どうどう!

 君たち、落ち着きなさい。

 そして、途中から話がれていますからね?


 これは、冒険者じゃなくても勢いに飲まれちゃうね。

 僕たちを囲んだ子供たちは、元気よく言いたいことを言いたいだけ口にする。

 こちらは、その中から必要な情報を読み取るのに必死だ。


「ええっと。アーニャさんへの贈り物を作りたいんだけど、素材が手に入らないんだね? それで、素材を持っているらしい冒険者に売ってもらおうとしたけど、高すぎて買えない。だから、君たちは自分たちで素材を手に入れようと、冒険者に場所を聞き出そうとしていたのかな?」


 僕の要約に、村人や冒険者たちが頷く。


 ふむふむ。

 少し、状況が見えてきたね。


 子供たちが素材を取りに行きたいと思いつく、ということは、素材は村の近くで集められるはずなんだ。

 だけど、冒険者が場所を秘匿ひとくしている。


 そりゃあ、そうか。

 なにせ、大人でも手が出ないような高額な素材なら、独占したいよね。

 そして、この冒険者たちはその素材を独占することによって莫大ばくだいな利益を得て、高級な装備なんかも買い揃えることができた?


 でも、疑問も残るね。


 本当に冒険者が素材を独り占めしたいのであれば、村の人たちにもさとらせないようにするはずだ。

 どこから情報が漏れるかわからないからね。

 だけど、冒険者は素材が手に入る場所こそ秘匿しているけど、村の人たちとは随分と親しい関係を築いているように見える。

 さらに、場所を教えてとせがむ子供たちを邪険にすることもなく、穏やかな対応を取っていた。


「うーむ。いまいちよくわからないな? ともかく、冒険者の人たちは、素材を買えるだけのお金があれば売るけど、取れる場所は秘密ってことだよね?」


 首を傾げる僕。

 だけど、屈強な男性は少し修正を入れてきた。


「いいや、残念。お貴族様のあんたらが金を持っていたとしても、ここでは売れないんだ。欲しけりゃ、俺らの雇い主である商人の旦那と交渉してくれよ」


 おや。どうやら、冒険者には雇い主がいたみたい。

 すると、ユフィーリアとニーナが、昔取った杵柄きねづかで教えてくれた。


「雇われ冒険者ね」

「専属冒険者ね」

「どういうこと?」


 冒険者組合の仕組みに詳しくない僕たちは、そろってユフィーリアとニーナを見た。


「この人たちは、どこかの商人に雇われた冒険者だわ」

「この人たちは、ある任務を専門とする冒険者だわ」

「ふむふむ?」

「エルネア君。世の中には、冒険者組合を通さずに冒険者へ依頼を出す人もいるのよ。彼らはきっと、その素材とやらを売りさばいている商人が専属で雇っている人たちね」

「セフィーナさん、それって普通の依頼とどう違うの?」


 なぜ、商人さんは冒険者組合に依頼せずに、冒険者を直接雇うのかな?

 利点が見えてこない。


「そうね、簡単に言うと。冒険者組合に依頼を出してしまうと、誰がどんな要望を出しているのか、また、どこでの任務になるのかがおおやけになってしまうでしょう?」

「広く情報を開示して、適切な実力を持った冒険者に依頼を受けてもらうためだよね?」

「そう。なら、自分が依頼を出したことを知られたくない場合や、任務地を他者に知られたくない場合は、不都合だと思わない?」

「ああ、そうか。高額な素材がどこで取れるのか、冒険者組合を通すと他の人たちに露見しちゃうんだね」

「もちろん、場合によっては冒険者組合が手を回してくれて、内密にすることもできたりするのだけれど。富の独占なんかになると、組合も渋るわよね?」


 商人さんは、その「素材」とやらを独占したいがために、専属の冒険者を組合を通さずに雇っているんだね。

 そして、この人たちこそが、その専属冒険者というわけか。


「お嬢さんがた、随分と詳しいな。もしかして、あんたらも冒険者か?」


 はい。ユフィーリアとニーナとマドリーヌ様は、随分と活躍されていたようです……

 セフィーナさんも、ひとりで冒険していたんだよね。


 美人揃いの女性陣に、冒険者が含まれていた。それで、冒険者の人たちは頬を緩める。

 こらこらっ。みんな僕の妻なんだから、手を出そうとしたら怒るからね!


「なんでお貴族様の坊やがこんな辺境に、と思っていたが。身内に冒険者がいるんなら、観光くらいは来れるのか。それとも、従者連中は別の場所で待機かい?」

「まあ、そんなところです」


 従者じゃないけど。大切な身内のレヴァリアは、どこか空の彼方かなたに飛んで行きました!


「ええっと、それでね。話を戻したいんだけど。もしも僕たちがお金を持っていても、その素材をここでは売れないってことだよね?」


 お金なんて持っていないけどね!


「そして、素材の場所も秘密と?」

「ああ、それはなぁ……」


 すると、なぜか困った表情になる屈強な男性。


「この村の連中には、普段から世話になってるんだ」


 聞けば、素材取りに来たときは、必ずこの村を利用するのだとか。

 そして、お金を持っている冒険者の人たちは、羽振り良くこの村でお金を落としていってくれる。

 だから、村人たちとの関係も良好で、お互いに気を通じ合わせているらしい。


「だからまぁ、ここだけの秘密ってことで教えることはできるんだけどなぁ。しかし、教えるのと実際に取りに行けるのとでは、話が別だ」

「つまり、その素材は危険な場所にあるってことですね?」

「そういうこった」


 なるほど、ようやく合点がいった。

 冒険者の人たちは、富を独占したがるような悪い人たちではない。

 だからこそ、子供たちの安全を思って素材の場所を言えないんだね。


「それなら、僕たちには教えてもらえます? ここで買い取りはできないけど、危険に挑めるだけの者になら特別に教えてもらえるんですよね? あっ。もちろん、ここで知った秘密は、他所よそでは口外しませんから。僕たちも、アーニャさんの友人として、村の子供たちのお手伝いをしたいだけです」

「ふぅむ……」


 僕の提案に、屈強な男性は値踏みをするようにこちらを見つめた。

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