地獄のような天国

 ザンから吊橋の復旧作業の件を聞いた翌日。早速、苔の広場で、みんなに相談する。


「エルネア様が歩んだ道を、ぜひ見てみたいですわ」

「エルネア君が壊したのなら、わたくしたちも協力しないといけませんね」

「エルネアが原因だからね。仕方ないわ」

「遠足?」

「にゃんは重いものは運ばないにゃん」


 思い思いの言葉で、僕に賛同してくれるみんな。ちょっと的外れだったり、何気に僕を非難している言葉は聞かなかったことにしよう。それと、ニーミアが来ると巨大化を要望されて、木材などの運搬係をさせられるのは目に見えているから、前もっての彼女の頑張らない宣言でしょう。


「修行ばかりでも大変だろう。たまには息抜きしてきなさい」


 普段はお昼からやって来るジルドさんが、珍しく朝から苔の広場に来ている。大きな仕事がいち段落したので、気分転換に朝から散歩がてら、やって来たんだとか。

 気分転換が必要なことは、今のジルドさんが一番身に染みてわかっているのかもね。


「ジルドさんも一緒に行きますか?」

「いいや、儂は遠慮しておこう」


 ミストラルにつつかれた。そして小声で注意される。


「ジルド様は、今はもう極力、竜峰には関わらないのよ」


 何で、とは聞けない。理由もなく同族の人たちと別れ、違う種族の都でひっそりと暮らすはずもない。きっとそこには、深い理由があるに違いない。

 軽率に声をかけてしまったことを謝罪すると、真っ白な髭の奥に優しい笑みを浮かべて、ジルドさんは手を振る。


「いやいや、こんな年寄りが行っても、何の役にもたつまい。儂はスレイグスタ様とのんびりするよ」

「積もる話は切りもなく。たまには我らだけで語らうも良し」


 スレイグスタ老も、たまにはゆっくりしたいのかも。ここ最近、毎日プリシアちゃんたちが苔の広場で遊んでいるからね。騒がしさを忘れ、静かに過ごす日をスレイグスタ老が求めても仕方がない。


「それじゃあ、僕たちはみんなで、これから手伝いに行ってきますね」

「ちょって待って、エルネア」

「ん? どうしたの」


 ミストラルに止められて、首を傾げる僕。ミストラルは困ったように苦笑して、大事なことを指摘してくれた。


「吊橋の修復作業は、今日からではないでしょう。何を勘違いしているの」

「あああっ、そうでした」


 大呆おおぼけをかましてしまいました。みんなに参加するか確認をとって、やる気満々の答えを受け取ったことで、今から出発をする気でいたよ。

 でも、ザンはもうすぐ始まる、と教えてくれただけで、今日から作業開始だなんて一言も言っていない。


「エルネア君、せっかちですよ」

「エルネア様、落ち着いてくださいませ」


 失態で恥ずかしくなり、顔を真っ赤にする僕。ルイセイネとライラが苦笑しつつも、頭を撫でて慰めてくれた。


「んんっと、今日は行かないの?」


 だけどプリシアちゃんは、今から行く気満々だったみたいで、やっぱりいつも通りとなった僕たちの雰囲気に、頬を膨らませて不満を表す。


「はっはっはっ。今日は修行も作業もなし。みんなで仲良く、遠足にでも行ってきなさい」


 ジルドさんがプリシアちゃんを抱きかかえて、優しくあやす。


「えんそくえんそく」


 アレスちゃんがジルドさんの周りを浮遊し、プリシアちゃんときゃっきゃと騒ぐ。


「仕方がないわね」


 ミストラルも半ば諦めたような表情で苦笑して、それならどこに行こうか、という話題に切り替えた。


「リームと遊ぶ!!」


 迷いなく提案するプリシアちゃん。

 リームとは、暴君と同種の子竜の名前。つまり、彼が日中滞在している鶏竜の巣に行きたいわけだね。

 いつもの行き先、ではないのか。毎日のように巣に行っているのは、ニーミアとライラだけなんだ。だからプリシアちゃんは最近、子竜のリームにも鶏竜にも会っていない。


「迷惑をかけるから、何かお土産を持っていかなきゃね」

「私は毎日お世話になっていますし、何か良いものはあるでしょうか」

「日頃の感謝も込めて、ということになりますね」


 ミストラル、ルイセイネ、ライラが相談を始める。そして程なくして、霊樹の雫を持って行こう、ということに決まった。

 鶏竜は、水を当たり前に飲む。お菓子や食料は在り来たりだし、珍しい物を、と考えた結果だった。


 早速、スレイグスタ老に許可をもらって、ミストラルが集めに行く。

 霊樹の雫は、朝霧あさぎりが霊樹にまとわりつき、葉先から零れ落ちた貴重な水。まだ早朝とはいえ、今からだと集めるのが難しいかな、と思ったけど、ミストラルには秘密の場所があるらしい。

 こればかりは代々のお役目しか教えてもらえないらしく、僕たちは仕方なく、苔の広場で待機することになった。


「待っている間がもったいなかろう。瞑想でもして待っておれ」


 瞑想はもう、修行には入らない。日々の日課と言ってよく、逆に瞑想をしなかった日は落ち着かない。

 僕はスレイグスタ老に言われるがまま、瞑想に入る。

 ライラとルイセイネも、思い思いの姿勢で瞑想を開始する。ライラはもちろん竜気の練成の修行になる。そしてルイセイネも、瞑想で精神統一をすることが法術の基本だとして、真剣に瞑想していた。


 瞑想してほどなく。ミストラルが大きめの水差し一杯に霊樹の雫を集めて戻ってきた。

 巣の鶏竜の数に対して量が少ないように見えるけど、これでも十分に多い方。

 耳長族の村にお土産で持って行くときは、もっと小さい水差しに汲んで行くからね。


 僕たちはスレイグスタ老とジルドさんにお別れの挨拶をして、一旦ミストラルの村に戻る。

 久々に帰って来たライラとルイセイネを、村の人たちは温かく出迎えてくれた。そしてプリシアちゃんの姿に、戦士たちが震え上がっていたのは見なかったことにしよう。


 ミストラルたちは手際よく準備を進め、霊樹の雫以外に持って行く物を、巨大化したニーミアの背中に乗せていく。

 僕も荷物を固定したりで忙しく動く。

 幸いなことに、目先に楽しみが待っているプリシアちゃんは、待っている間はとてもおとなしくて、戦士の人たちに鬼ごっこはねだらなかった。


 そして準備が整うと、すぐさま出発。ちょっと慌ただしかったような気もするけど、鶏竜の巣でゆっくりする為には仕方がないのかな。


 優雅な空の旅を満喫する僕たち。

 竜峰の雪は、山脈の奥深くのニーミアでさえも届かない高さまでそびえ立つ山嶺の頂にしか、もう残っていない。

 眼下の緑は濃く、夏の日差しを受けて眩いばかりに輝き、それは緑の雪のようにも見えた。

 でも、緑ばかりではない。切り立った崖や岩肌むき出しの起伏の激しい大地も垣間見え、竜峰の厳しさを僕たちに伝えてくる。


 僕たちは、今でこそ気軽に竜峰中を行き来しているけど、ここは本当は、竜人族でも一人前になった人ではないと、まともに旅ができない厳しい世界なんだ。


 そういえば、猩猩しょうじょうの縄張りは未だに炎獄の如く燃え続けているらしい。いつになったら全てを焼き尽くし消えるのかは、誰にもわからない。

 猩猩の縄張りがある一画は、竜族であれ立ち入りが禁止されていた。


「もうすぐ着くにゃん」


 平坦な土地であれば、もう目的地は見えているのかもしれない。だけどここは竜峰で、ニーミアもそれほど高い硬度を飛翔しているわけじゃない。だから、目的地の状況を、今の僕たちでは確認することはできなかった。


 でも、なんだろう。何か嫌な予感がします。

 久々のようなこの感覚。


 僕は、ニーミアが飛ぶ先、目的地の鶏竜の巣がある方角をじっと凝視した。


 深い渓谷を右に折れ、左に折れ。渓谷から離れ、森の上空へ。


「何か変ですわ!」


 ライラに指摘されるまでもなく、全員が一点を見つめて驚いていた。


 そこは、鶏竜の巣があるはずの場所。

 その場所から上空に向かい、何本もの緑色の光の槍が飛び出してくる。いや、上空だけではない。よく見れば周りの森へもばら撒かれていた。それは無差別的に、地表以外の全方位へと放たれていた。


「あああっ!!」


 見覚えのある無差別攻撃!


「ニーミア、急いで巣に向かって!」

「怖いにゃん、あれはきっと痛いにゃん」

「ちょっとだけ我慢して。急がないと、大変なことになっちゃうから!」


 僕のかしに、ニーミアは怖いにゃあ、と鳴きながら、鶏竜の巣へと突っ込んでいく。


 ミストラルたちは何か言いたげだったけど、僕の切羽詰まった様子にただ事ではない雰囲気を感じ取り、何が起きてもいいように身構えていた。


竜槍りゅうそうですわ!」


 緑色の光の槍の正体に、ライラが気づく。

 そう、目標もなく出鱈目に放たれるものは全て、竜槍。そして、こんな無茶苦茶な放ち方をする人を、僕は二人しか知らない!


「危険よ。力が枯れ始めたわ」

「危険だわ。この鶏たちには、竜槍乱舞が全く効かないわ」


 上空から突っ込む僕たちの先。鶏竜の巣の中心で、見覚えのある銀髪美女が竜槍を放ち続けていた。そしてその周りには、怒り狂い突撃を繰り返す鶏竜の群れ。

 鶏竜は無数に飛来する竜槍に弾き飛ばされて、銀髪美女二人には迫れていない。だけど、負傷している様子はない。あくまでも、竜槍の飛来威力に押し負けて飛ばされているだけ。

 だけどこのままでは、銀髪美女の力がいずれ枯れてしまうのは、手に取るように分かった。


「ニーミア、そのまま中心に突っ込んで。でも中心の人を傷つけちゃ駄目だよ」

「難しい注文にゃ」


 と言いつつも、ニーミアは躊躇ためらいなく巣の中心に突っ込む。何本もの竜槍がニーミアに当たる。しかし、竜槍はニーミアに触れると粉微塵に破裂し、霧散する。


 突然上空から恐ろしい速度で飛来した巨大な竜に、地表の銀髪美女二人は目を丸くして、こちらを見上げた。

 二人の視線を受けながら、ニーミアは激しい地響きと粉塵をあげて、暴君のような荒々しさで鶏竜の巣に着地した。


『くわっ、我らの巣がっ』

『何人たりとも許すまじ!』

『我らに牙を剥いた人族に制裁を!!』


 鶏竜たちは恐らく、僕たちの姿を確認しているはず。だけど怒りは収まらず、問答無用でニーミアにも襲いかかろうとする。


「大変、絶体絶命だわ」

「どうしましょう、絶体絶命だわ」


 ニーミアの足もとで、二人の銀髪美女が困ったように頭を抱えている。


「うわあっ、助けてぇっ!」


 そして、もうひとり。

 美女の足もとには、ひとりの少年がうずくまって怯えていた。


「静まりなさぁいっ!!」


 土煙をミストラルが竜気で払い除け、けたたましく騒ぐ鶏竜たちをライラが一喝する。

 ライラの瞳は、青色に爛々らんらんと輝いていた。


「お座りですわっ!!」


 ライラの号令の下、鶏竜たちが一斉に腰を落とす。すでに飛び跳ねていた鶏竜も慌てて着地し、腰を落とす。


「ライラさん、凄いです」


 ルイセイネがライラを褒める中、僕は急いでニーミアの背中から飛び降りると、地表の三人のもとへ。


「ニーナ様、ユフィーリア様、大丈夫ですか!? というか、これはどういうことですか?」


 駆け寄ってきた僕を見て、銀髪美女二人、もとい、双子王女様は目を輝かせる。


「見て、ニーナ。救世主が現れたわ」

「ユフィ姉様、救世主が現れたわ」


 そして僕を問答無用で抱き寄せ、ライラを上回るお胸様の中へと沈め込ませる。


「ちょっ、ちょっと貴女たち、何をしているの!」

「エルネア君、何をしているんですかっ」

「ま、負けましたわ……」


 ニーミアの背中からミストラルたちが慌てて降りてきて、双子王女様と揉み合いになる。

 でも僕は、その様子を見ることはできなかった。

 柔らかくいい匂いのする四つの双丘に顔を四方から押しつぶされて、窒息しそうになってもがく。


「ユフィ姉様、お尻を触られたわ」

「ニーナ、私も触られたわ」

「ちょっとエルネア、貴方も何をしているのっ」

「エルネア君、どさくさに紛れて何をなさっているのですか!」

「ま、負けませんわっ」


 六つになった双丘に、僕はあえなく意識を失くす。

 真っ白になっていく意識の中で、気持ち良いのか苦しいのかわからない不思議な体験をした。

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