天高く飛竜吠える空

 険しい山岳の合間に、南半分が泉、北半分が村という円の形をした村が見えてきた。


 まずは、僕たちを乗せたニーミアが村にゆっくりと降下していき、着地する。僕たちを下ろしてニーミアが小さくなると、今度は暴君が荒々しく村の広場に着地してきた。


「お帰りなさい」

「あれ? ミストラルはカルネラ様の村に行ったんじゃなかったの?」


 フィレル王子と共に帰り着いた僕たちを出迎えてくれた村人の中にミストラルの姿があって、驚く僕たち。


 もしかして、まだ出発前だったかな。


「ふふふ。もう行ってきたのよ」


 ミストラルはそう言って、竜廟を指差す。


「もしかして、おじいちゃんに送ってもらったとか?」

「そうよ。翁が手伝ってくれるということで、甘えたの。それで、向こうに行ったのだけれど」


 ミストラルは、広場の中央に着地し、周りに威嚇の視線を飛ばす暴君を見る。


「伯が暴君に会いたい、ということだったから、一緒に行こうと思ってね」

「なるほどね。だけど、レヴァリアにはどうやって連絡を取ったの?」

「それは、貴方が築いた同盟を利用したのよ」

「つまり、竜族に連絡を頼んだんだね」

「そうよ。どうやったかは、今は内緒だけどね」


 空を自由に飛び回る飛竜にお願いしたのかな。飛竜なら容易に暴君へと伝達することができそう。暴君の最近の活動場所は、飛竜の狩場での飛竜狩りの妨害とみんなが知っているからね。


「それで、なんで伯はレヴァリアに会いたがっているのかな?」

「それは、暴君の最近の行動についてじゃないかしら。伯は隠居して竜峰の奥深くで静かに生活しているけど、それでも竜峰のことには少なからず関心を示してはいるのよ」


 暴君が竜峰で暴れまわっている時から、ユグラ様は会おうとしていたらしい。だけど暴君としては、伝説の竜に会って何か言われたり、直接脅されたりするのは嫌だから、連絡をしても突っぱね返していたんだとか。

 それなのに、今回のユグラ様からの召喚しょうかんに応えたのは、暴君なりに何かしらの心境変化があったからなんだろうね。


 僕からも、暴君の改心についてユグラ様に必要なことはしっかりと伝えようと思いつつ、暴君を見る。


 暴君は今、ライラを目の前にしてうなっていた。

 広場の中央で威嚇し続けていた暴君は、ライラの接近に後退あとじさる。


『ええい、小娘め。我にそれ以上近づくな』


 何をしているのだろうと、会話を中断して見つめる僕とミストラル。


「あ、あのう。お願いがあるのですわ」


 暴君が一歩退がると、そのぶん前に詰めるライラ。

 そしてライラの背後には、通訳なのか何なのか、フィレル王子が恐る恐るといった姿勢でついていた。


「伯の住む場所まで、わたくしを背中に乗せてくださいませ」


 ライラの言葉に、背後のフィレル王子が目を見開いて驚いている。

 彼から見れば、暴君は未だに恐ろしい存在で、その背中に乗りたがるなんて正気の沙汰ではないと感じるのかも。


『断る! 貴様はあの雪竜の背中に乗れば良いではないか!』


 咆哮をあげる暴君。

 竜心がない人から見れば、威嚇の咆哮にしか感じない。だけどフィレル王子に通訳してもらったライラは、懇願こんがんするようにお胸様の前で両手を組む。


「ニーミアちゃんは、それは素晴らしい乗り心地ですわ。ですが、あなた様が一緒に行くと言うのなら、私はもう一度、あなた様の背中に乗りたいですわ」

『ぐうう。貴様、その恐ろしい力で我に命令するのか』


 ライラの能力を知らないフィレル王子は、怯えつつ、疑問に首を傾げつつも、正確に通訳する。


「命令じゃないですわ。お願いですわ」


 言葉通り、ライラの瞳は輝いていない。ただ真剣な眼差しで、暴君を見つめているだけ。


 暴君は、初期からライラの能力を把握していた。実際に能力が発動していないことくらいは、わかっているはずだ。だけど、支配の能力を保持しているライラが「お願い」と口にしても、暴君からしてみれば、半分は命令に聞こえるんだろうね。


「んんっと、プリシアも乗って飛んでみたいよ?」


 と言ってるそばから、プリシアちゃんが暴君の背中へと空間跳躍する。


『小娘め、降りろ』


 暴君が身体をくねらせてプリシアちゃんを振り落とそうとする。だけどそれは、プリシアちゃんにとっては遊びにしか感じなくて。

 アレスちゃんを呼び寄せたプリシアちゃんは、楽しそうに暴君の背中ではしゃぐ。


 そしてげんなりと頭を垂れて、どうにかしろ、と暴君は僕を睨んだ。


「良いんじゃないかな。君が背中に女の子たちを乗せて向かえば、相手方も警戒心が薄れるだろうしね」


 カルネラ様の一族や伯にも、暴君の改心の話は伝わっていると思う。だけど、知っていても怯える竜族のように、暴君が飛来すれば少なからず場が荒れるのは目に見えている。

 そこへ、背中に愛らしい幼女や美人で巨乳の少女を乗せた姿を見せれば、少しは向こうも警戒心を薄めてくれるんじゃないのかな。


 僕の説得に、ぐるると喉を鳴らす暴君。


『……貴様の命令であるのなら、仕方ない。だが、今回だけだ』


 僕は何も命令していませんよ。

 苦笑する僕。そして許可が下りたことを通訳で知ったライラとプリシアちゃんが、喜びあっていた。


「す、凄いです! あの恐ろしい飛竜を手懐てなずけるなんて!」


 フィレル王子が感動した様子で、僕に駆け寄ってくる。


「いやいや、手懐けているわけじゃないですし。竜族も話せばわかる相手はたくさん居るんですよ」

「そうですね。僕もこの数日間で、それを学ばせていただきました」


 駆け寄り、僕の手をひしっと握るフィレル王子の姿を見て、ミストラルが少しだけ驚いていた。

 別れる前の王子とは別人に思えるくらいにたくましくなった姿に、驚いたんだね。


「私も乗ってみたいわ」

「貴女たちだけずるいわ」


 双子王女様が自分たちも乗せろと迫ると、これ以上はたまらんと暴君は慌てて大空へと逃げだした。

 もちろん、背中にライラとプリシアちゃんとアレスちゃんを乗せて。


 暴君はなんだかんだと言いつつ、面倒見が良いよね。飛び立つ際も、何気に背中に乗っている人が振り落とされないように気を使っていたのは、僕ならわかる。


「にゃんは不人気にゃん」


 プリシアちゃんの頭から離れたニーミアが、ちょっとだけ寂しそうに飛んで来る。


「そんなことはないよ。ニーミアだって、大好きなお菓子が目の前にあっても、たまには別のお菓子が食べたくなる場合があるでしょ?」

「んにゃん!」


 僕の説明を理解したのか、元気を取り戻したニーミアが嬉しそうに頭の上に乗ってきた。


「さあ、殿下。移動前にお召し物を替えましょう」


 ライラが唐突に空へと拉致され、甲斐甲斐しく世話をする人が居なくなったので、ルイセイネが代わりにフィレル王子の世話を買って出る。


「あっ、それは僕ひとりでできますから」


 フィレル王子はにこやかに返事をすると、ひとりで一泊だけ利用した長屋の部屋へと走っていた。


 うん、変わったね。


 飛竜の巣で別れる前だと、お世話されて当然的な雰囲気が少しあったけど、今は自分のことは自分で、という気配が伝わってきた。


「何があったのかしら。変わったわね」


 ミストラルがぽつりと不思議そうに呟いた。






 フィレル王子の支度が整うと、巨大化したニーミアの背中に残りのみんなで乗り込む。

 そしていよいよ、ユグラ様の住む竜峰の奥へと向かうことになった。


 竜峰の奥、とはいっても、実は特別そんな場所はない。

 竜峰の麓に住む人族の僕たちから見れば、ミストラルの村も十分に奥地だし、複数の峰を越えれば、どこでも奥と表現して良い場所に思える。


 それでも竜人族の多くが「竜峰の奥」と表現するのは、そこが神聖な場所と認識されているからみたい。


 竜峰の南方に、深い緑に囲まれた谷があるとう。雲を越えられない竜族にとって、そこへ行くためには複雑で深い渓谷を通り抜け、場所によっては地上を歩いて行かなければいけないほど、険しく高い場所なのだとか。

 そして、その険しさはそのまま竜人族でも厳しい行程であることを示す。


 非常に行き難い場所であり、その為、周りにはカルネラ様の一族が住む村しかない。


 険しい山々に囲まれた未踏破みとうはの深い森と、一部族しか住んでいない過疎かそ感。そして竜峰では英雄と扱われている翼竜のユグラ様が住んでいる為に「竜峰の奥」または神聖な場所と云われている。


 ミストラルが、ニーミアの背中の上で僕たちに説明してくれた。


「それじゃあ、暴君も移動は大変だ」


 さすがの暴君も、雲の上には昇れない。

 ニーミアなら余裕かもしれないけど、暴君をともなった移動だから、そっちの能力に合わせなきゃいけないんだ。


 ……飛竜の倍近い体格で、能力も桁違いなはずの暴君を底辺基準にするなんて。ニーミアよ、君は本当にすごいんだね。


「にゃん」


 僕が褒めた心を読んだニーミアが、嬉しそうに上昇しようとする。

 すると、隣で飛行していた暴君がぐるると威嚇を込めて喉を鳴らす。


 そう。現在、ニーミアと暴君は並んで飛んでいた。


 というか、自分の遥か上空を飛ばれることを、暴君が嫌ったんだ。まあそりゃあ、自分の能力に自信を持つ者が、軽く凌駕する力を他者から見せつけられたら、良い気分なんてしないよね。


 ということで、ニーミアには申し訳ないけど、暴君と一緒の高度を飛んでもらうことにした。


 暴君の背中では、ライラたちが嬉しそうに風を感じている。

 ニーミア程ではないけど、暴君もきちんと背中に乗っている人に防風の竜術をかけてくれているんだね。

 これは、普段から子竜のリームを背中に乗せて飛んでいる暴君の気遣いだろう。


 暴君とニーミアは疲れ知らずで飛び続けるけど、乗っている方は意外と疲れたりする。

 特に、荒々しい飛び方をする暴君に乗っているライラたちには長時間の飛行は無理かもしれない。ということで、休憩を挟みつつ、僕たちは竜峰の南へと下る。


 険しく切り立った山肌。深く抉られた渓谷。岩肌むき出しだったり、緑に覆われていたり。峰をひとつ超えるだけで変貌する竜峰の姿は、ミストラルの村や北方の竜峰の景色と変わらない。


 途中、幾つかの竜人族の村や竜の巣を見かけた。

 地上で右往左往する人や竜の姿を、僕たちは上空から苦笑しつつ眺める。


 いつか色々と落ち着いたら、竜峰の色んな場所をたくさん旅したいな。そして、いろんな人や竜に会いたいな、と思いつつ空の旅を満喫する。

 そして、昼過ぎに何度目かの休憩を取ると、いよいよ雲がかかる山脈へと差し掛かった。


 これからは、みんな歩きだね。

 暴君も歩くことを納得しているのか、特に不満を口にすることなく、着地できそうな場所を探し始める。


 しかし、事態は急変した。


「にゃおぉん」


 ニーミアの無邪気な鳴き声。


『き、貴様っ、何をする!!』


 そして暴君の狼狽えたような怒ったような、複雑な咆哮。


 あろうことか、ニーミアは暴君の翼の根元を掴むと一気に上昇し、雲の上に昇る。そしてそのまま、暴れる暴君なんてお構いなしで、軽々と高い山脈を越えていく。


 ニーミアよ。さっきの僕の思考は読まなかったのかい!


「飛竜が地上を歩くのは大変にゃん。これは思いやりにゃん」


 思いやりでも、一方的なものは駄目なんだよ?

 だけど、ニーミアは優しいからね。仕方ない。


 ニーミアに悪意があるわけではないことは、暴君にも十分に伝わっている。

 途中で観念したのか諦めたのか、暴君は大人しくなって、ニーミアに掴まれたまま雲の上を移動した。


『ふふん。雲の上の景色か。まぁ、悪くはない』

「でしょ? 貴重な体験なんだから、感謝しないとね」


 にやりと暴君を見たら、睨まれた。


『貴様とつるむと、ろくなことがない』

「気のせいだよ?」


 うん、気のせいです。そして、ニーミアに翼の根元を掴まれて飛行する暴君の姿が妙に可愛らしいのは、内緒です。


 暴君の背中に直接乗っているライラたちにはわからないだろうけど、上から見下ろしている僕たちは、その姿に笑いをこらえるので必死だった。

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