真実の剣舞

 偽物?

 僕の竜剣舞が……?


「エルネア!」


 動きの止まった僕とアイリーさんの隙を突くように、ミストラルが天井付近から急降下してきた。

 片手棍の先端が青白く光り、桁違いの竜気が凝縮されている。

 アイリーさんは、淀みなく竜奉剣を振るう。


 交差する片手棍と竜奉剣。

 鋭い激突音と火花が散る。


 得意の連撃に持ち込もうとしたミストラル。しかし、アイリーさんの巧みな剣捌きで受け流され、逆に防御に回された。


「ユフィと」

「ニーナの」

「「竜剣乱撃りゅうけんらんげき!」」


 壁際で竜気を錬成していたユフィーリアとニーナの竜術が完成する。

 竜槍乱舞りゅうそうらんぶとは違い、竜気で型どられた無数の剣が、指向性を持ってアイリーさんに襲いかかった。


 ミストラルは、ユフィーリアとニーナの動きに合わせ、翼を羽ばたかせて離脱する。

 アイリーさんは微笑みを崩さないまま、迫る竜剣を真正面から迎え撃つ。

 二本の竜奉剣を流れる動きで振るい、蹴散らしていく。弾ききれないものは、優雅な体捌きで回避する。


 アイリーさんの動き、体捌き、剣術。それはまさに、僕がスレイグスタ老に習ってきた竜剣舞だった。


「……エルネア君」

「エルネア様」


 体勢を整えたルイセイネとライラが不安そうな瞳を僕に向けていた。


「みんな……」


 震える剣先が止まらない。


「お願いだよ。この戦いは、僕だけにやらせてほしい」


 ……偽物だって?

 僕がアイリーさんの弟子ではなく、正当な後継者じゃないから?


 そう。抑えきれない怒りで小刻みに揺れる剣先に、意識を集中させる。


「……許さない」


 どくん、と身体の内側に秘めた竜宝玉が脈うった。

 突然始まった戦いで融合していなかったアレスちゃんが金色の光の粒に変化し、僕に溶け込む。

 爆発する竜気が溢れ出し、荒れ狂う。

 竜気は渦巻き、体感できる暴風になって、広間中に渦巻き始めた。


 竜剣乱撃を捌き切ったアイリーさんが僕に向き直り、すうっと、瞳を細める。

 ミストラルたちは僕の意志を尊重してくれて、プリシアちゃんたちの場所まで退避してくれた。


「アイリーさん、発言を訂正してもらいますからね!」


 溢れ、可視化した竜気で、視界がゆらゆらと揺れる。

 僕はその状態でしっかりとアイリーさんを見据え、空間跳躍で一瞬にして間合いを詰めた。

 竜気が流れ、身体と一体化したような感覚の白剣を振るう。続けて霊樹の木刀も振るいながら、術を発動させる。

 つばの葉っぱが弾け、周囲に無限の葉の刃が出現した。

 それだけじゃない。

 アイリーさんの視界を惑わすように幻惑をかけ、竜気の剣を生み出す。


 白剣と霊樹の木刀の連撃。蹴りや肘打ち、時には体当たりを交えた竜剣舞。それに合わせて葉の刃が踊り、竜剣が舞う。


 アイリーさんは僕と一緒に舞を演じるかのように軽やかに動く。そして、全てを受け裁く。


 だけど、僕の手足はそんなことでは止まらない。

 怒りで頭に血が上っている感じを、どこか他人事のような第三者の視点で意識する。

 アイリーさんを強い意志で睨み、手加減なく竜剣舞を舞う。


 大剣のような竜奉剣の質量に、白剣と霊樹の木刀は押し負ける。蹴りを繰り出すけど、強固に強化されたアイリーさんの身体は岩のように硬い。それでも動きを止めず、そこから次の流れに移り攻勢を止めない。

 アイリーさんは僕の動きの全てを熟知し、完璧に受け止める。


「あらいやだわ。なかなか良い感じじゃない」


 アイリーさんは余裕そうに言う。だけど、反撃できる暇は与えない。

 視線は常に僕へと向けられていた。

 アイリーさんと僕の視線がぶつかる。

 僕の瞳に怒りを感じとっているアイリーさんも、真っ向から強い意志を飛ばしてきた。


「わたしの偽物発言がしゃくさわったかしら?」


 ふふふ、と挑発ぎみに口角を上げるアイリーさんに、無言の剣戟で応える。

 振り下ろされた霊樹の木刀に合わせ、葉の刃が目にも留まらぬ速さで流れた。アイリーさんは竜奉剣を僅かに震わせ、小結界を何枚も張り巡らせて弾く。小結界を、今度は竜気の剣が斬り裂いた。

 距離を取ろうとするアイリーさんの足捌きを見破る。


 逃がさない!


 アイリーさんが僕の動きを読みきっているように、僕もアイリーさんの次の手が読める。

 今や、広間全体を嵐の只中にした竜気の渦でアイリーさんを捕らえ、体勢を整える隙を与えない。


 僕は怒っているんだ!

 この怒りは、絶対にアイリーさんにあがなってもらう。


 僕の、スレイグスタ老に教わった竜剣舞が偽物だと言うアイリーさんを、許すわけにはいかない!

 たしかに、僕は正当後継者であろうアイリーさんから竜剣舞をさずけられたわけじゃない。


 だけど、だからなんだって言うんだ!


 竜剣舞の源流を辿れば、それは剣聖ファルナ様の剣舞にたどり着く。竜人族の昔の人がファルナ様に師事しじし、長い年月をかけてようやく授かった秘伝の剣術。その流れから見れば、僕の竜剣舞はまがものかもしれない。


 だけど……


「僕の竜剣舞は、僕が努力して身につけたものだ!」


 そうだ。誰の系譜けいふかなんてものは関係ない。

 大切なのは、技を受け継ぎ、想いを受け継ぐこと。

 スレイグスタ老は僕に資質を見出みいだしてくれて、本来は竜人族の技だったものを継がせてくれた。

 それだけじゃない。

 僕の竜剣舞は、スレイグスタ老が教えてくれた型だけでできているわけじゃない。

 ミストラルたちと日々磨き上げ、ジルドさんに竜気の扱いを指導してもらい、霊樹の精霊さんと一緒に昇華させた。

 まだまだ発展途上かもしれない。

 だけど僕の竜剣舞は、みんなの協力でひとつの確かな形として出来上がっている。


 それを否定するなんて、つまりは僕とみんなの意志を否定することになる。

 だから僕は、絶対にアイリーさんの発言を許すわけにはいかない!


 そもそも、スレイグスタ老は言った。

 竜剣舞とは、使い手に合わせて多様な型となり、独自の極みがあるのだと。

 竜術にしてもそうだ。

 竜気を使いり出される技や術は、自由な発想と想像で無限の可能性を示す。

 なら、同じ竜気を使う竜剣舞だって、無限の到達点があるはず。


 僕の竜剣舞は、出発はスレイグスタ老の記憶に頼ったものでしかないかもしれない。

 だけど、極められた先はアイリーさんの正当だと言う竜剣舞の系譜でなくてもいいんだ。


 僕は、僕の竜剣舞を舞う。

 到達点を見出している僕の竜剣舞は、僕自身のものだ。

 けっして、誰からも否定されるものではない!


 アレスちゃんからの力を最大限に呼び込む。

 どくり、どくりと竜宝玉がこれまでになく強い脈打ちをみせる。

 荒れ狂い、嵐の激しさをみせる竜気は、剣を振るうごとに、手足を舞わせるごとに周囲へと爆発的に拡散し、暴風が吹き荒れた。


 空間を濃密に満たした竜気は周囲の壁を越え、竜の祭壇の外へと広がっていく。

 地表に溢れ出した竜気の嵐は小島を覆い、広大な湖を飲み込んでいく。周囲の森から断崖を昇り、窪地くぼちの上に蔓延まんえんする瘴気の雲さえも取り込む。

 瘴気の雲が嵐の渦に乗り、渦巻き始めた。

 中心である僕に向い、暗黒の闇がとぐろを巻きながら断崖を下る。


「それじゃあ、君の魂を頂いちゃおうかしら」

「まだ、そういうことを言う……。もう惑わされませんからね!」


 爆発し、拡散した竜気が激しい勢いで僕へと戻ってくる。荒れ狂う竜気を、身体の内側へと飲み込んでいく。

 体内で暴れる竜気を、力を吐き出した竜宝玉へと納めていく。

 竜宝玉が。そこに秘められた竜の想いが、神々こうごうしい咆哮をあげたような気がした。


 大気が震えた。

 ううん、大気じゃない。

 空間に満ちていた謎の気配、計り知れない意志が僕の竜気に呼応して、存在を確定させていく。


 予想していた。

 この計り知れない気配、僕の受け継いだ竜宝玉。そして、アイリーさんが前日に口にした言葉。

 そして、北の地の老竜が教えてくれたこと。


 僕の竜宝玉は、竜の王の想いの結晶だ。


 ジルドさんは、双子の建国王の付き添いとしてここに来たらしい。その際に、竜の王の想いの結晶である竜宝玉を受け継いだんだ。だから、腐竜の王を討伐した後もたまにここへと足を運んでいた。

 アイリーさんは言った。ジルドさんはここへと来る義務があるのだと。

 竜宝玉が失われた竜の祭壇。そこで老竜の残した残滓ざんしを浄化していたアイリーさんだったけど、竜宝玉が祭壇から失われ、竜の王の力が弱まって、徐々に手に負えなくなってきていた。

 そして、溜まりに溜まった竜族たちの想いが淀み、呪いへと変わって瘴気になった。


 竜の王の魂は、滅んでいないという。

 つまり、竜宝玉として僕のなかに残っていたわけだ。

 そして、存在そのものも消えてはいなかった。

 竜の王がどういう古代種の竜族なのかはわからない。だけど、魂と存在を切り分けても在り続けることのできる竜なんだろうね。


 そして今、竜の王は復活しようとしていた。

 竜宝玉と、存在を融合させて。


「誰の魂を捧げるか。それってつまり、ミストラルの竜宝玉か僕の竜宝玉か、という意味だったんですね?」

「ふふふ」


 激烈な霊樹の木刀が、とうとう竜奉剣を弾いた。白剣がアイリーさんの胴に迫る。

 アイリーさんは大きく後ろに仰け反りながらかわし、置き土産として蹴りを放つ。


「ミストラルの竜宝玉も、強い浄化の能力を持っている。僕が竜の王の竜宝玉を上手く解放できなかったら、彼女の竜宝玉を犠牲にする気だったんですね」


 アイリーさんの蹴りを躱し、お返しにこちらも回し蹴りを放つ。


「でも、それならなぜ、七百年前にアイリーさんは自分の竜宝玉を竜の王に捧げたんですか!」


 アイリーさんも、過去に魂を捧げたという。だけどそれは、自分の魂を、じゃない。受け継いでいたはずの竜宝玉を捧げたんだ。


さとい子は、本当に好きよ」


 アイリーさんの目尻が下がった。だけど、笑みではなく悲しそうな表情だ。


「七百年前は、こんなものじゃなかったのよ。数千年よ。竜の王が老竜の想いを竜神様りゅうじんさまのもとへと送り続けて数千年。竜の王も疲弊ひへいするし、そうすれば送れなかった想いは溜まり続けちゃうじゃない?」


 僕の竜剣舞を正面から受け続けるアイリーさん。

 僕の怒りは収まったわけじゃない。アイリーさんが認めるまでは、剣舞の勢いを止めるつもりはない。だけどそうしながら、蔓延した瘴気を祓うように、浄化の舞を続けた。


「もうね。竜の王の力とわたしの竜剣舞だけじゃ、手に負えなかったわけ。だから、あの子を犠牲にしたわけよ。他者の竜宝玉を犠牲にする方法も知っている。だから、ミストちゃんの竜宝玉でも良かったわけね」


 アイリーさんは、目的のためならなんでも犠牲にする。その覚悟を強く感じる。そして七百年前。その覚悟で自身の竜宝玉を手放したんだ。

 身体の一部として内包していた竜宝玉を失って。アイリーさんは哀しみに囚われた。

 それ以来、彼女はここに留まり続けてきたんだろう。

 老竜の想いを送り、手放した竜宝玉の供養くようのために。


「でも、今回は竜の王の竜宝玉があります。そして、僕も浄化の竜剣舞を舞える!」

「なぜ君がそういう付加価値を竜剣舞に付けることができたのか。昨日の話を聞いてなるほどと思っちゃったけど。こうして体感してみないとわからないものだしね」


 僕の怒りと覚悟が乗った竜剣舞。

 アイリーさんの、強い義務感と自負が乗った竜剣舞。

 二人、ふたつの竜剣舞が重なり合い、空間が黄金色と濃い緑色に包まれていく。


「僕たちは、何かが犠牲になるような選択肢は絶対に取りません。だから今回も、なにも犠牲にはしない!」

「それなら、その覚悟と意地をわたしに見せてちょうだいな!」


 望むところだよ!


 一層の苛烈さを増す竜剣舞。それでいながら、舞の美しさは損ないはしない。

 竜剣舞そのものが、淀んだ全てを清め、不浄なものを祓う儀式。竜族の想いを竜神様のもとへと届けるための、奉納ほうのう神楽かぐらだった。


 僕の二剣とアイリーさんの二剣がぶつかり合う。火花が散り、竜気が爆散する。

 僕とアイリーさんの竜気は大気で複雑に混ざり合う。その全てを僕が巻き込み、拡散し、渦巻き、収束していく。


 竜の祭壇の外では、とぐろを巻く竜気の嵐に瘴気の雲が巻き込まれ、小島の周囲で荒れ狂っていた。


 広場に漂っている気配が激しく震えた。

 僕の竜宝玉が呼応するように強く脈打つ。

 別々だった振動と脈動が、次第に同じ旋律で合わさっていく。


 僕は感じていた。

 竜宝玉が解放されていく。

 今まで感じたことのない感覚。

 これまで、どれほど暴走しようとしても僕の意志で制御できていた竜宝玉が、僕の手を離れていく。だけど、不愉快さや危機感はない。

 あるべき場所にあるべき物が戻っていく。


 全身全霊をして、竜宝玉の力を解放した。


 空間全体、死せる火山全体を震わせる神々しい咆哮が、音ではなく精神に直接響いた。


 はっ、とする。

 気づくと、なによりも身近に身体の一部として感じていた竜宝玉の気配が消失していた。

 その代わり。竜気と共に広がった僕の感覚が、窪地の上空に君臨する巨大な翼竜の存在を捉えていた。


 実体のない、不思議な翼竜。

 スレイグスタ老ほどの巨体ではないけど、濃い緑色のかすみが濃密に集まって形取られた翼竜は、僕たちの遥か頭上で優雅に翼を羽ばたかせていた。


「さあ、手を止めている場合じゃないわよ!」


 アイリーさんは容赦なく竜奉剣を振るってくる。僕は、ぽっかりと心に穴が開いたような感覚に囚われながらも、竜剣舞を舞う。


 竜宝玉を失ったはずなのに、なぜか竜気がみなぎってくる。

 上空で神々しい咆哮を響かせる竜の王と全てが繋がっているよう。


 竜の王が翼を羽ばたかせ、雲の上へと昇っていく。

 嵐の竜術で中心へと集められた瘴気の闇が、竜の王と共に上昇気流に乗って、遥か上空へと舞い上がり始めた。

 瘴気は上昇しながら、僕とアイリーさんの浄化の術によって禍々しさが取り除かれていく。そして、竜の王の気高く澄んだ気配にけがれをはらわれ、はるか天空へと昇天する。


 気のせいかな。

 夜であれば星に届きそうなほど舞い上がった竜族の想いは、遥か西方へと流れていったような気がする。

 それはまるで、混じり合う金と緑の嵐が荒れ狂う雲海となり、瑞雲ずいうんを引いて竜の想いを導いているように感じた。


 竜の王は、僕とアイリーさんの竜気を空へと導き、全ての瘴気を浄化していく。


 嵐の竜術は竜の王の力を借りて、死した火山の峰を下り、竜峰の北部に広がりを見せる。

 そして老竜の不安、なげき、悲しみをみ取って、竜の王のもとへと届けた。


「竜の王の竜宝玉を受け継ぐ者。竜の墓所の呪いは祓われたわ。それじゃあ今一度、君自身の竜剣舞をわたしに証明してみせなさい!」


 アイリーさんの竜剣舞が勢いを増す。

 浄化の舞から、相手を屈服させる舞へと変化した。

 でも、僕は違う。

 相対する者を倒す舞、浄化の舞、魅せる舞、全てを内包する剣舞。それが僕が会得した竜剣舞だ!


 さあ、竜の王よ。僕と舞おう。貴方も僕の一部であり、竜剣舞にとって大切な役者のひとりなのだから。


 竜の王は僕の意思を受け取り、遥か上空から歓喜に似た咆哮を響かせて舞い降りた。

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