偽りの剣舞

「ジルドさんは、なにをしにここへ来たんですか?」

「あの子は、本当はついでで来ただけなのよね。腐龍の王を倒すために、竜の王の助力を求めて、双子を連れて来たのよ」

「ああ、なるほど。人族のおとぎ話にも残っています。ヨルテニトスは竜の王の力を借りたんですよね?」

「そうよ。あのときは本当に大変だったわ……」

「へ?」

「ヨルテニトスちゃんはやんちゃでねぇ。さらにはあの自由人ジルドでしょ? 若いユグラ坊と一緒に堂々と竜の墓所に入ってきちゃって、爺婆じじばばと大騒動だったわよ」

「なにそれ、すごく楽しそう……」

「エルネア?」

「うっ……。う、嘘だよ。困った人たちだね」


 夕食は、アイリーさんの手作り料理が振舞われた。ここでも相変わらず、アイリーさんは僕たちをもてなしてくれた。

 この人が本当に僕たちの誰かの魂を要求しているなんて、あの笑顔からは想像もつかないよね。


「双子はそれ以外で来ることはなかったけど、ジルド坊はたまに来ていたわね。懐かしいな」

「なにをしに来てたんですか?」

「そりゃあ、ステラを見せびらかしにとか、彼女が亡くなった報告とか……」

「ステラ?」

「あらいやだ。知らないの? ジルド坊のお嫁さんよ」

「ええっ。名前を初めて知りました!」


 ジルドさんは、過去のことをほとんど話さない。人族のお嫁さんがいたことはミストラルに聞いて知っていたけど、どういう人だったとか、なんていう名前なのかは聞いたことがなかった。


「尻に敷かれていたわねぇ。あの自由人ジルドが、ステラの前では大人しくて……。ああ、いま思い出しても笑っちゃうわ」


 僕たちには「ジルド坊のことは本人に聞いてちょうだい」と言って、自分だけ大笑いをするアイリーさん。

 笑い方は女性そのものだった。


「エルネア君、話が逸れていますよ」

「そうだった」


 アイリーさんが笑うはしで、ルイセイネが耳元に唇を近づけてささやく。

 忘れちゃいけません。僕たちは、呪いを解く別の解決方法を探らなきゃいけないんだった。

 アイリーさん、と呼びかけ。


「魂を捧げる方法以外に、解決方法はないんですか?」


 思い出し笑いをしていたアイリーさんは、口角を上げたまま、僕を優しく見つめる。


「君は、それがあると思う?」

「あると思います! アイリーさんがちゃんと生きているから」

「……わたしは死んでいるわよ?」

「いいえ、生きていてますよ」


 僕の言葉に、だけどアイリーさんは少しだけ悲しそうな表情を見せた。


「なぜ、別の方法があるはずなのにそれを秘匿するのかがわからないわ」


 そこへ、ミストラルの鋭い突っ込みが入る。アイリーさんの心傷に同情している場合ではない。答えか、もしくは手がかりを見出さなければ、これから心に傷を負うのはこちらなのだから、とミストラルの真剣な表情は語っていた。


「アイリーさんが七百年前にどうやって、今回のような濃い呪いを解いたのか。それを教えてはいただけませんか?」


 ルイセイネだけじゃない。みんなでアイリーさんにお願いをした。


「……わたしはほら、こんな身なりだし。竜人族のなかでも色々と浮いた存在だったわけ。だから、人柱ひとばしらというか……ね? 資質を持っていたのがいけなかったわね」

「その、資質とはなんですか?」


 人柱という単語には、忌避きひすべきものを感じる。

 アイリーさんは当時、竜人族を代表して呪いの解除にあたり、ここに縛られたのかもしれない。


「竜神剣は、瘴気を祓う能力があるでしょう? わたしも、禍々しいものを祓う術を持っているのよ」

「浄化の能力ということですか?」

「能力というか、技ね」

「それなら、僕の竜剣舞にも浄化の力があります!」


 竜剣舞という言葉に、アイリーさんの眉尻まゆじりがぴくりと反応した。


「竜剣舞……。たしか、竜の森の守護竜スレイグスタ様に教わったのかしら?」


 はい、と頷く僕。これは昼食の際に、身の上話のひとつとして既にアイリーさんに話していた。


「わたしも何度かスレイグスタ様にはお会いしたことがあるけど……。なるほどねぇ。そういう運命か」


 うんうん、とひとりだけ納得したように頷くアイリーさんに、僕たちは首を傾げた。


「スレイグスタ様に竜剣舞を習い、ジルド坊の竜宝玉を受け継いだ。なんだか、あの爺さんの思惑が透けて見えるような気がしてきたわ」

「?」

「いやよねぇ。ただ長生きしているからって、そういう存在のてのひらの上で踊るのはしゃくにさわっちゃう。でも、仕方がないのかしら。ステラ的に言うのなら、全ては女神様のおぼしってやつよね」


 なぜか上機嫌になったアイリーさんは、酒精の強いお酒を取り出してきて、気前よく飲み始めた。

 ユフィーリアとニーナも気兼ねなくそれに加わる。


「なぁあるほど。それはそれは、明日の儀式が楽しみになってきちゃったわ。これはもう、君の努力にかかっているのかもね?」


 アイリーさんは結局、それ以上の情報を提示してくれることはなかった。


 夕食後。僕たちは別邸に戻ってからも相談を続けた。

 アイリーさんは、情報の出し惜しみをしたわけじゃないはず。あの言葉に必要な情報は全て含まれていると思うんだ。

 夜遅くまで、意見を出し合って思考を巡らせる。

 僕たちの欲しい答えは、どうすれば竜の墓所の呪いが解けるのか。そして、誰も犠牲にならない手段はないのか、ということ。


 アイリーさんは言った。

 竜姫であり、僕たち家族のなかで一番の実力者であるミストラルでも、もうひとりの浄化の手段を持つ神殿宗教の巫女のルイセイネでもなく、僕の努力にかかっていると。


 僕の努力ってなんだろう?

 素直に考えれば、竜剣舞での浄化のことだと思うんだけど。

 でも、アイリーさんも浄化の技を持っているんだよね。それなのに、彼女の努力ではなく、僕の努力?


 夜も深まり、連日の疲れで意識を落としていくみんなを見守りながら、僕は考え続けた。






「さあ、覚悟はいいかしら?」


 翌日。

 しっかりと朝食を摂り、アイリーさんに案内されて向かった場所。

 八角の壁は黒い漆塗うるしぬり。柱や梁は朱色に塗られた建物。

 竜廟に似た造りのそれは、目指していた竜の祭壇だった。


 入り口の扉を開き、中に入る。

 室内は竜廟と同じで、石の床。でも、特別な祭壇などはなく、奥まった場所に石を彫り出した翼竜の像と、供えられた花束だけがあった。


「ここで儀式を執り行うんですか?」

「エルネア、ここが竜廟と一緒なのなら……」


 ミストラルの視線は、足もとの石床に向けられていた。


「じゃあ、ちょっと貸してくれるかしら?」


 言ってアイリーさんは、ユフィーリアとニーナから竜奉剣を取り上げる。二人はむすっと頬を膨らませたけど、抵抗はしなかった。

 いやいや、これはもともと、ユフィーリアとニーナの物じゃないんだから、素直に渡しなさい。


 竜奉剣を右手と左手でそれぞれに握ったアイリーさん。

 なんだか、とてもさまになっている。

 大剣に近い竜奉剣の重量をものともせず、二刀を軽々と振り上げる。

 そして、なにか歌のような旋律せんりつを口ずさみながら、竜奉剣を石床に突き刺した。


「っ!」


 黄金色のまぶしい光が室内で弾けた。

 閃光に一瞬だけ目がくらみ、ついでに身体の均衡も崩してしまう。

 だけど、身体の均衡を崩した原因は、竜奉剣から放たれた光のせいではなかった。


「ゆ、床が落ちていますわっ」


 ライラが僕に抱きついてくる。

 ルイセイネたちも顔を引きつらせて、光が収まり見えてきた周囲の景色を見ていた。


 僕たちが立っていた建物の床。それが地中へと落ちていく。朱色の柱と漆塗りの壁は遥か頭上に遠ざかり、石の壁が縦に流れていた。

 壁は綺麗な石壁で、自然の穴に落ちているわけではないことがわかる。


「竜廟も、こうして地下に空間を作って、そこに竜宝玉を納めているのよ」


 ミストラルだけは予期していたのか、冷静な瞳でアイリーさんを見つめていた。


 僕たちを乗せたまま落下する床は、すぐに速度を弱めていく。そして縦穴を抜け、広い空間に出た。最後は、衝撃もなく停止した。


「はい、到着。ここが竜の祭壇よ」


 床から竜奉剣を引き抜いたアイリーさんが、にこやかに言う。


 地上の建物の数倍の広さの空間が、地下には広がっていた。

 術を唱えていないのに、高い位置の天井が発光している。

 視界に不自由しないその空間には、柱や邪魔な置物などはほとんど存在しない。唯一の障害物といえば、僕たちと一緒に降りてきた石彫の翼竜だけだった。

 ただ広く、殺風景な空間。だけど、なにかしらの濃い気配を感じる。探ろうとしても掴み所がなく、漠然ばくぜんとした存在感。まるで、竜峰を下山している途中に出会った影竜や、もっと計り知れない者の気配に似ている。

 不思議な気配は空間全体を覆い、静かに僕たちを見守っているように感じた。

 ミストラルたちも漠然とした気配を感じ取ったのか、周囲に意識を向けていた。


「はいはい、これは邪魔ねー」


 アイリーさんは僕たちの様子なんてお構いなしで、翼竜の彫刻を押して、広場の端っこへと持っていく。

 ……何気に怪力なんですね。

 まあ、ミストラルもそうだし、竜人族は人族よりも力持ちなんでしょう。


 翼竜の彫刻とお供え物の花束を移動させたアイリーさんが戻ってくる。

 そして、竜奉剣を構えた。


「さあ、儀式を始めましょうか。昨日も言ったわよね。誰が魂を捧げてくれるのかしら?」


 言ってアイリーさんが突然、僕に襲いかかってきた!

 手加減なしの一撃が左右同時に放たれる。


「うわっ」


 慌てて空間跳躍で距離を取り、白剣と霊樹の木刀を構える。


「な、なんですか、急に!?」


 動揺する僕たち。


「だって、君たちは進んで魂を捧げはしないでしょう? それじゃあ、強制的に奪うしかないじゃない。どうぞ、全員でかかってらっしゃいな。わたしが誰かの魂を奪うのが先か、君たちがわたしを倒すのが先か。そ・れ・と・も……?」


 ふふふ、と意味ありげに微笑むアイリーさん。


「しまった、武器を奪われたわ」

「しまった、武器を盗まれたわ」


 くやしがるユフィーリアとニーナ。


「そういうことでしたら」

「手加減はしませんわ!」


 臨戦態勢に入るルイセイネとライラ。

 ミストラルはニーミアにプリシアちゃんを預けて、最初から人竜化した。

 全員、アイリーさんとことを構える気で満々だ。無理もない。そうしなきゃ、誰かが犠牲になるのだから。

 やはり、アイリーさんと対峙することになった。だけど、退くわけにはいかない!


 僕は狼狽ろうばいから気を取り直し、竜奉剣を構えるアイリーさんを見据えた。

 アイリーさんは、大剣のような竜奉剣二振りを、両手を広げて構え直す。かかとを軽く浮かせ、すらりと身体を伸ばしたアイリーさんは、とても身軽そうだ。


 予想はしていたけど、竜奉剣はアイリーさんの武器だったのか……


 僕は腰を落とし。そして真正面から斬りかかった!

 低い位置から白剣と霊樹の木刀を同時に、交差するように斬り上げる。

 アイリーさんの視線は下方の僕に向いた。


「はあっ!」

「手加減しませんわっ」


 そこへ、左右同時にルイセイネとライラが襲いかかる。

 竜奉剣の切っ先は、まだ動かない。側面から迫るルイセイネとライラに向けられたまま。

 さらにミストラルが翼を羽ばたかせて、頭上から漆黒の片手棍を振り下ろす。

 ユフィーリアとニーナは距離を取り、竜気を練り始めた。


「っ!?」


 多方位からの同時攻撃。

 僕たち家族の連携は伊達じゃない!


 アイリーさんが、瞳を細めて笑みを浮かべた。


 ゆるり、と滑らかな動きで右脚を滑らせ左脚を折り、上半身を仰け反らせて僕の剣戟けんげきよりもさらに低く体を落とし、白剣と霊樹の木刀をやり過ごす。と思った直後。伸ばした右脚を起点に下半身を起こしつつ、左脚を蹴り上げて僕の突進を防ぐ。

 仰け反ったままの上半身をひねり、ライラの両手棍を腕に挟んで、そのままライラごと反対のルイセイネに投げつけた。

 ルイセイネが慌ててライラを受け止める。

 そうしている内に迫った漆黒の片手棍を右手の竜奉剣で受け流し、連続した流れで左手の竜奉剣を振るう。

 ミストラルは上空で素早く回転し、アイリーさんの斬撃を回避した。


 一旦足が止まった僕は、そこから竜剣舞を繰り出す。

 白剣を右から横薙ぎに振るいつつ、横に回り込むように足をさばく。

 アイリーさんは右手の竜奉剣で受け流しながら、自身の身体も力の流れに乗せて横に傾かせる。そうしながら、右脚に重心を移し、左脚で蹴りを繰り出す。

 腐龍を一撃で消し飛ばすほどの蹴りをまともに受けるつもりはない。霊樹の木刀で受け止めると、ミストラルの片手棍を正面から受けたような衝撃を受けた。

 アイリーさんは蹴りの勢いを利用し、くるりと横に回転する。そして、両手の竜奉剣を途切れることなく繰り出し始めた。

 僕も竜剣舞を舞いながら、アイリーさんに反撃する。


 僕の連続剣、アイリーさんの流れる動き。

 まるで、二人で剣舞を舞っているよう。

 斬撃音が響き、火花が散る。

 白剣でも竜奉剣の刃はこぼれない。

 激しい手数の応酬。その隙間を縫ってミストラルたちも攻勢をかける。だけど、アイリーさんは僕だけじゃなくみんなを相手にしても、流れる動きで全てを捌く。


 そう、本当に剣舞のような見惚れるほど美しい型で……


「っ!?」

「そんなっ……!!」


 ミストラルと僕だけじゃない。

 アイリーさんの動きを見た全員が気づき、絶句した。


 僕は受け流されて姿勢が崩れたところで、一旦、空間跳躍を出して距離をとる。

 アイリーさんは追ってこなかった。


 足を止め、信じられないものを見る目でアイリーさんに向き合う。


「あら、なにを不思議がるのかしら? だって、そうでしょう。竜剣舞はもともと、竜人族の技じゃない」


 ひらひらと、黄金色に輝く竜奉剣を振って、軽く舞って見せるアイリーさん。

 それはまさに、僕がスレイグスタ老に教わった竜剣舞の基本の型だった。


「わたしが弟子を取らなかったばかりに途絶えてしまったと思ったけど。なるほどねぇ。スレイグスタ様に見せたときに覚えられていたわけね。これだから、ああいう計り知れない存在はいやになっちゃうわ」

「竜剣舞の……継承者?」

「そうよ。正統の、ね」


 にっこりと微笑むアイリーさん。


「だから、出し惜しみなんてしないことね。なにせ、君の竜剣舞は偽物なのだから」


 アイリーさんの言葉に、僕の剣先が震えた。

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