露天風呂は戦場となりて

「エルネア!」


 僕の悲鳴に、慌てて飛んできたミストラルたち。手に手に武器を持ち、すでに臨戦体勢に入っていた。


「……っ!?」

「エルネア君……!」


 ミストラルたちは見た。

 仰向けに倒れこんだ僕と、上に覆いかぶさるように、つんいで迫るアイリーさんを。


「んなっ!?」

「きゃぁっ」


 そして、アイリーさんの立派なそれが目に入り、慌てて視線を逸らす女性陣。


「エ、エルネア。これはどういうこと?」

「エルネア君、不潔ふけつですっ」

「いやいや、僕は変な趣味なんてないですからね!」

「あらいやだわ。わたしたちのむつまじい時間を邪魔するなんて、しつけがなっていないじゃない」


 アイリーさんは素っ裸を隠そうともせず、四つん這いのまま後ろを振り返って、ミストラルたちにため息を吐く。

 僕はアイリーさんの意識が外れた瞬間に、慌てて空間跳躍をする。そして、露天風呂のなかに転移した。

 空間跳躍に、アイリーさんは少しだけ驚いた表情を見せた。


「そもそも、お風呂には裸で入るものよ。貴女たちも一緒に入りたいのなら、服を脱いできてちょうだい」

「そ、そういう話では……」


 顔を赤らめ、視線を外したままミストラルが言い淀む。

 ルイセイネは一緒に走ってきたプリシアちゃんの目を塞ぎ、自分も後ろを向いている。

 ライラはきつく目を閉じて、両手棍を握りしめていた。


「やはり、男だったわ」

「やはり、女じゃなかったわ」


 ユフィーリアとニーナだけは気にした様子もなく、アイリーさんの裸を見つめていた。

 うん。それはそれで、どうかと思いますよ?


「と、とにかく。エルネアの世話はわたしたちがするから、貴方は出て行ってくれないかしら?」


 えっ。ミストラルたちがお世話をしてくれるんですか?

 それはとても嬉しいですが、時と場合を考える必要があると思うんです。


「いやだわね。誰かを排除するというのなら、それは無粋な貴女たちじゃないかしら? ここはいま、男の湯よ」


 ああ、この人は卑怯ひきょうですよ。

 見た目……。顔や仕草などは女性以上に女性だけど、この状況で「男」に戻るだなんて。

 アイリーさんにそう言われてしまっては、ミストラルたちには言い返せない。


 僕はお湯に沈みながら、状況を観察した。

 言い分としては、アイリーさんに軍配があがる。「男」と主張するのなら、確かにミストラルたちの方がこの場には相応しくない。

 だけど、ミストラルたちは僕の家族で、お世話をしてくれるというのなら……。家族団欒かぞくだんらんを邪魔しているのはアイリーさんになっちゃうね。

 この勝負は、いったいどちらが勝つのか。


 勝負は、あっけなかった。

 服を着たままのミストラルたち。

 素っ裸で仁王立ち、女性陣にあられもない姿を恥ずかしげもなく晒すアイリーさん。


 ミストラルたちは結局、視線を戻すことなく建物のなかに戻って行った。


「エルネア、お風呂からあがってきたら反省会ですからね」

「えええっ、僕が悪いわけじゃないのにぃっ……」


 ミストラルの捨て台詞に、僕は頭の天辺までお湯に沈む。


「湯冷めするにゃん」


 ニーミアよ、君は僕の護衛じゃなかったんですか!?

 呑気に湯船で泳いでいたニーミアは、お湯からあがると、ふるふると全身を振って水飛沫を飛ばし、ミストラルたちと一緒に去って行った。


「ふっふっふっ。さあ、邪魔者はいなくなったわ」

「きゃーっ」


 草食動物を狙う目で僕を見るアイリーさん。

 怖い、怖すぎます!

 身の危険を感じて、逃げようとする僕。その様子を見て、アイリーさんは楽しそうに笑った。


「本当に、楽しい家族じゃない。素敵ね」


 冗談じょうだん洒落しゃれになっていません。

 男同士のお風呂は、ミストラルの村なんかが共同風呂だったから全く抵抗はないんだけど。

 女性のような男のアイリーさんと一緒に入浴というのは、なぜか気まずい。


 そもそも、アイリーさんはどういう属性なんだろう?

 身体的には、確かに男なんだよね。だけど、立ち振る舞いや、そもそも容姿が完全に女性なんだ。しかも、今更気づいたけど、なぜかお胸様がある。

 こういった人には今まで出会ったことがなかったので、対応の仕方がわからないよ。


「わたしは君の配慮が嬉しいわ。普通はね、わたしみたいな者は気持ち悪がられて、さげすまれちゃうの。理解なんて、普通はされないからね。だから、そうやって迷う気持ちだけで嬉しいわ。だって、それって少なくとも、わたしのなかに女を意識してくれているからでしょう?」


 アイリーさんは心を読んだわけではなく、狼狽うろたえる僕の様子で、こちらの心理を理解したみたい。


「ふふふ。好きなように判断してちょうだい」

「ええっと。それじゃあ、女性という扱いで……」


 アイリーさんが女性でありたいというのなら、僕はそれに倣おう。あえて反発したり拒絶する必要性はないしね。

 それに、服を着ていれば、彼女は確かに女性然としているんだし。

 ちょっと背が高かったり、肩幅が広かったり、時おり野太い声を出すことはあるとしても……


「ありがとう。お礼に、身体を流してあげちゃおうかしら」

「あっ、そうだった」


 僕は身体も洗わずに、お湯に浸かっちゃった。

 しまった、と顔をしかめながら、お湯から出る。


 アイリーさんを女性扱いすると決めたけど、彼女に裸を見られても恥ずかしくはない。

 お言葉に甘えて、背中を流してもらおうかな。

 アイリーさんの手まねきで手頃な岩に座る。背後で、アイリーさんが石鹸を擦って泡立てている音が聞こえてきた。

 そして次に、背中に伝わる暖かい感触。


「うひぃっ」


 お願い、止めてぇっ。

 布じゃなく、素手に泡をつけて、直接肌に触れてくるのは禁止です!

 変な気持ち良さに、ぶるぶると僕は全身を震わせた。

 お、おそろしい。

 やはり、アイリーさんは男として扱うべきだったかも!


 女のような男のような女性のアイリーさんは、わざとらしく艶かしい手つきで僕の背中に泡を広げる。


「と、ところで。なんでアイリーさんはひとりでここに住んでいるんですか?」


 細かい泡と人肌で妙に気持ち良い背中から自分の意識を反らせようと、適当な話題を振ってみた。

 アイリーさんは背中から胸の方に手を回そうとする。それを必死に阻止しながら、アイリーさんの返答を待つ。


「それはほら、さっきも言ったじゃない? わたしみたいなのは、世間からはみ出ちゃうのよ」

「な、なるほど……」


 聞いちゃいけなかった話題だったかも。

 ちょっと反省。

 と油断した隙に。

 アイリーさんは僕との攻防を制し、腕を前に回してくる。そして、今度は自分の身体を擦り付けてきた。


「うひいぃぃっ」


 もう、僕の悲鳴に駆けつけてくれる人は誰もいない。

 ぬるぬると、アイリーさんの上半身や腕が蠢く。僕は変な感覚に目覚めそうで、必死に自制し続けた。


「まあ、冗談よ。君はからかい甲斐があって楽しいわね」

「ぐう……」

「本当はね。ほら、これも言ったじゃない。七百年前に今回と同じようなことが起きて、わたしは竜の王に魂を捧げたのよ」

「それって、どういう意味なんですか?」

「ん?」

「ええっと。僕たちの感覚からすると、魂を捧げたってことは、その後は死んじゃうって思うんですけど?」

「その考えは間違っていないと思うわよ」

「でも、アイリーさんは……」


 生きているよね?

 背中に感じるアイリーさんの胸からは、確かに鼓動が伝わってきていた。


「ふふふふ。大人の世界には、色々と事情があるのよ」

「むむう。それを僕たちに詳しく教えてください。僕たちの魂を捧げろ、なんて言いましたけど、意味がわかりません」

「ふぅん……。君は賢い子だと思うんだけど、まだちょっと幼いのよねぇ」

「それって、身体的に? それとも、精神的にですか?」

「両方、かしら?」


 そりゃあ、七百年も生きてきた人から比べれば、僕は幼いかもしれない。だけど、それを理由に情報の出し惜しみはしてほしくないな。


「魂を捧げるという言葉とわたしの現状に違和感を覚えるのなら、明日までに答えを探しなさいな。そうじゃなければ、本当に君の家族の誰かの魂を捧げて、この呪いを解決させるわよ」


 ふふふ、と陽気に笑うアイリーさんだったけど、彼女の言葉には一切の嘘は含まれていなかった。


 知っている。

 二千年以上も竜の森と霊樹を護り続けてきたスレイグスタ老と一緒だ。

 お役目のためならば、どんな犠牲もいとわない。たとえ僕たちが敵として対峙することになっても、目的を見失わない。

 アイリーさんの言葉からは、そうした強い覚悟が溢れていた。


 でもね。

 僕も絶対に譲れない覚悟はある。

 家族だけじゃない。なにかが犠牲になるような解決策は、絶対に望まない。

 アイリーさんの存在と言葉の矛盾。そこに解決策があるのだとしたら。明日までに必ず答えを見つけ出してやるんだ。


 アイリーさんは僕の身体を洗い終わると、お湯をかけて泡を流してくれた。

 お礼にアイリーさんの身体を洗ってあげる。

 もちろん、素手じゃなくて布を使ってね!

 さっぱりすると、僕とアイリーさんは湯船に入った。

 アイリーさんは相変わらず聞き上手で、僕からいろんな話を聞き出して、思わぬ盛り上がりをみせた。

 おかげで、長湯をしちゃった。


 お風呂から上がって別邸に戻ると、ミストラルたちから白い目で見られた。


「僕は変態さんなんかじゃないからね!」

「エルネア、わたしたちはなにも言っていないわよ?」

「うっ……」


 本当に、やましいことはなにもしていませんよ。


「にゃあ」


 僕はお騒がせしました、と謝罪しながら、露天風呂でアイリーさんと交わした会話を伝える。ミストラルたちもなにかしらの裏があるのでは、と思考を巡らせていた。


「満月の花を探した試練の時と一緒の状況ですね。誰かの魂を捧げなければ、竜の墓所の呪いは祓えない。そのことに間違いはないのかもしれません。ただし、解決策はそれだけとは限らないのだと思います」

「別の解決策があるけど、現状ではその手が打てない、という可能性はあるわね」

「では、その別の解決策を探すべきですわ」

「そうは言うけど、情報が足りないわ」

「そうは言うけど、手がかりがないわ」

「アイリーさんが言うように、魂を捧げた後も彼女がまだ生きている、というのが鍵なんじゃないかな?」

「彼女……」


 僕の発言に、変な視線を向けてくる女性陣。


「エルネア君は、アイリーさんの正体に気づいていなかったのですか?」

「そう言うみんなは、もしかして最初から気づいていた?」


 はあぁ、とため息を吐くミストラルたち。

 もしかして、アイリーさんが僕の手を握ったときに露骨なせきをしたり、隣に座られたときに変な表情を見せていたのは、アイリーさんの正体に気づいていたからなのかな?

 女性は色々と敏感だね。


「貴方は、まだまだ修行が足りないわね」

「ぐぬぬ」


 苦笑しながら、ミストラルたちはお風呂に入る準備をしだす。


「貴方は罰として、正座をしながら解決の糸口を考えていなさい」

「えええーっ」


 忘れられていませんでした。

 僕の正座を確認すると、女性陣はみんなで楽しそうに出て行く。

 アレスちゃんも、プリシアちゃんと手を繋いで出て行った。僕のときに顕現してこなかったのは、アイリーさんが居たからだろう。

 開放的な露天風呂だからね。きっと彼女たちも長湯になることでしょう。

 僕はそれまで、正座の刑ですか……。

 監視者として、僕を裏切ったニーミアが残っていた。

 ニーミアは毛繕けづくろいをしながら、大く欠伸あくびをする。これまで頑張ってきたから、疲れているんだろうね。

 正座をしながら、ニーミアの様子を見つめて、問題の解決策に思考を巡らせた。


「きゃぁぁぁぁっっっっ!」


 すると、今度は女性陣の悲鳴が響いた!

 なにが起きた!?

 僕はすぐさま白剣と霊樹の木刀を手に取り、みんなの気配がする場所へと連続空間跳躍を繰り出す。

 一瞬にして、僕は露天風呂へと到着した。


「あらいやだわ。お風呂にまた入るなら、裸になってちょうだいね」


 そこには、全裸で仁王立つアイリーさんが!


 いやいや、そんなおもてなしは絶対にお断りですからね!

 僕は問答無用でアイリーさんに惑わしの術をかけて、視界を奪う。

 女性陣の羞恥しゅうちは僕が護る!


 そして、僕は見た。

 みんなの素敵なお肌の全てを!!


 プリシアちゃんとアレスちゃんは、つるつるのぺったんこ。

 そして……


「エルネアーっ!」

「ぎゃふんっ」


 飛んできたおけが顔面に直撃し、僕は昏倒したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る