未来への道すじ

 大森林の各部族から集まった長老様たちと、剛王たち巨人族の話し合いは、今日で三日目。

 巨人族との交流経験が全くない耳長族の長老様たちは、やはり巨人族に対して強い警戒心を持っていた。でも、それは織り込み済み。僕たちが間に入り、なかを取り持つ。

 お互いに、色々と思うところはあるはず。それでも、うらつらみのこもったとげのある言葉の応酬や挑発的な雰囲気にならなかったのは、ひとえに剛王の胆力たんりょくあふれる精神の賜物たまものだったかもしれない。

 話し合いをする、と決めた剛王は、これまでの攻撃的な姿勢を一転させると、耳長族とじっくり向き合い、対話の姿勢を示してくれた。

 大森林に暮らす耳長族の代表者たる長老様たちも、警戒心を持ちつつも剛王の対話の姿勢に真摯しんしに向き合ってくれた。


 耳長族は、長年に渡って森を侵略され続け、多くの同胞を巨人族に殺されてきた。

 巨人族は、新天地と望みを託した土地が実は瘦せ細り過酷な場所で、生きるために戦い続けてきた。

 互いに言いたいこと、主張したいことはあるだろうけど、ぐっとこらえてもらう。そして、先ずはお互いの種族の状況を話してもらった。


 長老様たちは、焼け野原になった暁の樹海を目の当たりにして、ひどく心を傷めていた。もうこれ以上、森と人と精霊の犠牲を望んでいない、と話す。

 巨人族には、僕も聞いた歴史を話してもらう。

 太古、西の平原を追われて大森林にたどり着いた巨人族。当時の耳長族は森を通過させてくれ、東の新天地へと至ることができた。だけど、そこは厳しい大地だった。

 巨人族が生きていくために、豊かな森を狙ったこと。三百年ほど前に、西の土地が回復したと知り、そこへ至るための戦いを続けてきたこと。


「東の平原が痩せ細った大地だと、過去の者が知っていたかどうかは儂らにもわからない。ただし、なぜ森を狙う? 北や更に東、南にも世界は広がっているじゃろう?」

「それは、何も知らぬ者が口を揃えて言うことだな。東に行けばいくほど過酷さは増し、北も人が住むような土地ではない。南は神族の国に当たる」

「……それで、西の森か」

「西に道を拓いていけば、先祖の大地に戻れる、という想いもあった」

「でも、そこはもう僕たち人族が暮らしているので、もし巨人族が森を抜けられても、今度は人族との争いになるだけだね」

「そのようだな。貴様から西の話を聞いて、俺様たちが目指していた場所は無くなったのだと知った」

「それじゃあ、巨人族が森を抜ける、という目的はなくなったわけだね」

「しかし、それならやはり、森を狙うことになるのじゃろう?」

「そこで、耳長族と巨人族に、僕から提案があるんです!」


 耳長族は、巨人族の苦悩と侵略の目的を知った。

 巨人族は、耳長族の森への深い想いと立場を知った。

 話し合いを進めるためには、先ずはお互いの立場を深く知ってもらう。三日間の話し合いのうち、お互いの歴史や現在の状況についての話を二日間かけた。

 話し合いの間、耳長族と巨人族には同じかまのご飯を食べてもらい、一緒に寝たりと過ごしてもらった。

 そのせいか、三日目に僕がこれからの提案を示すと、耳長族と巨人族はこれといった抵抗も見せずに耳を傾けてくれた。


「ようは、巨人族の暮らしが改善されれば、争いはなくなるんだよね?」

「俺様たちの土地が豊かになれば、わざわざ森を侵略する意味はない」

「巨人族が侵略さえしてこないのであれば、儂らは静かに森で暮らすだけじゃな」

「うん。それで考えたんだけどね」


 僕は、ひとつの未来を提示する。


「巨人族が住む土地は、痩せ細っているだけじゃなくて、妖魔や魔物が跋扈ばっこしているらしいんだ。それを、みんなで討伐しよう。耳長族の戦士たちだけじゃない。人族の、ヨルテニトス王国からも飛竜騎士団や他の竜騎士団を派遣してもらったりするのはどうかな? ルイセイネも言っていたけど、人族が関われば、癒し手である巫女様や聖職者の方々も派遣されてきて、犠牲はうんと減ると思うんだ」

「儂らが、巨人族のために……?」

「耳長族だけでなく、人族や竜族までもが関わると言うのか?」

「そうだよ。多種族連合軍で、難敵である妖魔や魔物を討伐する、という僕の案はどうかな?」


 僕は、グレイヴ王子からある程度の権限を与えられている。とはいえ、勝手に竜騎士団の派遣を約束しちゃったわけだけど、感触は良いみたい。

 見ると、会談を見守っている飛竜騎士団の隊長は、僕の意見に頷いてくれていた。


「常駐して、というのは難しいですが。定期的に、計画を練って討伐軍を編成する、というのなら問題ないでしょう。我ら飛竜騎士団は、活動範囲の広さが売りですので」


 種族間の都合のいい時期に集まって、妖魔や魔物を一斉に討伐する。巨人族だけが頑張るよりも、こっちのほうが断然に効率的だし、優位に進められるよね。


「あとね。痩せ細った大地の改善を、精霊たちにお願いしたいんだ。危険な魔物や妖魔がいなくなったら、安全に活動できるでしょ?」

「エルネア様は、精霊のこともよくご存知のようじゃ。儂らはこれまで、東の巨人族が住む土地は彼らの生活圏であり、耳長族には関係のないものだと意識さえ向けてこなかった。しかし、そうですな。東の土地が精霊たちの協力で豊かになれば、巨人族は森を侵さない、と言う。それならば、巨人族の土地を改善することが儂ら耳長族の安寧あんねいにつながるわけじゃな」

「こちらとしても、土地がこえるならなにも文句はない。むしろ、願ったり叶ったりだ」


 頷く長老様たちや剛王。


「ああ、ただし! 巨人族は、恩恵を受けてばかりじゃ駄目だからね?」

「ふむ、と言うと?」


 討伐軍への参加。大地の改善。どれも、巨人族が恩恵を受けるものばかり。だけど、耳長族や人族、竜人族が無報酬で働かなきゃいけない、というのは不公平だよね。

 討伐軍なんて、場合によっては犠牲者が出る可能性だってあるんだし。


「巨人族には、しっかりと報酬を払ってもらいます!」

「金銭を望むのか?」

「ううん、お金とか宝石とか、そういう物品じゃなくてね。労働力を提供してもらいたいなぁ、と」


 巨人族の大きな身体と、力強い肉体。僕はそこに、とても素敵な用途を思いついていた。


「ええっとね……。ヨルテニトス王国の王城は、色々な事情で消滅しちゃったんだよね。それで、復興途中なんだけど……」

「エルネア君のせいだわ」

「エルネア君が消しとばしたわ」

「そこの双子様、しーっ! そ、それでね。王宮の再建とかで、石材の運搬とか色々と力仕事が多いらしいんだよね」

「ははん、わかったぞ。俺様たちに、その力仕事とやらを請け負ってほしいわけか。しかし、そちらには竜騎士団がいるのだろう?」

「竜騎士団の竜族たちは、国土の保安のために忙しいし、気まぐれだから」

『肉が出れば、少しくらいは手伝うぞ』

『我好みの洞穴ほらあななら掘ってやろう』

『壊すほうが好きだ』

「……と、ともかくね。巨人族の協力を得られれば、復興が早まると思うんだよね!」

「しかし、俺様たちがそちらの国に行っても良いものか。耳長族も、巨人族を通したくはないだろう?」

「人族の国なら、友好関係にある種族の往来は歓迎だよ。ほら、魔族も出入りしてるしね」

「儂らは……。そうじゃな、森を傷つけない、事前に通行を知らせてくれる、というのであれば……」

「うん、耳長族にはここでも協力してほしいな。でも、ちゃんと恩恵もあるんだよ。大森林は現在、迷いの術が破られてしまっているよね。そのせいで、これまで侵入してこなかったような大妖魔バリドゥラとかが森に顕れたんだと思う。それで、バリドゥラと戦った戦士の人たちは感じただろうけどね、あの妖魔は、どうやら精霊術が効きにくいみたいなんだよね。そうなると、今後もまたバリドゥラが出現したら、耳長族だけでは対処しきれないよね。許可制でもいい。巨人族が森に入る実績を作っておけば、いざというときに頼れたり混乱しないで済むと思うんだ」

「なるほどのぅ」


 僕たちや飛竜騎士団がいつも大森林に駆けつけられるわけじゃない。そのときにまた大妖魔バリドゥラのような難敵が森に現れたら、耳長族だけでは対処しきれない。


「森の加護は、ちょっと復旧は難しいかもしれません。宝玉が壊されちゃったから」


 ランさんが申し訳なさそうに項垂れる。

 ランさんのせいじゃないよ。リンさんのせいだからね!


「そうなると、これからは森にも妖魔の魔の手が……」

「そうだ、聞きたかったことがあるんだけど。耳長族の人たちは、大森林の西側をどう思っているのかな? 大森林の西は、現在は人族が開拓を進めようとしているわけなんだけど?」

「西の森じゃな……。あそこは、遺棄いきされた森じゃ。昔はあの辺りにも集落があり、耳長族が住んでおった。しかし、魔物が跋扈する呪われた森になってしもうた」

「どうして魔物がはびこり出したのかな?」

「正確なところは儂らにもわからない。ただ長い年月腐った大地と接触していたせいじゃとか、古い遺跡の呪いじゃとか言われておる」


 そういえば、大森林の西側、つまりヨルテニトス王国の東の国境付近には、古代遺跡があるんだよね。

 それの影響?


「それじゃあ、人族が開拓を進めても問題ないのかな?」

「手加減をしてくれた方が儂らには有難いが。そうじゃな、儂らはすでに手放した場所。そこを自らの努力で開拓するというのなら何も言えまい」

「なるほど。では、こうしましょう。大森林の西の森を、一緒に開拓しましょう。そこを、ヨルテニトス王国と耳長族が交流の持てる場所にするんです!」


 人族と耳長族が一緒に暮らすような街ができたりすると、素敵かもしれない。

 お互いの文化圏が直接ぶつかり合うよりも、緩衝地帯があった方が気が休まるだろうしね。


「よしよし。ここでも巨人族には頑張ってもらうよ。森の西側の、魔物の討伐。街の建設。わあっ。恩返しがいっぱいできるね! そうだ。土地が豊かになったら、土牛の輸入とかで交易すると良いかもしれない。竜族が、食べ応えがあるって気に入ったみたいだし。交易が活発になれば、土牛とか東の特産品や労働力を受け取る代わりに、人族の方からも色々と送れるようになるね。すごいよ、ヨルテニトス王国は一気に交流範囲を広げることになるんだ!」

「エ、エルネア君。自重してください……」

「エルネアが壮大な妄想に入ったわね」

「エルネア君が文化の垣根かきねを崩壊させていくわ」

「エルネア君が種族の孤立を破壊していくわ」


 ええっと、僕に与えられている権限てどこまでだっけ?

 まあ、良いや。僕の構想が全部うまくいくようなら、人族も耳長族も巨人族も、みんなが幸せになれるしね!


 僕の大胆な構想話に、剛王や長老様たちは苦笑にがわらいをしつつも楽しそうに聞いていた。

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