導きの術 迷いの術

「ランさん!?」

「ラン?」

「はわぁ。違うのです。ちょっと緊張してしまいまして」


 太陽はとうの昔に森の西の先へと沈み、鬱蒼うっそうとした密林には夜のとばりが下りて久しい。

 光の精霊たちが照らしてくれているおかけで足もとが覚束おぼつかないという事態はまぬがれているけど……


「小娘。貴様は本当に賢者なのか。上の姉二人とは随分と雰囲気が違うようだが?」

「お、お姉ちゃんたちは凄い人なんです! でも、わたしはまだ未熟で……」

「巨人族の王よ。賢者ランは我らの癒し! さげすむような発言はよしていただきたい」


 偉大な賢者のひとりだ、とは言わないんですね。

 でも確かに、ランさんは二人の姉と比べると、ちょっと頼りないかもしれない。

 現に、こうして大森林で迷子になって、彷徨さまよっているわけですから!


 気づいたときには、もう遅かった。

 僕たちは、ランさんの導きの術で暁の丘がある東の地へと向かっているものだと思い込んでいた。

 だけど、どうやら違ったらしい。


 ランさんは、ユンさんとリンさんと合わせて、森の三賢者と呼ばれる偉大なる精霊使いだ。

 だけど、おっとりというか、天然系な性格はあまり頼ってはいけないものだったようです。


「じ、実はぁ……。導きの精霊術って、どうやればいいのでしょうか。ごめんなさい、ごめんなさいっ」


 こんな感じで謝られたのは、夕刻になってからだった。

 聞けば、剛王の迫力や、耳長族や僕たちの期待に気圧けおされちゃって、導きの術なんて知らない、と言い出せなかったらしい。

 それなら、早い段階で二人の姉に聞けばいいじゃない。とは、心底困って申し訳なさそうにするランさんの表情を見た僕たちは口にできませんでした。

 とはいえ、いつまでも迷っている場合じゃない。ということで、姿は見えないけど近くに存在を感じるユンさんとリンさんに聞いてもらうことに。


 そうそう。どうやら、ユンさんとリンさんの気配を、耳長族の戦士たちは感じとれていないらしい。霊樹の精霊のように、特殊な存在だからなのかな?


 なにはともあれ、二人の姉に術を教えてもらったランさんは、改めて導きの術を発動させた。

 はずなんだけど……


『ランは、間違えながら覚える子だ』

『ランって、一発で成功したことないのよねぇ』


 そこの姉二人!

 呑気に末妹の成長を見守っていないで、的確な助言とかをしてあげてください。というか、ランさんが導きの術を覚えていないと知っていたのなら、最初に教えてあげておいて! と心のなかで叫んだのは、太陽が沈んでからだった。


「しかし、さすがに疲れたな。今朝は布陣地より歩かされ、大妖魔バリドゥラの討伐にまで駆り出されたのだ」


 誰もが、すぐに暁の丘へと戻れると思って、戦いのあとも頑張って歩いてきた。だけど剛王が言うように、さすがに体力の限界だよね。


「そうだね。無理しても辿りつけなさそうだし、今夜はこの辺で夜営をしようか」

「ごめんなさい……」

「ランさん、謝る必要はないよ。頼ってばかりの僕たちが悪いんだしさ。それに、まだ寝起きだしね」

「ね、寝起きじゃないですよぉっ」


 なぜか、ランさんは僕と距離を取りたがる。そして、ミストラルに甘えたがるんだ。

 ミストラルの背後に隠れながら、僕を上目遣いに見つめて、寝ぼけてないですよ、と反論してきた。


「そうね。夜営にしましょうか。向こうに残っている人には申し訳ないけど、こちらも無理はできないわ」

「しかし、腹が減ったな」

「食料か。道中に見つけた野草程度は摘んでいるが……」


 さすがは耳長族です。移動しながらも、冬の森の数少ない恵みには目を向けていたみたい。だけど、僕たちの数倍の身体をした巨人族には、野草なんてお腹の足しにもならないよね。

 というか、僕たちだって野草だけじゃあ、お腹は膨れません。


 夜になっちゃったけど、少し狩をした方が良いか、と耳長族たちが相談し合う。

 すると、上空を追従してくれていた飛竜騎士団から知らせが入った。


「北東より、リリィ様が飛来してきます」


 なんだろう、と夜空の様子を伺っていると、夜闇をなお黒く染める巨大な影が上空を通過した。そして、なにかを落下させる。


「うわっ、危ないよ」


 落下物は、僕を狙ったかのように迫ってきて、慌てて逃げる。

 どすんっ、と地響きをあげて落ちてきた物体は、大きな土牛どぎゅうだった。

 どうやら、リリィが気を利かせて狩ってきてくれたらしい。


「飛竜騎士団のみなさんは、先に帰りますよー。リリィが案内しますからねー」

『帰ろう』

『地上を迷う者に付き合ってはいられん』

『森の風景にも飽きたしな』

「裏切り者ぉっ!」


 これまでは、ランさんの導きの術に見せかけた迷い術が空にまで影響していたせいで、僕たちと歩調を合わせて移動してくれていた飛竜たちだったけど。どうやら、お泊まりまでは付き合いきれないみたい。

 それもそうか。僕たちはその辺に横になれば寝れるけど、森の奥で着地場所のない飛竜たちは、ひと晩中飛び続けないといけないんだもんね。飛竜は体力が持つかもしれないけど、騎乗している騎士が限界にきちゃう。


 飛竜騎士団は、リリィとともに夜空の先に消えていった。

 見送った僕たちは、リリィが落としてくれた土牛をさっそく捌きにかかる。

 巨人族が手早く解体し、耳長族が手慣れた様子で切り分けていく。そして、ミストラルたちが調理した。


 なんだかんだといがみ合いつつも、巨人族と耳長族は気づくと連携している。

 きっと、仲良くなると良い隣人になれるんじゃないのかな。と改めて思わせるよね。


 お鍋などの調理器具は持ってきてないので、お肉を直火で焼いて香草や香辛料で味付けをした、簡単な料理が出来上がる。でも、そこは料理上手なミストラルたちです。空腹も相まって、僕たちは美味しくお肉を頂くことができた。


「内臓は肉詰めだな。香草の余りを寄越せ。革もなめせば、防寒具や敷物に使える。骨も使える」


 厳しい土地に住む巨人族は、獲物の全てを無駄にしない。食事が終わると、剛王も家臣と一緒になって、土牛の残った部位を加工し始めた。


「僕たちは内臓や骨は捨てちゃうことが多いけど、利用できるんだね」

「エルネア君は料理をしないから、そう思うんですよ。竜人族の方々も、無駄なく利用しますよ」

「香辛料たっぷりのお肉の腸詰めは、お酒に合うわ」

「骨と周りに残ったくず肉を潰したお煎餅も香ばしくてお酒に合うわ」

「大人の食べ物か!」

「なにを言っているの。貴方も、肉の腸詰めは好きでしょう。ほら、細長いぷりっとした」

「えええっ。あれって腸詰めだったんだね。加工の工程を知らなかったから、気づかなかったよ」


 どうやら、僕は知らず識らずのうちにお肉の腸詰めを食べていたらしい。


「きっと、エルネア君は知らないわ。毎朝食べていた卵の正体を」

「きっと、エルネア君は知らないわ。なぜミストラルの村でも毎日お魚を食べられていたのかを」

「……ど、どういうことかな!?」


 知らないだろうと言われても、仕方がないよね。ミストラルたちは、余程のことがなければ僕に料理を手伝わせてくれない。ミストラルとルイセイネが料理好きで、僕に食べてほしいから、と知ってはいるけどさ。料理をしないと、調理方法や使用食材なんて詳しいことはわからないんだよ。


「魚は、ほら。泉の水竜が獲ってきてくれるのよ」

「ふうん。それはなんとなく予想できたけど。それで、卵の秘密ってなに?」


 僕の家庭では、毎朝のように卵料理が並ぶ。目玉焼きやゆで卵や、その他色々と。

 王都で生活していたときには、それほど卵料理が大好物というわけじゃなかったんだけど。なぜか、旅立ちの一年を経験したあとから、うちで食べる卵料理が絶品で大好きになっていた。

 僕はてっきり、ミストラルたちの調理が上手いものだと思っていたんだけど……。どうやら、卵自体に秘密がありそうだ。


「あれは、プリシアちゃんやライラさんが貰ってきてくれる、鶏竜にわとりりゅうさんたちの卵ですよね?」

「えええっ、なんだって!?」


 ルイセイネの衝撃的な言葉に、僕は仰け反って驚く。

 鶏竜の卵? つまり、僕たちは竜族の卵を毎朝食べていたの!?


「鶏竜たちは、子供は大丈夫なの? 大切な卵を僕たちに譲ってくれるなんて、問題ないの!?」

「エルネア君、落ち着いてください。どうやら、鶏と少し似ているみたいですよ。鶏竜のめすは、繁殖期以外でも卵を産むそうなのです。それで、そういった卵は温めても孵化うかしないので、最初から育てないみたいです。それで、わたくしたちに分けてくれているのです」

「自分たちで食べたら共食いになるわ」

「自分たちで食べるのには抵抗があるみたいだわ」

「な、なるほど……。かといって、せっかく産んだ卵を食べられると知って手放すなんて、鶏竜たちもすごいなぁ」

「放っておいても、他の竜族や魔獣に狙われるだけだだから。それなら、といつも遊びに来るプリシアやライラに譲っているみたいね」

「知らなかったよ。今度また、お芋を持ってお礼に行かなきゃね」


 僕たちが会話をしていると、巨人族や耳長族は興味深そうにこちらへと耳を傾けていた。


「みなさんは、とても仲が良いのですね。種族が違うのに、うらやましいなぁ」


 ランさんも微笑みながら、僕たちの話を聞いていた。


「そうだよ。僕たちは獣人族や魔族とも仲が良いしね。喧嘩するより仲が良い方が、楽しいでしょ?」

「ま、魔族とも仲が良いのですか!?」

「エルネア君の親友には、魔族がいるわ」

「ミストラルの後見人には、魔王がいるわ」

「ま、ままま、魔王!?」

「誤解を与えるようなことは言わないの。ただ、そうね。少し前までは、竜人族と魔族は貴女たちのように長年争っていたわ。だけど、これもエルネアのおかげね。現在では、少しずつ交流を持ち始めているわ」

「竜王のウォル様が頑張っていらっしゃいますね」

「巨人の魔王の国とは確かに交流が始まっているけど、やはり竜人族のなかには、未だに魔族を敵視する者もいるわね。でも、エルネアがルイララと仲良くしたり、わたしたちが率先して魔族と交流している姿を見て、考えを改める人も出てきてくれているわね」

「巨人族と耳長族も、一朝一夕いっちょういっせきには仲良くなれないかもしれない。だけど、僕たちをお手本にして、将来を見据みすえた交流を始めてほしいな」

「竜人族と魔族は争っていたのか」

「そうね。わたしたち竜人族が暮らす竜峰の西は、魔族の国々と接しているの。争いは長い間続いたし、犠牲者も出してきたわ」

「興味深い。聞かせてもらおう」


 どうやら、剛王は好奇心旺盛な性格みたいだ。

 お昼も僕の話に耳を傾けていたし、今度はミストラルの語る竜峰や魔族の話を興味深く聞き入っていた。

 耳長族の戦士たちも、西の地でなにが起きていたのか、どうやって多くの困難を乗り越えたのかなど、静かに耳を傾けていた。


 こうして、争い以外で巨人族と耳長族が正面から向き合った記念すべき最初の一日は、とても濃密な内容で幕を下ろした。






 翌日。

 人族、竜人族、耳長族と巨人族、そして精霊たち。みんなで一緒になって過ごした夜が明けると、さっそく出発の準備に取りかかる。

 昨夜やり残した土牛の加工作業が終わると、ランさんのまわりに集合した。


「が、頑張りますっ」

「肩の力を抜いてね。大丈夫。ユンさんとリンさんがついているよ」

「は、はいっ」


 今日も、少し緊張気味のランさん。だけど、昨日と比べると、随分と肩から余計な力が抜けたような気がする。

 僕との距離とか。巨人族が近くにいても、石のようにがちがちにならないところとか。

 一緒にご飯を食べたりお話しをしたりしたおかげで、警戒心が薄れたのかな?


 そして、昨夜のうちにもう一度ユンさんとリンさんに教えてもらったのか、ランさんはより滑らかな手順で精霊術を行使した。


 術が発動すると、早速出発する。

 巨人族が歩けるような場所を選び、迷子が出ないようにゆっくりと進む。

 瞬きをしたり、ふと視線を泳がせるたびに、風景が変化していく。

 耳長族や僕たちには慣れた感覚だけど、やはり巨人族は不思議に感じるみたい。

 物珍しそうに、変化する森の風景を楽しんでいた。


 そして、今日は無事に、目的地へと戻ることができた。

 少し焦げ臭い空気が、未だに鼻腔びこうをくすぐる。

 樹々の天井から差し込む冬の日差しも、森の奥と比べるとずいぶん明るくなった。


「んんっと、おかえり!」

「プリシアちゃん!」


 森を抜け、ぱあっと、景色が開けた。だけど、眼に映るのは黒く焼けた大地ばかり。そのなかで、元気一杯、満面の笑みで出迎えてくれたプリシアちゃんに、心が洗われる。

 プリシアちゃんは元気よく、僕に抱きついてきた。

 しかし、それを阻止する者が!


「プリシア?」


 プリシアちゃんの空間跳躍を読み切り、がしっと彼女を捕まえたのは言うまでもない、ミストラルだ。


「あのね。違うの。プリシアはね、ここの人に教えてあげていたの」

「嘘を仰い」


 ミストラルに怒られて、しゅんと項垂れるプリシアちゃん。

 本当は、リリィとレヴァリアと、あのあと遊びに行ったんだよね。そして、ここに戻ってきたら、まだ僕たちは帰ってきていなかった。それで、仕方なくレヴァリアたちとお留守番をしていただけだと思う。

 それと、ここに残っていた人たちに説明をしたのは、リリィじゃないかな。しかも、きっと適当な説明だと思うよ。


「ようお戻りなさった。待っていました、人族の英雄殿と、その奥方たち。それと……」


 プリシアちゃんが仕方なくお留守番をした理由。

 それは、初めて目にするご老体の方々だ。

 数名のおじいちゃんとおばあちゃんが、プリシアちゃんの後を追ってこちらへとやってきた。そして僕たちを優しく迎えてくれる。だけど、彼らの視線は剛王と巨人族を捉えて引き締まる。


「ええっと?」

「儂らは、この森の部族長、つまり各村々の長老をしております」

「来てくださったんですね。ありがとうございます」

「いやいや、お礼を言わなければならぬのは、儂らの方です。エルネア様、感謝しております」


 どうやら、僕の名前はケイトさんに聞いたみたい。

 森の西で別れたケイトさんやエヴァンスさんたちの顔も遠くに見えた。


「戦士の者たちよ。其方らにも苦労をかけたな」

「長老。これは……」


 長老様たちの視線は、巨人族に固定されている。苦労とは、宿敵であるはずの巨人族と妖魔の討伐に向かったことに対るする労いだ。

 だけど、耳長族の戦士たちは長老の言葉に少し困惑したような表情で、巨人族を見上げた。


「いや、なにも言う必要はない。言わずともわかっているよ」


 和平へ向けた話し合いを開始していない現在は、本当ならまだ闘争中、ということになる。

 でも耳長族の戦士たちのなかには、一緒にご飯を食べたり、妖魔を討伐したり。更には命を救われた人だっている。

 きっと、彼らのなかには巨人族に対する想いが変化し始めている人もいるんじゃないかな。

 それを感じ取ったのか、長く豊かな白髭の長老は柔らかく笑う。

 そして、宣言した。


「わかりました。巨人族が望むのであれば、儂らは和平に向けて話し合いましょう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る