ルイセイネも頑張りました

「よし、倒したぞ!」

「大妖魔と呼ばれる奴を、我々が……!」


 耳長族の戦士たちが、勝利に沸き立つ。互いに抱き合ったり、健闘を称えあって喜びあう。

 そのなかでも、無事にランさんを救出できたことが嬉しいみたい。誰もがランさんに駆け寄ると、喜びを伝えていた。

 気づくと、ユンさんとリンさんは消えていて、それで耳長族の戦士は抵抗なくランさんに近づけたみたいだ。

 ただし、二人の姉が突然消えたことに、ランさんは不安そうにしていた。


「さあ、負傷されている方はこちらへ。治療をします」

「ルイセイネ。貴女は巨人族の治療をお願いできるかしら? あの巨体におきなの秘薬は、量が足りなすぎるから」

「はい、かしこまりました」

「ルイセイネ、無茶はしないでね」

「ふふふ。わたくしも、たまには頑張りませんと」


 ルイセイネは僕たちに微笑むと、大活躍だった巨人族たちの方へと歩いて行く。


「耳長族はこっちだわ。傷薬を塗るわ」

「耳長族はこっちだわ。鼻水を塗るわ」

「は、鼻水!?」

「き、気のせいだよっ。さあ、怪我をしている人は、遠慮なくこっちに来てね!」


 ニーナちゃん、なんてことを暴露してるんですか!

 僕は慌ててニーナの口を塞ぐと、にっこりと笑って誤魔化す。ミストラルも苦笑しつつ、首を傾げる耳長族の戦士たちを招き入れていた。


「素晴らしい秘薬だ。西には、これほどの回復薬が出回っているのか」

「いいえ、これはあくまでも秘薬なので、出回ってませんよ。僕たちだけが秘蔵する薬です」


 重傷者から順番に、スレイグスタ老の鼻水、もとい万能薬を塗っていく。

 幸い、妖魔バリドゥラとの戦闘で死者は出なかった。四肢を欠損するような人も出ていない。

 耳長族と巨人族に、数人だけ命が危ない重傷を負った人が出たけど、それはもうルイセイネが治療済み。

 残りのけが人に、僕たちは手分けして鼻水万能薬を惜しみなく使う。すると、全員がそれぞれに小壺こつぼに入れて持っていた鼻水万能薬は、底をついてしまった。


「……良いのか。これは貴重な薬だったのだろう? 我らに全て使ってしまったようだが?」

「心配無用だよ。こういうときに使わずに、いつ使うと言うのかな」


 まさか、スレイグスタ老がくしゃみをすると大量に採れるとは言えません。

 僕たちが気を悪くせずに笑っていると、耳長族の戦士たちは少し恐縮したように全員で頭を下げた。


 数名、軽傷者の傷を治しきれなかったけど、あとは大丈夫だよね。

 感謝されていることだし、耳長族はこれで安心だ。と、いち段落つけて、巨人族の治療に専念してくれているルイセイネを確認した。


「……癒しの術か。便利なものだな」

「確かに傷を癒すことはできますが、多用は厳禁です。精神を護る力が弱くなってしまいます。あっ、この程度ですと、まだ大丈夫ですよ」


 どうやら剛王は、負傷した家臣たちを先に治療させたらしい。そして最後に自分が治療を受けていた。

 患部に両手をかざすルイセイネから、優しい波動が放たれていた。剛王は、防具が破損し赤褐色の肌が剥き出しになっていた。その肌も、火傷したようにただれ、見ているこっちが痛くなりそうな怪我をしている。だけど、ルイセイネの癒しの法術によって、自然回復を早送りしているかのように治っていく。


「おそらく、傷跡は残ると思います。傷跡も全て消したい場合は、長期的な治療が必要なのですが……」

「気にするな、小人のいやよ。戦いで負った傷は勲章くんしょうのようなものだ。ただし、精神が弱るとはどういうことだ?」


 ありとあらゆる術のなかで、他者を癒す奇跡の術は法術しかない。ランさんたちがどれほどの賢者でも、古代種の竜族であるスレイグスタ老やリリィでも、癒しの術は使えない。

 まあ、たまに特殊能力として癒しの力を持った者はいるけど、それは稀有けうな存在なので特別だ。

 ただし、癒しの法術も万能というわけじゃない。便利な術には、強い副作用があった。

 高度な法術を受けて癒された者は、他者からの精神干渉に弱くなってしまう。無抵抗になると言っても良いくらい。

 ライラも、過去に重篤じゅうとくな傷を負い、法術で一命を取り留めた。そのときの副作用で、守護具無しでは生活できない。


 ルイセイネの説明に、剛王と巨人族だけでなく、耳長族も興味津々に耳を傾ける。


「法術で重傷を癒した方々には、後日、守護具をお贈りします。それまでは、精神干渉の術や惑わしの言葉に気をつけてください」

「なにからなにまで恩にきる。だが、その守護具とやらは高価ではないのか?」

「……正直に言いまして、とても高額です」

「そうなると、対価が悩ましいな」

「いいえ、これはわたくしどもからの贈り物としてお受け取りください。もしもそれで負い目を感じると仰るのでしたら、どうか今後は耳長族と仲良くお願いしますね? わたくしたちの一番の望みは、それですので」

「ルイセイネが黒いわ!」

「ルイセイネが悪だわ!」


 守護具を送らなきゃいけない相手は、耳長族のなかにもいる。彼らからも、対価は受け取らない。その代わり、耳長族には「巨人族と仲良くしてね」と言うわけですね。

 これは、考えによっては物として対価を払うよりも厳しい条件なんじゃないかな!?

 ルイセイネの提示した条件に、巨人族と耳長族は苦笑していた。

 だけど、そんななかにも険悪な雰囲気が緩和されている。特に耳長族は、共闘しただけじゃなくて、巨人族に命を救われた者もいるんだ。きっと今頃は、複雑な心境なんじゃないのかな。これまでの過去と、先ほどの結果との狭間はざまでさ。


「対価は……まあ、それとしてだ。貴様ら小人もあなどれぬ存在と知った」

「これから先、耳長族とだけではなくて人族と友好な関係になりましたら、聖職者の派遣といった恩恵もあると思いますよ?」


 おお、ルイセイネが布教してます!

 妖魔バリドゥラとの戦闘では後方支援に回っていたせいで、彼女は健全な者たちからは目立っていなかった。だけど、ここにきて一気に全員の注目を集めていた。


「耳長族の方々も、です。他種族との文化交流は素晴らしいものですよ。ほら、妖魔の討伐も、巨人族や竜族の協力があったからこそ、ランさんを無事に救出できて森にも被害が及ばなかったのですから」


 これは、あめむちとでも言うのかな?

 僕が見せた圧倒的な武力は、争いをするなら勝利はなく、大きな犠牲が出る、と見せつけた。そしてルイセイネは、仲良くなれば助け合える、と示した。

 ルイセイネの言うように、これから大森林の耳長族や巨人族と仲良くなれば、聖職者がこちらへと派遣される可能性はある。というか、ヨルテニトス王国の巫女頭みこがしらであるマドリーヌ様は、嬉々ききとして派遣しそうだよね。


「僕は思うんだけどさ。痩せた大地も、耳長族や精霊の協力を得られれば、改善されていくんじゃないのかな?」


 精霊は、不思議な力を持っている。季節外れの花を満開にしてみせたり、不浄の土地を浄化したり。


「耳長族はこれまで、きっと自分たちの森にしか目を向けていなかったんじゃないのかな? だから、すぐ東で大地が痩せ細っていても、知らない顔で生活をしていたんだ。巨人族は、もしも生活圏が豊かな土地になれば、わざわざ森を侵略する必要がなくなるよね。うん。仲良くなった方がお得だね!」


 ぽん、と両手を打って僕が納得してみせると、数人の耳長族が感慨深く頷いた。剛王も、僕を見て深く思慮しりょしている様子だ。


「んんっと。そろそろ帰る?」


 剛王の治療も、どうやら終わったみたい。

 頃合いを見てなのか、上空からリリィが降下してきた。そして、なぜかリリィの頭の上に移動したプリシアちゃんがこちらを見下ろす。


 プリシアちゃんたちと飛竜騎士団は、上空を旋回していた。

 ここは大森林の奥地で、飛竜たちが着地できるような拓けた場所がないせいだ。


「そうだね。そろそろ帰ろうか。治療を受けて意識を失っている人は、仲間が運んであげてね」


 プリシアちゃんに手を振り、帰還を促す。すると、リリィは上昇していって、レヴァリアと一緒にどこかへと飛んでいった。

 か、帰るんですよ!

 遊びに行ってはいけません!


 飛竜騎士団はリリィに追従せずに、そのまま上空を旋回してくれていた。どうやら、こちらと歩調を合わせて帰ってくれるみたいだ。


「ランさん、ここから暁の丘まで、歩いてどれくらいかかるかな?」


 二人の姉が消えて困惑していたランさんを、放置していたわけではありません。

 末妹のことは、二人の姉にお任せしていただけです。


 ユンさんとリンさんは姿こそ消したけど、存在は近くに感じていた。

 ランさんは、姿が見えないのに存在は感じるという現象により深く混乱してたけど、どうやらこれまでの説明を二人から受けたみたい。

 悲しそうな、嬉しそうな、判断しかねる表情で僕を見るランさん。


 耳長族と巨人族の長年の争いが解決しそうな状況は嬉しい。だけど、二人の姉が耳長族の禁忌を侵し、僕たちに使役される立場になったのは悲しい。そんなところかな?


「ええっとぉ……。普通に歩いていくと、十日ほどかかりますよ?」

「導きの術で行きましょう!」


 ランさんの予測に、即断で移動を決定する。

 帰りはのんびり帰ろうとか思ったけど、やっぱり却下です。十日もかかっていたら、帰りが遅くなっちゃうよ。

 暁の丘には、戦闘の苦手な巨人族と耳長族が数名ずつ残っている。その人たちを何日も放置しているわけにはいかない。

 フィレルがゴリガルさんたちを連れて来るだろうし、大森林の耳長族の代表者たちも集まってきているんだからね。


 さあ、帰りましょう。とみんなを促す。

 耳長族は素早く帰る準備を済ませると、ランさんのそばに集まった。

 巨人族は? と確認すると、剛王は戦闘で新たに出来た第二の泉を見つめていた。


 妖魔って、本当に不思議だよね。

 魔獣は、死ぬと屍肉しにくを残す。魔物だって、核となる魔晶石ましょうせきを残して消滅する。だけど、妖魔はなにも残さない。死骸も、存在していた痕跡も。

 そして、魔獣のようにどこかに生息しているわけでもないし、魔物のように頻繁に出現するわけでもない。まれに、なんの前触れもなくあらわれた妖魔は、だけど魔物や魔獣とは比較にならないような被害を与えて、忽然こつぜんと消える。

 もちろん、猩猩しょうじょう千手せんじゅ蜘蛛くものテルルちゃんのように、圧倒的な存在の魔獣もいるけど、全体から見れば妖魔の方が個々の被害は大きくなる。

 今回も、妖魔が直接被害を及ぼしたわけじゃないけど、ああして新たな泉が出来上がるくらいの被害は出ちゃった。


 でも、その妖魔も倒すことができた。

 剛王も、宿敵の討伐に思うところがあるのかもしれないね。


「良かったね。これで巨人族の住む場所でのバリドゥラの被害がなくなるんだ。それにしても、大妖魔と呼ばれるほどは強くなかったような?」


 もちろん、竜族やみんなの協力があったからこそだとは思うんだけどさ。やっぱり、猩猩やテルルちゃんと比べちゃうと、明らかに見劣みおとりしちゃうよね。

 僕が声をかけると、剛王は呆れたように僕を見下ろしてきた。


「貴様はなにを言っている。あれはまだ小物の方だ。あれは、一体だけではないぞ。東にはあれよりも凶悪な、それこそ大妖魔と言われるだけの個体が幾らでも跋扈ばっこしている」

「えええっ!?」

「あの程度なら、俺様たちだけでも倒せる!」


 な、なんということでしょう!

 僕はてっきり、大妖魔バリドゥラはあの個体だけを指している名称だと思っていたよ。だけど、バリドゥラは一体だけじゃなくて、もっとたくさん存在するだなんて。しかも、今のが弱い方ということは、やっぱり強い個体は予想以上に強いのか。


 僕だけじゃなく、耳長族の戦士たちも驚いていた。剛王はそんな僕たちを鼻で笑うと、地響きを鳴らしてランさんの方へと歩いていく。

 ランさんは、近づいて来る巨大な影にびくびくと怯えながら、見上げた。


「貴様が末の妹という奴か。さっさと元の場所に案内しろ」

「は、はいいぃっっ!」


 これまでの事情を、姿を消しているユンさんとリンさんに聞いただけのランさん。

 剛王は巨人族の、しかも支配者だ。その存在に緊張するのは仕方がないよね。

 ランさんはぎこちない動きで精霊術を使うと、手と足を揃えて歩き出す。


「エルネア君……ちょっと疲れたようです」

「ルイセイネ、肩を貸そうか」


 どうやら、ルイセイネは法力を使い過ぎちゃったみたいだね。剛王を癒していた場所で座り込むルイセイネに駆け寄ろうとした。


「ルイセイネ、大丈夫かしら。肩を貸すわ」

「ルイセイネ、大丈夫かしら。支えてあげるわ」

「えっ? いえ、わたくしはエルネア君に……」

「「遠慮をすることはないわ!」」

「しくしく」


 僕じゃなくて、ユフィーリアとニーナに両肩を支えられて遠ざかっていくルイセイネは、悲しそうな瞳で僕を見た。


「わたしも、力を使い過ぎたみたいだわ。わたしはエルネアの肩を借りようかしら」

「「「しまった!」」」


 抜け駆けしようとしたルイセイネ。阻止した双子王女様。だけど、最後に美味しい部分を持って行ったのは、ミストラルだった。

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