攻防の末に

「お姉ちゃんたち! 妖魔が……妖魔だよっ。それに、巨人族が! そ、それとぉ。竜人族と、竜族と……はわわっ」

「ラン、落ち着け」

「説明はあとでって言ったでしょっ。それより、ランも協力して妖魔を倒してちょうだいっ」


 泉の底から浮上し、水面に出る。

 すると、戦いは熾烈しれつさを増していた。


「はあっ!」


 ミストラルが漆黒の片手棍を振るう。彼女へと伸びていた触手は、圧倒的な威力の片手棍を前に爆散した。ミストラルはそのまま、妖魔バリドゥラの本体へと向けて前進する。

 身の危険を感じたのか、バリドゥラは無事な触手と先端が大鎌になっている両手を振り回しながら、ミストラルから距離を取ろうと空中でうねりながら逃げる。


 僕と同じように、ミストラルもユンさんとリンさんへ力を送り続けている。それだけじゃない。治療に専念するルイセイネに向けても竜宝玉の力を送っていて、相当な負担を強いられているはずだ。

 それでも、この威力。

 竜術などに頼らずとも、竜人族本来の身体能力だけで、大妖魔と呼ばれるバリドゥラを押し込んでいた。


『ぎいいぃぃぃぃっ』

「全員、妖魔から視線を避けろっ」


 バリドゥラの奇声と同時に、ぶよぶよの胴体に浮かぶ無数の瞳が青く光る。

 妖魔の変化を素早く察知した剛王が叫ぶ。

 なにが起きようとしているのか。理解できないまま、それでも僕たちは剛王の忠告に素早く反応すると、慌ててバリドゥラの瞳から視線を逸らした。


「がああっ」

「ぐはっ」


 反応しきれなかった耳長族の戦士たち数人が餌食になった。

 僕が視線を逸らした先にいた、バリドゥラに向かって弓矢を放とうと対峙していた人が、急に全身を痙攣けいれんさせ始めた。

 電撃でも受けたかのように激しく全身を震わせ、仰け反って白目を剥く耳長族の戦士。そこへ、バリドゥラの触手が襲いかかる。


「この、馬鹿野郎めがっ!」


 剛王が動く。

 巨体に似合わない素早い動きで、倒れたあとも激しく痙攣し続ける耳長族へと接近する。そして大きな手で耳長族を掴みあげると、無造作に放り投げた。

 耳長族が投げ出された方角は、霊樹の術で護られたルイセイネたちが治療にあたっている場所。

 手荒だけど、剛王が耳長族の戦士を救ったことになる。


 だけど、これで耳長族の戦士に代わって剛王が危険に晒されることになった。

 バリドゥラの触手は、狙いを耳長族から剛王に切り替えると、容赦なく襲いかかる。


 バリドゥラの本体から視線を逸らしたまま、迫る触手の群を戦斧で薙ぎ払う剛王。

 だけど、全部は捌き切れない。

 荒々しく振り回される戦斧の隙をすり抜けた触手が、剛王の脚に巻きついた。


「小賢しいっ」


 捕らえたもの全てを消化する触手。

 触手が胴に巻きついた耳長族は、これで重度の火傷のような怪我を負った。

 でも、剛王は動じない。

 大きく舌打ちをすると、脚に巻きついた触手を両断する。触手は切断されると、力なく地面に落ちて、泡を吹いて消滅した。

 触手が巻きついた剛王の脚は、耳長族と同じように焼けただれていた。

 なおも腕に絡まろうとする触手や迫り来る触手を、剛王は負傷など気にする様子もなく薙ぎ払う。


 巨人族の、というよりも剛王の強靭きょうじんさに驚愕きょうがくする僕たち。

 巨人族は、僕たちのように呪いや術を使ったりはしない。純粋に巨大な身体から溢れ出る力と体力で生きていく種族だ。

 巨人族に与えられた先天の能力を今更ながらに実感する。


 だけど、悠長に剛王の動きを見ている場合ではなかった。

 剛王の忠告を受けて、僕たちは全員がバリドゥラの瞳から視線を逸らしていた。それに乗じたバリドゥラは、隙を見せる者たちへと触手を伸ばす。もちろん、僕たちにもバリドゥラの狙いは向けられていた。

 僕は視線を逸らしたままでも気配を追えるけど、ユンさん三姉妹が遅れた。


「危ないっ」


 僕は、傍に浮く三人を抱き寄せる。そして、空間跳躍を発動させた。


「お、お姉ちゃんたち! 変態さんが、空間跳躍を使ったよ!?」

「へ、変態じゃないよっ」


 飛んだ先は、ルイセイネのそば。ここが一番安心だ。


 緊急回避で仕方なくだったけど、三姉妹を強く抱き寄せたせいか、ランさんが顔を真っ赤にして僕を見ていた。

 ううむ、こういう反応をされちゃうと、どうもやり辛い。

 僕は安全圏へ入れたことを確認すると、三姉妹を離す。そして、地面に突き立てていた霊樹の木刀を引き抜いた。


 霊樹の木刀は、地面に刺さっても大木へとは変化せずに、僕の帰りを待ってくれていた。

 さて、ここから反撃をしたいところだけど、どうしよう。


 剛王は、バリドゥラの瞳が青く光ったことに反応して警告を飛ばした。それで反応できた全員がバリドゥラから視線を逸らした状態が続いているわけだけど……

 いったい、いつまでバリドゥラの瞳が光っているのか。それは、バリドゥラの本体を直視しなきゃ誰もわからない。


「ぎゃあああぁぁっ!」


 また、耳長族の戦士がバリドゥラの攻撃を受けた。

 気配だけで触手の攻撃を受け続けるのには限界がある。ただでさえ目視で軌道を確認できないのに、触手は無軌道に振り回されながら襲ってくるんだ。

 耳長族の女性が触手の一撃を受けて弾き飛んだ姿が見えた。


「ぐがぁっ」


 先が大鎌になっているバリドゥラの両手が伸びて、巨人族が斬られた。胴を袈裟掛けさがけにばっさりと斬られ、大量の血が吹き出る。


「エルネア君、護衛してくださいっ」

「うん!」


 ルイセイネが素早く反応する。

 妖魔から視線を逸らしながら、移動法術の「星渡ほしわたり」で重傷を負った巨人族の傍へと向かう。

 僕は先んじて、巨人族のそばに空間跳躍で移動する。そして、とどめを刺そうと振りかぶられた大鎌を白剣で両断した。

 バリドゥラは奇声をあげながら、根元から両断された腕を引き戻す。

 引き戻しながら、再生されていく大鎌を視界の隅に見えた。


「ぎゃああぁぁぁっ」

「くそっ、いつまで視線を逸らしていればいいんだ!」


 耳長族の戦士たちは苛立ちをみせながら、空間跳躍でバリドゥラから大きく距離を取る。

 そこで大丈夫だと思って振り返った数人が、未だに光っているらしいバリドゥラの瞳を見てしまい、悲鳴をあげて激しく痙攣すると、倒れこむ。


「ひ弱な者共め」


 避難した耳長族たちとは違い、巨人族は逃げなかった。

 最初こそ剛王の警告に従って視線を逸らしたものの、いつまでも背を向けていては不利になると判断したのか、光る瞳を物ともせずにバリドゥラへと向き直る。

 耳長族と同じように、バリドゥラの瞳を見た巨人族が痙攣する。

 だけど、ここからが巨人族の身体能力の本領発揮だった。


 震える手で、それでもしっかりと武器を構える。そして、臆することなくバリドゥラへ向けて突進しだす巨人族たち。

 獰猛な雄叫びをあげ、剛王を先頭に走る。

 邪悪な視線を受けても突っ込んでくる巨人族に、バリドゥラも反応した。ありったけの触手を放ち、接近を妨害する。

 ボーエンたち側近が触手を薙ぎ払う。

 剛王の道は自分たちが切り拓く。

 痙攣する身体。絡みつき、火傷を負う手脚。それでも勇猛果敢に武器を振るい、剛王の邪魔になる障害を振り払っていく。

 剛王は臣下たちの拓いた道に、躊躇うことなく突っ込んでいった。


 僕の視界では、ここまでしか見えなかった。

 あとは、気配が読み取った。


 大跳躍をした剛王は、とうとうバリドゥラの胴体に組みつく。

 すると、脚や胴に絡みつく触手には目もくれず、バリドゥラの胴体に浮かぶ無数の瞳に向けて戦斧を叩き降ろした。


 今度こそ、悲鳴とわかる奇声をあげる妖魔バリドゥラ。


「全ての瞳を潰さぬことには、こいつは死なぬ。軟弱者どもは、そこで震えているが良いぞっ!」


 ただれ、全身が消化されるのが先か。それとも、全ての瞳を潰すのが先か。

 剛王と巨人族の、我が身をかえりみないような攻撃に、耳長族は絶句していた。


『雑魚どもめ』

「んんっと、光が消えたんだって!」


 上空から、一撃離脱の攻撃を繰り返していた飛竜騎士団とレヴァリアたちが強襲をかける。

 戦況を見守っていたリリィの背中から、プリシアちゃんの声が降ってきた。


「ぬおうっ、手荒なっ」


 邪悪な視線が消えたことで、レヴァリアが真っ先にバリドゥラへと襲いかかる。

 後ろ足の凶暴な鉤爪をバリドゥラの胴体に突き刺すと、取り付いていた剛王もろとも、問答無用で空に打ち上げる。

 剛王は慌てて避難したものの、バリドゥラは空高くに飛ばされた。


 でも、バリドゥラは空中を浮遊する妖魔だから、意味がないんじゃない!?

 なんて反応を示すのは、大森林の耳長族と巨人族くらい。


 空へと跳ねあげられたバリドゥラは、確かに上空で浮遊した。

 でも、空は飛竜たちの支配する世界だ!


『くらえっ』

『我が炎、受けてみよ』

『貴様の炎は暖をとる程度にも熱くない』

『なんだとっ。汝こそ、ただの臭い息ではないか』

『我の旋風の息吹いぶきあなどるなよ』

『ええい、雑魚どもめ。我の邪魔をすれば、貴様らも焼き殺すぞ』

『ひええっ』


 上空に浮遊するバリドゥラを目掛けて、飛竜たちが襲いかかろうとした。でも、レヴァリアの紅蓮の炎に巻き込まれてはたまらん、と慌てて逃げる。

 飛竜騎士団が逃げ惑う姿を鼻で笑ったレヴァリアが、空を焼き払うような紅蓮の炎の息吹を放つ。


『ぎいぃぃぃぃっっ』


 灼熱の炎に焼かれ、バリドゥラが悲鳴をあげる。


 森のなかでは、周囲の樹々を燃やしてしまうということで、手加減してくれていたんだね。

 レヴァリアも丸くなったなぁ。と上空を見上げながら想ったら、四つの鋭い瞳で睨まれちゃった。


 バリドゥラは、上空では飛竜たちの餌食えじきになるだけだ、と判断したのか、燃え続ける状態で急降下してきた。


「はわわっ、お姉ちゃんたち。このままじゃあ、森が燃えちゃうよ」

「しまった、これは予想外だね!」


 せっかく、レヴァリアが気を利かせて空で炎を浴びせたというのに。バリドゥラが燃えながら降りてきちゃったら、結局のところ森が燃えちゃう!


 燃えながら落ちてくるバリドゥラを見たランさんが右往左往していた。


「ラン、其方には水の精霊がいるだろうに」

「ラン、こんな時こそ賢者として力を示すんだよっ」

「ええっ!? お姉ちゃんたちは? お姉ちゃんたちは!?」

「「いいから、さっさと水の精霊を使役しなさい!」」


 まるで双子のユフィーリアとニーナのように、声を揃えてランさんのお尻を叩くユンさんとリンさん。

 ランさんは右往左往しながらも、姉たちに言われて精霊術を行使した。


 ごごごっ、と泉の水が急激に波打ち始める。

 波は上へ上へと高さを増していくと、ある形に変化した。


「はわわっ。水の精霊ちゃん、なんて姿をするんですかっ」


 ランさんが、真っ赤な顔を両手で覆ってうずくまってしまった。

 それもそのはず。

 森の樹々の背丈を超えて上昇した泉の水は、巨大なランさんの姿を形取っていた。

 しかも、一糸纏わぬ素っ裸です!


 水の精霊はしかし、ランさんの羞恥心しゅうちしんなんて構うことなく、急降下してくるバリドゥラに向かう。

 両手を伸ばし、燃えるバリドゥラを両手で包み込んだ。

 そしてそのまま、地面に叩きつけた!


 ばしゃんっ、と大きな水音が響くと同時に、地面が激しく揺れた。

 水飛沫みずしぶきと、余波の大波が周囲へと爆散した。


 緊急事態とはいえ……

 な、なんて乱暴なんでしょうか!


 勢いは見た目以上だったのか、地面には浅い第二の泉が出来上がっていた。

 そこに、炎が消えたバリドゥラが触手の下半身をめり込ませていた。

 水の精霊は役目を果たした、と満足した様子で還っていく。精霊の力を失った大量の水が、大粒の雨になって降り注ぐ。


「みんな、攻撃だよっ」


 そこへ、空から次の攻撃指令が。

 プリシアちゃんの号令に従い、飛竜騎士団が一斉に急降下してきた。

 そして、放たれる長大な投げ槍。

 飛竜騎士団の最も得意とする攻撃方法。

 急降下からの、一斉攻撃だ!


 頭上から放たれた槍は、急降下の勢いを乗せてバリドゥラに突き刺さる。

 硬い表皮の胴や触手を容易く貫通すると、バリドゥラを地面に縫い留めた。


「今だ、水を凍らせろっ!」


 巨人族の捨て身の攻撃。そこからのレヴァリアや飛竜騎士団の総攻撃に圧倒されていた耳長族が、我にかえる。そして、第二の泉に投げ槍で縫いとめられたバリドゥラへと攻勢に出る。


 バリドゥラは、突き刺さった槍を抜こうと触手をうねらせる。更に下半身が沈んだ水の中から抜け出そうと、動き出していた。

 そこへ、耳長族たちが精霊術を放つ。

 直接的な精霊術は効果が薄いけど、自然現象を利用すればいくらでも手はある。


 きしみ音をあげて、第二の泉が凍りつく。そして、バリドゥラの下半身を氷漬けにした。


 不愉快な奇声をあげる妖魔バリドゥラ。

 氷漬けを免れた触手を振るい、凍った泉を破ろうとする。だけど、割れない。

 精霊術で、強固に凝結させられていた。


「くたばりやがれっ」


 多くの触手を凍らされ、大地に縫い留められて動きの鈍ったバリドゥラに、剛王たち巨人族が肉薄する。

 バリドゥラはたまらず、瞳を本体の奥へと沈めて防御の体勢に入った。


「ユフィと」

「ニーナの」

「「水竜演舞すいりゅうえんぶ!!」」


 第二の泉に水を取られて水量の減った泉が、またしても波打つ。そして水中から、水で創られた長胴竜ちょうどうりゅうが姿を顕した。

 水の長胴竜は、肉薄する巨人族を薙ぎ払おうと振るわれた触手に襲いかかる。長胴竜に触れた触手は瞬時に凍りつく。


 巨人族は凍った触手をかい潜ると、バリドゥラの本体にたどり着く。そして、手にした武器を振り下ろす。

 本体の奥に瞳を隠しているとか、そんなことは関係ない。

 何度も何度も武器を叩きつけ、硬い表皮を砕き、奥の瞳を潰す。


 耳長族たちも、負けてはいない。

 精霊術による攻撃を一点に集中させ、バリドゥラの表面に穴を穿うがつ。そこへ正確無比な矢が放たれ、奥の瞳を射抜く。


 ランさんは、更に精霊術を行使していた。

 目には見えないけど、強い圧力でバリドゥラを押さえつける。

 ぶよぶよの本体は、頭上からの重圧でより一層ぶよりと潰れていた。


 反撃しようと振るわれた、再生した大鎌は、飛竜騎士団の飛竜に噛みちぎられた。

 再生しようとするそばから飛竜騎士団の強襲を受けて、回復もままならない。


 ミストラルは漆黒の片手棍を振るい、硬い表皮と奥の瞳を根こそぎ消し飛ばしていく。


 一気に畳み掛ける。全員の意志が同じ方向に向いていた。


 僕は、巨人族の治療を続けるルイセイネの傍で、彼女を護りながら戦況を見守っていた。

 どうやら、僕が暴れる隙間はないみたい。

 たまには、こうやって戦況を見つめる役目も良いよね。と思っている先で、バリドゥラの最後の瞳が潰された。


 巨大な手をバリドゥラの身体にねじり込み、最後の瞳を鷲掴わしづかみにしたのは剛王だ。

 剛王は瞳を引き抜くと、ぐしゃり、と握り潰す。


 大妖魔バリドゥラは断末魔をあげることなく、力なく地面に項垂れる。そして、全身を粘度の高い液体に変化させ、蒸発して消え去った。

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