冬の慰霊祭

 耳長族。巨人族。森と、そこに住む動物。そして精霊。種族間の長い争いは、多くの犠牲と悲しい歴史を作ってきた。だけど、それも終わりを迎えようとしている。

 お互いの、少しずつの我慢と歩み寄り。

 過去の因縁いんねんを振り払い、勇気を出して新しい道へと一歩を踏み出す。すると、これまで見たこともないような未来が待っていたりする。


 自分たちとは異なる考え方や立場を知り、種族の価値観や正義の違いを認識する。

 耳長族と巨人族は真摯に向き合い、話し合いを何度となく積み重ねることで、お互いを深く認識し始めていた。


 とはいえ、平和へ向けた歩みはこれからだよね。

 人族のように、約束事を書面にしたためたりはしない。

 耳長族は、森と精霊に誓って約束をたがわぬ、と宣言する。

 巨人族は、種族の名誉と己の名にかけて誓う、と宣言する。

 これだけでも文化の違いが明確に出るのに、そのみぞを埋めながら手を取り合って歩んでいくのは大変だ。


 耳長族と巨人族の、和平に向けた誓いの立会人となった僕は、八大竜王の名において両者を見守り、これからも支えていくと約束をした。


 話し合いがまとまると、剛王は早速、東に集結させている軍を退くと約束してくれた。耳長族は、今回の話し合いの結果をそれぞれの村へと持ち帰り、支度を整え次第、精霊たちをともなって東の地を訪れて、痩せた土地をどう改良するのかという調査をしてくれるらしい。

 でも、そうした動きの前に、僕たちにはもうひとつ、やり残していることがあった。


 暁の樹海で焼け死んだ人たちや、今回の争いで犠牲になった者たちへのとむらいだ。


 話し合いの間も、耳長族と巨人族は共同で暁の丘に死者を埋葬する作業を進めていた。

 気を利かせた飛竜騎士団が、どこからか大きな岩を運んできた。その岩の表面をならし、犠牲者の名前をわかるだけっていく。そして、犠牲者の名前が刻まれた石碑を暁の丘のいただきえた。


「あとは、ゴリガルさんたちが戻ってきてくれれば良いんだけどなぁ」


 フィレルが砦へと戻って、もう数日が経過していた。

 ユグラ様の翼なら、往復でも二日はかからない。だけど、向こうで中間報告を入れたり、ゴリガルさんたちを説得する時間を考えれば、まだもう少し待つ必要があるのかもしれない。そう思っていると、西の空がきらりと輝いた。


『ふふん、老いぼれめ。老化で飛ぶのもやっとになったか』

『相変わらずであるな、貴様は』

「エルネア君っ!」


 冬の冷たい日差しを反射させたのは、ユグラ様の黄金色の鱗だった。

 フィレルを乗せたユグラ様はゆっくりこちらに飛んでくると、丸まって休んでいたレヴァリアのそばに着地する。


「あれ? ライラは?」


 だけど、着地したユグラ様の背中にはフィレルしか騎乗していなく、僕たちは首を傾げて顔を見合わせる。


 まさか、ゴリガルさんたちの説得が難航しているのかな?

 戻りたくない、と主張するゴリガルさんたちを説得するために、ライラは向こうに残っているのかも。

 誰もが、一抹いちまつの不安を抱く。


「エルネア君、ただいま戻りました」

「お帰りなさい。それで、どうなったのかな?」


 フィレルは、ユグラ様の背中から降りると、駆け足で僕の前へとやって来た。僕はフィレルを労いつつも、ライラやゴリガルさんたちのことが気になって応えを急かす。


「遅くなってごめんなさい。でも、ちゃんと仕事はしてきましたよ!」


 言ってフィレルは、西に見える焼け残った森を見た。

 つられて、僕たちの視線も移る。


「エルネア様ーっ!」


 すると、ライラが猛然と森から抜け出して、全力で駆けてきた。


「うわっ。ライラ、おかえり!」

「ただいまですわっ」


 ライラは脇目も振らずに僕へと駆け寄ると、強く抱きつく。僕はライラのたわわなお胸様を正面から受け止めると、よしよし、と頭を撫でてあげた。


「今日は許してあげるわ。ライラ、ご苦労様」

「今日は許してあげるわ。ライラ、お疲れ様」


 珍しく、妻の誰にも妨害されずに僕に抱きつくことのできたライラは、満足そうに微笑む。

 そして、いま来た森の方を振り返った。


 冬枯れた葉を落とした寂しい茂みをかき分けて、幾人もの人影が現れる。

 女子供、老人ばかりで、若い男性はほとんど見当たらない。

 そんな人影たちは、誰もが焼け野原になった土地を前にして、足を止めた。


「暁の樹海が……!」

「儂らの森が……」

「報告には聞いていたけど、やっぱり目にすると辛いわ」


 ほんの少し前までは、自分たちの庭のように身近に駆け回っていたはずの森が、焼けて無くなってしまっている。その事実に、暁の樹海に住んでいた耳長族、戻って来たゴリガルさんたちは肩を落とす。


「ゴリガルさん……」


 なんて声をかければいいのか。気落ちするゴリガルさんたちのもとへと向かったものの、暁の樹海に住んでいた耳長族の人たちの心情を考えると、軽はずみな言葉は口に出せない。


「ゴリガル。申し訳ない。我が至らぬばかりに」

「森を焼いたのは私です。ごめんなさい、では済まされないことだけど、どうか謝らせてほしい」

「ユン様。……それに、リン様。おお、ラン様も」


 顕現したユンさんとリンさんが、呆然ぼうぜんとしていたゴリガルさんたちに深く頭を下げた。ランさんも二人の姉と一緒に、頭を下げる。


「暁の樹海の話は、ライラさんやフィレル王子より聞き及んでおりました。……しかし、現実をたりにすると、やはり辛いですな」

「本当に、ごめんなさいっ」

「……リン様。どうか、頭をあげてください。ユン様とラン様も」

「しかし……」

「良いのです。たしかに、暁の樹海は焼けてしまいました。ですが、儂らの願いはとうとう叶ったのでございましょう?」


 ゴリガルさんは、深く頭を下げ続ける三賢者から、背後に控える者たちへと視線を移す。

 ゴリガルさんたちの帰還、しかし彼らの森は無くなってしまった、という状況に複雑な表情を見せる長老様たち。それと剛王を含む巨人族が、肩を並べて佇んでいた。


「儂らの願いは、耳長族と巨人族の和平でした。それが叶った。いや、報告の段階では叶うだろう、と聞かされたので、恥を承知で戻って来たのです。一度は絶望に暮れて捨てた土地です。この焼けた風景は、森を裏切った儂らへの罰なのでしょう」

「ゴリガル……」

「ユン様。それにリン様とラン様。森の三賢者よ、どうかもう一度、儂らにこの森を託してはいただけませんか。何百年かかろうと、儂らはこの暁の樹海を必ず復活させてみせます」

「今の我らにそのような権限があるのかはわからぬが、暁の樹海は其方らの土地だ。望むままに森を再生させろ」

「……じゃあ、私はどうやって貴方たちに罪を償おう?」

「リン様。どうか、末長くお見守りください。儂らにはそれだけで十分です。なぁに、もう失われる命はない。争いはない。というだけで儂らは満足なのです」


 ゴリガルさんは、頭を下げ続けているリンさんの肩にそっと手を差し伸べて、上体を起こす。そして、優しく微笑んだ。


「どうやら、暁の丘は慰霊の丘へと変わったようですな」

「あっ、ごめんなさい。僕が知らずに犠牲者の埋葬場所にしちゃったんです」

「良いのです。耳長族と巨人族が共に眠る丘です。これから、儂らはこの慰霊の丘を大事にしていきましょう。おお、そうだ。折角です。他の長老がたがお許しになるのなら、再生される暁の樹海に耳長族と巨人族とが交友を持てる村などを作っては……?」

「エルネア君的な発想だわっ」

「エルネア君が妄想したことと同じだわっ」

「ゴリガルさん、気が合いますね!」

「うひょう、とんでもない展開じゃなっ」

「エリオンじいさんもいたんですね」

「酷い扱いじゃ……」


 どうやら、僕たちの心配は杞憂きゆうだったらしい。

 最初こそ、焼け野原になった暁の樹海を目にして呆然としていたゴリガルさんたちだったけど、どうやら思考は前へと向いているみたい。

 森へ戻って来てくれたことへ感謝しながら、僕たちは共同での慰霊祭へ向けて準備を開始した。






 慰霊碑いれいひに、暁の樹海に住んでいた耳長族で犠牲になった人たちの名前も刻まれた。

 合わせると、三桁にのぼる犠牲者たちの名前。それ以外にも、長い争いの歴史のなかで命を落としていった者たちを弔うために、僕たちは慰霊祭を執り行う。


 耳長族は、冬の森を駆け回って集めたたくさんの花を手向たむけ、深く祈る。

 巨人族は、犠牲者の名前をひとりひとり空へと向かって大きく叫び、彼らの威光を称えた。

 精霊たちは自然と集まって来て、亡くなった者たちをいたむ人々を静かに見守る。

 気づくと、森の片隅から動物たちも様子を伺っていた。


「どうか、人族なりの慰霊もさせてください」


 こういうときに、ルイセイネは巫女様然とした態度でいどむ。

 近くの小川で身を清めたルイセイネは、追悼ついとうの儀式を申し出た。


 耳長族と巨人族は、人族が死者をどのように追悼するのかと、興味津々だ。

 飛竜騎士団を含めた僕たちは、ルイセイネの先導で先ずは暁の丘に深く黙祷もくとうささげる。

 すると、ルイセイネはほがらかな声で祝詞のりと奏上そうじょうし、死者が無事に女神様のもとへとたどり着きますように、と祈る。


 どうか女神様よ。貴女の子らがひざもとにたどり着いた暁には、慈悲を持って迎えてくださいますよう。彼らに安らぎが訪れますように。地上より、お祈り申し上げます。


 耳長族と巨人族には、人族の宗教観なんてわからないと思う。

 だけど、ルイセイネの深い祈りと耳に心地よい祝詞の奏上は、全ての者たちの心に溶け込む。


「エルネア君。亡くなった方々への弔いに、舞ってください」

「うん、任せてね」


 そして、僕も竜剣舞を捧げることに。


 信神深い騎士団の数人がルイセイネと声を合わせて祝詞を奏上する。

 ルイセイネの荷物に必ず入っている手鈴てすずを取り出した双子王女様が祝詞に合わせて鈴を鳴らす。

 僕はおごそかな雰囲気のなか、静かにゆっくりと、弔いの竜剣舞を舞う。


 清浄なる竜気が、焼け野原になった大地へと優しく広がっていく。

 竜剣舞に合わせて、精霊たちが楽しそうに舞ってくれている。

 丁寧に、それでいて見る者を魅了みりょうするかのように。戦いのときとは違う、癒しの竜剣舞。


 竜剣舞を舞っていると、いつしか夜になっていた。

 満天の星が、きらきらと夜空に輝く。

 まるで、亡くなった者たちが空から地上を見つめ、耳長族と巨人族の和平を喜んでいるかのように思えてくる。

 誰もが輝く星々を見つめ、犠牲になった者たちを静かに弔った。

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